17:インフレの頂点を知るとそれ以外が弱く見えすぎる
「ヴェルサス。お客様がお見えになってきやがりましたので帰らせておきましたがよろしいですか?」
「お客様以前にオマエにツッコミどころ多すぎるんですけど???」
「呼び捨てだしお見えになってきやがりましただし、帰らせてるし……」
ヴェルサスの自室で寛ぎながら、ネネカの世界のテーブルゲームの再現をしていたヴェルサスとネネカは、ノックも無しに入って来たメイドの言葉に揃って深い溜息を吐く。
現在時刻、詳細な時間が分からずともとりあえずは夜。
夜中に来訪する方も来訪する方だが、ヴェルサスの立場ではそれも致し方ない場合も多かろう。緊急の場合もあっておかしくないのだから。
ただ、それを主人に無断で帰らせるのは本当にどうなのだろうか。主人がもう休んでいるのなら帰らせるのは急ぎでない限り適切だろうが、主人であるヴェルサスは寝る準備は済ませているとはいえまだ起きているのだから。
「はぁ……一応聞きます。誰が来たんです?」
「そう言うと思ったのでお連れしましたが屋敷の中ではぐれました」
「なんだこいつ」
「誰が来たのかすら答えないし……」
困ったことに、これをしているのがメイド長のセリナ・ウィンドなのだから本当に色々問題が山積みでしかない。
ちなみにヴェルサスの名誉のために一応申しておくと、ネネカが来てから既に二度はメイド全員がヴェルサスの説教を受けている。セリナに至っては三度、一度はげんこつで地面にめり込み。それでコレなのだから、ヴェルサスが諦めるのも致し方ない事でもあるのだ。
「もう一度聞きます。誰が来たんです?」
「十賢者の黒いのと白いのです」
「ヴェルサスちゃん。理者の上司って本当に皇帝だけなんだよね???」
「絶賛超不敬してるのが目の前、という事で察してください……」
ヴェルサスは深くため息を吐いて、その手に持っていた紙やすりと超硬質化させた土の塊を、ぷよぷよとした水の塊の上に置く。
テーブルゲームの再現の一環として、まずはどんなゲームの再現にも使える平たい盤を必要としたのでそれを土で作ろうとしていたのだが……大雑把に土の塊を作り削り始めた矢先のこれであったので、表面はまだ荒いままだ。
ネネカの手にも同様に土の塊が有ったが、削る気力を無くしたのかそっと水の塊の上に置いた。
「セリナ、下がって良いです。あの二人ならほっといてもこの部屋に来ますので」
ヴェルサスが寝間着姿ながら、真面目な表情で主として指示を出す。
メイドならば従って当然の命令。それにメイド長たるセリナは。
「そうだろうと判断して行動した私の慧眼を褒めてください。バイビー」
「褒める以前の問題じゃ駄メイド」
(一番身近な存在がこれで良く歪まずに育ってるなあヴェルサスちゃん)
無表情かつ両手でピースしながら、何故か片足立ちで、しかもすり足で去っていくセリナ。
ついでに言うと、開けられた扉はそのままだ。閉じようとすらしていない。
ネネカが変なところで感心するのも、当然といえば当然であった。
「良かったですね、ネネカさん。足、治りますよ」
「たった今目の前に居た人の事、全力で無かったことにし……」
「良かったですね、ネネカさん。足、治りますよ」
「話進めないと永遠に同じこと言ってくるNPCになってる……」
にっこりとヴェルサスは笑っているが、内心が本当に笑っているとは到底思えなかった。
「……その来た人ってさ、十賢者の時点で察したけどそういうこと?」
「ですね。ま、ほっときゃ来るでしょ」
あまりに雑にほったらかすようなヴェルサスの言葉。
それにネネカが呆れるよりも早く、新たな声が聴こえた。
「ま、それは俺たちへの信頼の証と受け取っておくさ」
『元気そうで何より』
一つは男性口調だがれっきとした女性の声。
もう一つは頭に直接響くような不思議な少女のような声。
二つの声の主は、セリナが開きっぱなしにした扉の前に、既に立っていた。
「ほら……来た」
「確かに。初めまして」
「かなーり馴染んでんな」
『仲がよろしいようで何よりです。初めまして』
