12:魔力
「なんでまだ居るんですかね」
「暇ゆえにな!」
「サボりに来たとか言ってた気がしたけど……」
ヴェルサスの屋敷の、使われていない部屋の一つ。
そこに雑に机と椅子を数個持ち込み、簡単な教室のようにして。
ネネカにこの世界の一般的な常識、当たり前を教えるための授業を始めるところだったのだが。
何故か呼んでも居なければ学ぶ必要もなく、仕事が待っているはずのヴァメルまでもがこの場に居るのだった。しかも生徒側で。
「……まあいいです。ただ邪魔はしないでくださいね?」
「了承しかねる」
「コイツほんま」
はぁ、と深い溜息を吐いたヴェルサスは、相も変わらずふよふよと浮いたまま。
しかし浮かばねば、教卓にした机から見えるのが頭の一部だけとなってしまうため、仕方ない事ではある。
「さて。これからネネカさんに学んでいただくのは、この世界での一般常識です。国の常識等は過ごしている内自然と学ぶことも有りましょうが、現在ではその前提知識すら無い状態です。幾ら細かい用語や意味が通じるものがあるとはいえ、それだけで世界を跨いだ常識までどうにか出来るわけでは有りません。ですので、基本の常識だけでも時間をかけて大雑把にでも学んで頂きます」
ヴェルサスはこの部屋に持ち込んだ幾つかの本を魔法で浮かばせながら、軽く行う授業について説明する。
本は全て、学校で使用される教科書だった。
と言ってもあくまで、この皇都に唯一存在する学校が用いる教科書というだけで、あくまでウルグリム皇国の学校で使用される教科書に過ぎないが。
「なんというか、何から何までご迷惑をおかけします」
「お気になさらず。私を知らず恐れぬ人というだけで、中々面白いものですから」
「なにより他ならぬ我が言った。元の世界で得る筈の幸福も我が国にて存分に堪能せよと。そのための手間、我は惜しまぬ」
「手間背負ってんの私なんですが」
ヴァメルの存在に軽く頭を悩ませつつも、一々そこに悩ませるのも億劫だと考え、ヴェルサスはさっさとネネカに一冊の本を渡す。
あまりにも分厚い、鈍器レベルの本だった。
「こちら、まずは一応この世界の単語に関する書物です。教科書と言えるほどの物では無いですが、一応様々な単語と簡単な解説が載っております」
「辞書?」
「ああ、そこは同じなんですね。まあそうですね、辞書です。用語がほとんど同じですのであまり意味は無いやもしれませんが、まあ異なる事もあるでしょうし。一応暇な時にでも読み込んでおいてください。試作的な辞書なので、ついでに異世界基準のフラットな視点で見ておかしなところがないかの確認も出来たらお願いしたいです」
ネネカの世界ではどうだか知らないが、この世界において用いられる言語は一つ。
地域や国ごとに多少の訛りや独自の単語等はあるが、用いられる言語そのものは人類種では共通だ。当然、言語から成る文字も。
そのため学校で用いられる言語に関する教科書は、主に辞書だけだ。辞書で単語を憶え活用するのが、言語の一般的な学習のそれだ。
「……あの、ゴメン。文字が……」
「……まあそりゃ、何から何まで同じとか有り得ないですよね」
「同じだったら異世界とは考えんわ」
しかしネネカには、辞書の表紙の文字すらも見た事も無い記号にしか見えないようで。
どうにも言語や単語、文法は同じでも、文字だけは明確に異なるらしい。
「まあ言語が同じであれば、文字を覚えるのもそう難しくは無いでしょう。難しい文字はありますが、難しい文字は大抵使う機会も少ないものですから」
「やたらと画数の多い漢字とかが無ければいいな、ってところかな……。基本の文字なら多分頑張れば覚えれはすると思う。時間かかると思うけど」
「時間がかかるのは仕方ない事です。カンジがなにかは知りませんが……言葉的にこちらでいうアルファスペルに該当する文字でしょうか。まあ、覚えるまでじっくり付き合いますので」
言語や単語が同じである以上、文字の使い方にもある程度の法則性はあって然るべきだ。
文字の形までは流石に似た部分は少なかろうが、それでも使い方が同じであれば基礎を学ぶ分にはさほど難しくは無いだろうと二人は考える。
「む?普通にアルファスペルで多用する難しい文字はあるであろう?不倶戴天とか」
「それが使う機会多いの嫌すぎるんですけど」
「意味が同じなんだとしたら不穏の極みなんだけど」
ヴァメルだけは、些かズレていたが。
「っていうか、それが多用する環境ってどんな環境なんですか」
「ちなみに一応聞くけど、不倶戴天ってあれだよね?相手の事をとにかく嫌う的な」
「相違ない。しかし事実我は言われるぞ?ウルグリム皇国の皇帝、我らが不倶戴天の仇!と。今日ここに来るまでにも言われた事だ」
「「ちょっと待て」」
本気で心底ドン引きしたネネカと、ドバンッ!!!と豪快な音を立てて部屋を残像が残るほど急ぎで出てどこかへ行ったヴェルサス。
そんな言葉を言われる状況なぞ遊戯でもなければ極めて限られる……というか、文字通りその言葉を行使している状況に他ならない。
それを言われて平然と、なんだったらキョトンとしているヴァメルがおかしいのであって、部外者のネネカがドン引きするのも、一応の配下のヴェルサスがそれどころではないかのように慌てて飛び出していくのも、自然なことなのだ。
「?ヴェルサス?……やれやれ、どこへ行ったというのやら」
「……どっちかって言うと、襲撃されて平然としてる貴方の方がおかしいと思うんですけど」
「我が居らずとも国は回るように、徹底して居るわ。我一人殺されたところで痛くも痒くもない」
「いや、貴方は一人しかいないんだから……」
ネネカの呆れた雰囲気の言葉に、ヴァメルは欠伸しながら答える。
「確かに我は我しか居らぬ。しかし我の代わりは出来る者は出来る。国にとって代わりも利かぬ重要なものは、唯一無二の能力を持つヴェルサスを始めとする一部の理者、行政機関を回す大臣以下の職員。そして人民だ」
「……王は。皇帝は、重要じゃないの?」
「貴殿の世界、貴殿の国においてどういった扱いをするのかは知らんが、少なくとも今の我は重要ではないと考える」
ヴァメルの言葉に、ネネカは驚きこそすれそれを表に出すことは無かった。
ネネカがまだ若いが故というのもあるし、異世界だから価値観も違って当然だと考えているが故でもある。
しかし表情に出さなかった理由は、それらよりも納得の方が大きかったからだ。
ヴェルサスは強い。最強と謳われているその実力は片鱗しか見せていないが、明らかに纏っている雰囲気が他者と数段違う。頭脳も柔軟かつ明晰。
ヴァメルも決して弱くは無いだろう。まだ出会ったばかり、ヴェルサス以上に何も知らない他人に近い存在でしかないが、節々から強者としての風格や威厳は感じられる。しかし皇帝としての器は確かに有ろうが、世の中を探せばこの程度の器の持ち主など幾らでも居る事だろう。
仮に二者の内どちらが失われる方が、国としては問題か。
ヴェルサスを失う方が、他国への抑止力すら失うと同義であるが故、問題になるだろう。
皇帝を失うのも問題ではあるが、代わりを用意できなくもない。後天的に器の大きな人物を作り上げるのも不可能では無い。国を真っ当に統治できるのであれば誰だっていい。
故にヴァメルが、自身を重要ではないと言った事に、自然と納得がいってしまったのだ。
「そもウルグリム皇国の皇帝は代々、血筋ではなく民が選ぶ。民が皇帝に相応しいと判断したものを推挙し、推挙された内より選ばれる。帝国、皇国とは名ばかりの民主主義国家よ。我はあくまでその代表、民の意見の代弁者に過ぎぬわ」
「皇帝ってそんなんだっけ……」
「そなたの世界での皇帝という在り方が如何な者かは知らぬが、少なくともこのウルグリム皇国における皇帝とはそういうものよ」
国の唯一無二の代表という意味では国のトップで相違は無いのだろう。
しかし国の代表だからと、建国者の血を引いているわけではない。
ネネカの知る国王や皇帝と呼ばれる在り方と比べると、異世界ということを差し引いてもあまりにも歪。だが今こうして大国として成立している事を考えれば、この国にはそういう在り方が良いのだろう。
「……じゃあなに?皇帝様は、自分が死んでも問題無い、と?」
「うむ。変わりは幾らでも居る。そも長きに渡る侵略戦争の果ての現在のウルグリム皇国。未だ残る反乱分子の数も規模も大規模。狙われん方がおかしかろうな」
「狙わ……あ、いつ殺されても問題無いようにしてる、ってこと?」
ヴァメルは少し驚いたようにネネカを見て、同時に感心した様子を見せる。
「その歳にしては中々の理解力よ。其方、元の世界ではそういうものを学んでいたか?」
「ううん。普通の学生。ラノベとかは好きだけど」
「ほう。そちらの世界は、随分と学業に力を入れているのだな。らのべ、とやらは教科書かなにかか」
「絶対違うと思うんですけど」
「ラノベが教科書は世界捻れる」
ある意味では教科書になるかもしれないが、歪んだ知識が変に入り込むことを考えると教科書として扱うのは難しいだろうとネネカは微妙な顔をして思った。
と同時に、ちらりと部屋の入り口を見れば、そこには疲れた表情のヴェルサスが浮いていた。
「ヴェルサスちゃんお帰り」
「随分と早いお帰りだな。何をしていたのだ?」
「戻りましたよ、全く……単に騎士団に手紙を出しただけです」
どうやら今の短い時間で、なにやら騎士団へと連絡を取っていたようだ。
皇帝が狙われたともなればその臣下が連絡を取らない方がおかしいので、真っ当な行動ではある。
「こちらは国の歴史でも話していたので?」
「否、我は死んでも良いという話をしていた」
「……間違っては無いね」
「物騒オブ物騒過ぎるんですけど」
何一つ間違ってはいないので、ネネカのヴァメルもヴェルサスの呆れた視線を受け止めざるを得ない。
当のヴァメルは、呆れた視線をものともしていないが。
「……はぁ。もう何か言うのも面倒ですが」
頭痛を堪えるように頭を押さえながら、ヴェルサスはヴァメルを見て言葉を続ける。
「……特にヴァメル。貴方の代わりは居ても、貴方は貴方しか居ないんです。命を粗末にすることは無きよう」
「心得ている。が、そうなった時の備えをするに越したことは無かろう?」
「それはそうですけどね?イレギュラーは幾らでも発生しますし。ただ貴方はもう少し……いえ、もういいです……」
はぁ、と深くため息を吐いてヴェルサスは、今度はネネカを見て言葉を紡ぐ。
「……ネネカさん、どうかこの人の悪影響を受けないように」
その声音は、どこか懇願するようなもので。
内面的にはまだ幼いと言えるネネカにすら、横の人物に苦労させられてきたんだと察せられるものだった。
「……あのー、私の世界じゃこんなに自分の命を軽く扱う文化は無かったから、大丈夫……」
「我も別に自分の命を軽く扱ってはおらぬが?」
ネネカの言葉に不服と言うようなヴァメル。
ヴェルサスもネネカもどの口で言うのかと問い詰めたくなったが、埒が明かないので全力で無視を決め込むことにした。
「……今ネネカさんが為すべきは、学ぶことです。文字については日々少しずつ学んでいくことにしましょう。今いきなり全て覚えろと言われても難しい話ですし。当面は私の庇護下に在る以上は私が代筆等を行えますが、私とて暇ではないのでいずれは憶えていただきます。ただ、急ぎではないので、今は別の事を学びましょう」
ネネカの手元に在るこの世界の言語に関する辞書。
ヴェルサスはそれを覆い隠すように、新たな教科書をそっと置く。
それは魔法陣の描かれた、見るからに魔法の教科書と分かるものだった。
「今、なんとしてでも最速で必要となる知識。それはこの世界でのある程度の常識と、この家で暮らす上で必要になる魔力の操作等の魔法知識です。特に後者。私が保護すると言った以上、この家で暮らしていただくのですが、先日も言った通りこの家は魔道具の山。少し扱いを間違えるだけで暴発する類の魔道具は少ないですが、代わりに扱えなければまともに生活することもままならないものばかり。扉一枚、魔力を使えなければ開くことも出来ません」
「そんなに魔道具尽くしだったのこの家!?」
現在のネネカは足を損傷している関係で、移動は常にネネカがサポートしてくれていた。当然扉を開けるといった単純な行動すらも。
しかしその扉すらも魔道具で、魔力を使えなければ開くことも出来ないなど、誰が想像できようか。
「結構魔道具尽くしですよ。私の存在関係無く、この家とその近辺には盗賊等も寄り付かない程度には」
「騎士団等で警備がしっかりしている城よりも攻め辛いぞこの家は」
「あれ、もしかして皇帝が此処に居るのって安全性の観点では良かったりするの?」
ネネカのまさかという気付きに、ヴェルサスは苦笑いで返す。
割とその通りであったために。
「まあそんなわけで、この家で過ごす以上は魔力の扱いを早急に会得して頂きます。しかし話を聞く限りは魔法の無い世界から来たとのこと。そのような世界は想像も出来ませんが、同時に貴女も自分が魔力を使う想像も出来ない事でしょう」
「……まあ」
何が出来るのかという大雑把なイメージはある程度出来る。
しかし自分がそれを行う具体的なイメージ……それこそ魔力と呼ばれる存在を知覚することも、まともにイメージなぞ出来ない。
ヴェルサスやヴァメルが魔法の存在しないネネカの居た世界を想像できないように、魔法の存在しない世界から現れたネネカも魔法を使えることを想像できないのだ。
「いきなり何も知らないのにやってみろと言われても無理な話です。ですのでまずは基礎中の基礎、魔法や魔力がなにかから教える事になるかと。どういったものかを学ぶだけでも、自分で使う際のイメージには大きな違いが発生しますので」
