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荒廃の大地より愛欲を込めて  作者: 蓮見燐
1章 最強と少女
17/44

16:在宅業務が出来るならその方が気楽

 ネネカがこの世界へ来て、早一週間。

 今日も今日とてネネカは、この世界について勉強していた。

 現在は体内の魔力が安定してきたので魔法の練習……といきたかったが、まずはという事で文字の勉強をしていた。


「んー……」


 場所はヴェルサスの執務室。事実上のヴェルサスの仕事部屋となっているこの部屋の中央の机で、ソファに座りながらネネカは唸っていた。

 魔法ではなく文字の練習をしている理由は単純。

 読めなければ、魔導書を読むことも出来ないから。それに尽きる。

 ヴェルサスからまだ詳しい事は聞いていないが、魔法の扱いにおいて魔導書はかなり重要らしい。そのため文字の勉強はほぼ必須。魔導書無しでも扱えなくは無いが、ヴェルサスが指導する上では無駄があまりにも多すぎるとのことだ。

 その故文字を現在は勉強している、が。


「分からないところが有りました?」

「強いて言えば全部だけど。……一部の文字の違いが分かり辛くて」

「?……あー、棒の長さの違いですか……慣れてください」

「やっぱりそうなるよねえ」

「高官でも割と普通に、一度は読み間違える人居るんで……読みが全然違うので、文脈ですぐ違うって分かりますけどね。あ、この文字はこっちが一般的な奴ですね。こっちは大陸の北の方で主に使われてる文字型です」

「ややこしいなあもう!」


 文字の習熟は順調、とは決して言えなかった。

 元より言語は同じでも全く異なる文字……それこそ記号にしか見えない文字を覚えるのだから、躓く点はあって当然。しかも文字自体が僅かな棒の長さや角度の違い、カーブの具合一つで別の文字になるという絶妙な複雑さも含むため、この世界で文字を学んでいる者ですら時折間違うほどだという。

 当然ヴェルサスから文字の教科書は数冊渡されているし、言葉は同じなので自分の世界の対応する文字と並べて、少しずつ習得はしている。純粋な文字の読み書きだけならば、既に中々のものとはなっている。

 二人にとって誤算だったのは、文字の教科書は国の至る所から試作的な形で送られてきたものばかりであり、試作ゆえに教科書の記述に誤りが相当数あるということ。

 記述に誤りがあるだけならともかく、そこに加えて地域差による僅かな文字の形状の齟齬や方言的な言葉の違いまでそれぞれの教科書に発生していて、誤りと併せて凄まじくややこしい。

 結果、決して文字の習熟が順調とはいえない現状であった。


「うう、異世界なのに夢が無い……歩けないしご飯は不味いし文字はややこしいし……」

「足は近々どうにかなりますから。食事が不味いのは本当にごめんなさいとしか」


 食事に関しては、食材自体は元の世界と基本同じであったため、ネネカも調理が可能とは判明した。

 元の世界では姉が帰ってこない日には普通に自炊もしていたネネカ。一般家庭レベルとは決して言えないレベルのものをある程度作れるため、試験的なものも兼ねて昨日はなんとかヴェルサスの分も含めての朝食二人分は普通に美味しく作る事が出来た。

 が、流石に自分の足で立てず、車椅子等も無いのに一人で調理を行うのは中々に難しく、ヴェルサスの補助が有ってようやく二人分。それも、この土地の基準では美味しいだけで、ネネカ的には不満の残る出来。

 動き辛いだけでなく自炊による食事の改善も含まれるようになった今、揃って足の回復を切に望むのも致し方ない事でもあった。


「っと、そうそう。その足の事ですが、もしかしたら今日か明日にはどうにか出来るやもしれませんよ」

「え」


 そんな都合よく急に?という疑問を込めて視線を送るネネカ。

 苦笑するヴェルサス。事実タイミングがあまりにも丁度良すぎるが故。


「十賢者の一人、エリーゼさんに頼んでいる事についてはヴァメルから聞いたようですが、元々保護したその日に頼んでまして。エリーゼさんなら、無制限では無いですが町ごとに転移できるので、当日とはいかずともすぐだろうと思っていたんですが……」


