13:貴族は大体めんどくさい
「ふーむ。これはまた酷く切られたものだ。これは確かに、今はエリーゼ当人でなくては治せまい」
「エリーゼさんって、十賢者なの?」
「そうだ。聞いていないのか?」
「足を治せる人を、とは聞いたけど……」
「成程なァ」
教室で二人残されたネネカとヴァメル。
ヴァメルは現在、ネネカの足首を診ていた。
腱を切られ、足首の感覚も無いネネカの両足を。
「……その、皇帝様は理者の能力を使えると……」
「ヴァメルで構わんと言っている。確かに使えるが、あくまで部分的にだ。身体能力や魔力は自前のものに限る。そうでなくても出力が下がる。仮にこの傷を治す魔法を皇帝特権で使えたとて、我では治しきれん」
「そっか……じゃあそのエリーゼさんを待つしかないか。診てくださりありがとうございます」
「礼は不要である。……しかし、お前も運の悪いことだ。こういう技術を持つ賊は、大抵軍人くずれや騎士団くずれ。皇都周辺のそういった賊はヴェルサスが殲滅したはずなんだがな。……生き残りが居たか……」
二人になった直後、ヴァメルが言ってきたのだ。『足の様子はどうだ?』と。
変わらず動かない事をネネカが伝えると、今度は診せろと言われ。
そうして診てもらったのが、現在だ。
どうやらヴァメルは、自身の技術でどうにか出来そうならと思っていたようだが……予想以上に深く切られていたネネカの足を診て、自分では治せないと判断したようだ。
「まァ、どの道ヴェルサスがエリーゼを頼ったのならどうにでもなろう。最低でも最上級ポーションを送ってもらえば良いだけの話だ」
「ポーションを作る人なの?」
「いや。単にポーションが、特殊な薬液に治癒の魔法を溶け込ませた代物というだけだ。エリーゼは光属性の魔法使い最強。当然、最強の治療魔法も行使出来、薬品さえあればそれを溶け込ませるも容易。それだけの話よ」
成程、とネネカは頷き、この世界のポーションについて理解する。
どれほどの種類のポーションがあるのか、どういった薬液が必要なのか、どうやって魔法を溶け込ませるのか。何も分からない。
しかし基本は、魔法をそのまま薬品としたものなのだろう。
ヴァメルの話から察するに、最上級ポーションとは最強の治癒の魔法を薬液に溶かしたもの。数が少ないのも納得の話だ。
「ってことは、エリーゼさんがポーション送ってくれるまで私はこのままか。便利なような、不便なような」
「?便利では無かろう?足が動かんのだ。自由な行動が出来ないのは辛いだろうに」
「普通はそうなんだけど……ちょっと元の世界で、人間関係で色々有って……」
「ふむ。では仕方ないか」
ヴェルサスと同様、深くは踏み込んでこないヴァメル。
こういうところも、二人が根本では息が合う理由なのだろうと、ネネカは何処か既視感を覚えたのだった。
「しかしそうなると治したくはないという事になるか?」
「んー……不便の方が結果的には勝るから、治してもらえるのならそうしてほしいかな。ただ甘えるだけは嫌だから、いずれお礼をしたいけど」
「中々に商人寄りの思考だ。元の世界ではそういう道に進んでいたのか?」
「うんにゃ。ただの子どもだったよ。何処にでもいる」
そうか、とだけ言ってヴァメルは椅子に座り直す。
興味を失くしたわけではない。ただ、これ以上聞くのは互いに傷付くと判断したために。
「それよりも。私に話があるんじゃなかったの?」
「うむ、有る。幾つかな。しかし既にほとんどが不要となった」
ヴァメルは鋭い視線を、一瞬だけネネカに向けた。
見定めるような、拒絶するような。
少なくとも行動に反して好意的ではない視線だった。
「残るは問いだ。故に問おう、異界の少女よ。貴様は、ヴェルサスに何を望む?」
「……望む?」
「そうだ」
ネネカは首を傾げる。
何を望むか、という問いの意味が分からなかったが故に。
ヴェルサスがネネカに対し、今回の一連の様々に対する対価として何かを望むのは理解出来る。
しかしネネカからヴェルサスに、明確に何かを望むかと問われても思い至るものは無い。
既に、施しを受け過ぎているから。
「……今は、その気は無いようだな」
「?」
ふぅ、と何やら疲れたような表情を一瞬だけ見せたヴァメル。
既にその眼は、普段通りにネネカの事を民として見ていた。
「よい。忘れよ。貴様は我らの敵ではない」
