15:あいつは私が育てたとか言いたいに決まっている
「今日は世界の常識についての授業にします」
「割とヴェルサスちゃんエンジョイしてない?」
「否定は出来ません」
魔力の測定をした日から数日後。
殆ど教室に造り替えられたヴェルサスの屋敷の一室で、今日も今日とてヴェルサスが教壇に立ち授業を行う事になった。
教壇に立つというのは、今回より比喩的なものではなく文字通り教壇に立っている。今まで使用されていた教卓が退けられ、代わりに教壇と黒板が設置されている。本格的に教室に成って来たのだった。
ちなみに教壇と黒板は魔道具である。ヴェルサス曰く「ノリノリで作りたての試作品を押し付けられました」とのこと。勿論試運転など行われておらず、動作も未確認。そもそも何が起こるかも分からない。この家から魔道具が減ることは無さそうだった。
「今日までで大体のこちらの世界とそちらの世界の様々な違いは理解出来ました。と言ってもあくまで世界について大雑把な違いの把握程度ですが。今回はそれを改めて確認しつつ、こちらの世界での常識を授業として行わせていただきます」
「結局文字は後回しなんだね」
「言葉が通じるのなら優先順位は高くはないですから。まあ優先順位が低いわけでもないんですが、世界には識字率の低い国も多いですし、我がウルグリム皇国も皇都や聖都以外では簡単な読み書きも出来ない地域のが多いので。それでも直近の問題は少ないレベルなんで、じゃあ他の事優先した方が良いな、と」
勿論後でしっかり覚えていただきますが、と付け加えるヴェルサス。
確かに、識字率が低くとも問題があまり発生していないのなら、他の事に手を付けるのはおかしな話ではない。
むしろ他に、先に覚えるべきことが有るのならそれを優先すべきでは有ろう。
「というわけで、今日は主にこの世界に存在する様々な種族と通貨と少しだけ情勢について授業していきたいと思います。主に種族。どうやらネネカさんの世界には、こちらで言うヒューマンしか人類種は居なかったようですしね」
「そうだね。細かい違いは地域ごとに多少あったけど」
実際、ネネカはこちらの世界で言うヒューマン。目の前のヴェルサスのような、淫魔など元の世界に存在しなかった。
細かい人種の違いこそあれ、明確に種族レベルで異なる人類は他に存在しなかった。
それをヴェルサスも把握したが故の、今回の授業なのだ。
「というわけで授業をしていきますが……先に通貨についてお話ししましょう。特に先延ばしにするものでもないですし、然程長いものでもないので。というか重要度はこちらのが高いですし」
「ああ、まあ、うん。そうだよね普通に考えて」
種族の知識と通貨の知識。直近で必要なものはどちらかと言われれば、通貨の知識だ。
種族の知識も決して軽視できるものでは無いのだが、大雑把に別種族が存在していると理解して居れば、少なくともネネカはそういう事も有ると理解してスルー出来る。
事実、ヴェルサスの種族が淫魔でも大して気にしていないし、この数日でそこそこ親交を深めたこの屋敷のメイドたちにも異種族は多いが、特に気にしていない。
対する通貨は、そういうモノが有ると把握しているだけではどうにもならない。単純なモノの売買であっても、計算が出来ても通貨の存在や単位も知らなければ意味がない。
加えて世界で過ごす上でどう足掻いても通貨の存在は扱う事になる。となれば、種族よりも通貨の知識が優先度高めとなるのは、必然であった。
「この世界の通貨は、四つです」
ヴェルサスがそっと、四つのコインを取り出し、宙に浮かばせる。
左から順に、銅のコイン、銀のコイン、金のコイン、白いコインだった。
「単語は大体同じようなので、恐らく通じると思います。左から、カッパーコイン、シルバーコイン、ゴールドコイン、プラチナコインです。地域によっては銅貨、銀貨、金貨、白金貨と呼ばれて居ます。ネネカさんの出身と文化圏が近い場所ではそちらの呼び名だったかと」
「大体察した。銅貨……カッパーコインが一番価値低くて、プラチナコインが一番価値高いんだね?」
「そうですね。単語や意味が通じると理解が早くて助かります。通貨も同じだったんですか?」
ネネカは静かに首を振る。
ネネカの世界では、通貨は国ごとに異なった上、一部は硬貨ですら無かった。そのためこの世界の通貨も見た事が無い。
しかしゲームを含む創作物では度々、硬貨だけが通貨となっているものも見て来た。この世界の通貨と同じ、4種の硬貨が通貨となっているものも度々。
そういったものに触れていたため、通貨が異なれども大体は理解が出来るのだ。
「そうですか。……となればこれは本当に大雑把でいいかもですね。それぞれしっかり価値も固定で設定されており、プラチナコインはゴールドコイン100枚分の価値、ゴールドコインはシルバーコイン100枚分の価値、シルバーコインはカッパーコイン100枚分の価値となっています」
「わあ、分かりやすいけど面倒な予感。100枚で上のランクのコインにってことね?」
「はい。基本的に1200コインと言われたら、シルバーコイン12枚分と思って頂ければ。面倒は……慣れて頂くしか」
慣れるしかないのは理解しているが、同時に簡単に慣れはしないだろうともネネカとヴェルサスは理解している。
何度も言うが、言葉や単語が通じるだけの別世界なのだ。異世界に容易く馴染めるか、と言われれば表面上は馴染めるだろうが、細かく突き詰めれば馴染みにくい部分も出てくるというもの。
通貨もその一つに過ぎないのだ。
「一応、最近は皇都で試験的に、コインの切り替わりの金額部分で数字の色を変えるようにしていますがね。ウルグリム皇国、全体的に教養のレベルが低いので必要なんです。ですのでまあ、皇都での活動であれば計算が面倒でもさほど困ることはないと思います」
「レベル低いんだ……なんで?」
「戦争ばっかしてましたからね。戦いの知識以外は余分だったんですよ」
本当にウォーランドとしか言えないな、とネネカは内心思った。
簡単な通貨の計算すらも余分とするなど、異常としか言えない。
ヴェルサスら国の上層部もそれを理解しているが故に、細かな工夫を行ったり教育を推進したり、今こうしてネネカにも明確な教育と呼べるものを行っているのだろう。
「お金についてはそんなところですね。物価については今後少しずつ学んでいくしか。ただでさえウルグリム皇国は物価が安定していませんしね」
「それも戦争の影響?」
「それも有りますが、侵略戦争で出来た大国なだけあって周辺国家との関係がピリピリしてるんですよ。なので貿易とかも必然的に危うくなりがちで。同時にうちは色んな生産能力が低いので、どうしてもあらゆるものが交易による外来品頼りになりがちなんですよ。結果、物価が安定しなくて」
シビアだなあ、と何とも言えない気持ちになったネネカ。
要は大国の割に自前の国力が低く、それ故に国の維持に外部との連携が必要不可欠なのだ。
一次産業が遅れれば、その先もまた滞るように。ウルグリム皇国もまた土壌と歴史からして一次産業を行う余裕が無く、他国に頼らざるを得ないのだ。
しかし他国からすれば、侵略戦争で以って一つの大陸を統一せしめた国家。下手に足元を見て吹っ掛け、怒りを買って国ごと滅んで吸収されては元も子もない。が、国である以上自国の利益も捨てがたい。
物価が安定しないだけで済んでいる辺り、侵略大国と周辺国家の関係としては相当上手くやっているレベルの不安定さだろう。
「どうにかうちの大陸で安定して食物だけでも生産できたらいいんですがね。元々ウルグリム大陸が痩せた土地が多く、肥えた土地はほとんどにホロウ溜まりがあり、竜種の棲み処も多く。……考えれば考えるほど頭の痛くなることばかりで、ままなら無いんですよね」
「あー、うん。やっぱり居るよね、ドラゴン。っていうか転移直後に山の方で見たし」
「地域によってはドラゴンと呼びますね。ドレイクと呼ぶ地域も確かあるはず。ウルグリム大陸には、日々風竜と地竜の群れが争ってる砂漠、なんてイカレた場所もありますからね。正直割と、キツイ大陸なんですよ」
それでも生き延びているから強いんですが、とヴェルサスは複雑そうに付け加える。
事実、そんな大陸全土で戦争を行いながらもこうして様々残っているということは、この地に生きる人々が強靭という事に他ならない。
肉体だけではない。そこで生き続けるという精神も含めて、強靭と評せるだろう。