ヴェルサスはそう言って自身の掌の上に水の塊を出現させる。
明らかに魔法で生成された水の塊は、瞬きの間にあっという間に広がり、一枚の薄い水の壁のようなものになった。
場所はヴェルサスの後方。ネネカやヴァメルの前方。
教卓と併せて、まるで黒板のように水の壁を配置した。
「えー……ちなみに一応の確認ですが、元の世界では魔法は一切無かったのですか?」
「創作物の中のものでしか無かったよ」
「本当に想像も出来んな……」
「ですが創作物では存在していたのですね。こちらよりは色んな事に柔軟な世界なのかな」
ネネカの世界とこの世界が異なることは理解しているが。
自分たちの世界では当たり前に存在するものが空想上のものでしか無いというのは、若くして人生経験豊富なヴェルサスや様々な経験をしてきたヴァメルをして、不思議な気分であった。
尤もネネカは、その不思議な気分を現在進行形で味わい続けているのだろうが。
「その、知っているものでいいんですが。創作物ではどういった魔法がありました?」
「私の世界の漫画や小説とかに魔法が登場するのはあったけど、作品ごとに魔法の扱いとかも色々だったからなあ。単語はある程度共通してるものも多かったけど、どういった魔法ってなると……」
「ああ、そうか。魔法が創作物ということは、我々の世界における魔法と同一かどうかも分からんのか……」
「文化の違いは国や地域ごとに在って然るべきものですが、異世界ともなるともっと根源的な部分からの違いも有り得るんですね……」
異世界ならではの文化や概念の違いが存在することは、この場の三人全員が理解している。
しかし違いの存在は理解しても、違いの内容までは詳細に把握しているはずもない。
こうして違いの内容を理解すればするほど、お互いが異世界の人類同士だと嫌でも理解させられていく。
その感覚が、三人は未知のものであるが故に、どこか面白く感じていた。
「まあその辺りはいずれ詰めるとして。……まずは魔法がどういったものかを説明します。単語が分からなければ都度聞いてください」
「つまらん、寝るか」
「授業始めてすらいないんですけど」
「本当に何しに来たのこの人?」
恐らくサボりに来たというのが全てなのだろう。
「そこの馬鹿に気を取られてると時間が永遠に足りないので。……魔法とは、魔力を用いて発動する現象の総称です。人の手で発動しようが魔道具によって発動しようが、魔力を用いて発動したのならばそれは魔法と呼ばれ、魔法の行使により発生した現象を魔法現象と呼びます」
「魔道具でも……。じゃあ仮に、魔道具を使って火を起こしても、自分の魔法で火を起こしても、それは魔法という大きな括りで、発生した火は魔法現象ってこと?」
「理解が早くて助かります」
「まあ……雑に考えるのは得意だから」
ネネカは心の中で、漫画の知識が役に立った、と何とも言えない気持ちと共にガッツポーズをする。
ネネカ自身は、漫画を始めとした元の世界におけるサブカルチャーをこよなく愛する、とまではいかないが、姉がそういった分野を好んでいたために時折暇潰しに姉の収集物を読むことはあったため、全く知識がない者よりは有る方だ。
しかし深く読み込んでいたわけでは無いため、各作品への読み込みが浅く時折姉と話が合わないということがあったのだが。
今この状況においては、その曖昧な認識をする悪癖故の様々な作品の混在した知識が、微妙に柔軟に働き結果として良い方向に巡っている気がしなくもない。
それ故の、何とも言えない気持ちであった。
「それ得意に換算していいんですかね。ともあれ、それが魔法です。この家で暮らす分には、魔力を使って魔道具を使えればいいので、それ以外の魔法を会得する必要は然程ありません……と言いたいですが、最近は特に街中ですら危険な世の中。自衛の手段としていずれは会得していただく事になるかと。咄嗟に追い払う程度であれば、下手に剣や槍を振るうよりもよほど効果的ですから」
「そもそも別世界の人間だけど、魔法使えるのかな。魔力とか全く見えないけど」
「ネネカさんにも魔力が流れているのは確認しておりますので、少なくとも魔道具は問題無く使えるかと。魔力の扱いに関しては、自身の内に流れる魔力を認識出来さえすれば割と簡単に出来ます。その魔力の認識の時点で割と個人の資質等に寄りますが、私が補助するのでどうにかなるでしょう。最悪爆散しますが」
「最後の一言不穏過ぎるんだけど」
最後の一言以外は分かりやすい説明であったのだが、肝心の最後の余計な一言があまりにも余計だった。
重要ではあるのだろうが、わざわざその処置をする当人の目の前で言うことなのだろうかと、ネネカは恩人ながらちょっと訝しんだ。
そんなネネカに、くつくつと笑いながら言葉をかけたのは、横で先ほどまで眠そうにしていたヴァメルだった。
「案ずるな、異世界の少女よ。こやつ、こういう言い方はするがその実魔法技術において世界で右に出る者はおらぬ。今のはこやつ特有の、相手の心情と空気を読まずに質の悪い冗談をかまし、相手の不安がる様子を楽しむ悪癖よ」
「恩人がまさかの愉悦を求めるタイプだった」
「悪質なプロパガンダやめてくれません???」
ヴァメルの言葉にネネカはドン引きし、当のヴェルサスは不服全開で苛立ちを露わにしていた。
しかしそんなヴェルサスに臆することなく、ヴァメルは言葉を続ける。
「いやお前、うちの若手騎士の結婚を騎士団で祝ってるところで、思い付いたように夫婦に魅了掛けたらどうなるかなとか本気で言ってその場で実行しようとする奴であろうが。しかも結局やって大惨事であったしな?」
「だってその方が面白そうでしたし」
ヴァメルの疲れたような言葉を、なんの呵責も無く肯定したヴェルサス。
そんなヴェルサスを見て、ネネカは察したことを思わず口にした。
「あー、ヴェルサスちゃんってアレか。自分が楽しければというか、自分の目的が達成できるなら、周りの被害とか心情とかガン無視出来るタイプだ」
「おお、理解が早いな異界の者よ」
「悪質なプロパガンダやめてくれません!?」
ヴェルサスの不服全開の叫びが部屋に響き渡る。
「私がそういう気質なのは否定しませんが、それだけじゃないですからね!?そんなマッドマジシャン直行な淫魔じゃないですからね!?ネネカさんも勘違いなさらぬよう!それはあくまで私の一側面に過ぎませんので!」
「弁明が必死」
「他も大概であろうが」
「一側面に過ぎませんので!というか流石に異世界の存在にまで恐れられたくないです!しかも変な方向で!」
実際変な方向で恐れられてはいる。
余談かつヴェルサスの一応の名誉のために申し上げておくが、当時のヴェルサスは興味のある事全てに手を出す赤子のような性格をしていた結果、その実力や能力と相まって様々なことをやらかしてしまい、その果てに大惨事が起きていただけである。決してヴェルサス自身が惨劇や複雑な人間関係を見たいからとそのような行動をしていたのではなく、幼くして高い能力を持っていたが故の事である。
「つーか暇潰しでテロリストを自ら拷問にかけるヴァメルにだけはマジで言われたくねーです。それはともかく、魔力の扱いに関しては出来るようになるまで私が幾らでもサポートしますのでご安心を。急ぐ必要もないのでじっくりやれますし、気長に一歩ずつ進めていきましょう」
「あれこの国上層部結構ヤバい人多い?……魔力の扱い云々に関しては分かりました。良く分からないけど、今は頑張りますとしか言えない」
「それでいいですよ。まだ何も知らないんですから」
関わっている人物が幼い見た目で異常なほど柔軟かつ最強らしいヴェルサスと、今のところ明確な印象は薄いが世界最大の国家の皇帝なので感覚が狂っているが、まだネネカがこの世界に来て数日。明確に起きて自分の意志で活動出来ている時間を考えれば一日も経っていない。
ヴェルサスの言う何も知らないは、事実その通りでしかないのだ。
「……ヴェルサス。我が暇潰しで拷問にかけているという情報の弁明は無いのか?」
「事実でしょうが。あとこれ以上余計な情報で時間取りたくねーんです。次は魔力について一応のお話をさせていただきます。こういった知識を付けるだけでも、魔力に対してのイメージは湧きやすいでしょうから。魔法は全体的に、才能は勿論、イメージも非常に重要なもの。魔力の扱いも例外では有りません」
「ふざけんな貴様。誤解されたままであろうが」
要するに知識を付けることで、魔法にとって重要なイメージの増幅を少しでも行い、スムーズに扱えるようにしようということだ。
ネネカには魔法事情はまだ良く分からないが、ヴェルサスがそうするべきと判断して行っているのならそうなのだろうと納得する。
「……なんか私、ヴェルサスの事信じすぎてるなー……」
「唐突になんですかって言いたいですが、否定できませんね」
ふと思った事を口にしたネネカに、ヴェルサスも同意する。
ヴァメルからは、お前も同意するのか、と無言で呆れ気味だが。
「ですが仕方のない事です。ネネカさんの現状を考えれば、否が応でも私を信じざるを得ない状況ですし。かと言って私がどれだけ嘘を言っていない、他意は無いと言っても効果は薄いですし。どうしたものですかねえ」
「特にコイツは嘘を吐かずに人を騙すからな。この手のことでヴェルサスに対して信頼するのは難しいぞ?」
「なんで不信を加速させるようなこと言うんですかね???」
「余計に信じすぎるのが怖くなったけど」
ヴァメルの言葉も相まって、余計に不安が増したネネカ。
ヴェルサスの言う通り、他意と呼べるものは彼女には無いのだろう。そもそも素性も何も知れぬ人物を家で保護している時点で、善性が大概のものだ。
しかしネネカにとってはまだ出会って一日も経っているかという相手。その全てが真実だと分かるはずも無く、どころか彼女の善性を正確に感じ取れるはずも無く。現在信頼している理由も成り行きで信頼せざるを得ないがため。
仮にヴェルサスが何かを企んでいて、そのために何も知らないネネカに自分の都合のいい情報だけを渡して操ろうとしている、などということも可能性としては捨てきれないのだ。
「とはいえ、これは時間が解決するしか無いですね。嘘を言っている可能性を一々考えていたらきりがないですし。まあ私の事を信じる信じないはともかく、私から教える事は一応記憶には留めておいてください。虚偽を教えるつもりは有りませんが、真実であれ虚偽であれ情報は重要です」
「そう言って平気で大事な情報を省くのがコイツだから気を付けろ」
「ハイ、気を付けます」
「ふざけんな馬鹿皇帝。あとネネカからの信頼云々はてめーも同じです」
なんだったらヴァメルとの関わりはヴェルサス以下。そちらの方が信用も信頼も問題ではあるのだが。
「……とはいえ、なにかと物騒なこのご時世ですから。その不用意に信頼しないスタンスはかなり大事です。特に此処最近は皇都に厄介な奴らも居るようですし。此処に居る以上は基本の活動場所は皇都とその周辺になるでしょうから、色んな事に警戒するのは悪い事では有りませんよ」
「なんか、ごめんね?こんなに助けて貰ってるのに……」
「気にするでないわ。むしろ我らは気に入ったぞ?幼子と言える歳にしてその思慮深さ、その発育。我は汝を認めようぞ!」
擁護するようなヴェルサスに申し訳なさそうなネネカ。それを見てむしろ楽しそうに笑うヴァメル。
ヴェルサスの言う通り、これは時間をかけて解決するしかない問題。今ネネカに出来ることは、ヴェルサスやヴァメルに一応の信頼と信用を置いてこの世界について様々な手段で知ること。ヴェルサスやヴァメルに出来ることは、誠意を以って時間をかけてネネカに接すること。
どちらにも他意はない。が、現実はそれだけで全てが解決するほど、そう簡単ではない。
互いに出来ることをしながら時間を積み重ねることだけが、信頼に関する問題の解決に必要なことだ。
「……ヴァメルが気に入ったって言うと、ちょっと不安ですが。まあそこは時間解決で置いておくとしまして」
「貴様も貴様でさっきから余計な情報加えるでないわ」
「あなたたちのさっきからのその余計な情報の応酬は一体なに……」
仲が良いのか悪いのか分からないが、とりあえず信用と信頼は互いに在るが故の応酬であろうが。
それに巻き込まれ続けるネネカとしては、困惑と気まずさで反応が難しい。
とはいえヴェルサスは比較的真面目に進行しようとしている中で、場を和ませつつ反撃的に情報を出しているだけなので、どちらかと言えばヴァメルが過剰に横やりを入れている気がするが。事実眠る前のヴェルサスの会話は、時折様々情報を交えていてもスムーズに進行していたのだから。
「あまりお気になさらず。いつもの事ですので。まあ……アレです、またなんかやってるなー程度でスルーして大丈夫ですよ」
「皇帝を無視するとは不敬の極みであるな?ん???」
「アンタの存在で色々滞ってんですけど」
まさに現状が、ヴェルサスが言った通りにヴァメルが余計に口出しし過ぎて滞っている状況だ。
別にヴァメルが悪いわけでは無い。単にヴァメルは、皇帝という立場を抜きにした一人の人間として異世界の存在たるネネカに接し、見極めるためにもふれ合おうとしているだけであり、ネネカやヴェルサスもそれは理解している。
ただその接し方が、付き合いの長いヴェルサスとセットになっている事も相まって、見事に下手を踏みまくっているだけで。
「はぁ……ヴァメル。あとでネネカさんと話す時間は用意してあげますから、今は大人しくしててください。具体的には余計な情報の口出し無しで」
