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荒廃の大地より愛欲を込めて  作者: 蓮見燐
1章 最強と少女
20/44

19:反則相手にルールはあまり意味が無い

 翌朝。と言ってもこの家では時間が分からないため、あくまで体感でしか無いが。

 ヴェルサスはネネカよりも先に目を覚まし、欠伸混じりに顔を洗いスッキリしたところで。


「……やはり、ですか」


 自室の机の上に置かれたパンドラを見る。

 パンドラの光は、消えていた。

 そしてヴェルサスはベッドの上のネネカを見る。

 ぐっすりと眠っているネネカ。意識は無く、深い眠りに落ちている。

 どうやらエリーゼのマッサージを受けて気絶に近い形で眠ったようで、その表情な何やら魘されているような雰囲気だ。


(寝る前は、まさかな、という程度で済ませましたが……)


 流石にヴェルサスも、眠気と戦いながら正確な判断は出来ない。

 戦場で生き過ぎた者として睡眠の必要時間は圧倒的に短いが、それでも睡眠をとらずに活動し続けられるわけでは無いし、眠い時は判断力も落ちる。それ故就寝する前にパンドラを見ても、もしやという程度に済ませていたのだ。

 ヴェルサスとしては、自我が眠っている方が自他共に認める危険存在であるため、長く眠っているわけにはいかず意識が朦朧とするまで起き続けて短い睡眠で済ませているというのが正しいのだが。


(こうして見ると本当にただの黒い箱ですね)


 ツン、とヴェルサスはパンドラを指でつつく。

 指でつつくついでに魔力を軽く流し込んでみるが、箱を素通りするのみでなんの効力も発揮しない。

 昨日は存在していた金色の幾何学模様は存在していない。

 正確には存在しているのだろうが、金色に輝いておらず、黒い表面と完全に一体化しており全く分からない。

 ヴェルサスが軽く指の先に光を灯しても、今のパンドラにはそれに反射するものは無い。純粋にこの世の光全てを飲み込むのではと思うほどの黒い物体がそこに在るだけだ。


(何が発動しているかは分かりません。が、起動する条件は恐らく)


 チラリと眠っているネネカを見る。

 深い眠りについているとはいえ永遠の眠りについているわけではない。時折身動ぎしており、近く起きることは分かる。

 同時に。身動ぎの度にパンドラも相応に、淡く金色に輝いては消える。

 連動していると判断するのは、当然であった。


(……秘匿するべきか否か)


 ネネカに対する虚言や密事は魔族の誓いで封じられているが、回避方法は幾らでもある。

 聞かれなければ虚言も言わなければ密事が有るとさえされないのもその一つ。ヴェルサスだけが取れる手法も幾つか有る。

 それ故誓いが有っても然程問題無く秘匿も出来るのだが、ヴェルサス個人としてはあまりそれをしたくはなかった。

 立場上秘匿せねばならぬことも多く、ネネカは普段それを察して問わないで居てくれるため問題は無い。が、ヴェルサス個人としても出来る限り嘘や隠し事はしたくないと考えている。

 相手がネネカだから、というのもあるが、それ以上にヴェルサスは意外と嘘や隠し事を嫌う。

 別に存在を許さない、他者が使うのも許さないほど潔癖というわけでは無いし、基本的に嫌うだけで自分も時と場合によって虚言も密事も行いはする。己が用いる際は九割が気分やその場のノリだが。

 ただ純粋に、様々あった末に個人として虚言や密事が好ましくない、嫌いの部類に入るというだけだ。

 嫌いな事を、特別気に入っている者に積極的にやる理由は無い。しかし必要であればそうする。

 今回はその必要な時であるか、悩ましかった。


「為政者というのは面倒な事です」


 はぁ、とヴェルサスは思わずため息を吐く。

 別に人の上に立つことが出来ないわけではない。

 ヴェルサスが管理している都市は、著しい発展とまではいかずとも他の都市よりは発展し、民の生活水準もウルグリム皇国にしては高めで維持できている。反乱の兆しも、最強たるヴェルサスが管理しているという事も有ってか、現時点では噂すら存在しない。