眼だけが黒白目の黒髪に黄色のメッシュが入った一見普通のヒューマンの女性と、喉に大きな傷跡がある以外は一見普通の銀髪のヒューマンの少女。
どちらも、本当に一見は普通に何処にでも居そうに見える二人。
しかしネネカは薄っすらと、二人の明確な強さ、覇気とも呼べるであろうそれを正確に感じ取れていた。
ネネカが事前に散々話を聞かされた、ヴェルサスの同僚たる十賢者の二人。
国の中枢とも言える存在が、此処に新たに表れた。
「俺たちのことは大分聞いているようだが、一応自己紹介はさせていただく。クルーベルだ。家名はオルネル、魔名はダーク……つっても異世界人には分からんか?まぁ、よろしく頼むよ」
『エリーゼ・ライトです。伝心魔法で失礼します。喉が潰れておりまして。言葉を交わせぬ無礼、どうかお許しください』
黒白目のヒューマン……魔人族の女性はクルーベルと名乗り。
まごうことなくヒューマンの少女は、エリーゼと名乗る。
ヴェルサス曰く、自分と同じくある種の最強の称号を冠する二人。
国最高の魔法使いの称号たる十賢者の地位を持つ存在だ。
「伝心魔法とか有るんだなぁ。ネネカ・クロツチです。えーと……北西だっけ?そっち風の名前です。よろしくお願いします」
ネネカも軽く自己紹介をしながら、ベッドの上でぺこりと頭を下げる。
礼儀は既に聞いている。少なくとも聞いた限りのこの世界の北西の礼儀は自分の世界と同様であり、ウルグリム皇国でも用いる者は多い。であれば、元の世界の礼儀を通して問題はない。
故に普通に頭を下げたのだが……クルーベルとエリーゼは、揃って感心した様子だった。
「随分と礼儀正しいんだな。国の奴らに見習わせたいところだ」
『礼儀正しいのは良い事だと思います』
「……普通だと思うけど……」
別にネネカは礼儀に詳しいわけではない。
礼儀の知識や作法は嫌とすら言えないほど身体に刻み込まれてはいるが、それを誇りに思えるほどガチガチに礼儀正しいわけでもない。所詮は普通の定義に収まる程度。
故にこの程度の礼儀で感心されることに、むしろ困惑を憶えてしまう。
そんなネネカに、苦笑したヴェルサスはその理由を軽く語る。
「うちの国じゃ礼儀の前に互いの安全を確保する方が多いですからねー。礼儀も命あってこそなんで、ぶっちゃけ礼儀が二の次三の次なんです」
「そんなに常日頃から命の危機に晒されるの!?」
「割と」『まあ』
淡々と肯定したのはクルーベルとエリーゼ。
それに対し一番命の危機に晒されて居そうなヴェルサスは、苦笑いで言葉を続ける。
「言ってる私が言うのもなんですが、私たちを基準にはしない方が良いかと。私たちはどう足掻いても狙われやすい立場の上、その立場の中でも私たちは特に若輩なもので、どうしても狙われやすさが桁違いなのです」
「まあ今も前線に居る奴らよりはマシではあるがな」
「細かいの除いても数が僅差なんですけど私たち」
前線。
それがどこで、どういった意味での前線なのかは分からないが。
少なくとも狙われやすさが三人の方がマシという時点で、相当な環境ではあるのだろうとネネカも察せられた。
ただ戦場的な意味で狙われやすいのなら理解も納得も出来るが、それと僅差になるまでそうでない場所で狙われているのは中々にハードな気がした。
『……貴女の年齢にしては中々におっぱいが大きいですね。揉んでもいいですか?』
「え、なに唐突に」
そんな話の中、あまりにも唐突に飛んできたエリーゼからネネカへのセクハラ。
ネネカは嫌よりも、困惑の方が遥かに勝っていた。当然の反応ではある。
ヴェルサスとクルーベルはそんなエリーゼに対し、心底の呆れが表情に出ていた。
「あのー……あれなんです。女性の胸が大好き過ぎるんです、エリーゼさん」
「それ以外は割と天然かつ純粋な奴なんだが……性癖というかなんというか」
『だっておっぱいですよ?夢の塊ですよ?愛と希望の結晶ですよ?』
「この世界でこんなおっぱい星人に出逢いたくなかった」
ヴェルサスは確かに言っていた。理者にも多分、きっと、恐らくまともな人物が居ると。
そこまで言っても、一番おかしくても仕方ないヴェルサスが常識的な存在だったのだ。他の者もある程度ズレてるだけで、とネネカは思っていた。