「む、分かった。ただしお前が何か言ったら返すぞ」
「それでいいですよ」
疲れた様子のヴェルサスはヴァメルと、短い会話ながらも明確に取り決めをし、一つ咳払いをする。
「すみません、ネネカさん。後ほどヴァメルのために時間を取ってあげてください。何かやりたいことが有りましたら、私とヴァメルの責任でどうにかしますので」
「えっと、私は大丈夫だよ?やりたいことというか、何があるのかも分からないから……」
「まあ今はそうですよね。なので出来る限りこちらでネネカさんに後の不都合が無いように調整しておきます」
ネネカがちらりと横を見れば、既に瞼を下ろし背もたれに身を預け、深い眠りに落ちているヴァメルの姿があった。
余程疲れていたのか暇になると理解したからか。はたまたその両方か。
少なくともヴェルサスとの取り決め通り、余計な口出しをする気は一切無さそうだと、ネネカは判断した。
ヴェルサスが睡眠状態のヴァメルの姿を一瞬見て何も言わなかった点でも、問題は無いのだろうと考える。
「では続きといきましょう。……魔力についてです」
そう言ってヴェルサスは、自身の背後に展開して以降待機状態にしていた水の壁に左の手で振れる。
すると水の壁に、なにやら形状を形容しがたい、もやもやとしたナニカが浮かび上がる。
「一口に魔力と言っても幾つか種類は有ります。が、種類の違いと言っても細かな性質の違いだけでその実魔力という点には一切変わりません」
水の壁に映ったもやもやは拡大され、その内に様々な色の円が表示される。
円の大きさは様々で色も様々。その中で特に大きいのが、緑、青、赤の三色の円だった。
ネネカはその光景を見て、思わず呟く。
「……それモニターみたいに使う奴だったんだ……」
「モニターも言葉意味通じるの逆になんか違和感凄いんですけど……」
どうやらモニターという単語も意味含めて同様だったようで、ネネカとヴェルサスは互いに疲れたような溜息を吐く。
疲れているような溜息の理由は、各々で様々であろうが。
「まあそれなら話は早いです。これ、モニターとして使うので。出来る限り文字は使わず抽象的な表現を主に使いますが、もし無意識に文字が使用されてて読めない、絵がごちゃごちゃしてて分からないというようなことがあれば都度言ってください」
「はーい。優しい先生で大助かり」
ネネカはどこか楽しそうに、モニターの諸々へと注目している。
ヴェルサスはそんなネネカに苦笑しつつ、授業を続ける。
「私は倣っているだけですけどね。えー、各種魔力の詳細を教えても専門の道に進まない限り然程役に立つ知識でもない、というか種分けされてるだけで内容には違いは無い……のですが、この家の魔道具を考えると知識が浅すぎるのは結構不味いので、今回は名前と若干補足でいきます。本格的に知りたければお教えいたしますが、それはまたの機会ということで」
ヴェルサスの言葉に合わせて、モニターがもやもやの内に表示された円の一つを拡大する。
緑色の大きな円だった。
「この緑色の円はマナと呼ばれる、自然に存在する魔力です。草木や水、岩など自然に存在しているものに含まれます。この後解説するオドと並んで、人類が極めて身近に感じる魔力の一つです。このマナが豊富な場所は、対応する属性の自然環境になりやすいです」
「対応する属性……?」
「後ほど説明します。どう足掻いても説明が長くなって面倒なので、先に魔力の大雑把な種類だけをお教えしたいんですよね」
成程、とネネカは理解し、疑問を一旦保留とする。
説明が長くなる理由がどういったものかは分からないが、ヴェルサスがそれを最善と判断して授業の配分をしているのなら、ネネカは分からないなりにそれに従うのみ。
内容を信じるか否かは別問題。まずは話すこと、聞くことが互いに大事なのだ。
「で、次にこの青色の円。これはオドと呼ばれる、生物が生成する魔力です。人類にとっても、最も身近な魔力です。生命力とも呼ばれており……此処は詳細がめんどいからいいや。基本的に無属性の魔力ですが、魔法を用いる際に各属性に変更され出力されます。透明な水がオドだとして、魔法を放つ際に色を加えて別の色の水にするようなものです」
モニターに表示されている青色の円が、幾つもの色に変わっていく。
赤、緑、青、黄、白、黒。様々な色に変わったのち、元の青色の円に戻る。
「無属性に関しても後程。と言っても無属性に関しては極めてシンプルですがね」
そう言うと同時、モニターは青色の円から離れ、残る大きな円である赤色の円に注目した。
「最後……でもないですが主要な魔力としては最後。この赤色の円は、様々な呼び方がある魔力です。ウルグリム皇国では一般的にホロウと呼ばれます。ネネカさんの世界と文化圏が似ているであろう北西の地域では確か、ケガレとか呼ばれております」
「穢れって名前の時点で大体想像付いた。あんまり良くない魔力だね?」
「ぶっちゃけそうですね」
ネネカが察し、ヴェルサスが肯定すると、モニターに映っていた赤色の円が黒く渦巻いていく。
まるでそれが、赤色だった円の本性であるかのように。
「ホロウは何らかの理由でマナやオドが変質することでのみ発生します。後ほど説明しますが、魔獣と呼ばれる存在もこのホロウから発生します。変質する条件なども大体判明しておりますが、あまり意味のある事ではないので今回は省略します」
「省略しちゃうんだ」
「ええ。今大事なことではないですし。オドの変質やそこから発生する魔獣についても、現時点で気にすることではありません。いずれお教えしますが、条件が極端に限定的ですからね」
そう言ってヴェルサスは、ホロウの円に寄っていたモニターを、さっさと元の魔力全体を映した状態へ戻す。
魔力の円の内側には、まだ幾つか触れてすらいない円があったが、流れ的にスルーだろうとネネカは察して何も言わない。
「今重要なのは、魔力を使えるようになること。使うべき魔力は身の内の魔力、即ちオドです。ですので魔力とオドの解説を主とさせていただきます」
モニターに表示されている魔力の円の中の内、青色の円だけが残って他はすべて消える。
そこでふとネネカは、湧いた疑問をヴェルサスに投げかける。
「このモニターってさ、ヴェルサスちゃんの魔法なんだよね?」
「ええ。水魔法と光魔法の複合です」
「一応の確認だけど、こういうのって他の人も出来るものなの?」
「出来ませんね。魔法の複合自体、確認されてる限りでは私ともう一人しか出来ません」
「ああ、うん。やっぱりそうだろうなと思った」
しれっとモニターとして扱っているが、この水の壁も何もかも魔道具ではなく、ヴェルサスの魔法で行われているものである。
つまり目の前で水の壁を維持しているのも、水の壁に当たり前のように映像を投射しているのも、全てヴェルサスがリアルタイムで操作しているということで。
「多分だけど、ヴェルサスちゃんがイレギュラー中のイレギュラーなんだろうなあ」
「否定はしませんけど。ただイレギュラーなのは……ああ、コレも説明することですし今は話しを進めましょう」
ヴェルサスは一つ咳払いをし、モニターに映されていたオドの青色の円を六つに増やす。
増えた円は、増えたその時こそ同じ青色だったが、次第にそれぞれが赤、緑、青、黄、白、黒の円へと変化する。
「魔力属性には主に六属性有ります。無属性や次元魔力などの特殊な魔力属性も存在しますが、基本となるのはそれらを除いた二系統の六属性です」
モニターに表示されていた六色の円が移動し、四つと二つの円の組に分かれる。
四つの円は、赤、緑、青、黄の四色。二つの円は白と黒の二色。
二系統とはそういう形なのだと、ネネカも理解した。
「赤の円は火、青の円は水、緑の円は風、黄の円は土。この地水火風の四属性を纏めて、自然属性と呼称します。昔は四大属性と呼ばれていたようですが、現在は自然属性と呼ばれるのが世界的に普通ですね。一部地域では自然四大属性と呼ぶことも。どれも魔法に関わる上でよく使うものですので、出来る限り憶えておいてください。まあ使う内に自然と憶えていくでしょうが」
「言語同じだと憶えやすくて本当に助かる」
もしこれが言語から異なっていたら、どうなっていただろうか。
互いにその疑問が浮かんだが、今は言語どころか大まかな単語も同じという不思議な現状に満足して、疑問には目を瞑る事にした。
「残る白と黒の円。白の円は光属性、黒の円は闇属性。この光と闇の二属性は、精神属性と呼称されています。こちらには昔の呼び名はありません。どこでも精神属性と呼ばれるのが一般的です」
「こっちには無いんだ、昔の呼び名」
「というか元々確認されていたのが四大属性だけだったのですが、この二属性が様々な事件と時間を経て理論としても明確に確立されたことで四大属性というのが正確でなくなり、光属性と闇属性だけの精神属性という枠組みが生まれたんです。で、それに合わせる形で四大属性も自然属性という二つの呼び名となったんです」
成程、とネネカは頷く。
確かに、六つあるのに四大属性はおかしな話であるため、別の枠組みが作られるのは妥当な話。
またそれに合わせる形で元の名も変更するのも、別におかしな理由ではない。
「……ってことは、魔法の歴史的には、光属性と闇属性って比較的新しい属性なの?」
「明確にそういう属性として認められたという意味では、そうですね。記録もまともにされていないほど古代からある自然属性と異なり、二百年ほど前に確立されたので。……と言っても、それ以前から存在はしていたのでしょうが。理論として存在していると断定されたのが、約二百年前というだけで」
人の感覚で見れば二百年は長いが、積み重ねた歴史で考えれば遥かに短い。
比較的新しい、というネネカの言葉はまさに的を射た表現だった。
「で。オドが持つ無属性の魔力は、言葉通りに……通じますよね?言葉通りに、属性も付与されていない魔力の事です。無属性の魔力はオドから発生するものに限ります。オドをどれだけ体内から無属性の魔力として放出しようが、即座に周囲の環境によって属性を得てマナと成ります。無属性の魔力が成立するのは、基本的には生物の体内のみです」
「要はオドであっても体内から出たらマナとして自然になるから、無属性の魔力としてのオドは体内限定ってこと?」
「お見事、そういうことです。あ、マナは自然に存在する魔力の事と先程言いましたが、より正確には生物の体内に無くホロウでもなく、他の細かな魔力区分にも属さない魔力の事です。大雑把に考えた場合、自然に存在する魔力がマナの九割を占めているので、先程はこういった説明をさせていただきました」
思いの外しっかり区分があった、と軽く驚くネネカ。
ネネカはこう驚いているが、実のところマナの定義が成されたのはかなり最近である。具体的には五年前。
元より自然に存在している魔力であれば全てマナという極めて大雑把な括りがあったのだが、その場合生物が放った魔法の魔力はどれに定義されるのか、ホロウより生まれた生物ではない魔獣はホロウかマナか、等々様々な議論が長年に渡り行われ続け、僅か五年前にようやくその議論を終えてマナを始めとする様々な魔力の定義が制定されたのだ。
ただそれ故にまだ極めて新しいルールということもあり、明確な定義や細かい区分はまだあまり知られていないのが現状である。
実際ヴェルサスが細かい魔力区分について教えなかったのも、大まかに名前等は把握していても人に教えられるほど細かな部分まで把握していないからというのも大きい。
(生徒側はある程度間違っていても、何かを知らずとも問題は無い。それを修正すればいいだけ。ですが教師側はそうもいかない。教えるからには、知っていなければならない)
生徒と先生の立場、目線の違いを初めて現在進行形で体感し、ヴェルサスは内心苦笑する。
(中々どうして難しいものですね。あの人たちも大変だったの……いや、あれは……)
波乱万丈なようで平凡なような、決して世界に他に居ない数奇な人生を送ってきているヴェルサス。まともな教育を受けた経験は無い。
一応教育と呼べるものは皇帝に拾われた後、十剣聖と十賢者によってほどほどに行われはしたが……。
「……なんか、教師の真似事をしていたら、私の先生たちを思い出して疲れが……」
「げ、元気出してー。っていうか、思い出すだけで疲れる先生ってなに……?」
「奇人変人揃いの十剣聖と十賢者が先生代わりだったので」
「思い出すだけで疲れる先生ってなに!?」
一応あの頃から数人入れ替わり等も発生しているし、現在ではヴェルサスを始めとして比較的まともと言える人物も居はする。
が。ヴェルサスが皇帝に言われるがまま、その純粋な実力で以って空いていた十賢者の枠に収まった時。現在のネネカ以上に何も知らなかった子どもの頃に居た十剣聖と十賢者……即ち理者は。
それはもう、混沌の極致とも言える魔境。常識人なぞ、一人か二人居たかどうか。
「冷静に考えたら私、あれらを反面教師とした結果で今があるんだなあ。真面目になるのも納得です」
「自分で真面目って言うのはどうなのって言いたいけど」
「事実として比較的真面目なんですよ、私。というか理者絡みの案件や理者に頼みたい案件が、片端から雑に私に投げ込まれてくる時点で」
「ああ、うん。周りの評価としても、理者の中で一番マシなんだ……」
ヴェルサスが頼りにされている理由は勿論その実力も有るが、理者の中で様々な面で一番安牌だというのが理由だ。
基本活動場所が皇都とその周辺のため分かりやすく、くせ者揃いの理者の中で数少ない常識人。基本的に即日対応。純粋な実力は勿論のこと、書類管理等も問題無い。見た目も幼いが故に可愛らしい外見で老若男女問わずウケもいい。下手な差別も行わないし、下手な区別もしない。