 貴族としての振る舞いも出来る。理者は時として国内外問わず様々な貴族と関わることが有る。貴族は時として見栄えや口調、動きで相手を見る故、下手に舐められないために相応の振る舞いを行う必要がある。尤も、ヴェルサスを本気で舐めて見れば待っているのはどうしようもない絶望故、余程の者でなければそんな愚行はしないのだが。

 それらのような、相応の事は出来る。ヴェルサスは決して他人から持て囃されるだけの存在ではない。世間が最強と呼び、ヴェルサスも戦いそのものに対してはともかく自身を最強と自負するそれは、決して比喩でも誇張でもない。

 しかしそれらが出来ようとも、好むわけではない。そもそもヴェルサスは十剣聖と十賢者両方に推薦されるほどの高すぎる戦闘能力によって理者と成った。必然的に気質もそちらに向いている。

 ヴェルサスが最も望むのは、戦場のど真ん中で誰にも邪魔されず一人でじっくり幾らでも存分に全力で暴れられる戦場。間違っても椅子に座って政をすることではない。

 だが今はネネカの事も含めて政に精を出さねばならぬ時。面倒の気持ちを押し殺してでもやらねばならぬが、押し殺した末のため息の一つも吐きたくなるというものだった。

 まあそもそも現在のヴェルサスが本気で暴れては世界の方が持たないために、叶わぬ願いでもあるのだが。


「……ん?」


 ふと。

 ヴェルサスはパンドラをつつく手を止め、彼方を見る。

 視界に映るものは部屋の壁しかない。が、ヴェルサスが見ているのはさらにその先。

 家の外、皇都の外を見ていた。

 見た理由は単純。何かを感じ取ったから。

 次元魔力のような規格外のものではない。もっと単純に、危険な魔力。


「……闇の……いえ、純度が異様に高い。これは……呪力か」


 魔力の呼び名は様々ある。

 自然に存在する魔力はマナ、濁った魔力はホロウまたはエーテル、人体の体内に保有する魔力はオド。主なものはこれらだが、それ以外にも様々ある。

 頻繁にというわけでは無いが魔法に関わる上で耳にすることが比較的多いのは、純度の高い魔力。その呼び名だ。

 火属性の高純度の魔力は劫火。水属性の高純度の魔力はヘイル。風属性の高純度の魔力はテンペスタ。土属性の高純度の魔力はエルデ。

 誰がそう呼び始めたのかは今となっては定かでは無いが、とにかく様々な地域で独自に呼ばれたそれがいつしか世界的に定着した、高純度の魔力ならではの呼び方がある。

 精神属性の魔力である光と闇も同様。

 光属性の高純度の魔力は、フォス。

 そして闇属性の高純度の魔力は、呪力。

 ヴェルサスが感じ取ったのは、この呪力だった。


(……皇都から感じ取れるほどの呪力を、誰かが用いる?何のために?)


 高純度の魔力の使い道は、通常の魔力と変わりはない。

 魔法を使うために用いる。その基礎原理は決して変わる事は無い。

 高純度の魔力である事による違いは、魔法の出力の強弱のみ。

 一般的に魔法を使う上で、フォスや呪力など高純度の魔力を用いる意味はない。

 逆に言えば、高純度の魔力を用いるという事はそれ相応の魔法を用いたという事。

 そして闇属性魔法の主な性質は、相手への阻害。通常は視界を遮る、動きを鈍くする程度だが、呪力を用いた際はその性質も勿論強化される。

 五感を完全に封じるものから、意識を完全に遮断するもの……相手を意のままに操るものまで存在する。

 まあ勿論、対象者が行使者よりも魔力を持っていたら自然と弾かれるか勝手に軽減されるし、そういった者たちになんらかで防がれたら無効化されてしまうどころか、場合に寄っては呪詛返しと呼ばれる形で一部の魔法は逆に自分に返ってくるのだが。行使者が少ないのは魔法の難易度以上に、そういった性質部分によるリスクが大きい。

 そんな自他共に危険な呪力を用いた闇属性魔法が、ヴェルサスが感知できる範囲で行使された、もしくは発生した。


(……クルーベルでは無いですね。眠っている。当然エリーゼさんでもない……っていうか二人とも爆睡してる)