その認識は間違っていなかった。ただ、そのズレ方がどうかと思うレベルだったというだけで。
『というわけで、絞って良いですか?』
「表現」
考え得る限りギリギリの表現をストレートに、しかも脳に直接響かせてくるエリーゼ。
外見だけならお淑やかで無垢な聖女そのもの。しかし中身が既にアレすぎて、引くほうが勝っているネネカ。
まあ初対面でいきなり胸を揉ませろと言われたら、余程の者でない限り引くのは当然だろう。
「……ネネカさん。嫌だったら嫌って言っていいんですからね?」
呆れ混じり、しかし真っ当に心配するようなヴェルサスの言葉に、ネネカは達観した風で答える。
「なんかもう、こっちに飛ばされた直後に一夜中まわされたし、保護したのは淫魔だし、メイドの持ってくる服は片っ端からアレだったし、皇帝は乙女の寝室に飛び入りしてくる人だったし聖女っぽい人はこんなんだしで、こういう世界なんだなぁって」
「不味い、本当に色々順調に汚染されてる」
これまでのネネカの状況を考えれば、そういう世界と思うのも致し方なくはあるのだが。
「エリーゼ、少し出ていろ。その癖を鎮めろ。本当に」
『嫌です!私はおっぱいを揉むまで出て行きません!!!』
「お前淫魔より淫魔してるのどういう事だよ……っつーか力強っ!?」
こっちはこっちで最早頑なである。
クルーベルが対処しているが、悲しいかな。なんとか身体で抑え込もうとしても、理者最弱の身体能力を持つクルーベルは、その最上位魔人族としての能力を用いても少しずつヒューマンのエリーゼに押されているのだった。
閑話休題
「改めまして。こっちの黒いのが【深淵の魔王】の異名を持つ闇魔法使い最強のクルーベル・ダーク・オルネル。こっちの白いのが【辛酸の聖女】の異名を持つ光魔法使い最強のエリーゼ・ライトです」
「改めて、異世界から来ましたネネカ・クロツチです」
「連れがすまんな。マジで。……【深淵の魔王】クルーベルだ。家名か名前で呼んでくれ。敬語も要らねえ。出来るなら名前で頼む」
『おっぱいには夢があるからいいじゃないですか。【辛酸の聖女】エリーゼ・ライトです。エリーゼとお呼びください。同じく敬語は不要です』
ヴェルサスの私室で、ベッドに座るヴェルサスとネネカ、ヴェルサスの作った水の塊に座るクルーベルとエリーゼ。
紆余曲折あったが結果として、ようやくまともな話をする状態となれたのだった。
まあその紆余曲折の十割が、一番乙女そうな雰囲気を醸し出すエリーゼが原因だったのだが。
「で、えーと……ヴェルサスの話だと、エリーゼさんが私の脚を治せる、って……」
『特殊な怪我でなければ、どんな傷も治すことは出来ます。特殊な怪我であろうとも、時間さえかければ確実に』
「後ほどその特殊な怪我については教えます。さほど重要ではないので。一先ずネネカさんの怪我は特殊な怪我に該当するものではないので大丈夫です」
ネネカが後で聞いた話によると、この特殊な怪我というのは傷口に多量の魔力、特にホロウがある状態の事を言うらしい。基本的に人体に留まることなくすぐに霧散するホロウだが、何らかの要因で魔力が滞留することはあるのだとか。
ホロウが滞留してしまうと、場所に滞留した場合は魔法そのものが使い辛く、傷口に滞留すれば魔法の効力も酷く弱まってしまうのだとか。
この話を聞いた時、ゲームでも魔法が使えない場所とかあったなぁ、とネネカは思い出したとか。
『ただ、治す際には対象の場所へ触れる必要があります。痛むかもしれませんが、怪我の場所に触れてもよろしいですか?』
「あ、痛みは無いから大丈夫。触るのも多分大丈夫だと思います」
よっ、とネネカはベッドの上から、両の脚を伸ばす。
伸ばした脚にエリーゼはそっと、マッサージするかのように触れていく。
斬られているのは踵なのだが、エリーゼはふくらはぎや足の指までも念入りに触れていく。触診のようなものだろうか。
『私が触れる事での痛みはありますか?』
「無いです」
『敬語は結構ですよ。ヴェルサスさんの保護した方ならば尚更。足の指の感覚は?』
ふるふる、とネネカは首を横に振る。