「敵になりたくも無いんだけど……」
誰か世界最強の敵になりたいと思うのか。
と、そこまで考えたところで、ようやくヴァメルの問いに理解が追い付く。
「もしかして私がヴェルサスちゃんを利用しようと、って疑ってた?」
「忘れよ、と言ったが。まあ良い。……まあそうさな。ヴェルサスは比類なき最強だ。しかし精神はまだ年齢よりも幼い部分のが多いが故にな」
客人の前では大人ぶっているが、と苦笑するヴァメル。
ネネカの前では比較的大人なのはそういう理由か、とネネカも納得する。
そういうところが幼いと言われる所以なのだろうが。
「……もしかしてヴェルサスちゃんって、頑張ってるだけで実は見た目相応な中身?」
「察しが良いな。そうだ。環境が環境であったが故に大人びているだけで、あれはまだ子どもだ。まともな精神の成熟開始を考えれば……そうだな……。……かなり譲って無理に高く見積もっても7……いや、6歳相応。いや譲歩してももっと幼いか?お前の言う通り、頑張っているだけだ」
ネネカは絶句すると同時、納得する。
ヴェルサスの実年齢を聞いた際、見た目や性格と実年齢が大きく異なると感じた。それが上に感じたか下に感じたかは、細かく異なるが。
ネネカからすれば此処は異世界。それ故、そういう種族か何かなのだろうと当初は考えた。
実際この世界には、一定の年齢で心身どちらか、もしくは両方の成長が止まる種族が幾つか存在している。ヴェルサスの淫魔、エルフもその一つ。淫魔に至っては上級以上の淫魔は肉体構造が離れ過ぎない限り外見は変幻自在。ネネカの考えは何一つ間違っていない。
しかし年齢を聞いた際に感じた違和感、それがそれら種族的特徴に起因するものでは無く、育ちに起因するものであると知り、その違和感を覚えるほどの環境に対する絶句とヴェルサスの現状への納得を同時に得たのだった。
「……まァ、頑張っているだけにしては大体の事は何でも出来る天性の才能と、努力を苦と思わんその精神が混ざり合って、随分と多彩になってはいるがな……」
「ああ、うん……。頑張ってどうにか出来る部分って、結局は自分が出来ることに限られるからね……」
ネネカもそれはよく知っている。
努力の積み重ねによって出来る事は増えていく。しかし努力したからといきなり全てが出来るとは限らない。一からいきなり百に成ったりはしない。
才能の有無で一から百への速度が変わる事はあるだろうが、それでもなにかしらは多少の積み重ねを必要とする。何事も、異世界であろうとも、それは変わらない。
つまるところヴェルサスは。
確かに今の立場を活かせるだけの才能はあったのだろう。天才と呼ばれて差し支えない程度には。
努力も他者が想像も出来ないほど積み重ねたのだろう。有する才能だけでは足りない全てを補うため、心身共に。
問題、というか肝心なのは、その双方をちょっとやり過ぎていることで。
「……ちなみになんだけど。この世界だと、働き始めるのは何歳くらいから?」
「平民は貧しいとこで7歳前後。貴族なら……幾つだ?色々学んで……土地に寄るから分からんな。まァ10歳以下を思いっきり働かせてるのは貴族ではあまり見ぬな。社交界とかで関係作りはそれ以下からあるし、貧しい貴族なら10歳以下で働かせてるのは稀にあるが……」
「少なくともヴェルサスちゃんの精神年齢では違うのは分かった。分かってたことだけど」
ヴェルサスの総評としては、頑張りすぎなのだ。
現状に色々と、当人の性質が噛み合ってどうにか出来てしまっているだけで。
「……心配してることは分かった。けど私は変わらず、ヴェルサスちゃんを変に利用したいとは思わないよ」
「今は、だろう。変にとも聞こえたが?」
「先は分からないから。もしかしたら私が謂れの無い罪で訴えられて、その解決のために利用する事はあるかもしれないでしょ?」
この世界にそういう事があるのかは分からない。
しかしネネカのイメージでは、そういう事があってもおかしくないと考えている。
少なくともネネカの読んだことのあるラノベでは、そういう展開が稀にあったから。
「……ふむ。異世界の教育がどうかは知らんが、その歳にしてはそこらの貴族並に聡明だな。元の世界で貴族の人間だったか?」
「ううん。こっちでいう平民ぐらい。事情があってお姉ちゃん以外の家族みんな死んじゃって親戚からも嫌われてたから、必然的にこうなったの」