まあその総集のような存在がネネカの眼前に居るのだが。
「まあ痩せた土地では有りますが竜種が極めて多いという点を活かして、私たち理者が時折人類圏に接近した竜種を狩ってその素材を外国と取引してるので、然程貧困というわけでもないので当面は大丈夫ですよ。裕福とは言えないのが悔しいものですが」
「土地は仕方ないよ。……私も元の世界で農業学んでおけばよかったかなあ」
「ネネカさんは此処に存在することがイレギュラーなんですから、お気になさらず。以前も言いましたが、元よりこれはこの地に生きる者の課題ですしね」
ネネカは決して頭が悪いわけでは無いが、別に農業や畜産に進んでいたわけではないので然程詳しいわけではない。
姉からテストプレイを押し付けられたゲームで、農場を経営するものは時折あったが、ゲーム故に簡略化されているものばかり。その知識が役に立つとは思えない。
テレビ番組などの知識も、ある程度は憶えているもののそれを活かせるほど全て精密に記憶しているわけではない。精々、そういうものもあったと思い返す程度。
足が動きさえすれば現場で畑を耕すなどの作業は出来ようが、知恵としてサポートするのは難しいだろうとしかネネカには思えなかった。
「さ。面倒な外交のお話とウルグリム大陸の課題のお話はこれまで。本題の、この世界に存在する種族について話していきます」
ヴェルサスはそう言って、背後の黒板へと魔力を流し込み。
「ごべっ!?」
「あぶなッ!?」
勢いよく飛び出してきた黒板が、ヴェルサスの顔面にクリーンヒット。
ネネカは自前の反射神経で辛うじて髪を掠らせた程度で回避に成功したが……当たっていたらと思うと、かなりぞっとした。
事実顔面に受けたヴェルサスは、飛行魔法を用いていた関係で妙な角度で吹き飛ばされ、現在教壇の上でのたうち回っている。
「超絶痛いんですけど!?」
涙目で顔を抑えながら、飛んでいった黒板を見る。
部屋の背後へと飛んでいった黒板は、壁に衝突して止まっていたが、次第にゆっくりと巻き戻すが如く戻ってくる。
ヴェルサスとネネカは、戻ってくる黒板に巻き込まれないよう頭を伏せたまま、頭上を黒板が通り過ぎるのを静かに待って。
そしてそっと、ガコンと元の位置へ戻った黒板を見て、ヴェルサスは恨みを込めて呟く。
「カルメン後で絶対沈める」
下手にストレートに殺すと言っていない分、ネネカはヴェルサスの事を怖く思った。
ヴェルサスは一つ溜息を吐きながら、魔法を発動する。
発動した魔法で発生した土と水の塊は容易く混ざり合い、泥となって黒板を部屋の壁へ縫い付けるが如く網目状に覆う。
覆われると同時、泥は一瞬で乾き容易く黒板を覆う檻となる。
「ハイ、ではやっぱり黒板を使わずに説明していきましょう。最悪メイド呼べばいいですし」
「黒板使えないのは納得だけど授業のために呼ばれるメイドってどう……ああ、うん。メイドって本来そういうモノだよね。この家のメイドがおかしいだけで」
「なんであいつら家主に容易く逆らうんですかね本当」
はぁ、とヴェルサスが再び溜息を吐くが、こればかりは仕方が無いだろうとネネカは思った。
メイドは主人に絶対的に仕える者。仕える者が主人より命じられて意見を述べるなどならまだしも、自ら好き勝手に抗うのは如何なものかというのは自然な事だ。
「改めて、世界の種族について授業していきます。黒板使えたら良かったんですけどね、マジで。あの水の魔法、結構面倒ですし」
「面倒なんだねやっぱり……」
「あの水のモニター、火と水と土と光と闇の合成魔法ですからね。結構めんどいんです」
想像以上に複数属性の合成魔法。それは面倒だろうとネネカも察する。
ネネカの世界の創作物において、合成魔法は大抵高難易度であった。
この世界における魔法理論はまだ深く学んでいるわけでは無いが、少なくともそれほど多属性の合成魔法は容易く行えて良いものでは無いのはなんとなく分かる。
「まず。大前提としてこの世界における人類種と呼ばれる存在は、二系統に分けられます。ヒューマンを主とする人間種と、一応は魔獣をルーツに持つ魔族種です。勿論これはあくまで大雑把な括りに他なりませんが」
「大体内実察した。私はこっちだとヒューマンで良いんだよね?」
「そうですね。この世で最も一般的な種族です。まあヒューマンの中にも細かな違いは地域ごとに存在するのですが、種族レベルの違いではないのでそこはいずれということで」
ウルグリム大陸には全部いるし、とサラッと述べるヴェルサス。
成程、全部居るのであれば確かに説明せずとも、自然と馴染んでいくことだろう。
強引な気がしなくも無いが、自然とそうなるのであればその方が良い事もある。
まあ勿論良い事ばかりではないため、ある種の賭けではあるのだが……ヴェルサスはネネカが、事前情報無く細かな違いの者たちと会っても然程問題は無いと判断したのだろうと、ネネカは納得しておく。
実際ネネカに人種の違い程度で驚くことや文化の違いによる難しさなどは有れども、人種だけで敬遠する気は無いのだから。
「人間種には、大きく分けて三種分類されて居ます。先ほども少し語ったヒューマン種。人間種を代表する種族です。特筆する能力は有りませんが、極端な欠点も持たない種族。この世界に最も多く存在する人類種で、人類種の中では平均寿命が最も短命な種族です」
「短命なんだ……」
「まあ正確に寿命がってわけじゃないですけどね。寿命自体は60~100程度まで生きるんですが、特筆する能力があるわけじゃないので何かあった時に死にやすくて。冒険者も若くして亡くなる方が非常に多く、その中にもヒューマン種が数多くいるので。……別にヒューマン種が脆弱というわけでは無いんですが、絶対数が多い分若くして亡くなる方も数多く居て、平均寿命がダダ下がりしているというか」
「あー……なんかあれか、汎用的に色々出来るし世界的に凄い数居る分、死ぬ人もこういう世界だから多くて、な感じか」
こくりとヴェルサスは頷く。
この世界は魔獣も存在する世界だ。ネネカの世界ではヒューマン種に該当する存在しか居なかったが、それでもあれだけ死ぬのだ。魔獣などという更なる脅威が存在する以上、死者が増えるのは致し方ない。
その点において、ヒューマン種はこの世界と相性が最悪だったと言わざるを得ないだろう。
他の種族に存在するだろう明確な技能。それを持たない代わりに他種族が持つだろうデメリットも無くと平均だった結果、ゲーム的に言うのなら器用貧乏となってしまい、直接的な平均寿命の低下に関わっている。
それでも最も一般的な種族とされている辺りしっかり凄い者も多く存在はするのだろうが……純粋な数字等で見た場合にはどうしようもない。
「次にエルフ種。一部地域では耳長属とも呼ばれて居ますが、差別用語なので気を付けてください。ですがその名の通り、ヒューマン種よりも長く先端が尖った耳を持っています。人類種で最長の寿命を持ち、確認されている人物では2000歳を超えている方も居ます。まあ寿命が長いだけで、大抵それまでに病気やらなんやらで亡くなりますが」
「流石エルフ、想像通り。私の世界の創作物だと魔法能力が高いとかあったけど、やっぱり?」
「やっぱりて。まあ実際そうですね。かつては魔法種族とも呼ばれ、その名の通り魔法能力に種族レベルで秀でています。魔法適性も、最低でも二属性以上の適性を有していますしね」
魔法適性。属性。
また良く分からない単語が出て来たが、ネネカは気にしない事にした。
そもそも単語だけで大体想像がつく。恐らくは、扱える属性魔法の数か何かだろう。
どの道今はまだ知ったところで意味のない事だ。ネネカはまだ、魔力が微塵も安定していないのだから。
「しかし種族レベルで持つ問題として、魔力の枯渇が致命的です。魔力と生命力が直結しているので、魔力が尽きれば死にます。そのため、魔力封じの結界などを用いられると、即死とまではいきませんが活動は確実に不可能になります。また、周囲の魔力が枯渇していても同様に活動に支障をきたす場合が有ります」
「魔力封じの結界なんてあるんだ……」
「有りますが割と面倒なんですよね。結界は付与する……あー、まあ今度魔法を教える時に細かく教えます。……ともあれそんな魔法と密接な関係にある種族。それがエルフです。エルフにも一応ハイエルフやダークエルフなど様々な細かな種族が有りますが、基本的にエルフと呼んで問題無いです。ぶっちゃけハイエルフは一定以上長生きしたエルフですし、ダークエルフは屋内活動が多く日焼けしなかったエルフってだけですし」