エリーゼは一つ頷き、ネネカの酷く傷付いた踵に手を触れ、悲しそうに目を瞑る。
『神経が完全に断裂していますね。賊に遭ったとは聞いていましたが……』
「異世界転移と同時に賊に捕まる、か。不運な事だ」
本当にそう、とネネカは声に出さず思った。
異世界転移の時点で不運の極みのようなナニカでしか無いのに、そこに賊というダイレクトな不幸の極みが襲い掛かってきているのだ。
ヴェルサスという規格外の存在が居なければ、今頃どうなっていたか。考えたくもない。
エリーゼは一度も口を開くことなく静かに頷き、その手より光を放ち始める。
『ネネカさんは魔力が多いのですね。少し、治療には時間がかかります』
「ン?エリーゼが気にするほど多いのか?ヴェルサス以外に?」
淡い光をネネカの右足に当てながら、エリーゼはコクリと頷く。
魔力の量で治療の難易度が変わるのか。そう疑問に思ったネネカは、無言でヴェルサスを見る。
ヴェルサスは視線に気付き、あー、とどこか気まずそうに語り出す。どうやら説明を忘れていたようだ。
「今エリーゼさんが行っているのは光属性の魔法による治療です。光属性と闇属性の魔法は……って、あんまり魔法そのものの説明はしていませんでしたね。まあとにかく精神属性は、それを受ける側の魔力の影響を強く受けます。使用者との魔力量に差が有ればあるほど、影響も強く変化するんです。勿論、魔法そのものの技量もかなり影響はしますがね」
成程とネネカは頷く。
確かに、それならば治療に時間がかかるのも納得というもの。
「だが俺たちほどの術者で以ってしても効き辛いなど、今までヴェルサスしか見たこと無いぞ?それに次ぐ魔力だとでも?」
そしてクルーベルの言葉で納得する。
二人は、ネネカの魔力量を知らないのだ。
ヴェルサスとヴァメルはネネカの魔力量を知っているので、二人を経由して同僚のクルーベルとエリーゼが知っていてもおかしくは無かったのだが。
伝えていないのは意図的なものか、はたまた単に忘れていたのか。
ネネカがヴェルサスをちらりと見ると、ヴェルサスはなにやら面白そうにくつくつと笑っていた。様子からして、皇帝と組んでドッキリのようなものを仕掛けたのだろう。
「ええ、あなたたちより高いですよ、ネネカさんの魔力は。少なくとも、そうして阻害が自然と入る程度には。宜しければ当ててみてください」
楽しそうに告げるヴェルサス。
クルーベルとエリーゼはそんなヴェルサスも慣れているのか、特に気を害する様子はない。
(薄々分かってたけど、ヴェルサスって結構子どもっぽい気がする)
ヴァメルの話をそのまま受け入れるのなら、実際精神的にはまだ幼いと言えるので、幼子が身近な年長者に悪戯を仕掛けるのは不自然な事ではない。
ヴェルサスの場合、実年齢と外見と精神と実力が各々乖離しているので、それが歪に合わさった結果として子どもっぽさに大人の残酷さや冷淡さが混ざっているだけで。
「フム、阻害が自然と入るほどの魔力か……」
『今までそれほどの魔力の保有者は、ヴェルサスさんだけでしたよね?まさかそれほどの?』
ネネカはエリーゼの言葉に、静かに首を横に振る。
一般からすれば遥かに高いネネカの魔力。しかしヴェルサスの数字には到底及ばないことは理解している。対抗心が無いと言えば嘘にはなるが、恩人かつ規格外のヴェルサスに極端に張り合うのも意味が無さ過ぎて馬鹿馬鹿しい。
故に二人がヴェルサスほどの魔力なのかと戦々恐々とし始めたのを、無言で否定したのだ。本心から、素直に。
「そこまででは無いのか……俺もどれだけ効き辛いのか試してみたくはあるがなぁ」
『まだ治療中です。ヴェルサスさんよりは効きやすいですが、魔力が暴れまわっていて確実で安全な治療には時間がかかります』
「分かってる。元より闇魔法なんか無闇矢鱈と人に使うもんじゃねえしな」
戦となれば別だが、と無言だがその意思は確かに感じられた。
ヴェルサスの話によれば、この国はほんの数年前までウルグリム大陸を巡る戦争状態だったという。
ネネカは戦争を知らない。だが様々な形で、戦争の凄惨さは知っている。
此処は異世界だ。元の世界とは戦争のやり方も異なるだろう。