「こちらの世界基準で考えても中々に壮絶だな。姉の教育の賜物か」
「多分。生きるためには、私も色々学ぶ必要があったから」
「それは何処の世界でも変わらぬか」
様々似ている世界。であれば、そういう事情も察せられるものは在る。
周囲から厭われる理由も、知恵を付ける必要性も。
「まあ、それならば良い。だが憶えておけ。もしヴェルサスを騙し、貶め、苦しめた末に己だけ利を貪るようなことが有った場合。必ず我らは貴様を宙の果てまでも追い回し、死すら生温い地獄の具現を与えてやる」
淡々と、そうなる事は決定であるかのように、ヴァメルはネネカへと告げる。
表情も視線も、声色も何一つ今までと変わらない。普段通りのヴァメルであろうそれでしかない。
しかしその口、その声音で発せられた言の葉は、決して違えることを許されぬ絶対の意志が感じられた。
ネネカはその意志も正確に感じ取った上で、少し呆れ気味に告げる。
「……過保護だね」
「過保護は認める。だが許せよ。事実ヴェルサスは我や理者が親のようなもの。いつ死ぬかも分からん今の世。強さと立場故に常に他者から狙われる我が子。愛する子の安全を求めるのはおかしくなかろう?」
我が子。愛する子。
微塵も臆することなく、どころか誇らし気にそう言ったヴァメル。
その姿は確かに、子を慈しむ親のそれであった。
「ああ、当然血は繋がっておらぬぞ?理者の中にはヴェルサスと血を分けたものは居るが、少なくとも我や殆どの理者は血の繋がりを持たぬ。遠縁は有るやもしれんが」
「血を分けた?お兄さんでも居るの?」
「姉だ。ヴェルサスはエルフの戦乙女の家系、ヴァナディース家の四女。長子にして現当主の姉が十剣聖なのだ」
「うわ、もしかしなくても超エリートの家系?」
「そうだな。事実、様々な理由から伯爵位ではあるが、実際は公爵以上の権限を持つ。我が国における、皇帝、理の裁定者に次ぐ権利の持ち主ぞ」
「超エリートの家系だった」
こういう世界で苗字を持つのは大きな家の人間だと、ラノベの知識でネネカも得てはいた。
とはいえ一概にそうでは無い事も知っているし、ラノベやゲームによっては普通に平民も苗字を持っている事が普通にあった。この世界もそういうものかもしれないと、ネネカはなんとなく思っていた。
それがまさか、本当に超が付くほどのお嬢様だとは想定していなかったが。
「まあその辺りの個人の事情については、詳しく知りたくばヴェルサス当人に聞け。我から話すことでは無いが、秘匿されてるわけでも無し。聞けば答えてくれるであろうよ」
そう言ってヴァメルは立ち上がる。
立ち上がって軽く背を伸ばし、欠伸をしながら部屋の扉に手をかける。
「もう戻るの?っていうか、本当に何しに来たの?」
「休憩と貴様の様子を見に来たのが主だ。もし貴様がヴェルサスや我が国、我が民に危害を齎すような存在であれば我自ら処してやろうと思っていたが、今のところは杞憂のよう。ついでにヴェルサスがお前に何かやらかしていないかの確認も兼ねたが、そちらも今は問題なさそうだ」
「親目線でもヴェルサスちゃんはやらかしかねない感じに見られてるんだ……」
前科が多すぎる、と言いながらヴァメルは扉を開く。
扉の先の廊下には、誰もいなかった。
しかしヴァメルはそれを機にした様子もなく、そのまま部屋を出ていく。
「……まぁ、初めてのヴェルサスの我が儘。聞いてやるのも親の務めよな」
「?」
部屋の扉が閉められる直前、ヴァメルは僅かにネネカを見てそう呟いた。
ネネカは、ヴァメルがなにかを言ったのは聞こえていたが、何を言ったかまでは聞き取れなかった。
何を言ったか聞き直そうにも、立てぬネネカの足ではヴァメルを追う事も出来ない。
発言が気になったが、一対一ですら聞こえぬように発した言葉であるなら、そもそも聞かせる気は無かったのだろうとネネカは考え、気にしない事にした。
ネネカは椅子に座り直し、机の上に置かれた分厚い辞書を開く。
変わらず文字は読めないため何が書いてあるかはさっぱりだが、同じ記号が使われている部分も多いためにそれが文字なのだとは認識出来る。
(……なにがなんだか、って普通の人は思うんだろうなぁ)
ネネカ自身、一応はなにがなんだかと思ってはいるし、色々と訳が分からないとも思っている。
