二年目、やる?
五月に入って、宮崎は初夏の気配になった。
日差しが強くなって、事務所の窓を開けると暖かい風が吹き込んでくる。公園の木々が緑を深めて、金木犀の葉が去年の秋とは違う濃い緑色に変わっている。あの甘い花はまた秋に咲く。
桐谷 凛が三人を事務所に呼んだのは、みやびのデビュー一周年の前日だった。五月の第一週。
「明日がデビュー一周年だけど——その前に、三人で話したいことがある」
瀬川 湊と白石 楓が頷いた。凛の声に、いつもの飄々とした軽さがない。真剣な声だ。
「二年目、やる?」
短い問い。三つの椅子が向き合っている。缶コーヒーはまだ開けていない。
「やるに決まってるでしょ」
楓が即答した。
「楓、ちょっと待って。ちゃんと考えてほしい」
「考えてます。考えた上で、やるに決まってるって言ってます」
「あたしが聞きたいのは——覚悟の話。一年目は赤字だった。口座には七十七万弱残ってるけど、二年目も同じペースで赤字が続いたら——あと一年半で資金が尽きる。収益化が間に合わなかったら、事務所は続けられなくなる」
楓の表情が引き締まった。凛の言葉の重さを受け止めている。
「収益化の条件、登録者千人と再生四千時間。今の登録者が四百二十人。再生時間が約二千二百時間。千人まであと五百八十人。四千時間まであと千八百時間。月の伸びが続けば——登録者は来年の春、再生時間は今年の秋に届く」
「計算は知ってます。湊さんと一緒に何度も見ました」
「でも、計算通りにいく保証はない。伸びが止まるかもしれない。コラボや企画でブーストがかかるかもしれないけど、逆に炎上やトラブルで落ちるかもしれない」
「凛さん」
楓が真っ直ぐ凛を見た。
「一年前、この事務所に来たとき——報酬はゼロで、リスナーもゼロで、何もなかった。それでも凛さんは始めた。私は——そのときに覚悟を決めてます。今さら引きません」
「楓……」
「それに——今は違うんです。四百人以上のリスナーがいて、観光協会の仕事があって、ゆきねさんっていう仲間がいて。一年前より、ずっと強い。二年目、やります」
凛が湊を見た。
「湊は?」
「俺は——一年前、凛さんに誘われてここに来て、『まあ、なんとかなりますよ』って言いました」
「うん。覚えてる」
「あのときは——なんとなく来ただけでした。ここにいる理由もなかった。技術が使えるから、それだけで」
湊は缶コーヒーのプルタブを開けた。ブラック。苦い味が舌に広がる。
「今は違います。ここにいる理由がある。楓さんのために作りたいモデルがある。凛さんの営業を支える技術がある。みやびの表情が——楓さんの感情を映すのは、俺がここで作ったからです。俺は——ここを離れません」
「なんとかなりますよ、じゃなくて?」
「なんとかしますよ」
凛が笑った。楓も笑った。
「じゃあ——三人で、二年目もやろう。ヨリミチを続ける」
凛が缶コーヒーを掲げた。微糖。楓がカフェオレを掲げた。湊がブラックを掲げた。
三つの缶が軽くぶつかった。
「改めて——よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「よろしく」
三人で缶コーヒーを飲んだ。いつもの味。いつもの六畳。いつもの三人。
でも——一年前とは、全部違う。




