三月の終わりと始まり
『お狐仲間のみなさん、こんばんは。みやびです。今日は——三月最後の配信です』
三月三十一日、土曜日の夜八時。年度末最後の配信が始まった。
>三月終わるのか
>もうすぐ一年だね
>みやびちゃん来月で11ヶ月
『そうなの。四月で、事務所が始まって一年。五月で、みやびのデビュー一年。早いわね……ふふ、一年前は五人だった同接が、今は——何人来てくれてるかしら』
瀬川 湊がOBSの画面を確認した。同接四十三人。安定して四十人台に乗るようになった。
>初配信から見てるよ
>みやび推し1号健在
>この一年で人生変わった
>みやびちゃんのおかげで宮崎好きになった
『ありがとう。皆さんの言葉が、みやびの力になっています。——来月から、ちょっと特別な配信が始まります。お知らせしてもいいかしら?』
>お知らせだ
>なになに
>新衣装?
『宮崎市観光協会さんとの提携企画で、「みやびの宮崎 春さんぽ」というシリーズを三ヶ月間お届けします。四月はフラワーフェスタ、五月は日南海岸、六月は高千穂峡。宮崎の春を、みやびと一緒に歩きましょう』
>観光協会!!
>公式企画だ
>みやびちゃんすごい
>宮崎行きたい
桐谷 凛がDiscordで「反応いいね。告知のタイミング完璧」とメッセージを送ってきた。
配信は一時間半で終了。三月最後のみやびの「おやすみなさい」がリスナーに届いて、画面が消えた。
終了後の通話。
「今日の同接、最後は四十六人だったよ。告知のあとに増えた」
「Xでリアルタイムにポストしてくれたリスナーがいて、そこから三人くらい流入してますね」
「観光協会の企画が告知されたことで、みやびの信頼度が上がるね。『公式と組んでる事務所』って認知が広がる」
「登録者は今日で三百七十五人。三月は七十人増。月七十人ペースだね」
白石 楓が静かに言った。
「一年前——応募フォームに書いたとき、こうなるって想像してなかった。三百人以上の人が、みやびを見てくれてるなんて」
「三百七十五人だよ」
「三百七十五人。——すごいことだなって、今日の配信中にちょっと実感しました」
「楓のおかげだよ。楓が毎週四回配信して、スライド作って、歌詞書いて、Xのポスト書いて——全部やってくれたから」
「凛さんが営業してくれて、湊さんが技術で支えてくれて。一人じゃ絶対にここまで来られなかった」
「三人だからね。——さて、明日は四月一日。春企画の第一回まで一週間。準備は大丈夫?」
「スライドはできてます。湊さんに最終チェックしてもらえれば」
「明日確認します。動画編集のテンプレートもできてるので、配信後すぐに作業に入れます」
「凛さんは?」
「あたしは黒木さんと最終の打ち合わせ。月曜に。企画のロゴとSNS告知用のバナーを確認する」
「ロゴ?」
「花よみさんにお願いして、みやびが花を持ってるイラストを描いてもらったの。企画バナー用。費用は——」
「いくらですか」
「八千円」
「安いですね」
「花よみさんが『みやびちゃんの企画なら安くしますよ』って。ママの愛だね」
楓が笑った。
「じゃあ——今日はここまで。みんな、いい年度末を」
「おやすみなさい」
「お疲れさまでした」
通話が切れた。
事務所に湊だけが残った。三月三十一日の夜。明日から四月。二年目が始まる。
アーカイブの整理をしながら、湊は一年間を振り返っていた。
四月にパイプ机一つの事務所に来たとき、ここで何が始まるのかわかっていなかった。凛に誘われて、「まあ、なんとかなりますよ」と答えた。あのときの自分は——ここにいる理由がなかった。
今は、ある。
楓のために作るモデル。凛が繋いでくる仕事。お狐仲間が待ってくれる配信。三百七十五人の登録者。観光協会の企画。外注で稼ぐ技術。六畳の事務所に三つの椅子。
一年前は何もなかった。今は——全部ある。
湊はアーカイブの処理を終えて、事務所の電気を消した。鍵を閉めて、三月最後の夜に出た。
桜が満開だった。街灯に照らされた花びらが、風に舞って夜空に散っていく。甘い花の匂いが、春の夜を満たしている。
明日から四月。二年目が始まる。
でも、まだ一年目は終わっていない。五月のデビュー記念日まで、あと一ヶ月。
湊は自転車のペダルを踏んだ。桜のトンネルの下を走って、実家に帰った。