普通の立場で何かを頼む場合でも大当たりも良い所。それが理者ともなれば、即座の対応が必要にも拘らず実力等の関係から理者に流さざるを得ない案件も度々流れて来る。その中でヴェルサスは、最も信頼でき、最も安定した理者だ。
その結果というよりか必然的に、理者の案件のほとんどがヴェルサスに流れてくるのであった。ヴェルサス当人は、些か面倒に思っているようだが。
ちなみに他の理者にも案件が流れる事は普通にある。が、常識的な者は多忙故に国の各地を頻繁に移動する者や普通に案件に手を出す余裕が無い者がほとんど。残るは繊細な案件などを任せるには不安が残る者ばかり。結局は常に一定の余裕を保つヴェルサスの元へと流れてくるのだった。
「なんかあれらを思い出してるだけで疲れて来る……。話を戻しましょう。とまあそんなわけで、オド自体は基本の属性は無属性なんです。それを、魔法を行使する際に属性が付与され、属性魔法として出力される。大雑把な認識としてはこれで充分過ぎるほどですので、憶えておいてください」
「はーい」
「いい返事です。さて、次は行使する魔法と魔道具についてです。此処が主題ですので、余計な話を混ぜずに長く、真面目にいきます。質問があれば、その都度」
モニターが先ほどまでのシンプルなそれとはうって変わって、幾つもの図形や幾つもの文字のような記号が羅列する。
色分けや矢印は使われているものの、あまりに数が多すぎて見ているネネカはそれを表現するのも難しかった。
「……やはりこの手のものは、どうしても表示すると複雑になりますね。文字も使わざるを得ないし。私が研究している分野だから、というのもありますが。……仕方ない。私が実践しながらとしましょう」
ふう、と少し諦めたようにヴェルサスは息を吐いて、教卓にもたれるように両手をつく。
それと同時、モニターと成っていた水の壁を、ただの水の球へと変える。
当然、水の球にはモニターの機能など無い。
「魔法とは端的に言えば、結果です。魔法を行使して魔法が発生しようが、魔道具を使用して魔法が発生しようが。火の魔法を使っても火が発生する魔道具を使っても、火が発生するという結果となる。ですので大前提として、魔法と魔道具にさした違いは無いということを念頭に置いておいてください」
「……えーと、違いが無いのは分かったけど……?」
「勿論魔法と魔道具の違いについても説明いたします。と言っても違いは簡潔なものですので、最初に説明する形になりますが」
今一番重要なことですし、とヴェルサスは付け加える。
確かに。元よりこの家の魔道具を動かすために、魔力の操作を学ぼうとし。
その魔力の操作を会得する上で必要だからと魔法知識も最低限学ぼうとしているのが、現状だ。
他の知識を学ぶのに夢中になって、主題を忘れては意味がない。
「魔法と魔道具の違いは、まあ言葉そのままに道具の違いです。魔法は杖や宝玉などの補助道具を使う事はあれど、発動者と定義されるのは術者です。私がお湯を出す魔法を行使した場合で例えると、私が私自身の魔力を使い、私自身が使える魔法を使ってお湯を出した。この場合に術者と定義される部分は、私自身が使える魔法という点です。この点がある限り、術者は私と定義されます」
「……あ。じゃあ魔道具はそこが違うってこと?」
「いいですね、理解が早くて助かります。その通り、魔道具には魔道具自体に魔法の行使が予め設定されております。あとはそこに魔力を流し込むのみ。お湯を出す魔道具を私が使った場合で例えると、私が私自身の魔力を使い、魔道具で発動する魔法を使うことでお湯が発生する。この場合、術者の定義は魔道具となります。魔道具にお湯を作り出す魔法式が組み込まれ、後は魔力さえ流し込めば魔法が発動出来る状態となっているから」
結果は確かに同じ。自身で火や水の魔法を同時に行使してお湯を発生させようが、魔道具に刻まれた魔法を、魔力を流し込んで発動してお湯を発生させようが。
異なるのは、術者と定義されるのが道具であることのみ。
「ただし魔道具に刻める魔法には限りがあります。無理矢理色々刻めなくもないですが、それもやり過ぎると魔力を過剰に消費しすぎるか、浴場の魔道具たちのように動作不良を引き起こします。複数刻んだ魔法が魔力を吸い合ってしまうんですよね」
「要するに、自分で使える魔法を色々使うか、魔道具に刻まれてる魔法を一つだけ使うか、みたいな感じ?」
「正確には一つだけではないですが、概ねその通りです。魔道具の行使とは即ち、魔道具に刻まれている……既に設定されている魔法を、魔力を流し込むという一工程のみで使うこと。魔法の行使は、自身が使用できる魔法を自身で発動に設定し、魔力を用いて発動すること。結果は同じ、過程が一部異なる。そこだけが、魔法と魔道具の違いです」
結果的に魔法が発動するという点では魔法も魔道具も同じ。ただ過程の一部分、発動者と定義される部分が異なるだけで。
「魔道具の行使方法は途中で述べた通り、魔力を流し込むこと。より正確にはオドの無属性の魔力を流し込むこと。流し込まれた無属性の魔力が、魔道具に入力された魔法式を起動し、入力された魔法となります。これはどんな魔道具であろうとも例外はありません」
「本当にどこまでも魔法の代行ツールなんだなぁ」
「元々開発された理由が、誰でも魔法を使えるようにするためですからね。才能十割の魔法を、日常生活程度でも誰でも使えるようになれば、様々な点で利便性が上がります。単に火と水の魔法を組み合わせてお湯をいつでも作り出せるだけでも、火おこしと水の用意の手間が省けて便利ですから。そのためにこの家に設置されてるんですし」
「成程。この家は、色んな魔道具を使った家のモデルハウスみたいなものでもあるんだ」
「もで……?……ああ、見本とかそういう意味合いですか?もしそういった意味合いならばそうですね。色んな魔道具の実験機を詰め込んで、動作不良が起こる度にそれを報告、改良もしくは取り換え等を行い、より利便性の高い魔道具を作る。私ならば魔道具の想定外の動作が発生してもほとんど問題が無いので、そういう意味でも試験運用に最適だったんです」
時折面倒ですが、と疲れた表情を一瞬だけ覗かせたヴェルサス。
実力等の問題で魔道具の不具合が起こっても問題無いとはいえ、それで不便が唐突に発生するのは、確かに面倒ではあるのだろう。
先日の風呂でも、シャワーが唐突に動作不良を起こして、細かいところで大変だったように。
「魔道具は現在、我がウルグリム帝国だけが製作技術を持っている上に、この家以外で使用する可能性のある魔道具は確実に想定通りの使い方をすれば問題無いものです。なので基本的には魔道具の危険性等は無いのでご安心を。……試す我々としては、たまったものじゃないですが」
「でも誰かがやらないとではあるんだよね、こういうの」
「そうですね。その適任が私と私の家だった。私個人としてはあまり必要ない物ではあるのですが、国や民がいずれ必要となるのなら」
喜んでとまでは言いませんが、とヴェルサスは小声で付け加えた。
ネネカはそこに、国を動かす歯車の立場と、個人の違いがせめぎ合っている事を、なんとなく理解した。
「次は、魔道具も含む魔法そのものについてです。魔道具の解説の際に部分的に触れましたが、今回はより細かくいきます。……着いてこれますか?」
「んー、まあ元々ラノベ読んでたから、理解はなんとか追い付いてるよ」
「……らのべがなにかは分かりませんが、まあ追い付いているのなら良いです。ただし分からない事があれば、必ず都度聞くようにお願いします。まあ忘れても私なら出来る限り都度お教えいたしますが」
ヴェルサスはそう言うが、ネネカとしてはあまりヴェルサスの世話になり過ぎるのも申し訳ないと思うので、出来る限りは自分で憶えておきたいとは思っている。
元々物覚えは悪くなく、サブカルチャーにも明るいとまでは言わずとも柔軟だったので、一応辛うじてではあるがちょっと早回し気味な授業に着いていけてはいる。
「急がせるようですみません。……ん、あ……。……まあいいか。えー、魔法は自然属性と精神属性に加えて無属性の計七属性の魔法系統がありまして」
「何今の一瞬の間。まあいいかで流してたけど」
「いえ、大丈夫です。そういえば別件で今日は面倒な奴が来るんだった、と思い出しただけで。七属性の魔法系統がありますが、先も言った通り魔道具を使う際には無属性の魔力の行使だけ出来れば問題ありません。自力で魔法を行使する際にも同様です。違いは何度も述べている通り、自身で行使する魔法を理解し選択の上行使するか否か。つまるところ無属性の魔力の行使とは、全ての魔法の基礎中の基礎。どれだけ魔法知識があろうとも、どれだけ魔法の才能が有ろうとも、どれだけ高等な魔道具があろうとも。基礎たる無属性の魔力の行使が出来なければ、全ては無意味です」
「ヴェルサスちゃんって結構強引に話戻すよね。無属性の魔力の行使が魔法の始まりなんだ」
「そうですね。その無属性の魔力の行使をより詳細かつ正確に言うと、自身の内のオドの自覚、体内でオドを意識して巡らせる、体外へオドを放出する。この三工程の行使によって、無属性の魔力の行使となります」
自覚、循環、放出。この三工程全てで、無属性の魔力の行使という枠組み。
全ての魔法の基礎。それ故問題となっている魔道具の扱いにも、この技術の会得は必須。
勿論ヴェルサスの言を全て信じるというのならば、という前提が付くが、現時点で矛盾している部分は無くこうして授業を自ら行っている点で考えても不自然は無い。
この家が試作魔道具の山で、それを使えなければ普通の生活もままならない。故にそれを使うための魔法の基礎を会得するために、その説明を。理に適ってはいる。
適ってはいるはずなのだが。
「……なんでかなあ。説明は成程って思うんだけど……」
「どうしました?」
「なんか、なんだろ。どこか、違和感あるような、なんというか……」
ネネカはヴェルサスの授業を全て思い出しながら、違和感を探す。
ネネカは決して頭が悪いわけでは無いが、良いというわけでもない。どちらかと言えば直感的に物事を感じ取りそれに順じて行動するタイプだった。
しかし現在は、直感に頼る事を控え学んだことのみを出力するように、自制している。
それが、元の世界で嫉妬による虐めの果てに、姉以外の家族を失った一人の少女が、幼くして生きるために選んだ道だ。
しかし自制していても、直感とは唐突に働くもの。完全に制御できるものではない。
その封じている直感が。
ヴェルサスの授業に、得体の知れない違和感を憶えていた。
その正体がなにかは、分からないが。
「ええ、解説省いてますよ。案外鋭いんですね。安心しました」
そんなネネカに対しヴェルサスは、何一つ悪びれることなく教えていない部分がある事を認めた。
この場合の教えていない部分とは、話さずともよい事ではなく、話すべき事を話していないという意味。
そんなヴェルサスを見て、ネネカは先程のヴァメルの発言を思い出す。
『コイツは嘘を吐かずに人を騙す』『平気で大事な情報を省くのがコイツだから気を付けろ』
まさかこの短時間で、本当に言われた通りになるとは思わず、ネネカは視線だけを横に座るヴァメルに向ける。
ヴァメルは相変わらず、意識しなければ存在を忘れそうなほど、静かに気配も鎮めて眠っていた。
「省いたのはアレですね。初めての無属性の魔力の行使の際に失敗すると最悪爆散することと、工程……というか注意事項?……まあ工程でいいか。工程を一つ省いたことですね」
「最悪だ」
想像を上回る悪辣な情報のカットに、ネネカは思わず顔を歪める。
あっさりと、いけしゃあしゃあと、人の命を弄ぶかのような。
当のヴェルサスは、変わらず何一つ悪びれる様子もない。
「まあ然程支障のある事では有りません。最悪死ぬだけです」
「命ってそんなに軽く扱って良いものじゃないと思うんだけど」
「私が何億人殺してきてると思ってるんですか。今更一人や二人。それが異世界人であろうが個人的に好ましいと思った者であろうが、違いはありません」
「いやそれただの……億?」
苦言を呈そうとしたネネカは、おかしな言葉に疑問を抱く。
殺してきた。それはいい。
しかしその数は、あまりにも常軌を逸していた。
こんな世界であろうとも、到底普通とは言えない数字。
それを、自分と数歳程度しか違わない子が。
「ええ、億ですよ。細かい人数は把握していませんが。……それがなにか?」
「……殺し、過ぎじゃない?」
「まあそうですね」
今までと同様、あっさりとネネカの困惑を認めるヴェルサス。
その表情も今までと、何ら変わりがなかった。
「……ああ、そうでした。そういえば貴方の世界は、そういう世界では無かったんでしたっけ。こちらもこの国以外では似たようなものですが」
ふぅ、と一つ息を吐いてどこか納得した雰囲気のヴェルサス。
もはや良く分からないナニカを見るような目のネネカとは、対照的だった。
「まあ後ほど国の歴史ついでに教えておきます。今は魔力優先です」
「…………………………」
「そんな狂人を見るような目をされても困ります。大体、この歳でこの世界で、世界最強なんて言われてるんですよ?そこへ至った経緯に、僅かでも真っ当な理由や経緯があると思いですか?」
淡々と、本当に億の人を殺している事を何とも思っていないかのようなヴェルサス。
事実何も思わないのだろう。慣れ過ぎて。
ネネカはふと、ヴェルサスが賊を拠点ごと焼き払ったのを思い出した。