日焼けしなかったエルフがダークエルフになるのか、とちょっと混乱したネネカだったが、すぐにそういうものかと思い直す。
世界が異なるのだ。自分の世界ではエルフなど空想上の存在だったのだから、現実の上で細かな違いがあるのは当然だ。
そう考えネネカはそういうものだと受け入れたが……ヴェルサスはそんなネネカを見て少々呆れ気味だった。
「……順応が早いのは、今は良しとしますが……多少は疑う事を憶えてくださいね?」
「私そんなに単純じゃないよ……?」
「単純じゃないのは理解してますが、順応が早すぎる上にやりすぎなんですよ。あなた何でもかんでも、そういう事もあるか、で受け入れそうで。時には受け入れちゃダメな事も有りますから、ちゃんとしてくださいね?」
むぐ、とネネカは反論が出来ない。
ネネカはまだこの世界の事について詳しくない。それ故、何事に対してもそういう事もあると受け入れているが。
世の中には時として、そうやって受け入れてはいけないものも在る。悪人はそういった思考を平気で利用してくるのだから。
「まあそのための前提を得るための授業を今しているんですが。……えー、次にドワーフです」
「身長低い種族?もしかして」
「そうですね、平均身長は低いです。ヒューマンの平均の半分程度。まああくまで身長であって、体格は各々なので人によっては子どもにしか見えませんね。ですがヒューマンよりも力に優れており、肉や骨も生まれつき硬いため、炭鉱夫などの力仕事に付く者が多いです」
勿論戦士となる方も多いですが、とヴェルサスは加える。
ネネカのイメージでのドワーフは、身長が低いが力の強い、ずんぐりむっくりとした体形の髭を生やした男のイメージだったが、どうやら部分的には合っているらしい。
元の世界の人間以外の生物は全て空想上のもの。違って当然なのだ。
「ドワーフはまあそれだけのシンプルな種族ですね。強いて言えば魔法能力にあまり秀でていませんが、元々力が強いので然程困っていないようですし。というわけで最後の種族、エンジェルです」
「いきなり中々聞かないファンタジーな種族来た」
「あ、エンジェルはそっちじゃ聞かない種族だったんだ……」
全く聞かなかったわけではない。エンジェル……天使が種族として存在する作品も時折見かけてはいた。
が、エルフやドワーフほどメジャーな種族というわけではなく、稀に見かける程度。
まさかこの昨今のファンタジーのテンプレのような世界に、それが存在するとは思わなかったのだ。
「エンジェルは背から鳥のような翼を生やした種族です。人間属の子として極めて稀に生まれる希少種族で、エルフ並の魔法能力とドワーフ並の身体能力を、ヒューマンのようにデメリットなく安定した形で持つ、極めて強力な種族です」
「あ、純粋に最強種族な感じ?」
「そうですね。生まれるのは極めて稀ですが。個人の性格による物事に対する向き不向きも有りますから、エンジェルだからと一概に皆が皆強力なわけではないです。実際、十賢者には一人エンジェルが居ますが、純粋な実力だけなら末席ですしね。弱いわけでは無いのですが」
しれっと最強種族であろうとも末席となる十賢者の規格外さを語ったヴェルサス。
どうにも眼前の存在が色々規格外過ぎて、どうにも様々な基準が狂っていそうだと感じたネネカだった。
「とはいえ翼がデフォで生え続けているだけあって強力な種族であることには変わりありません。ただ、エンジェル結構嫌われてる種族なんですよね。どうかネネカさんは差別等を行わないよう。まあ嫌われてると言っても淫魔種には遠く及びませんが」
「淫魔は淫魔で嫌われてるんだね……。なんで嫌われてるの?」
「そういう種族ですからね、淫魔は。仕方ない事です。……エンジェルは昔、ある地域で暴政を働いていたんですよ。エンジェルだけが人、それ以外は全て等しく人ですら無い、都合よく働かされ消費されるだけの奴隷という、極端な暴政を」
「うわー」
ネネカは理解する。要するに、過去の人物のやらかしが、現代にまで響いているという事だ。
「もう400年も前の事ですから、今を生きるエンジェルには時効で良いと思うんですけどね。魔族差別と同様、未だに根深く残ってるんですよね。なんだかんだ100年以上続いてしまったので」
「根深いなぁ……寿命長い種族居るから仕方ないのかもしんないけど」
軽くではなくとも1000年以上生きるエルフが居るのだ。他の種族も、エルフほど長生きでなかったとしても、当時生きていた者が今なお存在してもおかしくない。
おかしくはない、が……それだけで当事者どころか当時を知らぬエンジェルたちすらも迫害されるというのは、嫌な話ではある。
「感情って難しいね」
「本当、何処の世界でもそれは同じなんでしょうね」
はぁ、と二人揃って溜息を吐く。
差別そのものが悪いとは言わない。人それぞれで差はあって然るべきもの。差を理解し別けることそのものは、ごく自然で在るべき事だ。ヴェルサスもネネカも、それは理解している。
理解しているが故に、こういった悪しき差別にも理解が出来てしまい、それだけに複雑なのだ。
「まあ、これが人間種の四種族です。エンジェルがカウントされず、三種族と呼ばれる事も有りますけどね。では次に、魔族種または魔族と呼ばれる種族についてです」
「どんだけ嫌われてるのエンジェル」
「これだけ嫌われてます。魔族種の特徴は種族ごとに異なりますが、幾つか共通して、かつ人間種と明確に異なる点が有ります。その一つにして、最も外見から分かりやすいもの。それが眼です」
ヴェルサスは自身の左眼を見せつけるように、ぐいっと瞼を手で押さえる。
「魔族種の眼は共通して、人間種の眼における白と黒の部分が逆となっております。人間種では白い……ええと……なんだっけ……強膜だっけ?名前忘れましたがとにかく、外側の白い部分が黒く、内側の黒い部分が白くなっています」
「黒白目って奴だね。ゲームの魔族とかには良く居たなぁ」
「居たんですね、流石は創作物が豊富な世界。あと黒白目って分かりやすいですね、それ採用。まあこの通り、こういった色合いの眼が共通しております。これは後ほど説明する魔獣も同様です。原理は大体魔力の質云々なんですが、説明したところでというものはありますし、これはそういうものとして受け入れて頂いて大丈夫です」
ヴェルサスは目から手を離して、ふーと息を吐く。目が乾くのは最強であっても辛いものが有るのだろう。
つい先ほど、何でもかんでもそういうものとして受け入れるなと言われた気がしたが。
しかし事実、興味も無いのに専門的なことを細かく知ったところで、どうにもならないのは事実。であればそういうものとして受け入れる方が適切ではあるのだろう。
「加えて魔族の特徴として、眼の瞳孔部分が種族ごとに異なります。ホラ、淫魔の瞳孔はハート形でしょう?」
「ほらって言われても分かり難いんだけど……ほとんど見えないし……」
「淫魔って屈指に分かり辛いですからね。まぁいずれ魔人種とは会う事になるので、その時に。ともあれ今は、魔族は種族ごとに瞳孔部分が異なると覚えておいてください。達人になると、戦場で一瞬目を見て相手の種族を判別する事も出来ます。魔族って結構、似た外見の存在が多い割に細かい種族ごとに能力が相当異なるので、一瞬の判別で種族を判断して相応の戦い方を行う方も結構居るんですよ」
ひえー、とネネカは思わず声を漏らす。
確かに、細かい種族ごとに能力が異なるというのなら、相手の種族を一瞬で見極めるというのも戦場では必要だろう。それが命運を分けるというのなら尚更だ。
しかしそれを実際に成そうとするのなら、全ての魔族の知識は前提に、戦場という一瞬ごとに状況が目まぐるしく変わる中で、対面する相手の瞳孔を見て種族を判別し、それぞれに対応した動きを即座に行う、という難易度が高いなどという次元ではない行動とそれを行う能力が必須となる。
どうせヴェルサスは出来るのだろうが、この世界で生きるためにはそういう技術も必要なのかと考えると、ネネカは恐ろしくて仕方がなかった。
「まああくまでこれは戦場における話です。普段の生活の上では、種族を一切気にしないのであれば問題は無いかと。実際人によってはそれで差別する人や、それ故の差別を気にする人も居ますしね」