 ヴェルサスはぽふぽふと、自身の仕事用の机に置かれた小さな投函箱に取り付けられた飾りの小鳥に触れる。

 小鳥はまるで生きているかのようにふわふわとし、生きているかのように小さく身動ぎするが、どう見ても生物には見えない。良くてそう動く人形程度だ。


「これ、魔道具なんですけどね。一方通行ではありますが、この中に手紙を入れると指定した場所へ手紙を即座に転送してくれるんです。それでエリーゼさんの屋敷へと手紙を送ったんですが……どうやら数日帰宅していなかったようで」

「あー……」


 即座に届く手紙と、即座に移動できる術者。

 それは確かに、本来は即日もしくは翌日にはどうにかなっていてもおかしくなかろう。

 その手紙を見ていれば、の話ではあるが。


「どうにもエリーゼさんが治めてる都市の付近でスタンピード……あ、魔獣の大量発生の事です。その予兆が有ったらしく。スタンピードは下手をすれば都市どころか国を滅ぼしかねないので警戒を怠る事が出来ず、結果こうして遅れてしまいまして」

「……まあ、個人の事情と国の事情だったら、仕方ないよ」


 国の危機と個人が今困っているだけ。どちらが重要度高いかは、問うまでも無い。

 食事どうこうに関しても、他ならぬヴェルサスが食事の味の悪さを認めネネカが育ちの関係で我慢が難しい事を理解しているとはいえ、食べられるだけ遥かにマシ。味が悪いだのという我が儘を通せる立場でないことは、ネネカも十分に理解している。

 故に、治療が遅れた事に関してネネカは、文句は何一つない。

 ない、が……自分が苦痛とまではいかずとも不便なことは事実。

 納得はしているし理解もしている、文句も無い。

 だが不満が生まれてしまうのは、仕方のない事だった。


「私が行けたらさっさとスタンピードの元を消し飛ばして終わらせられたんですけどね。私強すぎて、皇都周辺からあまり激しく動くと色々ピリピリしちゃって面倒なんですよねー」


 ネネカの不満を察しているが故の、ヴェルサスの言葉。

 実際最強と謳われるヴェルサスがどれほどの実力なのかは不明だが、少なくともそこらの魔獣が多少の軍勢で襲い掛かろうとも意にも介する事は無いだろう。

 そんなヴェルサスが、国の情勢を鑑みて出陣すべき時に出陣出来ない事の、歯痒さと来たら。

 ネネカの不満の一因であると同時に、国に属するものとしての立場の難しさを理解しているヴェルサスは、ある意味においてネネカに近しい存在なのだろう。


「ままならないね、色々」

「ままなりませんね、色々」


 人が作る国。国が作る世の中。

 世の中にとって善いものであるためには、時には個人の意思を踏み躙らねばならない。平和とはそういうものだ。

 若くしてそれを理解出来てしまうほど聡く、経験が豊富な二人の少女は揃って溜息を吐いた。


「とはいえ私の代わりに、スタンピードのような対大軍戦闘においては私以上に効果覿面な十賢者が向かい、発生したスタンピードは無事に鎮圧されたと先日報告が届いています。その際にようやく私の手紙に気付き、すぐこちらに来ようとしたようですが……」

「大体察した。スタンピードの後始末から手が離せなかったんだね?」


 こくり、とヴェルサスは頷く。

 無事に鎮圧されたとは言っても、一切の被害が無かったとはいかないのだろう。ましてその地を治める者ならば、それを捨て置くなど出来るはずもなし。

 世の中にはそれを放置する為政者も居そうなものだが、少なくともその地を治める十賢者はそうではないようだ。


「まあ、理解したからいいやそれは。っていうか、十賢者って土地を治めるの?」

「理者には都市一つとその周辺の土地を領土として与えられますよ。都市といってもかつては国だった場所なので、正確には国一つ貰うようなものですが」


 流石は皇帝直属。世界最高の存在ばかりが集う組織。実質国を貰えるとは太っ腹だ。

 まあ理者となるためには余程の才能と努力が必要になってしまうので、決して容易い道のりでは無いだろうが。


「それならヴェルサスちゃんも土地を治めてるの?もしかして皇都を治めてるとか?」

「ンなわきゃあねえでしょう。というか皇都を皇帝が治めなくて何処を治めるんですか」


 ヴェルサスの呆れた視線がネネカに刺さるが、一理ある疑問でもある。

 土地を治めているのなら、なぜ皇都に居を構えているのか。此処が別荘の様なものなのか、管理していないのか。

 その疑問故の問いである。


「一応有りますよ。14の巡礼地、うち一つを私が管理しています」

「え、管理してるんだ。しかも巡礼地って明らか凄そう。此処に居て管理できるの?」

「管理自体は然程問題ありません。以前言った……か忘れましたが、この国は元々侵略によって領土を拡大してましたから。都市ごとにかつての管理者等が残っている場合も多いので、その者たちに領主代行等を任せているのが殆どです」