あの時ネネカは混乱していた上に、賊に対し強い恨みも有ったので、特になんとも思えなかったが。
冷静に考えれば、あの場面でヴェルサスが怒っていたとしてもあれほど淡々と賊の皆殺しを選択、行使できるのは。
本当に。あの程度の人殺しを行おうが微塵も気にもならないほど、膨大な人を殺してきたからなのではないか。
他人の命をもう何とも思わないほど、殺すことに慣れ過ぎているからではないか。
そんな思考ばかりが、ネネカの内に泡のように沸いては消えていく。
「まあネネカさんがそういう事に強い抵抗を持つ……というより、そういう世界の出身ということは良く分かりました。これより先は、出来る限りネネカさんに対してはあまり命を軽視した行動は慎むとしましょう」
「完全にやめてくれたら有難いんだけど」
「さて、それは未来の私に期待してください。割と私、その場のノリと勢いで生きてるので」
ヴェルサスの能力と性格で、その場のノリと勢いで進まれたら災害ではないか。
恩人に密かにそう思った、ネネカであった。
「……もうなんか色々諦めるけどさ。でもこれだけは誓って?」
「……魔族に誓いは……まあ内容次第ですが。なんでしょう?」
「私に嘘や隠し事はしないで。私、そういうの嫌いだから。特に信頼している人からのは」
自分でもどこか冷めた目をしていると自覚しつつ、ネネカは本心を告げる。
そんなネネカに対しヴェルサスは、本心からの驚愕の表情を見せていた。
「……何があった、とは聞きません。人には事情があって当然ですから」
「何も無い人も居るかもよ。元の世界には居たから。暇だからって理由で毒ガスばら撒いた人とか、思い付いたってだけで火炎放射器を街中で使う人とか」
「そっちの世界もそっちの世界で大概過ぎません???」
一部単語は分からずとも、分かる単語だけでまあまあ危険だと分かるが故に、流石のヴェルサスも顔を引きつらせる。
別にヴェルサスに良識が無いわけでは無いのだ。その良識が、様々な理由で捻れた上で肝心な部分でズレているだけで。
「まあ……分かりましたよ。……魔族が一人、ヴェルサス・ヴァナディースが誓います。ネネカ・クロツチに対し虚言と密事を禁ずる」
ヴェルサスがそう誓うと同時。
ヴェルサスの瞳がほんの一瞬、黒く輝く。
それ以外は何一つ、変化は無かったが。
その輝きは、ネネカにもはっきりと見えるもので。
「……今のは?」
「魔族が誓いを述べるというのは、一種の契約として絶対的な効力があるんです。特に最上級の魔族ともなれば、その効力は永続も容易い」
「……え、っと?」
「……要するに誓ったことは必ず守られるようになります。当人の意志に関わらず」
「……良く分かんないけど分かった」
分かってないな、とヴェルサスが察するのは一瞬だった。
「さて、これで趣味の冗談が言えなくなったわけですが……まあ抜け道はあるしいっか。随分と逸れましたが話を戻しましょう」
「抜け道あって良いの?こういうの」
「良くは無いですが出来るんですもの。ええと、意図的に省いた工程と、無属性の魔力の行使の失敗で発生する事象でしたっけ」
さらりと言っているが、改めて考えても相当問題な省略をしていると感じたネネカだった。
「省いた工程は、初回のみ先に述べた三つの工程以外を行うこと。失敗で発生する事象は確認されている限りで、オドの生成暴走による身体の爆散、身体のオドへの耐性弱化による全身体機能の超低下、オドの漏出過多による慢性的な魔力欠乏症の発症。このいずれかになります」
「事象がゴリゴリに現実的だったし、これを省いてたの悪意が過ぎない?」
「そうですか?」
詳細がどういったものかは分からないが、理解出来る単語だけで確実に命に関わると分かる各症状。
省いた工程はまだいい。何も知らないネネカは、知らされた三工程だけを行う事に集中していたであろう。
しかし失敗によるリスクを知らせない、しかもそのリスクが決して無視できないもの。
よくまあこれを省略できたものだと、逆に感心したネネカであった。
「ま、最悪死ぬだけなので失敗しても大丈夫ですよ。墓は作ってさし上げますので」
「死にたくなーい」
「いつかは死にますよ誰だって。それが50年か60年そこら早くなっただけで」
「長命な種族なら短いかもしれないけど人間からしたらそれ全く短くない」
こちらの世界での人間の平均寿命は知らないが、確実に人間の寿命で考えた場合その年月は決して短いものではないし、早くなった、の一言で片付けていいものではない。
そうでなくても人の命をこうも軽々しく扱うのはどうかと思うのだが、ヴェルサス自身が色々捻れている気がしなくもないので、そこに関しては強引に気にしない事にした。
「それを言ったら、淫魔種に至っては平均寿命10年ちょっとなんですけど」
「ヴェルサスちゃんが一番短いじゃん。っていうか生きてるし」
「これに関しては世間の淫魔種への当たりの強さが大きいと思います」
さらりと語られる淫魔の悲しいほどの平均寿命と、それを超えて生きているヴェルサス。
実力も考えると、ヴェルサス一人で淫魔種の平均寿命を大きく伸ばしそうだとネネカは現実逃避気味に考えた。
「っていうか、だとしたらよく生きれてるね?家族が良くしてくれたの?」
「いえ、あんまりよくはされませんでしたね。実際実家からは嫌われて追い出されてますから。今生き残れているのは、単に私に戦う才能が有ったからです」
「中々過酷な人生送ってるね」
「そうですね。否定できない程度には」
人に歴史あり、という言葉をネネカは思い出す。どこで聞いたのかは、忘れてしまったが。
ヴェルサスの命に対して関心のない部分も含めて、互いに色々あるものだなと感じたネネカだった。
「さて。ここまでで無属性の魔力の行使についてはある程度お話ししました。では今度は実際にやってみましょう」
「早くない!?」
「ネネカさんには申し訳ないと思いますが、四六時中私が同行するわけにもいかないんですよ。仕事あるので。しかも書類仕事ならまだしも、数時間とはいえ皇都離れることも有りますし。魔獣の掃討任務も最近多いですしね」
書類などのデスクワークならば確かに、ある程度同行する余裕は有ろう。同行でなくても、遠隔でどうにかする技術ぐらいヴェルサスが有していてもおかしくないし、事実ヴェルサスはこの家の何処に居ようが家内の魔道具を全て自由に操る術を持っている。
しかし流石に家から離れてしまってはどうしようもない。完全にどうにか出来ないわけでは無いだろうが手間がかかりすぎるし、ネネカとしてもそこまでヴェルサスを付き合わせるのは気分が悪い。
「なのでせめて家の中くらい自由に行動できるように、無属性の魔力の行使くらいは出来るようになってもらわないと。でないと扉も開けられませんよ?」
「んー……」
現在のネネカは足を負傷しているため自由な活動は不可能だが、魔道具次第では普通に活動出来てもおかしくはない。足以外は健康体なのだから。
普段の活動のためにも、ヴェルサスの言う通り無属性の魔力の行使を会得しておきたいのは事実ではある。
ネネカが乗り気でない理由は単純で。
「……早くない?」
「実際少し早いですね。私は例外としても、魔法種族であるエルフとダークエルフ以外が無属性の魔力の行使を学ぶのも初行使を推奨されるのも15歳以上なので」
「いやそういう話じゃなくて、展開的な話」
「遅かれ早かれとしか言えねえです」
別にネネカは無属性の魔力の行使を学ぶことについては構わない。信じるならば、必要だと自分でも判断したが故に。
ただまだネネカはこの世界に来て数日。明確に意識のある時間は一日あるかどうか。
元の世界で読んだことのある創作物では、異世界転生や異世界転移直後に魔法を行使するものもあったが、大抵の場合そういう知識をあらかじめインストールされているものや、魔法の行使が簡単なもの、魔法自体の扱いが軽いものばかり。中には一応魔法の扱いが現実的でシビアなこの世界のようなものもあったが、それはそれでしっかり学んだ後に少しずつというものが多かった。
創作と現実は違うと理解しているとはいえ、まさかこれほど早く自身が魔法を使う事になるとは思わず、しかもそのタイミングがリスクを伝えられた直後。
尻込みするのも、当然といえば当然だった。
「大丈夫です。先に述べた通り、私もサポートしますので」
「今までとうって変わってヴェルサスちゃんにサポートしてもらうのすんごい怖いんだけど。勢いあまって暴走させちゃいましたとか言いそうで」
「……しませんから大丈夫です」
「最初の間は何???」
先ほどの誓いを考えると、嘘では無いのだろう。
ただ、今は嘘ではないだけで、その場の思い付きでやるかもしれない。
当人が、割とその場のノリと勢いで行動すると言っていたために、尚更恐れがある。
「まあ最悪死んでも、そこで寝てる馬鹿がどうにか出来るので大丈夫ですよ。正確にはコイツの力ってわけではないですが」
「いやどうにか出来るのもそれはそれで問題だと思うんだけど。っていうかどうやるの?」
「ウルグリム皇国の皇帝って、現在の十剣聖と十賢者の能力を限定的ですが使えるんですよ。で、現在の十賢者には死後30分までなら死者の完全な蘇生を可能とする人が居まして」
「ああ、うん。皇帝じゃなくてそっちが凄いのね。そのシステムも凄いけど」
ヴェルサスがネネカの生死に対し、異様に軽かった理由もなんとなく察したネネカ。
此処に皇帝が居るから。十賢者の一人が死者蘇生を可能とするから。
その前提の違いが明確に認識の違いとして、現れてしまっただけで。
まあヴェルサス自身の命に対する価値観は結局のところどうかと思うそれであったし、そもそもそれなら先に伝えてほしかったというのも事実ではあるが。
「そういうわけで、安心して不調引き起こしてください。システムの関係上、皇帝が蘇生を行っても相当な不調は発生するでしょうが、既に足の治療のために十賢者の張本人は呼んでおりますし足も含めて遠からず治療されます。少しの辛抱です。ファイト!」
「割と無責任!足の治療のために呼んでくれたのは本当にありがとうッ!」
いくら治るとしても、不調は嫌で当然。
やはりヴェルサスは、様々な理由で細かい常識がズレているように感じなくもない。
こちらの世界ではこれが普通なのかもしれないが、どちらにせよネネカは嫌なことに変わりは無かった。
「っていうか、私魔力とか感じたこと無いんだけど。ファイトって言われても何やったらいいの?」
「……?……あー……?」
ネネカの問いに、ヴェルサスは困惑の雰囲気を混ぜ込みながら腕を組んで考え始める。
考える中でヴェルサスはちらりと、ずっと浮かばせたままにしている水の球を見る。
「……何も感じませんか?この水魔法から」
「?普通に、水だなぁ、ぐらいしか」
「……ふーむ。……ん、あー……思ってたより……じゃあ……んー……」
何やら深刻そうに考え込むヴェルサス。
ネネカは改めて先ほどまでモニターだった水の球を見るが……変わらず、特別何かを感じることはなかった。
そんなネネカの様子も見てヴェルサスは、更に考え込んだ後……決断したように、ふわりと教卓を浮かび超えてネネカの背後に回る。
「予定変更。少しのサポートのつもりでしたが、私が主導します」
「?なにを?」
「魔力」
ネネカが困惑する間もなく、ヴェルサスはネネカの頭を両の手で固定するように掴む。
そして。
「ひょごおびょるぼぶぶぼ!!!???」
「っ!?ふ、ぐぬぉお!?」
「どんな悲鳴ですか。そんでお前は何やってるです?」
ネネカの全身を襲う、形容しがたい感覚。同時に口より意図せず発せられる、悲鳴にすらならぬ音。
そんなネネカの音に驚きヴァメルが流石に目を覚ますも、驚いた拍子に椅子から転げ落ちて頭を打つ。
ヴェルサスは各々の惨状を繰り広げる二人に、心底の呆れを表すのだった。
既にネネカの頭からヴェルサスの手は離されている。故にこれ以上、ネネカの身体に形容しがたい感覚が襲い来ることは無い。
しかし一度身体に受けた感覚というのは、意外と後に残るもので。
「か、身体が、ぞわびりする……」
「ぐぉおおお……頭を打った……!」
「無理矢理ですからね。少し痺れたような感覚が残ると思います。ヴァメルは知らねーです」
「貴様ァ、皇帝を傷付けておいてその言い草はなんだァ!」
「自滅でしょうが」
呆れの割合としては、ヴァメルに対するものが大きそうだが。
「今、私の魔力を介してネネカさんの魔力を引きずり出しつつ巡らせて放出させました。これで無属性の魔力の行使、その初回は完了です。次回以降は行使に失敗してもリスクは無いので大丈夫ですよ」
「び、い、今が、だいじょばない、んだけど……」
「数分で治まりますから我慢してください。治り次第、自分の胸部の内側を意識してみてください。内から湧き出る魔力を感じ取れると思います。感じ取れなくても、イメージ次第でどうにでも出来ます」
椅子の上でプルプルとしているネネカ。
若干ヴェルサスの事を、恨めしそうに見ている気もするが、ヴェルサスは気にしないことにした。
「……?……ヴェルサス。貴様もしや、強制的にオドを開花させたのか?」
ヴァメルはそんなネネカの様子から疑問そうに、ヴェルサスに問う。
当のヴェルサスは、放置気味の水の球に両の手を突っ込んでいた。
まるで患部を冷やすように。
「ええ。どうやら彼女、魔力を感じ取れないようでしたので。感じ取るのも数年がかりになるだろうと判断し、私が外部から干渉してどうにかしました」
「……お前」
「まあ大丈夫ですよ。どうせエリーゼさん呼んでますし。ついでにどうにかします」