「デリケートだねえ、そういうのは」
「自分と違うものは恐れやすいですからね。仕方ありません。……次に魔族に共通する点として、ランク、等級と呼ばれるものが存在します」
この辺りじゃ基本的にはランクかな?とヴェルサスは加える。
それも地域差が有るようだ。言語が同じでも言葉は様々。それだけだ。
「ランクは下級、中級、上級、最上級の四つのランクが有ります。これはいずれ説明する魔法にも適用されて居ますので、憶えておいてください」
「割と憶えやすいから大丈夫。最上級が完全に一番上?ゲームとかだと、例外的なその上位とか下位とかあったけど」
「どんなインフレーションしてる創作物なんですかね。一応有りますよ。超級、という最上級の上が一つ。魔法で最近設定されたんですが、一人しか超級魔法の使い手が居ないので一般的では無いんですよね」
どうせヴェルサスがその使い手なんだろうなー、という視線をネネカはヴェルサスへ向ける。
ヴェルサスはその視線に込められた意図に気付きながらも、苦笑いで受け流す。
それはほとんど、答えのようなものであった。
「えー、基本的に上のランクの魔族の方が保有する能力が強力だったりします。私のような淫魔種であれば……説明不適切になりそうだけどいいか」
いいの?とネネカが視線だけで問い、ヴェルサスはいいんですと視線だけでバッサリ返す。
節度は弁えているであろうが、年齢的に考えても不適切極まりない。
しかしヴェルサス自身が淫魔である以上はその方が説明しやすいのであろうし、仕方ない所はある。彼女が不適切発言を行わない事を願うばかりだ。
「下級の淫魔種は、精々自身と性行為した時に限り避妊効果を齎す、などの能力を一つから二つ保有する程度です。中級の淫魔種はそれに加えて体液にその能力部分の効果を与えることが出来るようになります」
「あ、私に血を飲ませて避妊って、そういう事だったんだ。」
「ええ。まあ勿論中級の時点で他にも出来る事はあるのですが、基本的に習得されるのはそれですね。淫魔の能力って唯一無二かつ確実で、体液に溶け込ませても劣化しないので医薬品として信頼が高いですし。媚薬や避妊薬ですら、地域によってはめっちゃ売れますし、売れない地域でも求められるものでは有りますから。他の能力も勿論ありますが、淫魔は特別ややこしいので省略します」
ややこしいなら、なぜ淫魔種を例に出したのか。
まあ本当にヴェルサス自身が淫魔故に、最も身近で思いついたというだけなのだろう。
「上級になると能力も様々ですが、良く淫魔の方が取得する能力では……肉体を自在に変えられる能力ですかね。身長は……ちょっとややこしいので置いておくとして、外見はどうにでも変えられるようになるので。結構変装とかで便利なんですよ」
「実利十割。淫魔としてはどういう事に使うかっていうのはまあ大体想像付くからいいや。でも実際色々便利そうではあるよね。色んな服も着れるし」
「ええ。……身長、まともに変えられたらな……」
物凄く、ネネカが初めて見る絶望した表情のヴェルサス。
それだけ彼女にとって、幼児体系に踏み込んだ自身の身体がコンプレックスなのだろう。
実際ヴェルサスの身長では、どれだけ体格を変えようとも幼児服程度しかオシャレが無い。そこそこに精神が成熟している者が、それしか無いとはいえ幼児服を着るというのは、そういう趣味でない限りは中々に来るものが有る。コンプレックスと成るのも、仕方ない部分はある。
「まあそんな感じで、各ランクで様々な特殊能力などを取得しそれによる恩恵を受けられるのが魔族です。細かく各種能力の説明をしていると時間がどれだけあっても足りないので、後ほど魔族図鑑と呼ばれているものをお渡しします。そこに、大抵の魔族のランクごとの特殊能力等が記載されています。辞書と同じく、文字を学び次第時間が有る時にでも読んでおいてください。損は有りませんので」
今度取り寄せないと、というヴェルサスの呟きを聞きながら、ネネカは頷く。
「分かった。けど質問を三つ。……大体想像付くけど最上級は?っていうのと、魔族のランクって生まれつきで固定?あとその特殊能力は、後からでも別のに切り替えれるの?」
「最上級ランクは対象種族の全ての能力を保有している、と言えば一発でどんな存在か分かると思いますので。まあついでに多少は生まれつき高い能力を持ちますが、ぶっちゃけ努力で埋めれる差ですねそこは。魔族のランクは、最上級は生まれつきのみですが、上級まではどの魔族であっても努力次第で下位からでも上げることが出来ます。勿論、大抵の場合は相当な時間がかかりますが。……特殊能力の切り替えは聞いたこと無いですね……最上級は一応能力オンオフの切り替え的なものは有りますが、能力そのものの取り替えは……」
ゲームみたいだな、とネネカは思った。
元の世界のゲームにも様々あった。その中に、一度取得したスキルは取り消すことが出来ないものも、度々あった。
全てのゲームをあまりガチガチにやり込んでいたわけでは無いが、そういったスキルの再取得が不可能なゲームは当然スキルの情報が重要であったし、別スキルを取得した他プレイヤーとの棲み分けは勿論、同スキルを取得した他プレイヤーとの競争も激しかった記憶が有る。
ゲーム、仮想世界ですらそうなのだ。現実で考えた場合、情報を知らずに使い道の少ないスキル……能力を取得して、後戻りが出来ず、得るものが後悔だけというのは相当辛いものが有るだろう。
せめてゲーム的に言うのならスキルの振り直しが出来ればと思うが、現実はそう甘くはない。
「まあどこかに特殊能力を切り替える手段が存在していてもおかしくは有りませんけどね。で、ここからは魔族それぞれを説明していきます。といっても数があまりに多いので、恐らく目にする機会が多いであろう魔族を大雑把に、ですが」
「やっぱり魔族でもそれぞれ多い少ないあるんだね」
「そりゃ勿論。数に差はあって当然です。種族が多い分、人間種ほどの数の差は有りませんが」
というかヒューマンが多すぎる、とちょっと嫌そうに言ったヴェルサス。
後に聞いた話によると、ヒューマンだけで世界の人口の半分を占めているらしく、残る半分を他の種族で取り合っているとか。成程、多すぎると言っても過言では無いだろう。
「まずは、そうですね。この世に存在する種族で一番特殊な魔族、淫魔族から」
「ヴェルサスちゃんがそうだから仕方ないかもしれないけど、なんで一番特殊な奴から」
「だって後に説明するの面倒なんですもん」
「えー……」
まあヴェルサス自身が淫魔故に、淫魔族に関して説明しやすいのも有るのだろうが。
「というわけでまず淫魔族です。淫魔族はエンジェルと同様、極めて稀に生まれる種族です。エンジェルと異なるのは、人間種同士の番からでも生まれる、というところでしょうか」
「あ、人間種から生まれる魔族とか居るんだ」
「完全に人間種同士から生まれる魔族は淫魔だけです。人間種と魔族種の番から生まれる人間種や魔族種は普通に居ますが、完全に人間種と人間種の番からも生まれるのは淫魔だけです」
既に淫魔族が完全なイレギュラーなことが分かる。
ヴェルサスの言葉から察するに、種族のハーフといった概念は存在しないのだろう。存在するのなら、人間種と魔族種の合いの子の存在程度は、ヴェルサスの性格上必ず言うはず故に。
一応国民的な意味でのハーフは存在するのだろうが、種族的な意味でのハーフは無く、親と同じ種族で生まれ落ちる。それがこの世界の自然なのだろう。
そんな世界で、唯一親の種族を問わず生まれ落ちる淫魔族。
エンジェル以上におかしい種族、この世に存在する種族で一番特殊というのも、決して誇張ではない。
「まあ当然、エンジェル以上に生まれにくいですけどね。現在世界に確認されている淫魔だって、私含めても17人だけですよ?」
「少な」
淫魔族の出生を考えると、どれだけ少なかろうと絶滅しようと問題は無いのだろうが。
それでも普通に考えて絶滅寸前と言っても過言ではない。希少種族の名に恥じない希少さだ。
「で。そんな淫魔族ですが、まあ淫魔というだけあってそういう行為に長けている種族です。魔族にはランクごとの特殊能力の他に、種族レベルで持つ種族特性というものが有ります。コレも大体は魔族図鑑に載っていますので、詳細を知りたければいずれ。淫魔はその種族特性も、とにかく性行為に特化したものばかり持っています」