今順応できているのは、サブカルチャーで異世界ものやファンタジーものに触れる機会が多かったためにその知識が役に立っているというのと、元々ネネカが天才と呼ばれる程度には運動神経抜群で、頭の回転が比較的早い方であるが故。
そうした順応する地盤がネネカに元々在り、その上で元の世界で天才と呼ばれるが故の疎外感を得ていたために、結果として遠く離れたどころではないこの世界で落ち着いている。
まあこの世界に来た直後は賊の手によって汚されたことで、落ち着くどころか世界への恨みを抱えていたのだが。
(……そういえばバタバタしてたけど、本当に久しぶりかも。人とまともに、賑やかに話したの)
ふと思い返すと、少なくとも一年以上は他者とまともに会話していないと気付くネネカ。
学校には友人は居ない。友人を望んでも、他者によって挫折させられた天才という歪な存在に声をかける者は居なかった。
家族は居ない。姉以外の親類は皆死へと旅立ったし、姉も生活のために忙しく働いていたため、仲は良かったがゆっくりと賑やかに話すことは無かった。
それ故の久々の他者との賑やかな会話を行えたことに、自身でも驚く。
まだ自分の言葉は錆び付いていなかったのだと。
その事実に、なにやら不思議な気持ちが湧き……
「貴族ほんっっっっっとうにマジで只々めんどくさい!!!!!!」
「ヴェルサスちゃん。とてもお見せ出来ない顔になってる」
その気持ちも含めて全てが、ヴェルサスの苛立ちが籠ったドバンッ!!!という扉を開いた音で薙ぎ払われる。
ネネカは思う。これらを相手にするのに、言葉を錆び付かせる余裕が無いだけだ、と。
「立場分かってんですかね貴族共は!?かつての国で公爵だか侯爵だかは知らねえですけど、現在はアレ伯爵ですよ!?この国じゃ一に皇帝、二に理者、三以下が貴族なんですよ!?なんで私に偉そうに、しかも我が軍門に下れとか出来るんですかねえ!?」
「どうどう。落ち着こう。目の中のハートが逆に恐ろしいものにしか見えないから」
部屋に入って早々、苛立ちを吐き散らすヴェルサス。
その姿は、どう見ても子どもが怒っているそれにしか見えないが、怒っている内容が内容なだけにあまり可愛いとは思えなかった。
「ああいう馬鹿が居るから私が最強として君臨してるっていうのに!どうしてああいう馬鹿は減らないんでしょうね!?」
「馬鹿だからじゃない?」
「馬鹿だからですか!!!」
今にも何かを破壊しそうなヴェルサスだが、一応理性は残っているのか物に当たり散らすことは無い。
代わりにその身体に見合わぬストレスは溜め込んで居そうだが。
「ぬぬぬぬぬ……んぬ?ヴァメルは?」
苛立ち混じりながら、部屋を見渡して一人居ない事に気付いたヴェルサス。
ヴァメルが部屋を出てからそれほど経っていないが、すれ違うことは無かったらしい。
「帰ったよ。休憩と様子見に来ただけだからって」
「んー……まあ別に今更報告することでもないし良いか……」
ぶへぇ、と大きく息を吐き出すヴェルサス。
色々諦めたような、ため息混じりの深呼吸だった。
少女が出す音としては、どうかと思うそれではあったが。
「貴族はどうせ家の前で少しの間騒がしくしてるでしょうが、この家にどうにかしようとしてもどうにも出来ないでしょうし。運が良ければヴァメルと鉢合わせてヴァメルが上手い事やってくれるでしょう。私たちはどうします?」
「え?私は何でも、というか何をやったらいいのかも分からないから」
「まあそうですよね。……どうしようかな。教科書も無いし、そもそも読めないし……」
うーん、と悩むヴェルサス。
現時点で様々な備えも含めた予定が崩れているようなので、まあ致し方ない悩みではあるのだが。
「……普段だったら適当に出かけたり、ギルドに行って依頼受けたりとかするんですけどね。別で来客の予定有るので出かけらんないですし」
「ギルドとかあるの?やっぱりあれ?冒険者ギルド的な?」
「そうですね。そちらの世界にもあったようで」
「無かったよ。創作物の中にはあったけど」
「どうなってんですかこっちとそっちの世界」
恐らく、互いに創作物や想像上の世界なのだろう。
そもそも異世界転移自体が空想上のそれでしか無かったので、当然といえば当然なのだが。
「……ま、なんか適当に過ごしますかね」
「雑」
「雑で結構。私、結構気分屋なので」
……世界最強が気分屋は相当危険なのでは?