だが戦争のやり方が異なったとて、戦争の在り方が異なるとは思えない。国の中枢に関わる者として、此処に居るネネカ以外の三人は戦争全てにおける凄惨さを、その身を以って知っていてもおかしくない。
ヴェルサスの妙な冷淡さは、それ故のものもあるのかもしれない。
「……ちょっと前に魔法騎士団に闇魔法使おうとしていた人が何を偉そうなことを……」
「あの程度の嫌がらせで動きが鈍るようなら、魔法騎士団としての質が知れる。魔法騎士団が主に相手にするのは魔法使いだぞ?」
「………………………………」
クルーベルもまともでは無かった。恐らくまとも寄りの人物なのだろうが、どこかぶっ飛んでいる気がしなくもない。
一応、対魔法使いのための魔法騎士団とやらの教導のために、魔法使いの頂点に立つ者として試練ともいえる厳しい経験を、というのであれば理は通るが……それを盾に好き勝手やって居るようにしか思えない。
『ま!魔法騎士団の方々を思ってそのようなことまで……!流石はクルーベルさん、戦闘指揮を任されているお方です!』
「エリーゼさん、そんな高尚な目的でやってねーですこの人」
『?そうなのですか?』
「そんなことはないぞ?北西の言葉でいえば、愛の鞭、という奴だ」
『ま!やはり愛ゆえの事だったのですね!』
エリーゼはエリーゼで、ネネカの足を治しながら素で目を輝かせながらクルーベルを褒め称えている。
クルーベルが割と性格悪く、エリーゼが割と純粋というか素直な正確なあたり、扱う属性魔法で性格が変わるのだろうか。
魔法次第では変わるものかもしれないな、とネネカはちらりとどうせ万能であろうヴェルサスを見ながら思った。
(今なんかどうせとか思われてた気がする……)
そんな一瞬のネネカの視線にしっかり気付いたヴェルサス。
なんとなく考えている事も分かったが、今は特に何も言わない事にした。
意味が無いというのも有るが、ただ単に今説明するのが面倒だったので。
「しかしそうなると、少なくともネネカは俺やエリーゼより遥かに高い魔力を持っている事になるな。ヴェルサスより魔法は効きやすいとなると……」
『自分以上の魔力を持つ方など、これで二人目なので……』
「そんなに凄かったんだ、あの魔力……」
ネネカは僅かにムズムズしてきた足を必死にこらえながら自身の魔力を思い出す。足のムズムズは、恐らく治療が進んでいるという事だろう。
自身の詳細な魔力の数字は忘れたが、少なくとも全ての数字が9万を超えているのは把握している。ヴェルサスがそれ以上だということも。
エリーゼの言葉から考えて、恐らくエリーゼがこれまでヴェルサスに次ぐ魔力を持っていたのだろう。エリーゼの魔力をネネカは知らないが、十賢者に選ばれるほどだ。相当なものとみて間違いはない。
そんなエリーゼをして、魔法が通り辛いと感じるほどの自身の魔力。
改めて、凄まじい魔力を持っているのだとネネカは理解する。
「細かな数字は分からんな。だが少なくとも、俺たちより……いや、他の奴らの魔法の利きにくさを考えて……エリーゼの平均治療時間……そうなると、軽く桁が一つ上でもおかしくはないのか……?」
ブツブツとクルーベルが思考の海に身を委ね、ネネカの魔力を計算している。
恐らく立場上、エリーゼの治療を見る機会も多いのだろう。ヴェルサスも何も気にしていないのだから。
それ故、治療に必要な時間等から逆算する形で魔力を割り出そうとしているようだが……情報が少なすぎて、難航しているようだった。
「というか、今のお二人の魔力ってどうでしたっけ。最後に測ったの、去年だった気がしますが」
『確か……ええと、8000から9000くらいだったかと……』
「俺も同じくらいだな。となれば……ほぼ確実に10000以上の魔力は持っている事になるのか……恐ろしいな……」
「…………………………」
自分の魔力も大概だと理解はしているが、同時にこの二人も十賢者というだけあって十分おかしい数字をしている気がする。
聞いた話では、平均は150程度、十賢者でも1000を超えているのは少数だという話だったが。