ふう、と一つ息を吐いてヴェルサスは水の球より手を引き抜く。
ヴェルサスの小さな二つの手は、見るも痛々しく焼けただれたような、非常に荒れた状態となっていた。
身体の違和感に身を震わせていたネネカも流石にそれには気付き、ぎょっとする。
「ちょ、ネネカちゃん!?その手……!?」
「ああ、お気になさらず。治る目途はありますので。見た目ほど痛くも有りませんし」
「痛みに慣れ過ぎてるだけであろうが」
ヴァメルの呆れた視線と声がヴェルサスに突き刺さるが、ヴェルサスは今までと変わらず、その手の事も特に気にした様子が無い。
本当に、手の惨状など微塵も興味が無いが如く。
「ネネカさんはどうですか?オド、自覚出来ます?」
「えぇ……。……うーん、一応なんか、胸のあたりにほわっとしたのを感じようと思えば感じれるけど」
「それがオド、というか魔力です。自分の体内の魔力を感知できるのであれば魔法の行使には問題ありません。ネネカさんはどうやらマナを感知する能力は極端に低いようですが、基本の魔力の扱いに関しては多少の練習ですぐに扱えるかと。オドの生成量も、現時点で平均以上のようですしね」
ヴェルサスはその痛々しくなった手で、部屋に置かれた棚の引き出しを一つ開ける。
棚の大きさは薄っぺらい板が一枚入るかどうかというほどの薄さだったが、ヴェルサスの腕は明らかにそれ以上に棚の中へと吸い込まれている。
ネネカは、何かしらの魔道具なのだろうと適当に推測し、大人しく待つ。
隣に座るヴァメルは、静かにじっと、ヴェルサスの様子を見ていた。
その内でなにを考えているかは、ネネカには全く分からないが。
「ほぶ!?」
そんな中、ヴェルサスの初めて聞く情けない声が部屋に響く。
何事かとネネカが意識をヴェルサスに向けると、そこには棚の中に上半身を取り込まれ、足をバタバタさせているヴェルサスが居た。
成程。情けない声を上げるに相応しい、情けない状態だ。恐らく何かを取り出そうとして、勢い余って身体が棚の中に大きく落ちてしまったのだろう。情けない声の理由は、落ちた際に棚の中で何かにぶつかったか。
「……大丈夫?」
「だい、大丈夫です……ちょっと、バランス崩しただけ……も゛!?」
棚の中から、ゴン、という鈍い音が響く。
音の原因の一端であろうヴェルサスは、先ほどまでじたばたしていた足を、ぷるぷると震えさせているだけだった。
「……あのー、大丈夫?」
「……手が滑って……魔道具の、角が……頭に……」
「前々から我らも言うとるが、そこの中を整理整頓しろ……毎度毎度それで負傷されては、見ているこちらが気疲れする」
ヴァメルの言葉にネネカは思わず、呆れた視線をヴェルサスに向ける。
前々から、毎度。要するにこの惨事が相当な頻度で発生しているということで。
「ど、っこい、せ!……ふぅ。こういう時、低身長は面倒ですね」
「子ども体形だもんね、ヴェルサスちゃん」
「幼児体形の間違いだな」
「ネネカさんはともかく、ヴァメルの幼児体形の評価については後でお話したいのですが」
ヴェルサスは何やら台座に載った水晶玉のようなものを二つ、棚より取り出してくる。
同時にヴェルサスが体形について不満そうにしているが、ネネカもヴァメルもこればかりは評価に若干の差はあれど基本の評価は変えられない。
人格的には実年齢以上に大人びている部分の多いヴェルサスだが、その身体はどう高く見積もっても十代以下の姿。幼いと見られるのが自然な姿だ。
「……牛乳、飲むべきかなあ……」
「……ああ、そういえばお前、牛乳嫌いだったな……」
「私に限らず淫魔種全員嫌いなんですけど」
何故淫魔種が、とネネカは一瞬疑問には思ったが、薄々そういう方向が関連する理由だと察して、そこには特に何も言わない事にした。
しかしこれだけはとネネカは呟くように言う。
「牛乳飲むと身長伸びるって、確かデマなんだよね……」
「デマなんです!?」
「あ、うん。私の世界では」
今にも手に持っている魔道具を落としそうなほどショックを受けたヴェルサス。
余程自分の身長すらも伸ばせないのが悔しいらしい。
そんなヴェルサスに、ヴァメルはくつくつと楽しそうに笑いながら声をかける。
「良かったな?嫌いな牛乳を飲まずに済んで」
「2秒以内にその笑いをやめろ。でなければ刺す」
「短いな!!!」
「そんなに逆鱗だったの???」
別にヴェルサスとしては、幼い外見なこと自体はそこまで支障はない。
世界最強の存在として、既に全世界にその姿は嫌というほど知れ渡っている。誰一人、外見で侮る存在は居ないし対応を露骨にする者も居ない。居るとすれば、余程の世間知らずもしくはネネカのような例外極まる出自の存在くらい。
身長も、先程のような事故は有るがさして気にしてはいない。日常生活レベルで飛行魔法を用いているため、ぶっちゃけ下手に身長を持っているよりも小回りが利く上に高所での活動等も問題無く行えるため、むしろ利便性は高い。
が。ヴェルサスにとって問題と感じているのは、そういった実益的な問題ではなく。
「皇都の至る所でそっち系の人からアレな目で見られるの、結構嫌なんですよ!!!一部ではロリコンの希望とか言われてるみたいですし!!!」
「「それは嫌だ」」
ヴェルサスのヤケクソのような叫びに、思わず真顔で納得するネネカとヴァメル。
そっち系とかアレな目とか言って誤魔化しているが、まあ要するに小柄な女性や幼子を好む者たちから性的な目で見られるのが嫌らしい。
当然といえば当然ではある。淫魔と言えど、そういう事に興味が無いのなら普通の人と変わりないし、そもそもこの世界の淫魔は性的な活動に対しかなり真摯である場合がほとんど。最上級淫魔のヴェルサスとて例外ではなく、そんなヴェルサスにとってはそういった視線は割と堪えるものなのだろう。
「ぶっちゃけ戦場で向けられる敵意の方がまだマシです」
「それはそれでどうなの???」
「こいつは戦場育ちだからな、実質」
戦場育ちだったとしてもこれはどうなのだと思わざるを得ないが。
しかし事実、ヴェルサスは下手な性的な意識よりも敵意の方が気楽なようで。
かといってこればかりはヴェルサスの身体と、それを趣味とする者たちが噛み合ってしまったが故のこと。
人の性癖まで干渉するほどウルグリム皇国の法は息苦しく作られていないし、皇帝であるヴァメルとしてもそこに下手に手を入れる気は無いのだった。
「まあ諦めろ。元々お前は育ちに問題があり過ぎたんだ」
「分かってますよーだ……」
「分かってるけど納得しきれてない奴だコレ」
良くお分かりで、とヴェルサスは言いながら教卓の上に手に持っていた二つの水晶玉を置く。
単なる水晶玉では無い事はまあ分かる。水晶玉の内の模様が、なにやら常に渦巻いているのだから。
恐らく何らかの魔道具だろうと判断し、ネネカは大人しく説明を待つ。
「これは……まあ魔道具です」
「それは分かる」
「お前さては面倒になってきたな???」
「良くお分かりで。まあ頑張りますけど」
ヴェルサスは別に教員というわけでは無いため、こうして物事を教えるのは不慣れな方だ。
主となる魔法知識はヴェルサスが立場上専門としているが故に問題無く説明でき、文字についても普段から書類仕事で嫌というほど扱っているため問題は無い。他の教えるべき事も、基礎部分は収めているため、教える側として然程問題は無い。
しかしそういった実益的に問題無いからと、精神的に問題が無いかと言われたら別の話だ。先の周囲からの視線の話のように。
まあヴェルサスの場合、精神的な疲れなどよりも面倒のが本当に大きそうだが。
「正確には、右の水晶は入力された属性魔力の色を表示する魔道具。左の水晶は使用者の魔力を計測する魔道具です。難点は見た目が全く同じなのでどっちがどっちだか見ただけじゃ分からない事ですね」
「なーんで同じ見た目にしちゃったかなー」
「ちなみに似たようなものが52種ほどありますね」
「魔力込めた瞬間爆発するトラップも同型で有るな。死にかけた」
「なーんで同じ見た目にしちゃったかなー!?」
皇帝すらも殺めかける危険物と、有用な道具の外見を全く同一に。
ネネカでなくてもそう言いたくなるのは、まあ当然といえば当然であった。
「これは先程棚の中で確認しましたのでご安心を。結果、周りの魔道具にも魔力吸われて飛行が半端に切れて、棚の中に落ちましたが」
「あ、さっきのアレってそういう……」
ヴェルサスが何故ああなったのか。地味に疑問ではあったが、理由を聞いて納得した。
確かに、飛行も魔法であるのなら魔力を使って当然。その魔力を周囲の魔道具に奪われたとなっては、飛行魔法が解除されてしまうのも必然。
むしろ半端に解除されただけで済んだヴェルサスが異常なのだろうと、ネネカは薄々察してそれ以上追求しないことにした。
「まずは右の水晶で、ネネカさんがオドを覚醒させているか、それを扱えるかのテストを行います」
「え」
「あ、心配せずとも大丈夫です。オドはかなり所有者のイメージに沿って動きます。ですので……うーん、そうですね。この水晶に手を触れながら、胸の内に在る力を流し込むイメージ。それをするだけで大丈夫です」
ほら、とヴェルサスは右の水晶に振れて魔力を流す。
魔力によって無色に淡く光ったそれは、次第に赤、青、緑、黄、白、黒と色を変えていく。
最初の大雑把な説明を信じるならば、色が変わったのはヴェルサスが魔道具に与えている魔力の属性を変えているからだろう。
「この通り。本当にこれだけの魔道具なのでご安心を。あ、魔力はあまり流し込み過ぎないようお願いします」
「調整が分かんないんだけど……」
「イメージとしてはアレです、水を最初はちょろちょろ流して入れるイメージ。そこから少しずつ流す量を増やす感じにすれば、私以上に魔力が馬鹿げてない限りは大丈夫だと思いますよ」
「最初はちょろちょろ流すイメージ……ん、なんとなく分かったような。やってみないと分かんないけど」
「まあこればかりは。というわけで、どうぞ」
ヴェルサスはネネカの机の上に、右の水晶を台座ごと載せる。
その際にネネカは思わずヴェルサスの手の惨状をまじまじと見て、ヴェルサスもそれに気付いたようだが、特に気にした様子もない。
本当に手の惨状を気にしていない様子のヴェルサスに、静かにしている隣のヴァメルと揃って内心複雑に思いながらも、ネネカは眼前の事に集中する。
ネネカはそっと水晶に手を触れ、イメージに専念する。
(水……水を、少しだけ流すイメージ……)
余計な情報を入れないように目を閉じ、イメージを具現化させていく。
自分の身体の内で、力としか呼べないナニカがイメージに沿って蠢いていくのが分かる。
胸の内から、肩を通り、腕へと。
そして腕から手、手を介して水晶へと。
ヴェルサスに言われた通りのイメージを、少しずつ進めていく。
「どれくらい流したらいいんだろ……」
「先ほども軽く申しましたが、私レベルに規格外でなければ大丈夫ですよ。私の魔力でも、全力を注いで十秒は持つほどの魔道具なので」
十秒しか持たない、の間違いでは無いのか。
そう思ったネネカだったが、ヴェルサスが規格外なことは今更なので、下手にツッコミは入れない事にした。
ともあれそれなら流す量を増やしても大丈夫そうだと考え、ネネカは流す量を増やしていく。
勿論一気にではなく、少しずつだが。
「あ、もう大丈夫です。確認できました」
「……まだ少ししか流してないんだけど」
「これはあくまで流し込まれた魔力を確認するものですから。魔力量を確認するのはこっちの魔道具。今のは、そもそもの魔力を流し込めるかどうかのテストです」
「……出鼻くじかれた感」
ネネカ的には、もう少し魔力を流し込んでみたいと思ったのだが。光ったかどうかも確認できなかったので。
しかし魔法の専門家と言っても差し支えないヴェルサスが確認し、それ以上は不要だとしたのなら、素人のネネカとしてはそれに従うのが当然だ。
「……なァ、ヴェルサス。それ、俺にも一度やらせろ」
「言うと思いましたよ。勝手にやっといてください」
「雑ぅ」
「お前な……」
ヴァメルに言われると同時、ヴェルサスはさっさとネネカの机から魔道具を引き上げ、ヴァメルの机に魔道具を置く。
そしてヴェルサスはそれ以上意に介することなく、次の魔道具をネネカの机に置く。
皇帝に対しての行いとしてはあまりにも雑なそれにネネカとヴァメルは揃って呆れたが、今更な気もしたので必要以上に気にしないことにした。
ヴァメルは魔道具に振れ、魔力を流して魔道具を起動させる。
魔道具は淡い無色の光を放っていた。
「……ネネカとやら。お前はどんなイメージで、どれだけ魔力を流した?」
ヴァメルが魔道具から目を離さずに、ネネカへと問うてくる。
その横顔は、今までのふざけたそれではなく。
一人の為政者としての、真剣な面持ちだった。
見る者が見れば、その横顔だけで惚れていたであろう程に。
生憎とネネカはまだそういうことにも疎いために、特に何も思うことは無かったが。
「うーんと……ヴェルサスちゃんのイメージで言うなら、ちょろちょろ水を流してたのを、少し増やしたくらい、かな」
「……ほう」
ヴァメルはじろりと、横目でネネカを見る。
その視線はまるで、見定めるようなそれで。
ネネカは何事かと、思わずびくりとして。
「はいはい。今はこっちが先決です」
ヴェルサスが右手でヴァメルの視線を遮る。
左手は水の塊に手を突っ込んで、何やらもにょもにょと動かしていた。
「ヴァメル。貴方が危惧している事も分かります。ですがそれも、こちらの魔道具で一先ずは」
「……そうだな」
ふう、と一つ息を吐いて魔道具から手を離すヴァメル。
