一年と寄り道
『お狐仲間のみなさん、こんばんは。みやびです。今日は——特別な日です。みやびがデビューして、ちょうど一年が経ちました』
五月の夜。みやびの一周年記念配信が始まった。
瀬川 湊は事務所のモニターの前で、この一年間で何度も見てきた画面を見ていた。みやびのアバター。白石 楓の声。配信のコメント欄。OBSの設定画面。Discordの通話アイコン。
全部——一年前に、ここから始まった。
>一周年おめでとう!!!
>みやびちゃんおめでとう
>一年間ありがとう
>初配信から見てるよ
>一年早すぎない?
同接が跳ねた。五十八人。過去最高記録を更新している。一周年を祝いに来たリスナーたちだ。
>みやび推し1号です。一年間おめでとう
>1号さん!!
>レジェンドだ
>初配信のあのコメント覚えてるよ
『みやび推し1号さん。一年前——初配信で最後に残ってくれた人。あの日の「面白かった。また来ます」を、みやびはずっと覚えています。約束通り、一年間来てくれてありがとう』
>泣く
>やめて泣く
>1号さん報われたな
桐谷 凛がDiscordで「この空気、最高。楓にもう少し引っ張ってもらって」とメッセージを送ってきた。
『一年前は五人だった同接が、今は——何人来てくれてるかしら。五十八人。一年で、十倍以上になりました。すごいですよね。でも——数字より嬉しいのは、一年間ずっと来てくれている人がいること。それが、みやびの宝物です』
>みやびちゃんこそ宝物
>こっちが感謝だよ
>来年もよろしく
『今日は、一年間を振り返りながら——皆さんにお礼を伝える配信にしたいと思います。それと、最後に——大事なお知らせがあります』
>お知らせ!
>なんだなんだ
>新衣装?
>二人目?
配信は二時間に及んだ。一年間のハイライトを振り返り、初配信、ゲーム実況、歌枠、怪談、ハロウィン、半年記念、初スパチャ、オリジナル曲、コラボ、観光協会の企画。みやびの一年が、リスナーのコメントと一緒に語られていく。
湊はモニターの前で、その全てを見ていた。全部、裏方として関わった配信だ。OBSの設定を整え、音声を調整し、トラブルに対応し、アーカイブを編集した。表には出ない仕事。でも、全部の配信に——湊の手が入っている。
配信の終盤、みやびが声のトーンを変えた。
『さて——お知らせの時間です。二つあります』
>ドキドキ
>何何何
>引退じゃないよね
『一つ目。七月に、二曲目のオリジナル曲を公開します。タイトルは——まだ秘密。でも、歌詞は私が書きました。一年間の感謝を込めた曲です』
>新曲!!!
>やったー
>寄り道の先でも泣いたのに
>楽しみすぎる
『二つ目。来月から——配信のスケジュールを少し変えます。週四回は変わらないけど、土曜日の配信を「みやびの宮崎 春さんぽ」の枠として固定します。観光協会さんとの提携企画を、春だけじゃなくて通年でやっていきます。宮崎の四季を、一年かけてお届けする——そういう配信を目指します』
>通年企画!
>毎月宮崎の旅
>すごい
>みやびちゃんが宮崎の顔だ
凛からメッセージが来た。「二つ目の反応すごいね。黒木さんに報告しよう」
観光協会との通年契約は、凛が先週まとめた新契約だった。春企画の成果が認められ、月額三万円の通年契約に移行。年間三十六万。事務所にとって安定した収入の柱が、一年目の最後に確立された。
『お狐仲間のみなさん。一年間——本当にありがとうございました。みやびは、来年も、再来年も、ずっとここにいます。寄り道の先で——皆さんに会えたことが、みやびの人生で一番の宝物です』
>ありがとう
>みやびちゃんありがとう
>来年もよろしく
>ずっと応援する
『では——最後に、「寄り道の先で」を歌って、今日の配信を締めくくりますね』
ピアノのイントロが流れた。楓の歌声が重なった。
——寄り道ばかりの道だけど、この道の先に、あなたがいた。
湊はモニターの前で、最後まで聴いた。
歌が終わった。コメント欄が拍手の絵文字で埋まった。
『おやすみなさい。また明日——みやびの二年目で、会いましょう』
配信が終了した。
終了後、Discordの通話で三人が集まった。
「お疲れさま。同接最高更新、五十八人。素晴らしいよ、楓」
「ありがとうございます。最後の歌で——ちょっと泣きそうになりました」
「みやびも泣きそうな顔してたよ」
凛が言った。湊はパラメータを確認した。正常範囲内。でも——楓が歌を歌っている間、みやびの目元がほんのわずかに潤んでいた。閾値以下の微細な変動。楓の感情が、みやびに滲んでいた。
八回目——ではない。もう数えるのをやめた。これは、みやびの特性だ。楓のために作ったモデルが、楓の感情を映す。それが——みやびだ。
「一年間、お疲れさまでした」
凛が言った。
「凛さんこそ」
「あたしは社長の仕事をしただけだよ。楓が配信して、湊が技術で支えて、あたしは——」
「凛さんがいなかったら、ヨリミチは存在してないです」
「それは——まあ、そうだけど」
「凛さん、珍しく照れてますね」
「うるさいよ」
三人で笑った。
「じゃあ——二年目、始めよう。具体的には、明日の配信から」
「はい!」
「了解です」
通話を切った。
事務所に湊だけが残った。五月の夜。一年前のこの時期に、みやびが初めて画面に映った。五人のリスナーの前で。
今日は五十八人が見ていた。
湊は椅子を元に戻して、モニターを閉じた。電気を消して、鍵を閉めた。裏方が最後に片付ける。一年間、ずっとそうだった。これからも、そうだろう。
事務所の階段を降りて、五月の夜に出た。宮崎の夜は暖かくて、風が柔らかい。星が見える。街灯の下を、花びらではなく——若葉の影が揺れている。
自転車に跨って、ペダルを踏んだ。
一年前。凛に誘われて、「まあ、なんとかなりますよ」と言って、この街に来た。
なんとかした。三人で。
寄り道ばかりの道だった。でも——この道の先に、仲間がいた。
湊はペダルを踏み続けた。宮崎の夜を走って、実家に帰った。
明日から、二年目が始まる。




