フラワーフェスタと初仕事
瀬川 湊が動画編集ソフトのタイムラインを確認したとき、時計は夜の十一時を過ぎていた。
春企画の第一回「フラワーフェスタ」の配信が終わり、アーカイブの編集に取りかかっている。今日の配信はいつもの通常配信とは違った。観光協会のサイトに掲載する動画を作る。テロップ、カット編集、BGM。配信のライブ感を残しながら、見やすく整える。
配信自体は大成功だった。白石 楓が作ったスライドが綺麗で、こどもの国のフラワーフェスタの花の写真——チューリップ、ポピー、ネモフィラ——がみやびの和風アバターと並ぶ画面は、リスナーから「画面が花畑」と称された。同接は四十八人。春企画の告知効果で新規リスナーが流入している。
桐谷 凛が観光協会のXアカウントにシェアを依頼していて、配信中にリポストされた。観光協会のフォロワーから数人が配信に流れてきた。「公式感がある」「VTuberがこういうことするの面白い」というコメントが嬉しかった。
湊は配信のアーカイブを巻き戻しながら、テロップを入れる場所をマークしていった。楓が花の名前を説明する場面にはテロップを入れる。みやびがキャラ崩壊する場面はそのまま残す。BGMは先週選んだ和風の琴の音源。音量を配信音声の邪魔にならないレベルに調整する。
編集は三時間かかった。
完成した動画を凛に送信して、モニターを閉じた。事務所の窓を開けると、四月の夜の空気が入ってきた。桜の花びらが風に舞っている。もう散り始めている。満開は短い。
凛から返信が来た。深夜の一時。凛も起きていた。
「見た。すごくいい。テロップのタイミングが絶妙。明日黒木さんに見せるね」
「ありがとうございます。修正があれば言ってください」
「たぶんないと思う。このクオリティなら観光協会も満足するよ。お疲れ、湊。寝て」
「凛さんこそ」
「あたしはもう寝る。おやすみ」
湊は事務所の電気を消して、鍵を閉めた。深夜の帰り道。四月の夜は三月より暖かくて、コートがいらない。自転車のペダルを踏みながら、夜風が首筋を撫でた。桜の花びらが一枚、肩に落ちた。
翌日、凛が観光協会の黒木さんに動画を見せた。Discordで報告が来た。
「黒木さん、『これは素晴らしい。うちのサイトのトップに載せたい』って。湊の編集、プロ並みだって褒めてたよ」
「プロじゃないですけど」
「湊の口癖。プロ並みでいいじゃん」
観光協会のサイトに動画が掲載された。みやびの声で宮崎のフラワーフェスタを紹介する五分間の動画。テロップ付き、BGM付き。サイトのトップページに埋め込まれている。
楓がそのページのスクリーンショットをXに投稿した。「みやびの宮崎 春さんぽ、第一回が公開されました。観光協会さんのサイトで見られます」
ポストにリプライがついた。
「観光協会のサイトにみやびちゃんが!」「公式感すごい」「宮崎行ってみたくなった」
登録者が一日で八人増えた。観光協会のサイト経由の流入だ。
凛がスプレッドシートに数字を入力している。
「四月の最初の一週間で登録者三百八十三人。フラワーフェスタ動画の効果が出てる。このペースなら四月末に四百人——いや、四百二十人くらいいくかも」
「五百人が近づいてきますね」
「うん。でも千人はまだ遠い。千人に届くのは——来年の春くらいかな」
「気の長い話ですね」
「VTuberはマラソンだからね。走り続けるしかない」
凛がコーヒーを飲んだ。微糖。いつもの味。
「あ、そうだ。今月——バイトのシフト、入れてない」
「え?」
「先週の土曜が最後だった。外注が四月も三件見込みだから、バイトなしで行ける。——試しに、一ヶ月やってみる」
楓がDiscord越しに声を上げた。
「ほんとですか! 凛さん、バイトやめたんですか!」
「やめたっていうか——シフトを入れなかった。来月も入れないで、それで回れば完全撤退」
「やった! よかった……」
楓の声が安堵で揺れている。凛のバイトを知ってから、楓はずっと気にしていた。
「楓が配信を週四に増やしてくれたおかげだよ。登録者が伸びて、外注の問い合わせも増えた。楓の配信がみやびの認知を広げて、湊の外注に繋がってる」
「凛さんの営業があってのことです」
「だから——三人の力だよ。あたし一人じゃ、バイトしながら永遠に回してたかもしれない」
三人で黙った。言葉にしないでも、同じことを感じている。ここまで来るのに、一年かかった。
「さて」
凛が声を戻した。
「五月の日南海岸配信の準備、始めよう。楓、スライドのリサーチはもう始めてる?」
「はい! 日南海岸ドライブスポットのリスト、作ってます。鵜戸神宮も入れていいですか? 社めぐりと被るけど——」
「観光協会の企画としてやるなら、より充実した内容にすればいい。社めぐりの二月回とは違う切り口で」
「わかりました!」
三人で五月の準備に入った。六畳の事務所に、三つの椅子。二台のモニター。三台のPC。ケーブルが床を這い、缶コーヒーの空き缶がテーブルに並ぶ。
一年前、パイプ机が一つだけだった場所に——今は、居場所がある。