「淫魔だもんね。そういう行為に特化してなかったら、逆に淫魔としてはちょっとどうかと思うし……」
ともあれネネカは理解する。魔族とはそういう存在なのだと。
種族ごとに明確に様々な特性を持つ、人間……ヒューマンやエルフとは様々な点で異なる種族。
まだ人間と言えるエルフやドワーフ、エンジェルではない。人間ではない人類種。
魔族として区別されるその理由が、こういった特殊能力や種族特性なのだ。
「マ、淫魔についてもっと詳しく知りたければ言ってくだされば。私以上に詳しい人は居ないでしょうしね」
「そりゃー最上級淫魔だもんね……ヴェルサスちゃん以上は居ないよ……」
「っていうか居たら怖いんですけど」
自分の事は自分が一番良く分かっている、とまで言うつもりは無いが実際ヴェルサスは下手な図鑑や書物以上に自身の種族の事については知識を持っている。
魔族とはそういうもの。種族特性とはそういうものだ。誰から学ぶでもなく、理解するでもなく。最初からそういうものなのだ。
人間との違いを自身も改めて理解したヴェルサスは……そこでふと、疑問を覚える。
「……あれ?最上級淫魔だって言いましたっけ、私」
「最上級淫魔だとは言って無いけど、前に嘘を吐かないって契約した時に最上級の魔族の契約は云々って言ってたから。それにさっきの説明で、最上級の魔族は同種の魔族の全部の能力を持つって。血を避妊薬として飲ませてもらった時に色々効果言ってたじゃん。それで、ああ最上級の淫魔なんだろうなって」
あっさりと、一切の嘘を交える隙無く自身の推測の過程を語るネネカ。
事実については完全に断言。推測も確かに当たっている。
確かにヴェルサスは最上級淫魔。この世界で初めて確認された、唯一無二の最上級淫魔。
それをヴェルサスは特に隠していない。ネネカにも同様に。そもそも世界的に最強というだけで種族もランクも知れ渡っているのに、わざわざ隠す意味も無い。
ただ。断片的な情報で其処へあっさりと行き着いたネネカ。
ヴェルサスは素直な感嘆と驚愕を覚えた。
「ええ、まあ。実際私は最上級淫魔ですが。よくまあ断片的な情報を繋げられましたね」
「私、記憶力と頭の回転は良い方だから。まあ映像記憶とかのレベルじゃないけど」
「十分すぎますよ。色々学び終えたら、私の下で色々頭脳担当やってもらう事もあるかもしれませんね」
「そこまで良いと思えないんだけど……私まだ小学校卒業したばっかりだし……」
「ショウガッコウソツギョウ、が何だかわかりませんが……どの道それほど頭が良いのなら、その年齢でも引く手数多だと思いますよ」
ヴェルサスの言葉は一切の偽りない、本心からの称賛だ。
別に頭の悪い人物が嫌いなわけではない。というより何も思う事は無い。
このウルグリム大陸に生きる者でまともに教養のある者など、全体から見ればごく僅かなのだ。普段接する相手が教養無くて当然なこの地において、頭の良し悪しで今更悪しように思うつもりは微塵もない。
そんな中で、本当に完全な偶然出会ったネネカの頭脳。
彼女の世界ではこれが普通なのかもしれないが、少なくともこの大陸では数少ない頭の良い人物。
国政に携わる人間としても、個人としても。抱えておきたいと思うのは当然であった。
勿論、他所に行かれると相応に面倒だからという打算も少なからずは有るが。
「とはいえこの世界でなにをするかはネネカさん次第です。私たちはあくまで選択肢を提示するだけ。……次はどの種族を説明しますかね」
「一般的な魔族とか無いの?」
「ンー、この辺りで一般的というと……どの種族が一般的なんだろう。地域で違うので。……まあある意味一番シンプルな魔人種でいいか」
遠からず接するし、と加えたヴェルサス。
大方、いずれ出会うであろう理者の誰かしらが魔人なのだろうとネネカも察する。
淫魔のヴェルサスが十賢者となっているのだ。他の魔族が居てもおかしくはない。
「魔人種、又は魔人族。彼らは、その名の通りヒューマンと瓜二つの姿をした魔族です。一口に魔人族と言っても凄まじい種類が存在します。とはいえあくまで特殊能力等の内部的なものであり、姿形は皆同じなのですが」
「魔人族ももしかして特殊な魔族?」
「特殊じゃない魔族は居ませんが、まあ淫魔に次いで特殊では有ります」
特殊な例ばっかり、と少し辟易した様子のネネカ。
魔族各種で性質が異なるのなら、全て特殊でも仕方なくはあるのだろうが……もう少しわかりやすい例は無かったものか。
「魔人族の種類としては、腕力が高い腕魔人、脚力が高い脚魔人などの純粋な身体能力が高いものや、角魔人や二口魔人、首長魔人などの人体の一部に特徴がある魔人、エルフ的な魔法特性を持つ妖魔人、ドワーフ的な身体特性を持つ鋼魔人……まあとにかく様々な種類が居ます」
「魑魅魍魎???」
単語だけで大体どんな魔人か分かるものばかり。
二口魔人はそのままに口を二つ持つのであろうし、首長魔人はそのままに首が長いのであろうし。
ネネカの世界にもそういった存在の伝承はあった。そういったものを主に扱う作品も有りはした。
有りはした、が……まさか此処までストレートに存在するだけでなく、魔人という枠組みに押し込められているとは想定していなかったし、そもそも空想上のそれでさえエルフなどの世界観と共有することは稀だった。
まさかこの世界が、その稀なパターンだとは、流石に想定していなかった。
「そんな多種多様な魔人族ですが、絶対的に唯一の魔人族特有の特徴が有ります。それは、最上級の魔人族は目の色以外は完全にヒューマンと同型で有ること、そして最上級の魔人族はオルネルという家系だけという事です。それ以外に、自然発生する事はありません」
「おるねる……?」
「まァ……そういう家系のってだけです。一部では魔人王族とか言われてますね」
魔人王族。そのままに、魔人族の王。
成程、最上級の魔人族というのならその表現も間違いでは無いだろう。その家系でのみ最上級魔人族が発生するというのなら、尚更王族という在り方も正しくはある。
「100年前は他にも幾つか最上級の魔人族の家系はあったようですが、現在残っているのはオルネル家だけですね。最上級魔人族は、最上級として全ての魔人族の特殊能力を有しています。ヒューマンと同型で有るため身体的特徴は有していませんが、身体的特徴を有する魔人族の特殊能力も全て有しています」
例えば首長魔人だけの特殊能力が有ったとして。最上級魔人は、首長では無いが首長だけの特殊能力も有している。
それは善し悪しある事だろう。自身が持たない部位を用いる特殊能力も、この世には存在するであろうから。
「とはいえ別に全ての特殊能力を使わなければいけないわけでは有りませんので、そこまで不便はないようですよ。そもそも先ほども少し言った通り、最上級の魔族は所有する特殊能力のオンオフ切り替えが可能ですので。幾つかパッシブ的に、切り替えれないものもありますが」
「そういえば切り替えれるって言ってたっけ……」
つい先ほどのことだ。忘れていたわけでは無いが、その後に飛び出した情報の密度で思考の端に追いやられていた。
短い時間だが、既に色々な事を学んでいるので、かなり疲れが溜まって来たネネカだったが……そこでふと、疲れてきた頭で湧いた疑問が有った。
「……淫魔ってさ。魔人じゃないの?人の姿をした魔族っていうなら淫魔も同じな気がするけど」
「鋭い気付きですね」
ほう、と少し感心した様子のヴェルサスは、その後唸って悩む。
「……実のところ、明確に定義されて居ないんです」
「え?」
ネネカの疑問に帰ってきた答えは、あまりにも簡潔で、不明瞭なそれだった。
当然ヴェルサスは、その理由も説明する。
「魔人族は最上級魔人族も含めて、通常の魔族と同様に親の種族を継承します。親が最上級魔人族と下級四つ足魔人族ならば、生まれてくる子の種族は必ず最上級魔人族か、最上級を除いたランダムなランクの四つ足魔人族。上級四つ腕魔人族と上級人獣族……あ、人獣族は後で説明します。とにかくその例でも、必ず下級から上級までのランダムなランクの四つ腕魔人族か完全ランダムな人獣族が生まれてきます。淫魔として生まれる可能性も当然ありますが、基本的にはそうでしか生まれないんです」
淫魔が生まれる可能性の圧倒的低さを考えれば、そうであるのが普通と言えるだろう。
親のどちらかの種族だけを受け継ぐ。それが普通。