 ヴェルサスは気配だけでこの家に居る高純度の魔力の使い手を調べるが、どちらも疲れていたためかまだ起きる気配はない。

 チラリとネネカを見ると、既に薄っすらと目を開けていたが、魔法をほとんど知らぬ彼女が高純度の魔力など扱えるはずも無い。そもそも適正が有るかも分からないのだから。


(そうなると可能性が高いのは……まあ、一応……ヴァメルですが……)


 そう考えヴェルサスはそっと、皇城の方へと視線を向ける。

 様々な技術を用いて、遠隔では有るが皇城の内部を精査し。


「……なんで虫取り網持ってんだあのバカ」

「んむぅ……?」


 思わず出た言葉に、ネネカが寝ぼけ眼で反応する。

 遠視したヴァメルは、何やらルンルンで八本の虫取り網を持って、皇城の窓から飛び降りていた。

 飛び降りて大丈夫なのかと思うかもしれないが、理者ほどでなくても全方位にまあまあ馬鹿げた能力を持つのがヴァメルだ。あの程度造作もない。

 事実、既に何事もなく地面に着地し、皇都を北へと駆けていく。


「めんどくさあ……」


 仕事をサボったか暇潰しかは知らないが、結果として皇都の外へ遊びに行ったのだろう。

 ヴァメルには良くある事。常に皇都に居るヴェルサスにとっても慣れたものだ。

 幸い呪力を感じ取ったのは東側。ヴァメルが向かった方角とは異なる。もし東へ向かっていたら、流石に急いで回収しなければならなかったが、そうでないなら回収はゆっくりでも問題無いとヴェルサスは判断する。

 皇帝なのに対処が冷たいと思うかもしれないが、そこらの魔獣に負けるヴァメルでは無いし、そもそもヴァメルは緊急にヴェルサスを呼べる魔道具を持っていて、ヴェルサスはウルグリム国内程度なら瞬時に何処へでも助けに行ける。勿論あまりに遠かったり複雑な場所に居たりした場合には移動先の周辺被害は保証できないが、それでも助けにはいけるので問題は無いのだ。

 何より。良くあるヴァメルの脱走に、今更呆れる以外の何も思いはしない。一日に8回脱走したこともあるのがヴァメルだ。1回脱走された程度、日常でしかない。


「んぅ……ぁふ……」

(……案の定、光が灯る、か)


 意識を眼前の光景……ネネカの起床と、それに伴うパンドラの起動に戻す。

 呪力もヴァメルも後からどうにでも出来ること。年がら年中起きる事象を今更気にするつもりはない。

 それよりも今は、今何が起こるか分からないネネカとこのパンドラの事だ。

 ネネカの起床に応じてパンドラが完全に起動状態となったことで、起動条件は分かった。

 問題はこのパンドラがどんな効果を齎しているか、だ。

 昨日の時点で起動状態であった時点で、今日起きたネネカに何らかの追加の影響が発生しているとは考え辛い。

 であれば追加のナニカではなく、ネネカの意識に連動して起動する、ネネカ自身のデフォの能力に付随もしくは影響を与えているもの、という事になる。

 色々候補は有るが……現時点では情報が無さ過ぎると、ヴェルサスは心の中で溜息を吐く。


(……面倒な事には変わりはない、が)


 それと同時、ヴェルサスは表情を柔らかくする。

 ネネカの起床を、笑顔で迎えるために。


(……まあ、中々どうして刺激はありそうで)


 退屈の極みに在ったヴェルサスの元に現れた、世界有数のイレギュラーたる異世界人。ネネカ・クロツチ。

 自他ともに認めざるを得ない最強故にあらゆる刺激に飽いたヴェルサスに与えられた、あらゆる刺激の塊。


「グッ……おはようございます、ネネカさん。足の調子はどうですか?」

「……んあー……まだマッサージで痛い気がする……あふ」

「どんだけゴリゴリにやられてんですか」


 ヴェルサスはのそりと起き上がったネネカにふわふわと近付きながら、微塵も内心を匂わせることなく思う。

 どうかこの楽しい刺激が、いつまでも有りますように。

 最強故に世界から拒まれた一人の少女の、小さな願いがそこにはあった。

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