ヴェルサスがおかしいのは今更だが、この二人も普通どころか異常の中で考えても、十分すぎるほど規格外の存在であったようだ。
もしくは、これほど規格外でなければ十賢者という座には至れないのか。
どちらにせよ。ネネカが主に関わる者たちは、この世界基準でも異常な存在ばかりのようであった。
そう理解したところで……ネネカはふと、右足のムズムズが消えた事に気付く。
『随分とかかりましたが……右足の治療は終わりました。どうですか?足の調子は』
エリーゼに言われてネネカは、右足の今まで動かなかった部分を恐る恐る動かす。
今まで動かそうとしてもピクリとも動かなかった右足は、ネネカの意思に応じて少しずつ動いていく。
「……動かせる。けど……」
『無理はなさらぬよう。傷そのものを治すことは出来ますが、流した血も、衰えた肉も、私は戻すことは出来ません』
そう言ってエリーゼは、そっとネネカの左足に触れ、先程と同様に手より光を放つ。
疲れた様子はない。が、楽な様子もない。恐らくネネカの魔力が余程阻害しているのだろう。
こればかりはネネカの体質ゆえ、どうしようもない。強いて言えば、魔力を早期覚醒させたヴェルサスに多少の責があるか、という程度だが、そもそもこの魔道具満載の家で生活する上で魔力は必要不可欠。魔力に馴染むのも多少時間がかかるというのもあって、早期の魔力覚醒はむしろ必然であったろうし、それ以外の目的を考えても魔力は必須。責められるものでもない。
『ヴェルサスさんよりやりやすくは有りますが、どちらかといえば魔力の流れがヴェルサスさんより穏やかゆえにやりやすい感じですね』
「私の魔力の流れが穏やかではないと?」
「いやお前はどう考えても穏やかな魔力はしてないだろ」
なんですと、と心底心外そうなヴェルサスだが、少なくともこの場に居る他の三人の意見は同一だ。
付き合いが遥か短いネネカにすら、魔力の流れに個人差があるのであればヴェルサスは荒れ狂っている事だろうと、なんとなく察せられるほどだ。
別にヴェルサスの性格が荒々しいとは言わない。戦場に立つことも多いであろう者だ。そういう一面も有って然るべきだし、それだけでは無いのもこれまでの付き合いで良く分かっている。
ただ。本当にただ、なんとなく。
気の流れのようなものがあるのなら、嵐のような気質だろう、と。
そう感じざるを得ないのだ。
「……ネネカさんの魔力の流れはどうなんです?」
ヴェルサスが少し不服そうに頬を膨らませながら問う。
ヴェルサスの問いにエリーゼは、うーん、と少し悩んだ後。
『暗い砂漠に立ち上る燃え上がる竜巻を纏った雷雨のような感覚ですね』
「まさかの災害???」
「それ穏やかか???」
「それが穏やか判定になる私の魔力の流れイズなに???」
どう考えても穏やかではない例え。ネネカの方が嵐のような魔力だった。
ヴェルサスと比較した場合穏やかなのかもしれないが、その場合ヴェルサスの魔力は一体どれほど荒れ狂っているのか。
嵐というのも生易しいほど暴れまわっていても、おかしくはない。
「あ、そういやコイツの魔力だが、大体11000ぐらいとみた」
『私は20000前後かと』
二人が各々の予想を上げる。
答えを知っているヴェルサスと、張本人であるネネカは、ほうとその理由を問うように一つ息を吐く。
「2万は多すぎないか?ヴェルサスが規格外なのを加味しても、1万ちょっとだろ」
『治療していた感覚ですが、魔力の量よりも魔力の流れで治療の難易度が異なる感覚でした。かかる時間そのものは他の方々が我々に治療を行った際と同程度。であればいっそ、相当ぶっ飛んだ数字のがよろしいかと』
「だからといって2万は無いだろう。それほど高い魔力を持つ人類が……それ以上がそこに居はするが。だが俺たちでさえ、各々で人類種の特異点クラスだぞ?」
『うーん、流石に多すぎますか……』
どうやら二人の間で、2万はあまりに多すぎるという感覚らしい。まあ十賢者でこれまでヴェルサスに次ぐ魔力とされていた二人なのだから、そう考えるのも当然ではあるが。
ネネカはちらりとヴェルサスを見ると、ヴェルサスは楽しそうにしていた。まるで、悪戯が成功した子どものように。