淫魔というイレギュラーが挟まるというだけで。
「ですが淫魔は、親の種族には影響されず生まれてきます。エンジェルも似たようなものですけど、淫魔はそれ以上に人間からも生まれ得る魔族です。その時点で、普通の魔族とは出生の時点で明確に異なります」
「ヴェルサスちゃんは、魔族から……じゃないか。エルフの家系だったっけ?」
「……なんで知って」
「ヴァメル」
あー、と溜息を吐いて納得するヴェルサス。
勝手に話された事への呆れかそれ以外かは分からないが、まあ複雑な心境はあるのだろう。
「まあ……そうですね。エルフとエルフの子として生まれたのが私です。完全なエルフとして生まれるはずの子すらも、こうして淫魔として生まれ得る。しかも最上級として。……その時点で、魔族の親から生まれるという魔族の定義にすら当て嵌まらないんです」
魔族の定義から外れる、程度で済めばいい方だ。
下手をすれば人類種の定義に、新たに一つ枠が造られてもおかしくない。
それほどイレギュラーな種族なのだ。淫魔というものは。
「一応、外見の特徴は魔族かつ魔人族と同一ですが、瞳孔の形状が魔人族共通のそれとは異なるため、魔族であり魔人族でない者として淫魔族という別の枠組みが有りますが……」
「根本的に違うから、魔族とも定義し難い、か」
ヴェルサスは静かに頷く。
魔族の特徴である眼を有して居るから魔族に分類されているだけで、出生時点で異様な存在。魔人族と同様にヒューマンの形をしているが、魔人族の特徴は有していないために魔人族ではない存在。
暫定的に魔族の淫魔族と定義されているだけで、もっと別のナニカであっても違和感のない。
一番特殊な種族というのも、一切偽りなく誇張も無い事実でしか無いのだ。
「まぁ、こんな種族が例外中の例外だったところで何の利が有るんだって感じで、議論が放置気味でもありますけどネ」
「ぶっちゃけたなぁ……」
ヴェルサスの意見は間違っていない。
ヴェルサス個人がちょっとおかしいだけで、淫魔種そのものは人類種から稀に生まれる特異な存在ということ以外は、そういう行為に長けた種族でしかない。
そういう行為に長けている程度で世界レベルの脅威となるかと言われたら微妙であろうし、仮に脅威と成ったとして余程の事が無ければ制圧も容易かろう。
まあ容易く脅威になり得る存在が此処に居るのだが、それは彼女自身の能力によるもの。淫魔族としてのものではない。
生まれにくく、然程脅威にもなりにくい淫魔族。それに関して真面目に議論する暇が有るのなら、もっと他に議論すべき事を話し合うべきではあるのだ。
「話を戻します。淫魔族を除いた完全な人型の魔族が魔人族です。まあ完全なと言っても種族ごとに細かい部位の違いはありますが、主に人間種と同型なのが魔人族。そう憶えておいてください」
はーい、とネネカは返事をする。
魔族はまだまだ居る。一部だけ説明するとはいえ、一つの種族の説明ばかりしているわけにはいかないのだ。
「次は……先ほど少し触れた、人獣族と獣人族についてです。この二つは近縁種で、祖先を同一とします。とはいえ現在は完全に個々の種族となっておりますのでご注意を」
人獣族。獣人族。
言葉の響きとしてはとても似た種族。祖先を同じとする種族たち。
それを纏めて説明するのは構わないが、どういった違いがあるのか。
ネネカは期待半分に、ヴェルサスの言葉を待つ。
「人獣族と獣人族の、現在の違いは簡単です。人獣族は、ヒューマンに何かしらの人類種以外の部位が付いた種族。獣人族は、人類種以外の種族がヒューマンのように動く種族。……端的に言えば、ヒューマンが姿の軸か、動物が姿の軸か。それだけの違いです」
「……あー。人に猫耳とかが付いてるのが人獣種で、ケモノそのままなのが獣人族?」
ヴェルサスがコクリと頷く。
ネネカの世界の創作物にも、一応そういう種族が登場するものはあった。動物の特徴を有する人間。そういった形で。
「この二種族は瞳孔の模様も同一です。そのため見分けるのであれば、瞳孔と外見で判断するのが一般となります。……まあ、瞳孔はともかく外見はどちらも分かりやすい故、然程困る事はありませんが」
でしょうね、とネネカは呟く。
人間……ヒューマンに明確に存在しない部位が有れば、それは特徴と成るし。
それが動物のものであれば、尚更分かりやすいというもの。
瞳孔を注視するまでもない。外見で一目見て分かるそれを、わざわざ難しくする必要はない。
「そんな人獣族、獣人族の特徴……というより特殊能力は、総合的に高い身体能力と獣由来の能力です。どちらも外見以外の能力は同じなので纏めてですが……例えば猫の人獣もしくは獣人であれば、猫のような仕草をしやすいのと聴覚が非常に敏感だということ。犬の人獣もしくは獣人であれば、犬のような仕草をしやすいのと嗅覚が非常に敏感だということ。そういった形で、自身に混ざった動物の特徴を持っています」
熊であれば力がさらに強いです、とヴェルサスは加える。
文字通りに、人間と獣のハーフのような種族が、人獣族と獣人族なのだ。
しかしメリットだけでは無いだろうと、ネネカは考える。
「……犬の獣人の人ってさ。玉ねぎとか駄目だったりしない?」
「生体的には問題無いですが、苦手とする方は極めて多いですね。というか玉ねぎ平気な犬の人獣見た事ない。……良く分かりましたね?」
「犬ってさ。玉ねぎダメでしょ?で、そんな犬と同じような能力を持ってるなら、欠点とかも同じように抱えてるのかもな、って」
猫の聴覚が優れていることや、犬の嗅覚が優れていることは、一般的には知られた話だ。
猫の仕草も、犬の仕草も。人間とは明確に様々異なる動作として知れ渡っている。今更語る事でもない。
それほどの動物的特徴を有しているのだ。動物特有の欠点も継承していてもおかしくはないと、ネネカは考えただけだ。
「まあそうですね。ネネカさんの推測通り、元となった動物の弱点等も保有しているのが人獣族、獣人族です。とはいえベースはヒューマン寄りなので、犬に玉ねぎのように一発アウトというわけではなく、身体的には問題無くただ好みの段階で極端にアウトになるだけです。ただまあ、元の動物が一発アウトな食材を見ると、戦場ですら恐れる人獣族や獣人族は多いですね。達人でも一瞬動きが止まると言われてますし」
達人ですら動きが止まるというのであれば、それは種族レベルでアウトとしていいのではないだろうか。
「言われてるって、ヴェルサスちゃんはその現場を見た事は無いんだ?」
「そんなモンで動きを止めずとも、倒せるし殺せるので」
それ以前に人類レベルでアウトが此処に居た。
実際最強であるヴェルサスにとっては、相手の種族を一々把握してその種族が受け付けないものを設置して、それを見て怯んだところを仕留める、などというストレートに遠回りする作業は無駄でしかない。
戦場で無駄を排除していた場合……ヴェルサスがそういった事情を知っておれども実行することが無かったのは、想像に難くない。
「他にも人獣族、獣人族共に、持久力が低いという種族的弱点が有ります。身体能力も魔法能力も高くはあるのですが、この持久力……要するにスタミナが低い点で、最終的な能力は劣りやすいです。また瞬間的な能力でもエンジェルや、一点特化の能力を持つ一部魔人族には及びません。加えて、エネルギー消費が激しいために食事も多く必要。エンジェルや一部魔人族に比べれば一般的な魔族のため、普段は様々な場面で活躍こそするのですが、決して最強とは言えない種族ですね」
厳しい意見だが、微妙な種族でありながら最強と成ったヴェルサスの評価だ。それが真実だろう。
一般的には強い。汎用的には強い。しかしそれは最強とはなり得ない。
エンジェルはそもそも生まれにくいため、強いのは納得が出来る。その点で考えれば、普通に存在する種族の中で一点特化の魔人族と汎用的な能力を持つ人獣族及び獣人族は、スタミナの問題を差し引いても各々の分野で強みがあると言える。
が。それで最強に手が届くかと言えば努力次第としか言えないだろうし、努力にも低いスタミナが響いてしまう。
最強とは言えない種族。器用貧乏とは言わないが一般から離れられない。それが、人獣族、獣人族なのだ。
「まあどう考えても最上級であっても絶対戦闘向きでない種族の私が最強なんですから、結局は努力次第なところはありますけどね」
「淫魔だもんね」