 要するに、かつて其処に存在した国の人類に基本の管理は任せている、ということだ。


「あ、それで大丈夫なのかとか思ったでしょう」

「思うよそりゃ……反乱とか大丈夫なの?」

「正直あまり大丈夫では無いんですが、ぶっちゃけ理者って全員なんだかんだで忙しいので、都市の管理とかまで手が回らないんですよね。そのくせ都市で反乱が起きたら管理者たる理者の責任となる。面倒な話です」


 ふぅ、と一つ息を吐くヴェルサス。

 理者がどう忙しいのかは分からない。が、間違いなく全員が強者もしくは賢者と呼ばれる者たちだ。大陸一つ掌握する巨大なこの国を管理する上で、彼ら彼女らを必要とする場面は無限に在るだろう。

 そこに加えて都市の管理となると、個人の素質等にもよるだろうが流石に手が回らないのも納得では有った。


「でもヴェルサスちゃんはいつも此処で何か書いてはその投函箱で送ってを繰り返してるだけな気が」

「否定できない。……私はそんな他の理者が管理できない土地を、代行という形で管理責任者を担っています」


 まさかの代行。

 言われてみれば納得でもある。ヴェルサスの机の上に置かれた投函箱で、設定した場所に幾らでも手紙を送れるというのなら、遠隔でも多少の管理は出来るであろうから。

 普段の何かを書いては投函箱で何処かへ送っているのも、その管理の一環だとすれば納得ではある。

 が、何故ヴェルサスがそれを行っているのか。ネネカはそれを問う。


「ンー、私がやらなくてもというのはあるんですけどね。立場等から発生する命令関係のシステム上、理者が管理する土地及び都市の政策の決定権は例外なく理者に存在します。部下がどれだけ協議を重ねて政策を決定しても、理者が命じない限りはそれ以外の代行が居ても政策を執り行う事は出来ませんし、無断でやっても理者及び皇帝への越権行為もしくは反逆と見做され厳重な処罰が下されます。ので、私がやるしか無いんです」


 要するに徹底的なまでの理者と皇帝への権力の集中と、理者の多忙が合わさった結果、一番動けないヴェルサスがその管理を一手に担っている、という事のようだ。

 皇帝やその直属たる理者の立場を絶対的なものにするために権力の集中は必要なものだったのだろう。ただ、その結果巡り巡って年若いヴェルサスに様々な不利益が降りかかっているのは国の管理としてはどうなのだろうか。


「まあ、暇潰しにはいいんですけどね」

「さっき言ってた、皇都周辺から動き過ぎるとピリピリされるからって?」

「ええ」


 ヴェルサスの実力の詳細は未だ分からない。が、少なくともウルグリム皇国にとって最強の手札であることは間違いない。

 しかし最強故に一挙手一投足が周囲へ与える影響は極めて大きい。国内の反乱分子を炙り出す目的ならばともかく、平穏を望む平時にそんな影響を与える意味は毛頭ない。

 それ故自由な活動が出来ないヴェルサス。暇と思うのも仕方ない事だし、暇潰しとして他理者の領土管理を代行するのも納得なことではある。


「どの道、理者の土地は理者の誰かが管理しないと駄目なんです。その上でエリーゼさん以外は、自分の領土が栄えようが衰えようが興味のない人、もしくは手を出すことも出来ないほど忙しい方たちばかり。であれば暇な私が管理するのが合理的です」


 自分の領土の衰退にすら興味が無いのは上に立つ者としてどうなのかと思わなくも無いが、元より能力主義で任命された者たち。人によっては興味が無いのも仕方ないのかもしれない。


「ヴェルサスちゃん、合理的思考で動くタイプなのかな……。で、そのエリーゼさんだけは真面目に自分の領土の管理をしている、ってこと?」

「割と気分で動きますけど。エリーゼさんに関してはそうですね。理者直轄となっている20の土地の内、私が唯一管理していない土地。それがエリーゼさんの治める土地及び都市です」


