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三人と未来

ハロウィン配信は、みやびの配信史上最高の同接を記録した。


四十一人。


瀬川(せがわ) (みなと)が事務所のモニターで数字を確認したとき、思わず声が出た。「あ」。それだけだったが、Discord越しに白石(しらいし) (かえで)が「湊さん、今あって言った?」と笑った。


ハロウィン衣装のみやびは好評だった。黒い着物に蝙蝠のアクセサリー。揺れものの動きが自然で、楓が首を傾げるたびに蝙蝠の羽がふわりと揺れる。リスナーが「蝙蝠かわいい」「パパのこだわりがすごい」とコメント欄で盛り上がった。


目のハイライトが赤く光るギミックも使った。怪談を語っていた楓が、ちょうど怖い場面に差しかかったところで湊がホットキーを押した。みやびの瞳が一瞬だけ赤く染まり、コメント欄が絶叫で埋まった。楓自身も驚いて「え、今何——」と素が出た。凛が裏で笑いを堪えていた。


ハロウィンの余韻が残る十一月の第一週。事務所には秋の陽が差し込んでいて、窓際に桐谷(きりたに) (りん)が座っている。


机の上にケーキの空き箱があった。湊が事務所に着いたとき、すでに食べ終わった後だった。


「あ、来た来た。遅い」


楓がDiscordの音声から言った。


「ごめんなさい。——あれ、ケーキ?」


「凛さんの誕生日。文化の日だから毎年祝日なんだって。覚えやすいでしょ」


「……おめでとうございます」


「ありがとう」


凛が窓の外を見たまま言った。湊は椅子に座りながら、来年は自分から言えるように覚えておこうと思った。


「登録者、二百六十人になったね」


凛がスマホの画面を見ながら言った。ハロウィン配信の前後で三十人近く増えた。Xでクリップが拡散されたのが効いている。「みやびの目が赤くなった瞬間」のスクリーンショットが、VTuberのまとめアカウントに拾われた。


「Shorts動画も出したほうがいいですかね。ハロウィンのクリップ、切り出し素材はもうあります」


「お願い。鮮度があるうちに出そう」


湊は頷いて、動画編集ソフトを開いた。配信のアーカイブから、みやびの目が光る瞬間を含む前後二十秒を切り出す。テロップを入れて、BGMを被せて、サムネイルを作る。テンプレートが整っているので三十分もかからない。


「凛さん、ちょっと聞いていいですか」


「なに」


「来年の話なんですけど——このまま行くと、登録者五百人は年度末くらいに届きそうですか」


凛が椅子を回して湊を見た。


「今のペースだと微妙。十月は九十人近く増えたけど、怪談アーカイブのバズとハロウィンのブーストが重なったから。毎月このペースで増えるわけじゃない」


「ですよね」


「ただ、伸び方に波があるのは普通のこと。怪談配信みたいにアーカイブが後から伸びるパターンもあるし、年末年始は人が動く時期だから。五百人は——春くらいかな。楽観的に見て」


「収益化の条件って、登録者五百人と再生時間三千時間でしたっけ」


「そう。登録者は伸ばせるけど、再生時間のほうがきつい。Shorts の再生はカウントされないから、通常配信のアーカイブ再生で稼ぐしかない」


凛がノートPCを開いて、アナリティクスの画面を見せた。累計再生時間のグラフが右肩上がりに伸びている。


「今で約千二百時間。残り千八百時間。月に二百時間ずつ積めれば九ヶ月——来年の夏くらい」


「長い戦いですね」


「そうだね。でも、始めた頃に比べたら確実に積み上がってる」


凛がグラフから目を離して、窓の外を見た。十一月の宮崎は秋が深まっていて、事務所の裏手の公園では銀杏が黄色く色づいている。金木犀はもう散っていた。開けた窓から入る風が、夏の名残を完全に失っている。


「ねえ湊」


「はい」


「いつかさ、メンバー増やしたいよね」


湊の手が止まった。


「みやびだけじゃなくて、二人目のVTuber。もう一人いたらコラボもできるし、配信の幅が広がる。事務所としてもリスク分散になる」


「二人目……」


「今すぐは無理だよ。お金もないし、あたし一人じゃマネジメントも回らない。楓の配信を軌道に乗せるので精一杯。でも——いつかは」


凛の声は、夢を語るときの声ではなかった。計画の種を撒くときの声だ。「いつかは」に具体的な時間軸がある。凛の「いつか」は「来年の後半」か「再来年」くらいの射程だろう。


「湊がモデル作れるから、外注しなくていいのは強みだよね。でも湊一人で二体のモデルを管理するのはきついか」


「二体同時配信だと厳しいですけど、交互に配信するスケジュールなら回せます。裏方の負荷を分散するなら、もう一人技術寄りの人がいると楽ですけど」


「うん。だから今は、三人で回すことに集中。二人目の話は——みやびが収益化を達成してからだね」


凛はそう言って、話を切った。夢と現実の境界線を引くのが上手い。「やりたい」と「今やるべきこと」を明確に分ける。


楓がDiscordのテキストチャットにメッセージを送ってきた。


「ハロウィンのShortsいつ出ますか? 楽しみにしてます!」


湊が「今日中に出します」と返した。楓から狐の絵文字が返ってきた。


「楓はほんとにみやびが好きだね」


凛が楓のメッセージを見て言った。


「配信のない日でも、みやびのことばっかり考えてるんだよ。次はこんなことやりたい、こんなグッズ作りたいって。グッズなんて百人のファンで作っても赤字なのに」


「楓さんらしいですね」


「うん。その熱量があるから、お狐仲間がついてくるんだと思う。あたしが営業で取ってくる仕事より、楓の熱量のほうがよっぽど人を動かしてる」


凛がコーヒーを飲み干した。空になった缶をテーブルに置いて、ノートPCに向き直る。


「さて、十一月のスケジュール確認しよう。特産品配信は第二土曜で——宮崎地鶏の炭火焼きに決まったよ」


「楓さん喜びますね」


「もう喜んでる。昨日の電話で『やったー』って叫んでた」


湊はShorts動画の編集に戻った。みやびの瞳が赤く光る瞬間を、スロー再生で確認する。ホットキーのタイミングが0.3秒ずれていたら、怪談のオチと合わなかった。偶然ではない。湊が配信中に楓の語りのテンポを読んで、タイミングを合わせた結果だ。


技術だけじゃない。楓の声を聴いて、呼吸を読んで、「ここだ」と判断した。


それは——外注の仕事ではやらないことだ。


湊は動画を書き出して、アップロードの準備を始めた。サムネイルには赤い目のみやびを使う。テキストは「ハロウィンの夜に起きたこと」。


編集が終わって、時計を見た。午後三時。楓に投稿確認を送る前に、凛に見せる。


「凛さん、Shorts できました」


「見せて」


凛がモニターを覗き込んだ。二十秒の動画が再生される。みやびが怪談を語り、瞳が赤く光り、コメント欄が爆発する。


「いいじゃん。このまま出そう」


「楓さんに確認取ってからでいいですか」


「もちろん。投稿は楓のOKが出てから」


湊がDiscordで動画を送った。数分後、楓から返事が来た。


「最高です!! 出してください!!」


感嘆符二つが二セット。楓の本気の喜びだ。


湊はアップロードボタンを押した。動画が公開される。みやびの赤い瞳が、世界に向けて解き放たれた。

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