如何に最上級で様々な能力がデフォで多少高く有ろうとも、努力で埋めれる程度の差であれば然程大きい差とは言えないし、そもそも淫魔という明らか戦闘向きではない種族だ。素で身体能力が高い人獣族や獣人族のが基本的には優れていると言えよう。
事実純粋な身体能力だけで言えば、中級の人獣族の子どもの方が大人の上級淫魔よりも強い。最上級淫魔はヴェルサス以外の前例が無いため推し測ることは難しいが、少なくとも地の能力だけで言えば最上級人獣族や最上級獣人族のが勝るのは間違いない。
その差を埋められず、ヴェルサスに最強どころか強者の座を譲っているのだから、それは確かに努力次第とも言えなくもない。
「とはいえ決して人獣族も獣人族も弱くは有りません。ただ場合によっては上には上がいる。その全ての頂点が私だというだけです」
「なんか自慢が入った」
事実ではあるのだが、最後の一言は言う必要があっただろうか。
疑問ではあったが、まあヴェルサスも年頃だろうとネネカは気にしない事にした。
「とまあ、こんな感じのが魔族種です。他にも様々存在しますが、とりあえずヒューマン、エルフ、ドワーフ、エンジェル以外の、眼が黒い人類種が魔族だと思ってください」
「長々と語ってた割に総括が短いし雑」
いやまあ、魔族がどういった存在か、大まかにでも知るために必要な授業ではあっただろうが。
「正直今は、ネネカさんの元居た世界に居なかった種族も存在するという事をネネカさんが認識してくれれば、それでいいので。ただ、それだけでは危険な事も有るので、軽く説明しただけで」
「まー……実際元の世界には魔族どころかエルフやドワーフも居なかったからね」
存在しない種族を事前情報無しで全て受け入れろと言われても、時には無理な事も有る。
であれば事前情報を多少でも得て、無理な事が有れば最初から関わらないようにすることも出来る。
ゼロのままから動かさないようにするか。大きなマイナスになる可能性を抱えたまま関わるか。どちらも選べるように情報を持っておくのは、現時点での最善では有ろう。
「居なかったのなら不安に思う部分も有りますが……って、そうだ。この国では種族での差別は固く禁じられているので気を付けてください。種族の違いでの区別は当然必要なのでそれは推奨していますが、それをやりすぎて迫害や悪しき差別と認定される行動をしようものなら、最悪の場合は迫害した者、迫害を看過した者、迫害した者の家族及び友人諸共全て処刑されますので」
「怖い怖い怖い!!!」
さらりと、本当におまけのように淡々と語られた、異常としか言えないほどの種族差別に対する重すぎる処罰。
迫害した者はいい。ネネカの価値観では全く良くは無いが、こういった世界だ。命の価値も異なって当然であり、現在の命の価値観においてはそれが適正なのだろう。そこまでは理解出来る。
だが迫害を看過した者、迫害した者の家族及び友人までも処刑するのは、あからさま異常だ。
あくまで最悪の場合はと言っていたがそんなもの誤差だ。そんな法ではいずれ、法を生み出した国やその重鎮たちへ相当な不満が溜まってもおかしくないはずだ。
こんな極端な法を、ヴェルサス……はその場の気分次第なところはありそうだが、少なくともヴァメルが許すとは思えない。ヴァメルに変なところは多いようだが、少なくとも大陸一つを統べる大国を維持できている辺り為政者としては真っ当な方であろうから、こんな極端な法を許すには相応の理由が有るはずだ。
「なんでそんなに極端、というか差別駄目だって法を……こう……なんだっけ。制定?したの?」
「……まあ、ヴァメルが制定したのは間違ってないしいいか」
まさかの、と言うべきか、案の定、と言うべきか。
この極端な法を制定したのは、ヴァメルだったようだ。
冷静に考えれば当然の話ではある。ヴェルサスだけでなく、ヴェルサスもなんだかんだで認めるヴァメルまでもが、こんな法を許しているのだ。それには相応の理由があって当然だし、その理由として自分が制定したからというのは一番安牌なものだ。
「制定した理由、でしたね。少々歴史の話になります。理由はシンプルかつ単純で、この世界では人間種と魔族種で極めて長きに渡る差別問題が存在したからです」
「……あ、その解消のため?」
ネネカの問いに、ヴェルサスは静かに頷く。
本当に、なんてことのない、シンプルかつ単純な理由だった。
しかし馬鹿に出来るものではない。たかが差別といえども、ネネカの世界の一種族ですら凄まじかったのだ。数多の種族が存在するこの世界での差別は、最も酷い時代はネネカの想像も及ばないような、残虐な時代が有ったとしてもおかしくない。
「一応、国際的に過度の差別は禁じられているのですが、その国際的な取り決め自体がヒューマン前提で組まれたものなので、魔族どころかエルフやドワーフすらも徹底的にヒューマンに隷属するように、なんてクソみたいな事になってまして」
「馬鹿の作った取り決め過ぎない???」
差別を無くすための取り決めが、世界最大の差別を生み出している。皮肉と言えたら良かったが、皮肉にもならないほど直球に馬鹿な取り決めが過ぎる。
「まあ勿論そんな道理がまかり通るはずも無く、と言えたら良かったんですが……コレのせいで、今も数多の国がヒューマン至上主義国家ばかり。魔族、エルフ、ドワーフを纏めて亜人呼びで、そういった国々では等しく奴隷です。国家レベルでそうでなくても、個人では未だに亜人差別も根深いです。禁じているこの国でさえ」
これはネネカが後に聞いた話だが。
このヴェルサスの屋敷のメイドたちはヴェルサスを狙ったが返り討ちに遭ってそのまま引き取られた者たちばかり。
セリナ以外にヒューマンが居ないのは、元の地で消耗品として使われていたが故。鉄砲玉として消費されるはずが、他ならぬヴェルサスによって止められ拾われただけ。
平気でそれが行われる程度には、亜人差別は酷く根深いのだという。
「ああ、亜人は一応差別用語なので気を付けてください。私やウルグリムの民はそんな有象無象をさして気にしませんが。……そんな世界です。どこか一つくらいは、無理にでも亜人にとっても安息の地を作りたいじゃないですか」
「……それで、あんな極端な法を?」
「法だけじゃありませんよ」
くす、とどこか楽しそうに微笑みながら、ヴェルサスは告げる。
「言ったか忘れましたが、この国において皇帝は現在皇帝が空位である時に限り、民から最も認められた者が血筋や地位を問わず皇帝に即位します」
ヴェルサスの説明に、まさかという結論が浮かび上がる。
まさか、彼は本当に。
「ヴァメル・ヴォイド・オルテーザ・ウルグリム。我らが現皇帝は、亜人差別を……特に魔族差別を無くすためだけに、ドが付くほど辺境の貴族の5男でありながら歴代最年少で皇帝に成った傑物です。亜人差別をする側でいいのに、何があったかそれが気に食わないという理由だけで、その支持も何もかもコツコツ集めた末に今がある、あれでいて相当凄い人なんですよ」
成程、信頼するわけだ。
ヒューマンでありながら、ヒューマンが行う亜人差別を無くすため、大国の皇帝まで上り詰めた人物。
何が有ってそう考えたのかは知らない。皇帝となるために何を成したのかは知らない。だが結果として皇帝と成り、そのための法を制定しているのだから、その行動力は凄まじいと言えよう。
「まあ色々経験した現在では、それも理由の一つでは有りますが。……とはいえ、即位当時はまだウルグリム大陸を征服していたわけではないですし、そもそも私もまあ……だったので、即位と同時に制定したわけではないです」
「……あー、反対派から……」
「お察しの通り。戦争で征服された側からすれば、そんな法など反逆の大義名分を与えられたようなもの。それに当時は十剣聖や十賢者も一枚岩では無かったので、そんな法を制定してしまえば理者からも反乱される可能性が極めて高かったんです」
それはまあ、致し方ない部分はあるだろう。
一口に理者、十剣聖や十賢者といっても、皆この世に生きる人類だ。各々の考えがあって当然だし、立場として同格であっても考えが異なるのは当然のことだ。
しかし皇帝となったヴァメルの目的を考えれば、反乱で目的を無に帰されるのは最悪でしかない。最低でも理者の半数以上は味方としなければ、法を制定してもその後を考えれば保険にもなりやしない。
「ちなみにヴェルサスちゃんは、賛成したから理者になったの?」