 ぱらっ、とヴェルサスが机の引き出しから、一枚の折りたたまれた紙のようなものを放ってくる。

 ネネカはそれを受け取り広げてみると、そこには見た事も無い都市が描かれていた。

 絵画のようなものではなく、鮮明に描かれているわけでもない、あくまで都市を斜め上から鉛筆で下書きしたような。そんな絵だった。


「それが、エリーゼさんの治める聖都ホープです。この大陸で二番目に発展している都市。一番は少々歪な発展となっているので、事実上一番発展している都市とも言えます」


 その都市の絵を見て、ネネカは心底の絶句をした。

 こういったファンタジー世界特有の都市を想定し、その中で発展したものをイメージしていたネネカ。

 しかし描かれている都市は、そんな生易しいものではなく。

 恐ろしさすら感じるほどシンプルに、天をも貫くひたすらに巨大な塔。

 バベルの塔が如き巨塔が、そこには描かれていた。


「……てっきり、皇都と同じような建物があるとばかり」

「驚かれるのも無理は有りません。ですが事実、空を超えて今なお作られ続けるその巨大な塔こそが、この大陸で最も繁栄している都市です」


 この絵で見る限り、塔の側面には大砲のようなものが膨大な数設置されているように見える。防衛用の設備かなにかだろうか。

 まともな建造物では無いのは分かる。雲を超えて天を貫く巨塔がまともであるものか。

 そもそも塔の外縁からしてあまりに巨大だと分かる。何しろ描かれている門が米粒程度の大きさにしか見えないし、大砲もよく見れば大砲と分かるだけで一見では黒い点のようにしか見えない。

 一体どういう考えでこんな建造物が存在するのか。建築法などは大丈夫なのだろうか。魔獣などの脅威は。

 そんな疑問がネネカの内に浮かんでは消えていく。

 それほどにこの世界には似つかわしくない、異質な建造物だった。


「異世界人からしても異常ですか?そういった構造物は」

「……異常というか……まあ異常か。こんなに大きく塔にする理由あったのかなって」

「上だけじゃありませんよ。地下にも膨大に広がってます」


 地下もあった。流石に上の塔ほど膨大なわけでは無いだろうが、十分すぎるだろう。

 どちらにせよ、元の世界でも創作ですらあまり見なかった構造物。この想像通りの現代ファンタジーな世界に存在するものとしては異質と見るには十分すぎた。


「そういう構造になった理由は単純で、土壌的な問題でこれ以上横に広げらんなかったんですよね。だのにウルグリム皇国で最も繁栄している都市故に様々な機関が集まっているかつ、移設されてきただけとはいえある宗教の総本山でもあり、14の巡礼地でもありと、どうしても様々な理由で場所が足りなくて」

「結果、上と下に馬鹿みたいに広げたの?こんなに???」


 こくり、とヴェルサスは頷く。

 馬鹿みたいに、という言葉に一切否定が入らない辺り、国を運営する側のヴェルサスとしてもどうかとは思っているのだろう。

 しかし土壌的な問題はそれこそ膨大な時間をかける必要のあること。長い時間をかけて土壌を改善するよりも、眼前の解決を取った。その成れの果てがこの塔なのだろう。

 多少やり過ぎているとはいえその選択を誰が責められようか。この世界では、そもそも土壌の改善技術すら存在するのかも怪しいのだから。


「もう少し色んな所に機能を分散出来たら良かったんですけどね。ただまあ……他国が信頼できる場所、信頼できる統治者、魔獣の発生し辛い比較的安全な場所、他国との境界線からの距離……様々な理由で、ホープが一番都合良い事が多いんです。幸か不幸かは分かりませんが」

