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クリスマスとお狐仲間

『メリークリスマス。お狐仲間のみなさん、こんばんは。みやびです』


十二月二十四日、夜八時。クリスマスイブの配信が始まった。


瀬川(せがわ) (みなと)は事務所のモニターで配信画面を見ていた。みやびの背景がクリスマス仕様に変わっている。通常の和室風の背景に、小さなツリーと暖炉の炎を追加した。湊が半日かけて作ったOBSのシーン素材だ。和風とクリスマスの不思議な融合が、みやびらしい。


>メリクリ!

>みやびちゃんにも来たかサンタ

>クリスマスに配信してくれるの嬉しい

>イブに一人なのでみやびちゃんが心の支え


『ふふ、ありがとう。みやびもイブは一人……じゃないわね。皆さんがいるから。今日は特別に、ゆったりお話ししましょう』


同接が四十五人を超えていた。通常の配信より十人以上多い。クリスマスイブに予定がない層が流れてきているのだろう、と桐谷(きりたに) (りん)がDiscordでメッセージを送ってきた。「チャンス。新規を掴もう」


白石(しらいし) (かえで)はみやびのキャラで、クリスマスの思い出を語り始めた。


『子供の頃のクリスマスは——サンタさんにお願い事を書いたのを覚えてるわ。何をお願いしたと思います?』


>ぬいぐるみ?

>ゲーム?

>狐のお面


『ふふ、狐のお面……それは面白いわね。でも、違います。私がお願いしたのは——「お芝居の本」でした』


>えっ

>みやびちゃんらしい

>ガチじゃん


楓の素が少し漏れた。「お芝居の本」は楓自身の記憶だ。みやびの設定にはない。でも、配信の中でみやびと楓の境界が溶けていく瞬間が、リスナーには心地よく映る。


『子供の頃から、お芝居が好きだったの。誰かになりきって、違う人生を生きる。それがとても楽しかった。——今も、そう。みやびとして、皆さんの前にいるのが楽しいの』


>みやびちゃん……

>俺たちも楽しいよ

>来年もよろしく


配信が三十分を過ぎた頃、凛からメッセージが来た。


「そろそろオリジナル曲のこと出していいよ」


湊は楓にDiscordの音声で伝えた。楓が小さく頷く気配がした。


『さて——実は今日、皆さんにクリスマスプレゼントがあります』


>!?

>プレゼント!!

>なになに


『明日——クリスマスの日に、みやびの初めてのオリジナル曲を公開します』


コメント欄が沸騰した。


>まじ!!!!

>オリ曲きたー!!

>クリスマスプレゼント最高すぎる

>みやびちゃんの歌声で!?


『タイトルは——「寄り道の先で」。皆さんへの、みやびからの贈り物です』


>寄り道の先で……

>いいタイトル

>泣くやつだこれ

>事務所の名前?


「寄り道の先で」。楓が書いた歌詞のタイトルだ。ヨリミチという事務所名から着想を得た。凛に見せたとき、凛が「……いいじゃん」と少し間を置いて答えた。湊は凛がその「間」に何を思い出したのか、聞かなかった。


『明日の夕方五時に、YouTubeで公開します。ミュージックビデオも——うちの技術さんが作ってくれました。とっても素敵なので、楽しみにしていてね』


>パパのMV!

>パパ仕事早い

>技術さんほんとすごい


湊はコメントを見て、口元が少しだけ緩んだ。「パパ」呼びにも慣れた。リスナーにとって湊は「みやびのパパ」——モデルを作った人だ。表には出ないが、その存在を知っているリスナーがいる。


『では、オリジナル曲の話はここまで。残りの時間は——皆さんとおしゃべりしましょう。クリスマスの予定、教えてくれる人いますか?』


>ケーキ食べます

>家族と過ごす

>バイトです泣

>みやびちゃんの配信見てから寝る


『みやびちゃんの配信見てから寝る……ふふ、嬉しいこと言ってくれるわね。みやびも今日は、皆さんとお話しして——温かい気持ちで眠れそう』


配信は一時間半で終了した。みやびが「メリークリスマス。また明日、曲の公開で会いましょうね」と締めて、配信画面が消えた。


終了後、Discordで三人が通話した。


「同接五十一人。過去最高更新だよ」


凛が数字を読み上げた。楓が「え、五十一?」と驚いた。


「クリスマスイブ効果もあるけど、オリジナル曲の告知のタイミングが良かった。配信中にポストしてくれたリスナーがいて、そこからリアルタイムで流入があったみたい」


「五十一人……」


楓の声が小さかった。五月の初配信は五人。八ヶ月で十倍になった。


「明日の曲の公開、準備は大丈夫?」


「MV のアップロードは済んでます。明日の夕方五時に公開予約してあります」


湊が答えた。MVはリリックビデオ形式で、歌詞がアニメーションで流れる三分半の映像だ。みやびのイラストを背景に、楓の歌声が重なる。制作には一週間かかった。テンプレートでは作れない。一つ一つのテキストアニメーションを手で動かして、歌詞の感情に合わせてタイミングを調整した。


「湊のMV、何回見ても泣きそうになるんだよね」


凛が言った。


「凛さんが泣くのは珍しいですね」


「泣かないよ。泣きそうになるだけ」


「私は泣きました。歌の録音中に自分の歌詞で泣いて、録り直しました」


楓が笑った。照れくさそうな笑い方だった。


「じゃあ、明日。五時に公開。Xでの告知は楓が投稿、リポストはあたしのアカウントから。配信は特にせず、公開だけ。反応を見て、年末にもう一回配信入れるか決めよう」


「わかりました」


「お疲れさま。二人とも、メリークリスマス」


「メリークリスマスです」


「メリークリスマス、凛さん、湊さん」


通話が切れた。


事務所に湊だけが残った。クリスマスイブの夜。モニターの光だけが六畳の部屋を照らしている。


MVの最終チェックをもう一度だけしておこう。湊はファイルを開いた。


再生ボタンを押す。ピアノのイントロが流れる。楓の歌声が重なる。歌詞が画面に浮かんでは消える。


——寄り道ばかりの道だけど、この道の先に、あなたがいた。


湊は最後まで聴いた。何度聴いても、楓の声には力がある。仮面の奥から届く、本物の声。


MVの画面を閉じて、事務所の電気を消した。コートを着て外に出ると、十二月の夜の空気が冷たかった。どこかの家からチキンの匂いが漂ってくる。駅前の通りにはクリスマスのイルミネーションが点いていて、宮崎の夜がいつもより少しだけ明るい。


五十一人。明日は——何人が、みやびの歌を聴いてくれるだろう。


湊は自転車のペダルを踏んで、実家に向かった。

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