「だが確実に万は超えているよな。となれば……100の魔力の差でかなり治療も使い辛い事は体験しているが……」
『私たちからの場合、前例がヴェルサスさんだけなので何とも。……ヴェルサスさん、ネネカさん。答えは何でしょうか?』
二人の考察は行き詰まり、先程のアンサーで一先ず打ち止めのようだ。
まあ平均が150程度なのだから、ヴェルサスほどでなくても規格外の魔力と言われて思い至る数字の限度はそのようなものだろう。クルーベルやエリーゼを咎められるものではない。
実際の、真正の規格外は理の内に在る者では理解出来ないものだった。それだけのことだ。
「答えは見てもらった方が早いでしょう」
そういってヴェルサスは、球体の何かをふよふよと浮かばせ渡す。
それは以前、ネネカが魔力測定に使った水晶玉のような魔道具だった。
内部の数字は表示されたまま。どうやら一度入力されると、永続で表示され続けるようだ。
浮かばせているのは、どうやら極めて薄い魔法の氷の膜で水晶玉を覆い、それを操って浮かばせているようだ。明らかに難しい技術だが、ヴェルサスにはどうという事は無いのだろう。
ネネカの魔力が刻まれた水晶玉をキャッチしたクルーベルは、エリーゼと共にその内部の数値を見て……そして二人揃って驚愕し、絶句する。
「きゅ、きゅうま……!?」
『私たちの、十倍以上……!?』
驚愕してなお、エリーゼの治療は続いている。慣れているからか、意志と治療が関係無いのか。恐らくは前者だろうが。
少なくとも二人の驚愕は、心底からのものであるのは事実だろう。
当然だ。魔力に関する値の平均が150、十分に規格外とされる自分たちで1万に届かない中で、ヴェルサスと同様に桁違いの魔力。驚愕しない方がおかしいというものだ。
「……おい、ヴェルサス。コレが分かって抱えたのか?」
「まさか。あの時はネネカさんを保護することでいっぱいいっぱいでしたよ。ネネカさんを発見した直後は、賊に対して割と怒り狂ってましたし。魔力感知も覚醒前な上に竜の魔力と次元魔力の残滓で塗り潰されてましたし」
怒り狂っていたか?とネネカは一瞬疑問に思う。
が。確かに自分を救出した直後にあの森林ごと焼き尽くしていた。あの時の火力は、単に賊を殲滅するだけにしてはかなり強力な炎であったし、その際の口調も異様なほど丁寧であろうとしている雰囲気があった。
淫魔という種族が、そういう行為を好みつつ尊ぶとして。強姦を何よりも忌み嫌うとして。
確かにあの場、あの時には怒り狂う理由は確かに有ったし、今のヴェルサスでは考えられないストレートに暴力的だったのも事実。
であれば。あの時のヴェルサスが本当に内心怒り狂っていたとしても、おかしくはない。
『ヴェルサスさんも怒ることがあるのですね』
どこか驚いた様子のエリーゼ。それに対し呆れ気味なヴェルサス。
「なんだと思われてんですかね、私。……怒らない人は怖いでしょう逆に」
ヴェルサスは決して感情を隠すタイプでは無い。が、感情が表に出まくるタイプでもない。演じているのかと思うほど、立場と能力にしては普通なタイプだ。
だから怒る時は怒るし、喜ぶときは喜ぶ。実際ネネカが元の世界の事を語っている時は、見た目通りの幼子のように目をキラキラと輝かせて聞き入っていたこともかなりあった。
しかしそれで居て、長い付き合いかつ深い付き合いであろうエリーゼがそう驚くのだから、余程エリーゼの前では怒り狂った自分を見せていなかったのだろう。
あるいは見せたくなかったか、見せる機会が無かったか。
エリーゼの妙な純粋さを考えると、見せる機会が無かった可能性のが高いかもしれない。
「魔法適性は?まさかそこまでヴェルサスと同じか?」
「まだ調べてないです。調べる魔道具、今騎士団に貸し出してるので」
「ああ、この時期の新人の。旧式は?」
「うちにあるのは壊れてました。元々何十年も使われてる奴でしたし、劣化でしょうね」
「マジでか。いやまあ前に見た時点でガッタガタだったからな、仕方ないか」
ヴェルサスとクルーベルが話しているが、内容はあまり分からない。
が、魔法の何らかの適性を測る装置の話だとは理解できた。