ネネカはそう思ったが、言ってもヴェルサスが変わらないことは分かり切っているので、特にツッコミ等を入れる気は無かった。
「そうですね……じゃあ、貴方の世界の事を教えてください。色々」
「?世界の事?」
「ええ」
ネネカの問いに、ヴェルサスは座りながら答える。
ヴェルサスが座った椅子は、先ほどまでヴァメルが座っていた椅子だった。
先ほどまでの教師と生徒という立場の違いは無い。対等な者として、ヴェルサスはネネカの横に座った。
「効率的に考えた場合では、貴方の理解のため貴方を教えてくださいと言いたくはありますが。まだ信頼関係も薄い中で、何処にあるかも分からない地雷を踏みに行く趣味は有りません。教えてもらうために強要する気も無いですし」
ヴェルサスは軽く、己の眼に触れる。
より正確には自身の眼に宿る淫魔の技能、催眠の魔眼を。
元は淫魔故にそういう行為に用いるための、生まれつき保有する催眠の魔眼。ヴェルサスが強くなった現在もその用途はそのまま。
ヴェルサスの主な使い方は、最上級淫魔故のかなり強引な捻じ曲げによる使い方。なんだったら歴史上に存在した最上級淫魔も行わなかったほどの、蛮行の領域に踏み込んだそれだ。当然推奨されるものではないし、倫理的にも控えるべきことだ。
故に。ヴェルサスは、ネネカより無理にネネカの身の上を聞き出す手段を封じる。
ネネカの事も含めて。他ならぬヴェルサス自身が、それを拒むが故に。
「かといってこちらの世界の事を語ると、必然的に色々、互いに面倒が出てきますし。であれば、今この世界では無いが故に直接の関わりが無く、しかし話題のネタとしては丁度良い部類となる、ネネカさんの世界の話を聞くのが良いかなと」
「凄い。ただ私の世界の話を聞かせてほしいで済むところを、凄い論理的に」
「育ちのせいですね。立場が立場故に、論理的に物事を説明付けないと貴族共に食い荒らされるので」
言葉の節々に明らかな苛立ちが混ざっているヴェルサス。
今までも貴族によって迷惑が掛かってきたのだろう。表情は朗らかだが、どこかどす黒いオーラがネネカにも見える。
「まあそんなわけで。そんな事情もあって私の感情が今は混在しかねませんし。であれば楽しみも含めて、ネネカさんの世界の話を聞きたいな、と」
「私は別にいいけど、面白みは無いと思うよ?所詮は一般人だし」
「別世界のお話、というだけで面白いものですよ。あ、勿論他者に広めるつもりも、そちらの世界の文化を私が使うつもりはないので。まあもしそちらの技術や知識で何か行いたいというのであれば、多少の出資程度はするやもしれませんが」
「なんでヴェルサスちゃんはうちの世界の異世界モノの定番を理解してるの???」
「なんでそっちの世界じゃこれが定番なんですか、どんな世界なんですか尚更」
互いに創作物や空想上の世界なのだろう。
「うーん。じゃあ、何話そうかな。あ、じゃあ私の国の料理の話でも」
「お、いいですね。この国というか大陸は自前の料理文化が疎い……基本ジャム一つすらクソ不味いですし、そういう話は普通に大歓迎です」
「マーマイトでも食べてるの???まあいいや。えっと、私が住んでたとこだと……」
そうして二人は、なんてことの無い話に身を委ねていく。
互いに、意図的に、立場の違い、先に待つ不安を、忘れながら。
ただ今この時間を楽しむために、二人は友人として語り合う。
「……あ、確か甘口いちごスパゲッティっていうのを出してる喫茶店があったっけ」
「初手クソ不味そうなんですけど?」