「難しい話か」

「難しい話です」


 もっと詳しく語ろうと思えば、ネネカも語ることは出来ただろう。

 出来る限り表面上の事だけを語ったのは、それが面倒であったからか語りたくないからか。

 どちらにせよ難しい話であるが故にあっさりと語ったのは事実だ。

 どの道、重要なのはホープを統治する理者の方。統治されている都市の方は大雑把に知っていればいいという考えもあるのだろう。


「でも、そんな凄い都市を統治している人を手紙一つで呼び出せるなんて、ヴェルサスちゃんやっぱり格別な感じなんだね」


 ネネカが、ホープが描かれた紙をヴェルサスに返しながら、これまでの話を聞いて思ったことを素直に言う。

 贔屓でもなんでもなく、それは純粋な感想だ。

 ヴェルサスの立場は、ホープを統治している者と同じ。理の裁定者。十賢者の同僚。

 しかしヴェルサスはそこに、世界最強という称号も加えられている。他の、理の裁定者と立場が明確に異なったとしても、おかしくはない。

 そう判断しての事だったが……ヴェルサスは少し困った雰囲気だった。


「え、これも違うの?」

「今までが察し良すぎ当たりすぎだったんですよ。……ええ、まあ……世間一般では一応、私が理者筆頭とか言われてはいます」


 世間一般。一応。

 そう言うということは、実際は異なるという事に他ならない。


「理者内部には上下関係は有りません。先輩後輩、年齢ですら、理者間の上下関係を構築するものとして扱う事は許されません。理者の上には皇帝のみ、理者の下には皇帝と理者以外の全て。個々人の実力の差や任命順の番号、功績を連ねた表とかは有りますが、それが権力構造に影響することは有りません。基本は理者は理者、それだけのシンプルな関係なんです」


 たまに上下関係作る馬鹿は居ましたけど、とぼそりと凄く嫌そうに溜息を吐きながら呟くヴェルサス。

 居ました、と過去形で語っている時点でまあまあ察せれるものはある。


「あ、担当はある程度ありますよ?戦略指揮担当のクルーベルとか、現場前衛指揮担当のユーリさんとか。……最終兵器担当の私とか」

「ストレートすぎるでしょ其処だけ」


 実際扱いは最終兵器なのだろうが。

 しかし上下関係は無くとも担当分けはされており、それを受け入れているというのは中々に良好な関係を築けてはいるようだ。

 その中で恐らく満場一致で最終兵器担当とされたのは、まあ彼女の能力ゆえ致し方ないと言うべきか。


「ですがそういう担当分けはあっても、上下は無いです。今の理者には本当に。なんだかんだ全員……なんだろ。……まあ……お友達感覚?で互いの場所に気軽に行き来するんです」

「表現に結構悩んだね。同僚故の親しみとかでいいじゃん。要するにそういう感じでお願いしたら来てくれるだけの関係ってこと?」

「同僚というには、私の中では今の理者は少々身内に近いもので。……まあ、お願いで来てくれるのはそうですね」


 ヴェルサスが空中に魔法で、水で文字を一つ描く。

 それはネネカが、話しながらも書いて練習していた文字だった。

 見比べると確かに文字の形が僅かに異なった。教科書の一つが間違っていたらしい。

 ネネカはそれを修正しながら、話の続きを待つ。


「エリーゼさんともそういう感じ……ではあるのですが。私とクルーベルとエリーゼさんは、十賢者の中でも特に強い方かつ歳が近いので、特に仲が良いとは言えますね」

「仲良いんだ」

「少なくとも私はそう思ってますよ」


 決してヴェルサスは捻くれているわけでは無いし、素直ではないわけでもない。が、直球で好意を表すタイプでもない。それは付き合いの短いネネカにも分かるほどだ。

 そんなヴェルサスが、此処まで直球で好意を、なんの恥ずかしげもなく言ってのけるのだ。

 経緯は知らないが、仲が良いとは確かに言えるのだろう。


「別に他の方と仲が悪いわけじゃないんですけどね。考えが一致しない人や相容れない人は居ましたが、人には人の考えがあって当然なわけで。相容れないからと対立しなければならない理由もないですし」

