DMとコラボ
桐谷 凛がスマホを湊に差し出したのは、二月の第二週のことだった。事務所の窓から入る冬の日差しが、凛の手元を白く照らしている。
「これ、見て」
みやびのXアカウントに届いたDM。瀬川 湊が画面を覗き込むと、知らないアカウントからのメッセージだった。
「はじめまして。個人勢VTuberの『ゆきね』と申します。みやびさんの配信をいつも楽しく拝見しています。突然のご連絡で恐縮ですが、もしよろしければコラボ配信をしていただけないでしょうか。登録者数は300人ほどで、主にゲーム実況と雑談配信をしています。ご検討いただけると嬉しいです」
丁寧な文面だった。プロフィールを確認すると、アイコンは白い猫のアバター。登録者三百人。活動開始はみやびより二ヶ月早い。配信頻度は週三回。
「どう思う?」
凛が聞いた。
「規模は近いですね。登録者三百人なら、みやびの二百九十人とほぼ同じ」
「そう。対等な関係でコラボできる相手だと思う。大手事務所のVTuberだと、向こうにメリットがないから断られる。個人勢で同規模なら、お互いのリスナーを交換できる」
「楓さんには伝えましたか」
「まだ。楓に聞く前に、湊に技術面を確認したくて。コラボ配信って——うちの環境で対応できる?」
湊は無意識にノートPCを開いていた。コラボ配信はDiscordの通話で音声を繋ぎ、それぞれのOBSで配信する形が一般的だ。画面にはみやびのアバターとゆきねのアバターが並ぶ。音声の遅延を最小限にするために、Discordの設定を調整する必要がある。
「技術的には問題ないです。Discord通話でコラボするなら、設定の調整は一時間くらいで終わります。ただ、画面のレイアウトを二人用に変える必要があります。みやびのアバターを画面の左半分に配置して、右半分にゆきねさんのアバター——いや、相手の配信画面をキャプチャするのは相手側の画質に依存するか」
「難しい?」
「難しくはないです。一般的なのは、お互いのOBSで自分のアバターだけ映して、音声はDiscordで共有する形です。リスナーはどちらか片方の配信を見る」
「なるほどね。じゃあ楓に聞いてみよう」
凛がDiscordで白石 楓に連絡した。ゆきねのDMを転送して、コラボの提案を伝える。
楓の返信はすぐに来た。
「コラボ!? やりたいです!! でも——私、他のVTuberさんと話したことないです。大丈夫かな」
「大丈夫だよ。楓は話上手だし、相手も同規模の個人勢だから気負わなくていい」
「でも、みやびのキャラで話しながら、相手のキャラに合わせるのって——舞台でいう掛け合いですよね。台本なしの掛け合い」
「そう。でも楓はそれが得意でしょ。配信で毎回やってることじゃん」
「リスナーとの掛け合いと、VTuberとの掛け合いは違う気がします。リスナーはコメントだから間がある。VTuberとの会話はリアルタイムで——」
「楓」
凛が遮った。
「考えすぎ。まずは相手に返事して、一回やってみよう。ダメだったらそのときはそのとき」
「……そうですね。やります」
楓の声が切り替わった。さっきまでの迷いが消えている。
凛がゆきねに返信した。「コラボのお申し出ありがとうございます。ぜひお願いしたいです。日程や内容について、ご相談させていただけますか」。みやびのアカウントから、凛が文面を作って楓が確認して送信した。
ゆきねからの返事は翌日に届いた。
「ありがとうございます! 嬉しいです。日程はそちらのご都合に合わせます。内容は雑談コラボはいかがでしょうか。お互いの推しポイントを紹介し合うとか」
「推しポイント紹介、いいね。お互いのチャンネルの宣伝にもなるし」
凛が企画を練り始めた。湊は技術準備に入る。コラボ用のOBSレイアウトを作成し、Discordの音声設定をテスト環境で確認する。
コラボの日程は二月の第三週の土曜日に決まった。
それまでに、ゆきねと楓がDiscordのテキストチャットで何度かメッセージをやり取りした。最初は敬語だけの距離感だったが、三回目のやり取りで楓が「私、宮崎に住んでるんですけど」と書いたら、ゆきねが「え! 私は福岡です! 近い!」と返してきた。
九州同士。距離が縮まった。
「ゆきねさん、いい人そうですね」
楓がDiscordの通話で言った。
「文面が丁寧だよね。配信も見たけど、ゲーム実況が面白い。テンポがいいし、リスナーとの距離感がうまい」
「私とは違うタイプですね。みやびはまったり系だけど、ゆきねさんはテンポ重視」
「だからいいんだよ。似たタイプだと差別化できないけど、違うタイプならお互いの個性が引き立つ」
湊は凛の言葉をメモした。コラボ相手の選び方まで、凛は常に先を読んでいる。
「湊さん、コラボの技術準備ってどのくらいかかりますか」
「OBSのレイアウト変更は三十分くらい。Discordの音声テストは——ゆきねさんと一回リハーサルしたいです。音声の遅延とか、音量バランスとか、本番前に確認しておきたいので」
「リハーサル、いいね。本番の二日前くらいに設定しよう」
「楓さん、リハーサルのとき、みやびの声で話してもらえますか。本番と同じ環境で音声チェックしたいので」
「わかりました。みやびの声で——ゆきねさんと初めて話すの、リハーサルが最初になりますね」
「緊張する?」
「します。でも——楽しみです」
八ヶ月前の楓なら、ここで「よし」と自分に気合を入れていた。今の楓は、緊張をそのまま声に乗せている。
コラボ配信まで、あと一週間。事務所の外の世界に、みやびが初めて足を踏み出す。
湊はOBSのレイアウトを調整しながら、画面の右半分を見た。キーボードを叩く指先が冷えている。まだ何も映っていない空白。来週の土曜日には、そこに別のアバターが並ぶ。
みやびが一人じゃなくなる画面。楓にとって、それはどんな景色だろう。