ネネカは感付いたように問う。
今までと同様、自身の頭の回転の速さ故に導き出された答えの一つを、確認するために。
「……うーん……」
しかし今までと異なり、ヴェルサスは何処か歯切れが悪かった。
なんとも、心底分からないと言った風で。
「……現在や当時の結果だけを言うのなら、私は魔族としてその法を制定することに賛成ではあります。こうしてネネカさんに語っている時点でまあ……」
「……現在や、当時の結果……?」
おかしな言い回しだった。
まるで過程を知らず、結果だけ知っているかのような。
なんだったら雰囲気的には、何一つ意に介して居なかったかのような。
「……まあ……アレです。実際結果としては、私はヴァメルの意思に現在は賛成し、その賛成の証としても理者として居る。それが事実です」
「何か事情があるのは分かった」
「察してくれて助かります。……話せないわけじゃないんですけど、自分で話すにはあまりにもややこしくて……」
いつかヴァメル辺りにでも聴いてください、と複雑そうに言うヴェルサス。
皇帝に聴く、というのも何やらおかしな話だが……実際ヴァメルはヴェルサスを娘のように思っている様子。事情を聴くには適任ではあろう。
当人が話せたのなら良かったが、どうにも複雑な事情がある様子。そこを無理に追及してヴェルサスの不感を買う理由は無い。
ネネカはいずれ誰かに都合が良ければ聞こうと、静かに決めたのだった。
「あれこれありましたが結果としては私が賛成派に付いたことで、国は法の制定に賛成に纏まりました。私が居る以上、下手に反対デモなど起こそうものなら武力鎮圧の大義名分をこちらが得、五秒で周辺の土地ごと消滅しますから」
規模が何かおかしい気がしたが、まあ彼女なら出来るのだろうとスルーした。
実際それほどの被害を出せる存在が賛成側に居る以上、下手に反対を強く示せばどんな味方が居ようとも無意味に殺されると考えた場合、反対するのはメリットを上回るデメリットに成りかねない。
一つの物事を許容できないからと、それで個人が殺されるのは良い。良くは無いが、こういう世界な上での差別の問題だ。ある種の宗教のようなもの、命に代えても譲れないものがあるのは致し方ない所では有ろう。
しかし個人で許容できないからと反対の声を上げて、その周囲もまとめて鏖殺されるのは話が違う。罪無き者……ともすれば赤子まで容赦なく殺される法だ。場合によっては未来ある愛しい己が子を危機に晒す場合だってあるのだ。
そこまで周囲を危機に晒してまで行う事が、同じ人類種に対する差別。命に代えても譲れない考えだったとしても、流石に代価だけが大きすぎる。
無理に周辺の者全てで反対の声を上げれば、その先に待つのはヴェルサスというどうしようもない終幕だ。そこまでくれば、譲れない考えどころの話ではない。
「まあ勿論、法に身内が抵触したとしても回避方法は用意されてありますけどね。縁切りとか色々。そちらも各都市に部署を設置する形で、徹底的に対応できるようにしてあります」
「良かった、流石に問答無用じゃなかった」
そこまで極端だったら、流石に批判も無視できないものとなっていただろう。
保険というか最悪の場合の逃げ道もしっかり用意している辺り、むしろ国民の逃げ道を無くしている気がしなくも無いが。
「流石にそこまでは。とはいえこれで、この国で人種差別を行おうものなら周囲から縁を切られ、国が許諾した店の使用は禁じられ、最悪の場合は死刑となるわけです。ですのでネネカさんも、断じて迫害や差別は行わないよう」
「分かったよー。元からやる気無いけど」
「まあでしょうね」
ヴェルサスもこれを語ったのは、現在のこの国においてそれが決して譲れないものであるからだろう。
ネネカが差別をするかなど微塵も疑っていない。現時点でそういうものもあるかと様々な物事を受け入れているネネカが受け入れられないとすれば、それは種族レベルではなく個人レベルの可能性が非常に高い。
まあ世の中にはその個人レベルの嫌悪を履き違えさせる者も多いのだが、そこはヴェルサスを始めとした周囲と共にどうにかしていけばいい事ではある。
「あ、あと一応、種族迫害や過度な種族差別を行った者を通報した場合、それが事実であった場合は褒賞を与えております。ですのでネネカさんも街中で差別を見かけた場合、気軽に通報してくださいね」
「なんか一気に疑心暗鬼を加速させる要素追加されたんだけど」
しかし法を順守させたい側からすれば、有力な一手ではある。
通報が事実である場合褒賞を与える。それ即ち、集団で反乱等を企てようがその集団の内にすら敵がいるやもしれない、という疑心暗鬼を強制させるもの。
どれだけ同士を集めようが、その中に裏切り者が居るやもしれないという疑惑が常について回る。友だと思っていた者が敵だった、なんてことが普通にあるかもしれない。
仮に団結して反乱軍となったとして、待ち受けるはヴェルサスという規格外の存在。
ここまでくると、殆どの者は法を遵守することを選ぶだろう。反発する利があまりにもなさ過ぎる。
一見諸々滅茶苦茶であるが、それを含めての国として成立させていると考えれば、中々にうまくやっていると評せよう。
「ま、今はネネカさんが変に種族差別しなければいいとだけ。さて、此処まで割と一気にこの世界の種族の事について語りましたが、分からないことはありますか?」
「大丈夫……ってはっきり言えるわけじゃ無いけど、当面は大丈夫だと思う。要するにこの世界は色んな種族が居て、この国ではどの種族とも仲良くしましょう、って事でしょ?」
「超要約するとそうですね。立場とか諸々で説明責任が有っただけで」
ヴェルサスは少し疲れた様子を見せていた。
不慣れな授業ばかりして、流石に精神的に疲れるものはあるのだろう。単純な戦闘の疲れとはまた異なる体力の消耗。最強とはいえ楽なものではない。
そもそもヴェルサスは年齢こそ16だが、実際の精神年齢を考えれば遥かに幼いのだ。加えて真っ当な授業を受けた事も無い。
そんな状態で、理解の速いネネカが生徒だという事を加味しても初めての先生としての立場。かなり頑張っている方ではある。
「授業を要約出来たらどれだけ楽な事か。……どうします?ネネカさんが望むのなら、他種族について私が知る限り教える事も出来ますが」
「多分教えられても覚えきれないと思うんだけど」
「実際に会うなどして憶えた方がぶっちゃけ楽ではありますよね。そもそも普通はこういう授業で種族を教わるとかも無いですし」
「まあ……実際色々複雑な立場だからっていうのは分かるよ」
この世界に生きる人類からすれば、他種族が存在することは当然のことだ。各種族に、種族ごとの特徴が存在するというのも。
ヴェルサスがネネカにこの授業を行ったのは、その前提となる他種族の人類種という概念が無かったため。育つ中で当たり前に知る事を知らなかったためだ。
まあ世界が違うので当然といえば当然なのだが、この世界で当然に知る事を知らないのはまだしも、知る前提も無いのは流石に不味い。
しかもそれが単に平民や貧民であれば放っておいても然程大きな問題は無かったが、相当な立場を持つヴェルサスが保護した異世界人という特殊極まる立場。下手をすればヴェルサスも明確な被害を受けかねない。
そう判断してのヴェルサスの授業。互いに複雑な立場となってしまったが故の、その責任を果たすための行動の一つだ。
「この世には責任だなんだと喧しいその他大勢が多いですからね。じゃあまあ、今日の授業は此処までとしましょう」
「はーい。……ところで、その黒板どうするの?」
送り返すわ、と心底うんざりした様子で吐き捨てるヴェルサス。
まあ、現時点でヴェルサスを最も悩ませているのはこの激ヤバ黒板の事だろう。
そっとヴェルサスが頭を下げるようジェスチャーしてきたので、ネネカは大人しく従って机の下に頭を隠す。
そしてヴェルサスは最初と同様、黒板に魔力を込める。当然最初のような被害は受けないよう、身体は伏せて。
「……これ一応、魔力流すだけで文字を発生させられるって聞いてたんですけどね」
「このドゴォ!って音させる兵器が???」
案の定、黒板は容易く土の檻を粉砕し凄まじい勢いで射出され、部屋の後ろに激突する。
丈夫なヴェルサスならば然程問題は無かろうが、もしネネカが喰らっていたらどうなっていただろうか。
想像もしたくなかった。