ヴェルサスは遮っていた右手を退け、左手と同様に水の塊でなにやら動かし始めた。
「ネネカさん。その魔道具も使い方は同じです。魔力を同様に流し込んでください。そうすれば、使用者の秒間生成魔力と最大貯蔵魔力、そして最大魔力出力が分かります」
「結構色々分かるね」
「ええ。ですのでこれは結構大事です。これをどうにか一般的に普及出来たらいいんですけどね」
んー、と何やら複雑そうなヴェルサス。
何やら事情があるのを察し、しかし今はそれ以上聞くと話が逸れ過ぎることも察し、ネネカはそっと魔道具に触れる。
「……あれ?じゃあこれ、魔力一気に注いだ方が良いの?」
「どちらでも。入力された魔力から逆算する形で計測するので、量はお好きなように。どうせ使い捨てですし」
想像以上に単純な事情だった、と理解したネネカはそっと魔力を注ぎ始める。
先ほどの魔道具でなんとなく感覚は理解したため、先程と同程度の魔力を流していく。
とはいえまだ二度目の魔力の扱い。スムーズにとはいかなかったが。
しかし魔道具はしっかりと反応し、一瞬だけ淡く輝いた後、水晶の中に文字らしき記号と数字が表れる。
「これでいいの?記号……じゃない、文字かな?文字と数字が出てきたけど」
「はい。って、数字は同じなんですね」
「っぽい?ゼロとかイチとか」
「北西風の読みだな。珍しくもない」
「読みは国ごとに違いますのでそこはあまり。まあ数字が認識出来るのであれば問題は少ないでしょう。皇都では一般的でない読みですが、ウルグリム皇国で一般的でないというわけでもないですし」
ともあれ、数字の認識が同じというのは大きいと互いに考える。
読み書きの内、読みの一部が出来るだけでも大きな違いだ。詐欺紛いの商売を行う者たちも多い今の世ならば尚更だ。
まあ読み書きについては、現時点で急いで必要とはなっていないため、学ぶのはかなり後にはなりそうだが。
「さて。結果は、と。うん、大方想定通りですね」
「想定していたのか?」
「なんとなくは」
水晶の内部には、文字の隣に数字が表示されている。
文字は三列。先ほどの三種をそれぞれ表しているのだろう。
肝心の数字は読めるので、後はヴェルサスなりヴァメルなりに教えて貰えば良いと考え、ネネカは数字だけを見る。
数字は上から順に、96996、98897、97489と表示されていた。
「……これって高いの?数字的には高いって思ったけど」
「我が知る限りでは、世界で二番目だな。どの数字も」
「規格外を除いた一般平均はどれも50前後、魔法使いとしている者の平均は150前後ですので。歴代の十賢者でも1000を超えているのは私含めて6人だけです」
「うん、とんでもない数字なのは分かった」
一般平均との違い、十賢者という魔法に関しての高位存在との比較。
そのたった二つだけで、ネネカは自分の数字がどれだけ頭のおかしい数字なのか、文字は読めずともよく理解した。
同時に、元の世界で読んでいたラノベでも、そういう方向のラノベのような展開だとも。
それをよく理解した上で……ネネカは一つ問う。
「……ちなみに大体察した上で聞くけど、世界一は?」
「目の前に居る世界最強だな」
「どうやらこれ、5桁までしか表示できないみたいなんですよね。おかげで正確な数字は未だに分からないんです」
「とりあえずヴェルサスちゃんがあっさり全部カンスト数字出したんだってことは理解した」
ネネカは問いに対する答えで、もう一つ理解する。
上には上が居る、と。
「さてどうしますかね。これほどの魔力持ち、他所に出す方のが問題になりそうですが」
「確実に問題になるわ。全く、休みに来たのに何故仕事が増える」
「遅かれ早かれですよ。私が保護してるんですし」
「分かっとるわ。全く、トラブルメーカーが」
「酷いですね。他の理者に比べればマシでしょう?」
「単発の爆発力がおめーは規格外なんだよ」
総合的にはマシです、とヴェルサスは水の球から手を引き抜いたかと思いきや、水の球をぽよんぽよんダムダムと弄び始める。
話しながら、しかもボロボロの手で何をやっているのかとネネカもヴァメルもツッコみたいが、現時点でそれ以上にやるべき事があるので無視を決め込むことにした。
「えっと、なんかごめんね?私の魔力が迷惑を……」
「謝罪は不要ですよ」
ぺむ、と水の球を掴んで、今度は縦へ横へとうにょうにょ動かしているヴェルサス。
どうやら相当手が暇らしい。
「人の身体的特徴を迷惑などと。物事それぞれに対し一長一短は有れど、知っただけで毛嫌いするなど有りえません」
「そうさな。そもそも貴様の魔力で迷惑と言ってしまえば、ヴェルサスなど世界規模の迷惑者になってしまうだろう。まあ、敵国からすれば厄介極まる存在であろうがな。更地量産されては、双方にとって敵わん」
「……そういう意味では確かに世界規模の迷惑者ですか」
んー、と色々思い当たる節が在るらしいヴェルサス。
先ほどのヴェルサスの話と併せると、恐らく戦争で相当な戦闘を行ったのだろう。結果、敵国や侵略された国からは嫌われていると。
戦争では命が軽いなと思ったネネカであった。
ちなみに更地量産という単語は本気で無視を決め込んだ。精神衛生上、気にしたら危険な気配しかしなかったために。
「しかしこうなりますと、この先のお勉強は少し間を置かなければ。魔力が身体に馴染むまで時間がかかりますし、最低限の……まあ数人にはこの情報を伝えなければ」
「魔力を馴染ませるとかあるんだ……」
「ありますね。馴染んでないのに属性魔法を発動してしまった場合、最悪発動に用いた身体の部位がズタズタになります」
「怖」
余程でないと死にはしませんが、とヴェルサスが付け加えるが、正直恐怖としてはどっちもどっちだった。
現に、目の前に最強と謳われながらも魔力の扱い一つで、手をボロボロにしている人物が居るのだから。
「まああくまで自分で魔法を構築した場合に限ります。魔道具の使用では問題無いのでご安心を」
「……なら、この家での生活ではそんなに問題無い、のかな?」
「そうですね。ただ、魔力が馴染むのにどれほどかかるか分からなくて。一般の方なら半日もすれば問題無いんですが、魔力が多いとそれも長引きますし。その上これほどの魔力。恐らく数日は魔法を使えないでしょうね……」
むぅ、とヴァメルからも唸るような声が出てくる。
二人にとっては、余程ネネカが魔法の練習すらも出来ない事が問題らしい。
そこでネネカは、二人に一つ問う。
「あの……どうしてそんなに、私に魔法を覚えさせようとするの?魔力が凄いのは分かるし、私も魔法を使ってみたい。自衛の関係でもそれが良いのは分かってるけど……」
それはネネカが、直感的にずっと感じ取っていた違和感だ。
自衛の必要性は分かる。こういう世界だ。いつ襲われるか分かったものじゃない。
加えてヴェルサスの存在を疎ましく思う敵も多い事だろう。事あるごとに、出来れば排除したいと考えられていてもおかしくない。ともすればこのウルグリム皇国においては、皇帝以上に討つべき存在とされていても、なんら不思議はない。
そんなヴェルサスの弱点になり得るネネカが、無防備に町を出歩いていたらどうか。
狙うは道理。自身の立場を理解せず、無防備で居る方が悪い。
それを僅かでも避けるための、自衛手段の確保。有るのとないのとでは、文字通り0と1の違いだ。
しかしそれを理解した上でも、特にヴェルサスの魔法の推進は些かハイスピード過ぎる気がしないでもない。
その理由を、ネネカは知りたいと思い問うたのだ。
「……ンー……。まあ、隠すことでもないですし。いいですよね?」
「構わん。隠し通せるものでもない」
ヴェルサスは少し考えた後、ヴァメルに何かを問い。
ヴァメルも問いを理解し、それに対し許諾する。
そうして、ヴェルサスがネネカに魔法を推進する理由を、語り始める。
「昨今、皇都で危険な薬物……いや、最早魔道具か。魔道具が、出回ってしまっているのです」
「……魔道具が……?」
「ええ。と言っても正規の魔道具でも何でもないので、完全な違法魔道具ですが」
魔道具。それも違法であり、ヴェルサスが一度は薬物と言うほどのもの。
その時点で、ネネカも嫌な気配しか感じ取れなかった。
「既に薄々感付いた様子。……魔道具の名は【モルス】。薬物とも称した通り、服用するものです。効能は、至上のものとも言える幸福感、極めて高い中毒性、摂取した人物のオドの暴走」
「うーん、分かりやすい禁止薬物」
「ええ。ですがどの効能も発生するのはオドを覚醒させている人物……即ち魔法使いのみ。よって分類としては魔道具に分類される。……あんなものを魔道具には分類したくないのですがね」
魔法使いのみが全ての効能を受ける。成程、確かに魔道具でも間違いはない。
その影響が、あまりにも悪質なだけで。
「【モルス】への対処法は二つ。いえまあ、元々摂取しない事が第一なんですが、生産が容易なことも有って軽率にそこらの飲食店ですら中毒者を増やすための協力者となって、普通の食事にすら仕込んでくるのでね。防ぎきるのははっきり言って難しいです。ので、それを喰らった際の対処法をお教えします」
「そもそも魔力を覚醒させなかったら?」
「その場合は単なる味のするものでしかないですね。ただ、魔力を覚醒させておらずとも体内に外部からなにかしらで無属性の魔力を取り込んでいれば、それを媒介に強制的にオドを覚醒、暴走させます。無属性の魔力を完全に隔絶させるのは難しいですよ」
「そうさな。大気中のマナも、体内へ取り込めば属性力を失い無属性と化す。魔道具と分類はされるが、その実無差別の被害を齎す兵器の類ぞ」
ヴェルサスの説明とヴァメルの補足を聞いて、ネネカはぞっとする。
そこまで軽率に中毒者を増やそうとして来ることにもおぞましさがあるが、それ以上にオドの暴走という効能への恐怖。
眼前のヴェルサスの手を見れば分かる。魔力の扱いは、下手をすれば誰でもああなるということを。
他人のオドを覚醒させようとしただけで、どういったことが作用してかは分からないが、結果としてはあれほどの負傷となってしまうのだ。
もしそんな、他にどんなリスクがあるかも分からない薬品でオドを強制的に覚醒させられた上、暴走状態とさせられたら。
単にオドの暴走が引きおこるよりも、酷い惨状となることは目に見えていた。
「で、肝心の対処法ですが……一つは先天的なもの。即ち、高い魔力能力を有していること。ただこれは私たち十賢者の純粋な実力派レベルになってようやくといった程度なので、あまり対処法としては認められるものではないですね」
「……あれ?じゃあ私……」
「はい。ネネカさんはもう問題無いですよ。流石に此処まで魔力が多いとは思ってませんでしたので」
成程、とネネカは頷く。
ヴェルサスはネネカの魔力を計測した時の反応からして、薄々ネネカが莫大な魔力の持ち主だとは、なんらかで察していたのだろう。
しかし此処までとは思っていなかったために、少し予定を外してしまった。
現時点で、本来の授業の予定を変更する程度には。
「本来教えて覚えてもらうはずだった対処法ですが、こちらは魔力を常に巡らせるという手法です」
「?魔力を巡らせる?」
「はい。といっても自然循環的なそれでは有りません。普段魔力を用いる際のように、意識して自身の体内で魔力を循環させる手法です。これにより【モルス】の効能の抑制とその巡りを遅く出来るのです。自身の魔力能力を鍛えることにも繋がるので、早めに習得していただこうかと思いまして」
ネネカは軽く驚く。魔力能力を鍛える、という点に特に。
「……魔力って鍛えられるんだ?」
「ええ。古来より、様々な形で後天的に魔力能力を向上させる手法は様々存在しています。武具による能力向上も、その一つですね」
「あー、魔法の杖とか?」
「そうですね。あとは特殊な繊維で織った衣類なども。敵の魔法攻撃に対して耐性を得ることもできるので、冒険者の方々には人気ですよ」
それを聞いてネネカは納得する。
元の世界で少しだけやった事のあるゲームでは、様々な装備でキャラを強化することが出来た。
戦士には剣や斧、金属の鎧などを。魔法使いには杖や魔導書、ローブなどを。
これは単純に、それと同じ事なのだと。
「で、その一つとして。先ほど述べた魔力の循環も含まれます。これは外的要因による一時的な強化ではなく、時間をかけて少しずつ永続的に魔力能力を強化するものです。ああ、勿論魔力が定着してからですが」
こちらについてもネネカは成程と思った。
どれほどの時間がかかるのか分からないし、少しずつの正確な度合いなども分からない。
しかしそれでも、確実に永続的に強くなるというのなら、やる人とやらない人で違いは明確に表れよう。
……一部の例外を除けば、だが。
「……魔力能力を強化ってさ。私、やる意味あるの?」
「んー……強化に関してはちょっと怪しい……というか要らない感が凄いですが……」
「どう考えても要らんだろ。この数字でより上を目指すって何をやるつもりだ」
一部の例外が、ヴェルサスとネネカだ。
これほどの魔力能力をデフォルトで持っておいて、さらにそれを鍛える必要性は、戦場で生きて来たヴェルサスをして正直薄いと考える。
やる人とやらない人で違いは出る。しかしそれはあくまで、一般的な者たちの話。
規格外の極みであるヴェルサスとネネカには、その積み重ねを行った者とそうでない者の違いなど、些細なものにしかならない。
「ですが一応、常日頃から魔力を巡らせることで、いざという時に魔力を即座に行使できるというメリットもあります。一般の方ではこれをやり続けるとそのいざという時に魔力が不足して戦えないのですが、私たちは基礎魔力量が馬鹿げている上、魔力の生成量が魔力の貯蔵量を上回っています。ので、魔力の行使をスムーズに出来るようにする鍛錬としてはやる価値があると思います」