その適性がどういったものなのか、どういう装置なのかは、ネネカには皆目見当もつかないが。
「返還され次第調べるのか?」
「望むのであれば、といったところ。普段の自衛程度なら、ぶっちゃけこの魔力で魔弾飛ばすだけで大抵の敵に風穴開けれますし、戦いの道でないなら調べなくてもいいかなあ、と」
「この魔力で魔弾放ったら風穴どころか大抵の奴が消し飛ぶわ」
そうですか?と疑問そうなヴェルサス。
まあどんな魔法であれ、この魔力で放たれれば余程でない限りは極めて高い威力を叩き出すことだろう。
尤も、この世界での魔法の仕様が分からない事には、ネネカは使う事もままならないのだが。
「まあその辺りは後ほど。お二方がわざわざ私の家まで来たのは何故です?」
「え?」
ヴェルサスの問いに、思わず問われて居ないネネカが声を上げる。
足を治すために呼んだのではないか、と視線で問えばヴェルサスは少し唸る。
「ぶっちゃけ魔力が安定しつつ落ち着いて循環されてさえすれば、エリーゼさんに高品質の上級治療ポーションか最上級治療ポーション送ってもらえさえすれば、私が処置できるんですよね」
「出来るの!?」
「まあハイ」
ヴェルサスが淡々と述べた事実に、クルーベルとエリーゼは苦笑する。
要は薬さえ送れば二人は要らないと馬鹿正直に言っているようなものだ。普通なら気分を害して当然の事。
それを苦笑で留めているのは、二人がヴェルサスのことを良く知っているからに他ならない。
「で、でも、今こうしてエリーゼさんの治療も時間がかかって……」
「以前教えた魔力の循環を行っていれば、自分が受けるポーションの効果も迅速かつ強化されますので、高い魔力持ちは下手に他者から直接魔法を受けるよりポーション使った方が回復早いですよ」
「そうなの!?」
そうですよ、とヴェルサスがちらりとクルーベルとエリーゼを見る。
二人はヴェルサスの意思を理解し、各々服の一部を開く。
そこには細い瓶に入った赤い液体が、複数本それぞれ持っていた。
あれがポーションなのだろう。ヴェルサスが今現在持っていないのは、寝巻だからかそれとも不要だからか。
「私の本当に最初の本来の予定としては、エリーゼさんに負傷用ポーション作って送ってもらえばいいや、と思ってたんです。が、ネネカさんが異世界の存在だと把握した時点で予定を変更、私と同様次元魔力反応を感知したエリーゼさんと、様々な理由で隠し通すのは不可能だろうと判断したクルーベルさんには情報共有を決定しました。勿論、ヴァメルや他の一部の理者にも」
ぽーん、といつの間にか作り出された水のボールを弄びながら、ヴェルサスは視線をクルーベルとエリーゼから離さない。
どうやらヴェルサスには、暇な時に水のボールを弄ぶ癖が有るようだ。
意味があるのかは分からないが、少なくともネネカはこれまでで暇な時に水のボールを弄っている姿を頻繁に見ている。
ヴァメル曰く内面は子どもだそうなので、そういう面がこうして表れているのかもしれない。
「ただ、正直お二方を含む皆への説明は予定してましたが急ぐものでは無かったですし。私としてはとりあえずポーションだけ送って、時間のある時に皇城で直接説明する時間をくれれば、と思っていたのですが。何故か直接、しかもクルーベルまでもが、城ではなく私の家に。一応事前連絡は受けておりましたがその理由が分からなくて、なんでかなァ、と」
要するに、最初はポーションだけ頼んでいたし呼んでも居たが、あちら側の何かしらの事情でこの家に直接来たので、その何かしらの事情を知りたいという事だ。
確かにヴェルサスは今まで、エリーゼを呼んだとは言っていない気がする。頼るようなことは言っていたが、直接呼んでいるとは言っていない。
この二人が此処に居ること自体、ヴェルサスとしても予定外極まり、その理由が気になるところなのだろう。
「てことで。なんでです?」
「せめて私の足が治ってからにしてほしいなあ……」
「つーか一応機密も混ざってんだが。ネネカの事とはいえ」
『いつものヴェルサスさんですね』
コレがいつもなら色々苦労してそうだな。
ネネカは自然と、そう思った。