「居ましたって言ってる時点で、結局排斥してない?」

「アレらに関しては色々自爆して世界の敵に成ったのでぶっちゃけ別件なんですよ……」


 うんざりした様子のヴェルサス。雰囲気からして恐らくヴェルサスも行動するほどの巨大な事態では有ったのだろう。

 世界の敵に成る、というのがあまりにも規模がデカすぎて良く分からなかったが。


「とにかく私の中では理者の皆さんとは仲が良い方ですが、その仲でもクルーベルとエリーゼさんは特別。それだけの話です」

「うん、分かってるよ。あとヴェルサスちゃんにもちゃんと友達がいて良かったと思った」

「どういう意味じゃコラ」


 言葉そのままだろう。

 決してヴェルサスは悪人ではない。かといって善人というわけでもない。ちょっと不思議なところはあるがそれだけの、演じているのかと思うほど普通の少女だ。

 しかしその力、その座は決して他者からは軽いものではなく、その外見も相まって対等の友人を作るのはどう足掻いても難しいことだ。

 そんなヴェルサスにも対等と思う友人がいる。それは普通に良い事だろう。

 少なくともネネカはそう思った。


「はぁ。そんなクルーベルとエリーゼさんが、一応今日か明日にはこちらに到着するとのことです。そうすれば、ネネカさんの足も治るでしょうね」

「ん、分かった。ありがとう。……足が動かない生活に慣れ始めてきてるから何とも複雑だけど」

「気持ちは分からないでもない」


 不便に慣れるのが悪い事とは言わない。場合によっては不便が永続する事も普通だ。ネネカも、ヴェルサスという様々な方面で規格外の存在と偶然巡り合っていなければ、足が治る可能性すら無かったことだろう。

 だがそういった不便に慣れてきた矢先に元の生活に戻れると言われても、困惑とまではいかずとも戸惑うのは致し方ない事だ。

 物事に慣れるとはそういう事なのだから。


「でも今後の事を考えれば、足を治しておくに越した事はありません。どーせ厄介ごとに巻き込まれますし」

「どーせって……」

「保護したの私ですよ?否が応でも巻き込まれます」


 ヴェルサスは少し自重するように告げる。

 事実。このウルグリム皇国という存在は、世界の他の国にとっては存在するだけで恐ろしいものでしか無いだろうし、そのウルグリム皇国で最も恐ろしい存在は何かと言われたらヴェルサスになるだろう。人々が各々どう思おうが、必然的に。

 そのヴェルサスの弱点になり得る存在。他者からすれば出自が分からなくとも現時点で最大の弱点。ネネカ。

 罠かもしれないが手を出さない理由が存在しない。少なくともヴェルサスという最強の足を僅かでも引っ張れる可能性があるだけでも、魅力的過ぎるために。


「そうでなくても、なんらかの拍子に異世界出身という事が知られたり、膨大な魔力を保有しているのに戦闘能力がない事が知られたりすれば、私の存在を完全抜きにしても確実に狙われます。そんな魅力的な存在が足を負傷していて歩けないとなったら、もうただのエサにしかなりません」

「うん、それは分かる」


 こういう世界だ。元の世界以上に、善人と同時にどうしようもない悪人が数多く居ることも理解している。同時に、善人から悪人に落ちた者も、悪人から善人に成ろうとする者も。

 そんな者たちにとっても、現在のネネカはあまりにも魅力的なエサでしかない。

 ヴェルサスはこの世界で最強と成った者としてそれを嫌というほど理解して居るからこそネネカにまずはこの世界の教育を施しているのだし、ネネカも元の世界で創作物に比較的明るかったが故に理解出来てしまい面倒とは思いつつも勉強を受けているのだ。


「……私はエサで居るつもりはないよ」


 せっかく自由になれたんだから、と心の中でネネカは付け加える。

 ヴェルサスがその意思を感じ取ったかは定かでは無いが、少なくとも何かの事情を察して静かに頷く。


「なれば尚更、足は治して勉強はするべきです。別に自分の事だけ考えなければ生き残れないとか言うつもりはないですが、自分の事も考えられない奴が生き延びられる世界ではないので」

「ん、分かった」


 要は身体を万全にして知識も備えなければ生き残れない、という事だ。

 生命という存在が知性を以ってシステムを作る限りは、それは何処の世界も同じなのかもしれない。

 ネネカの生きていた比較的平和な世界でさえ、ある程度は生き残れるとしても、結局は健康な身体と優れた知識を以って金銭を稼がなければならなかったのだから。

 ネネカは大人しく机の上の教科書とノートに目を向け、ヴェルサスも机の上の書類に手を伸ばす。


「……なん、なにこれ?ウルグリム大陸のゲテモノ展覧会???」

「気になり過ぎるんだけど」


 本気で困惑したヴェルサスの呟きが気になり過ぎて、速攻で勉強から意識が外れるネネカ。

 どうやら先程の話にあった他の理者の領土の管理に関するものらしいが……どう考えてもまともじゃないのは確かだろう。

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