「スムーズに……なんかそういう漫画見たこと有るなぁ。……魔力の生成量って、貯蔵量を超えないのが普通なの?」
「そうですね。コレの表示で言えば、大体貯蔵量の200分の1が一般的です」
低い、と思わずネネカは思ったが、元の世界でやっていたゲームの事を考えると妥当なのかもしれないと思いなおす。
あまりネネカはゲームの類はやっていなかったが、全くやっていなかったわけではない。なにより歳の離れた姉がゲームの開発会社に勤めていたのだ。むしろ、ネネカ基準でやっていなかっただけであり、そこらの家庭の子よりはやっていた自負がある。
その中でやっていたゲームで、MPの自然回復がストレスになるほど遅いゲームが幾つかあった。
ゲーム内の設定では、大気中の魔力を吸収して回復しているからとか理由付けされていたが、実際の理由は有料の魔力回復アイテムを購入させるためだろうと理解していた。
その上で、今この世界での魔力事情を考えると、設定部分にかなり近いものがあると考える。
違いとすれば、大気中の魔力の吸収か、自身の体内から湧き出る魔力か。
そう考えれば、異常が自分だということを加味しても、まあ自然なものなのかもしれない。
「あれ?でも魔力の貯蔵量超えちゃったら……」
「別にバルーンじゃないんですから大丈夫ですよ。貯蔵限界になったら、身体が自然と魔力を作るのを止めます。稀に体質的に魔力の作成を止められない方も居ますが、そういった方は別で魔力の常時発散技術なども会得します。魔力能力を永続的に強化する手法は幾つも有りますしね」
「あ、そっか。さっきの循環させる奴だと、明らかに貯蔵量とかだけだもんね、鍛えれるの」
「はい。勿論、魔力の生成量を鍛える技術も有りますよ」
我々には殆ど不要ですけど、と苦笑いかつ小声で付け加えたヴェルサス。
ネネカもヴァメルも、それには無言で同意した。
ヴァメルが先ほど言ったように、これ以上を目指して何を成すというのか。
下手をすれば周囲から余計な警戒を招きかねない。
ヴェルサスもそれで苦労しているのは、想像せずとも分かる。
「で、肝心の【モルス】対策ですが。この魔力を体内で循環させる技術が、偶然対処法になると判明しまして。これを用いて症状が軽症の内に中級以上の病気用ポーションを服用すると【モルス】の影響を解除することが出来ます」
「あ、偶然対処法だった感じなんだ」
「そうですね。魔力循環は古来からの技術ですが、【モルス】はほんの数週間前に発生してきたものなので」
本当に最近だ、とネネカは軽く驚愕する。
同時に、たったそれだけの期間でありながら、国のトップクラスたるこの二人が純粋に危惧するほどの【モルス】の危険性も。
「……ちなみに興味だけで聞くんだけど、その【モルス】の対処が出来なかった場合の治療法ってあるの?」
「純粋に【モルス】の効能自体は上級以上の病気用ポーションで対処できます。オドの暴走による体内魔力の致命的損傷や身体負傷は、度合いによって中級から最上級ポーションを必要としますね。重症過ぎればエリクサーでもないと治りません」
「うーわ本当に禁止薬物」
それほどの危険性ともなれば、この二人が早期に危惧するのも納得だとネネカは理解する。
ネネカに早期に魔力や魔法の扱いを習得させようとした理由も、当然。
「とはいえ、想定が外れましたね。まさかここまで魔力が高いとは。想像以上でした。【モルス】の心配はなくなったとはいえ、他の心配事が増えました」
「そうさな。此処までの魔力となると出来れば従軍してもらいたくも有るが、今のところヴェルサスを除いても戦力には困っておらんし、そもそも強要する気も無い。しかしなんらかで保護は考えねばな」
二人が難しい顔で唸る。
為政者として色々難しい部分はあるのだろう。人は此処に居る三人だけでは無いし、国もウルグリム皇国だけでは無いのだから。
「……まァ、その辺りは要検討と致しますか。此処で結論を出すには大事過ぎます。一先ずは私が保護していれば、私を狙ってこない限りは問題も少ないですし」
「お前を狙った場合には弱点になり得るが?」
「【モルス】のような私の周囲に対する極めて厄介な搦め手でない限りどうにか出来ます」
私最強ですよ?となんてことなく言ってのけるヴェルサス。
実際最強なので、何一つ間違っていないのだが。
「まあ搦め手というか禁止薬物などの方面に関しては、本来私の領分では無いですし。正直他の方や騎士団、軍にどうにかしてほしくはあるんですけどね。戦闘装置で居たい」
「まともな治安維持が出来る理者で手の空いている奴がお前くらいなんだよ。諦めて治安維持に勤めろ」
「他の理者がどれだけヤバイのか察せられるの嫌なんだけど」
別にヴェルサス以外にも理者で治安維持等が行える者は居るのだろうが。
それでも単純に考えて20人も居て、皇都という重要極まる場所の治安維持がヴェルサス一人しか行えないというのは、色々問題なのではないかと思わざるを得ない。
まあ事実問題だから、この二人も困っているのだろうが。
「……仕方ない。今日のお勉強は此処までとしましょう。どの道ネネカさんは魔力が完全に定着し馴染むまで、魔道具はともかく魔法はまだ使ってはいけませんし、魔力の循環のような高度な魔力の扱いも同様です」
「……随分と短いと思うが、いいのか?」
「私、魔法理論とか言われた奴の魔力部分しか学んでない……」
「高い魔力能力があると、下手に魔法理論を学ぶと思い付きや勢いで魔法を発動できてしまうケースが稀にあるんですよ。適性のある属性がなにかは分かりませんが、いずれにせよ今は魔法の発動そのものを徹底的に避けたいので」
あー、とヴァメルは思い当たる節があるようで瞑目して頷き、ネネカも細かい理屈は分からないがそういう事が発生し得るなら確かに安全のためにも避けておきたいと納得する。
ヴェルサスの言い方からして、そういった事例があるというだけで頻発するわけでは無いのだろうが、それでも万が一の最悪の可能性を避けるのであれば、その原因となる魔法について学ぶこと自体を今は避けるのに、不自然は無い。
「ついでに、今日は魔法だけ教える予定だったんで他の教科書とか無いんですよね。いえまあ、計算式とかは同じっぽいんで、教えるのは多分歴史や一般常識になりましょうが」
魔力が定着するまでどれだけの時間がかかるのかは分からないが。
かなり余裕を取るのなら、確かに他の事を学んだ方が効率はいい。
しかし、今でも学ぼうと思えば学べるはずのことを提示しないヴェルサスに、ネネカは正直に聞く。
「……文字は?いいの?歴史とか言われても読めないけど」
「む、そういえば文字に関しては違っているらしいな。そこはどうするのだ?」
「今、文字を一から教えようにもどうにも出来ないんですよ。辞書は有っても文字そのものを学ぶ教科書はまだ作られてすらいない。となれば私が手本を書いてネネカさんに書いてもらって、などの古典的な手段が必要になります。が、それに適した紙やペンも無いんで」
ほら、とヴェルサスは教卓や自身の周囲に置かれていた教科書を見せてくる。
それは全て魔法陣などが描かれており、明らかに魔法に関する教科書だった。
「正直、紙の節約にもなるので、ネネカさんに魔法……特に魔力の扱いについて習得して貰いたかったんですが。習得そのものよりも魔力そのもので時間を取らざるを得ないとは。誤算の極みでした」
「?魔法で紙でも作れるの?」
「いえ。単に、魔力を指先などから放出させつつ固定して、ペン代わりに出来る技術があるんですよ」
そう言ってヴェルサスは、右の手の人差し指を使い、空中に単純に丸を描く。
すると人差し指に沿って、光の線が発生する。
光の線はヴェルサスの人差し指の先端を綺麗になぞり、先程ヴェルサスが空中に描いた丸を浮かび上がらせた。
「これ、空中に魔法陣を描くときとかに使う技術で、ペン代わりに出来るんです」
ヴェルサスは次々に、空中に様々な模様や文字のようなものを描いていく。
描かれた文字は消えることなく、動くことも無く、ただそこに在り続けている。
本当に、その場所にそう描かれて固定されているとしか言えない形で。
「わー……なんか科学博物館とかでこんなの見たなぁ……」
「本来はそこそこ高等技術なので、早めにこれだけでも習得してもらいたかったんですよ。紙もインクも、ウルグリム皇国じゃそこそこ貴重なので」
「その節約のために魔法の秘奥の一つを習得させようとしているお前に、恐らく世の中全ての魔法使いたちがドン引きしているぞ」
「秘奥だったのコレ!?」
「勝手に引かしときゃいいんですよ」
ヴェルサスがさらりと行い、さらりと覚えさせようとして居た技術。
それが魔法技術における秘奥の一つなどと、誰が想像できようか。
当のヴェルサスは、周囲の反応など知ったことではないと言った風だが。
「大体、紙が貴重なのは事実でしょう。西で反乱起きたばっかりなんですから、今期は尚更節約しなければ」
ヴェルサスの言葉に、思わずネネカはぎょっとする。
反乱が起きたばかり。意味が同じと考えれば、それはこのウルグリム皇国を崩そうと目論んだ者たちが居たということで。
「その反乱をたった三日間の出来事にした張本人が何を言う」
「マジの通りがかりだったんですもの」
同時に、あまりにも短い反乱の天下に、ネネカは思わずズッコケそうになる。
当のヴェルサスもヴァメルも、どこか純粋に問題を抱えているというより、そのあまりに早く終わった反乱に呆れの方が勝っている雰囲気だ。
ヴェルサスの様子から考えても、どうやら単に反乱軍を殲滅したというわけでは無さそうだ。
「……一応聞かせてほしいんだけど、なにやったの?」
「……私が、反乱の起きた都市の近くを通りがかったら、無条件降伏してきまして……」
「流石の我も驚き呆れかえったぞ?反乱の知らせが皇都に届いた数時間後には既に反乱が鎮圧されたというのだからな……」
「しかも、私別に戦ってないんですよね……本当に通りすがっただけで……」
「三日天下???」
いくらヴェルサスが最強とはいえ、参戦もせず近くを通りがかっただけで降伏する反乱軍も如何なものか。
今は一番の被害者で有ろう、その反乱に巻き込まれた市民をとりあえず憐れんでおくことにしたネネカだった。
「ま、そんな風に色んな事情がありまして、今回のお勉強はこれでお終いです。魔法の勉強の続きは魔力が定着した後。言語については、読み書きには支障あれども会話には問題無いので少しずつで良いでしょう。計算については、数字が分かるだけでも十分すぎます。後ほど一応軽く計算の確認をしますが、恐らく基礎部分は問題無いでしょうし」
そう言いながらヴェルサスは、パタパタと教科書を閉じ、纏め、棚へと片付けていく。
ネネカの手元には、いつの間にか単語の辞書だけが残っていた。
「そちらについては差し上げます。いざという時、メイドをしばく鈍器にしてください」
「書物として使う事を奨めて???」
「改めて横から見るとぶ厚いなこの辞書……。我が命じ編纂させたものとはいえ……」
辞書のサイズは、はっきり言って邪魔なレベルだ。
単純な表紙の横幅はネネカの片手を広げた時よりも広く、縦幅はネネカの手が二つあっても足りず。
その上、ページ数による本としての厚さは、背表紙の時点でネネカの両手でギリギリ持てる程。
このサイズを、書物としての扱いを除いて何に使えるかと問われたら、まあ鈍器と言われても仕方ないと誰もが思うだろう。肝心の書物としても、当のネネカは文字が読めないので本当に現時点では鈍器にしかならない。
「どう考えても紙の無駄遣い発生しまくってるんで、正式に辞書として出す時はもう少し圧縮させてくださいね。で、えーと……」
「失礼し続けます。ヴェルサス様、お客様へお連れします」
「唐突過ぎてツッコミも何も出来ないんですけど」
ヴェルサスが何かを考え始めたと思いきや、部屋の扉がドバンッ!と勢いよく開かれる。
開いたのはこの家のメイドだった。
開くや否や、ツッコミどころ満載の言葉が飛んできて、ヴェルサスは疲れたように頭を抑えたが。
「で。お客様ですか?どなたです?あ、冒険者ギルドの人なら連絡貰っているので応接間に通して……」
「いえ、貴族の方です」
「…………………………」
露骨に嫌そうな顔をするヴェルサス。
まあ事前の連絡も無しに来る貴族で、良い想像をしろと言われても難しいのは認めるが。
「……分かりました。応接間に通してください。すぐに行きます。……ネネカさん、すみませんが少しここで待っててください。この水のボールあげるので」
「待つのは良いけど水のボール貰っても困る」
「ヴァメルはお好きにどうぞ。ああ、ただしネネカさんに変な手出しは許しませんので。帰るときはメイドに一言お願いします」
「お前皇帝に対して本当に雑だな……」
そう言うが早いか、ヴェルサスはふわふわと浮きながら部屋を出て行く。
部屋の入り口に居たメイドも、ぺこりと一つ会釈をすると、そのまま去っていく。
「……私の世界の皇帝に対する扱いとこの世界の皇帝に対する扱いって違うのかなあ」
「皇帝自ら一つ享受してやろう。この家がズレ過ぎてるだけだ」
公的な場以外では楽にしていいと言ったのはヴァメルだが、此処までは流石にどうかとは思うらしい。
ネネカが後に聞いた話だが、ヴェルサスもメイドも公的な場においては本当に、この家でのふざけ具合が幻かのように真面目らしい。当然ネネカは信じられなかった。当然である。




