青島と配信企画
「湊さん、スライドの表示テストお願いできますか」
白石 楓のDiscordメッセージが届いたのは、配信の三時間前だった。添付ファイルが五枚。瀬川 湊がダウンロードして開くと、青島裸まいりの情報をまとめたスライドだった。
驚いた。
楓が自分で作ったスライドは、八ヶ月前の楓からは想像できない出来だった。青島神社の写真——フリー素材だが選び方がいい——に、短い説明文を重ねている。文字の配置はやや粗いが、情報の選び方が的確だ。裸まいりの歴史、開催日時、参加者数、みやびのコメント欄。
「楓さん、これ自分で作ったんですか」
「はい! Canvaっていう無料のツールで。凛さんに教えてもらって」
「レイアウト、いいですね。見やすい」
「ほんとですか? 文字が大きすぎないか心配で」
「配信画面で表示するなら、これくらい大きいほうがいいです。スマホで見てるリスナーも多いので」
湊はスライドをOBSに読み込んで、配信画面でのサイズと位置を調整した。背景のみやびの横に表示される形にする。楓に「画面共有します」と伝えて、テスト表示を見せた。
「いい感じ! あ、でも三枚目の文字がみやびの耳と被ってる」
「ずらしますね」
微調整を繰り返して、十五分でセッティングが完了した。楓が「ありがとうございます!」とメッセージを送ってきた。
配信開始は夜八時。
『お狐仲間のみなさん、こんばんは。みやびです。今日は——ちょっと特別な配信。宮崎の冬のお祭りを、みやびが紹介しますよ』
>おっ新企画?
>みやびちゃんの解説回だ
>楽しみ
『はい。今日のテーマは「青島裸まいり」。青島神社で毎年一月に行われる神事で、白装束の人たちが冬の海に入るの。写真を見てもらえるかしら』
湊がホットキーを押して、一枚目のスライドを表示した。青い海と白装束の人々の写真。リスナーのコメントが動く。
>すげー
>冬の海!?
>宮崎ってこういうのあるんだ
>みやびちゃんも入るの?
『入りません! みやびは狐ですから、水は苦手です……ふふ。でも、この行事にはとても惹かれるの。冷たい海に飛び込むことで、心身を清める。一年の始まりに、覚悟を決めて——自分の弱さに立ち向かう。そういう神事なの』
楓の語りが滑らかだった。スライドの情報を読み上げるだけではなく、みやびのキャラクターに乗せて自分の言葉で話している。「覚悟を決めて、自分の弱さに立ち向かう」——それはみやびの設定にはない言葉だ。楓自身の解釈が入っている。
桐谷 凛がDiscordで「いい語りだね」とメッセージを送ってきた。湊はスタンプを一つ返した。
スライドは五枚。一枚あたり三分から五分で話を広げて、合計二十分ほどの情報コーナーになった。残りの時間は通常の雑談に移行した。
>みやびちゃんの解説わかりやすい
>宮崎行きたくなった
>地元民だけど裸まいり行ったことない
>来年は行ってみよう
同接は三十八人。特別多いわけではないが、コメントの質が変わっていた。情報を受け取って、それに反応するリスナーが増えている。「面白い」「かわいい」だけでなく、「宮崎行きたい」「来年は行ってみよう」という、行動に繋がる反応。
配信終了後、三人で通話した。
「楓のスライド、よくできてたよ。情報の選び方がうまい」
「ありがとうございます。調べてるうちに面白くなっちゃって、最初は十枚くらい作っちゃったんですけど、多すぎるかなって五枚に絞りました」
「十枚は多い。五枚で正解。でも、残りの五枚はストックしておいて。次の配信で使えるかもしれないから」
「わかりました!」
「湊、技術面はどうだった?」
「スライドの切り替えはホットキーで問題なかったです。ただ、次回やるならスライドの表示領域をもう少し広くしたほうがいいかもしれません。文字が小さいスライドが来たとき、見づらくなる可能性があるので」
「テンプレート作っておいてくれる? 楓がスライド作るときのサイズ指定」
「作ります」
「ねえ、これさ——定期企画にしない?」
凛の声が変わった。アイデアが浮かんだときの声だ。
「宮崎の文化や行事を紹介する配信。月一回。みやびの和風キャラと相性いいし、観光協会の案件とも繋がる」
「いいですね。楓さんが調べてスライド作って、配信で紹介する」
「私、やりたいです。宮崎のこと、もっと知りたいし」
「じゃあ企画名をつけよう。『みやびの宮崎散歩』とか——いや、もっといいのがあるかな」
「『みやびの社めぐり』はどうですか。社って神社の社でもあるし、みやびの配信タグ『#みやびの社』とも掛かる」
楓が提案した。凛がDiscordの向こうで「おっ」と声を漏らした。
「いいじゃん。楓、ネーミングセンスあるね。『みやびの社めぐり』、採用」
「やった!」
楓の声が弾んだ。企画を自分で提案し、名前もつけた。八ヶ月前の、凛の指示を待つだけだった楓とは別人だ。
通話を切ったあと、湊はスライドのテンプレートを作り始めた。楓が次回のスライドを作りやすいように、サイズとフォントと配置のガイドラインを整理する。
楓が成長している。配信の企画、Xの投稿、オリジナル曲の歌詞、そして今日のスライド。凛や湊に頼るだけではなく、自分の手で作るものが増えている。
湊がテンプレートを整理しながら思い出したのは、楓の応募文だった。「もう一度、誰かの前で演じたい」。
楓は今、演じるだけではない。作っている。自分の言葉を、自分のアイデアを、みやびの配信に注ぎ込んでいる。演者から——表現者へ。
テンプレートを保存して、楓にDiscordで送った。
「スライドテンプレートです。次回使ってください」
数分後、楓から返信が来た。
「ありがとうございます! 早速見ます。次は何を取り上げようかな——鵜戸神宮とか、高千穂とかもいいですよね」
楓の興味が広がっている。宮崎という土地に根を下ろして、ここから発信する。東京から逃げてきた楓が、宮崎を自分の場所にし始めている。
湊は「どっちもいいですね」とだけ返して、モニターを閉じた。一月の夜、事務所の窓の外は暗い。でも、モニターの光が消えた六畳は、暗いのに寒くなかった。暖房の余熱と、誰かが淹れたコーヒーの残り香が、まだ部屋に残っている。




