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三万円と振り返り

観光協会からの返事は、二日後に届いた。


「『配信のアーカイブ、協会内でも好評です。次回のご相談もさせてください』——だって」


凛がメールを読み上げたとき、楓は両手を握りしめて「よし!」と小さく叫んだ。


「次がある……!」


「まだ『相談させてください』だから、確定じゃないけどね」


「でも、嫌だったらこんなメール来ないよね?」


「まあ、そうだね」


凛の声は淡々としていたが、ノートPCを閉じるとき、指先が少しだけ震えていた。湊は気づいたが、何も言わなかった。


「振り返りしよう」


凛が言って、ホワイトボードの前に立った。事務所で唯一の大型備品。百均で買ったマーカーで、凛が「6/22 マンゴー配信 振り返り」と書いた。


「まず数字から。湊、お願い」


「はい。同接は平均十四人。通常配信と大差なし。ただし、コメント率は通常の一・五倍。チャット参加率が上がってます。新規登録は——三人」


「三人か」


「三人です。でも、アーカイブの再生数が伸びてます。今の時点で百二十回。通常のアーカイブが五十〜七十回なので、倍近い」


「観光協会のサイトからの流入があるんだね」


「たぶん、そうです」


凛がホワイトボードに数字を書き込んでいく。湊はその横に、自分の気づきを追加した。


「技術面で言うと、オーバーレイの切り替えタイミングをもう少し自動化したい。今回は手動でスライド送りしてたんですけど、楓の話すテンポに合わせるのが難しかった」


「あー、途中でスライド送りが遅れたとこあったよね。マンゴーの断面の写真が出るの待ってた」


「すみません。あそこは俺のミスです」


「いいよいいよ。リスナー気づいてなかったし」


楓が手を振った。でも、湊は気になっていた。仕事配信で、技術的なミスは許容したくない。


「次は、OBSのホットキーでスライド送りを割り当てます。そうすれば、片手で切り替えられるんで」


「湊、いつもそうやって一回の反省で次の改善を考えるよね」


楓が感心したように言った。湊は首を傾げた。


「普通じゃないですか? 問題が出たら直す。それだけですけど」


「普通じゃないよ。私なんて、反省は三日で忘れるタイプだし」


「だから台本があるんでしょ」


凛が横から刺した。楓が「うっ」と声を詰まらせる。


「配信の中身の話。楓、台本を外れたところが一番よかったのは湊も言ったとおり。でも、企業案件で台本を完全に無視するのはリスクがある」


「うん……」


「だから、次からは台本に『フリートークゾーン』を入れよう。ここからここまでは自由に話していい、って区間を決めておく。そうすれば楓の良さを活かしつつ、案件としての体裁も守れる」


「いいね、それ! 『ここから自由』って思えるだけで楽になる」


「あたしの仕事は、楓が自由にやれる枠を作ることだからね」


凛がマーカーのキャップを戻しながら言った。その言葉を、湊は静かに聞いていた。


凛の仕事は、枠を作ること。楓の仕事は、枠の中で——ときに枠を超えて——表現すること。じゃあ、湊の仕事は?


枠そのものを支える土台を作ること。画面の裏側。映像と音声とシステム。誰にも見えないけど、なかったら配信が成り立たない部分。


……まあ、いつもどおりだ。


振り返りが終わった後、凛が経費の計算をしていた。湊はちらりと目に入った数字を見て、口を閉じた。


収入:三万円。

今月の固定費:約六万円。


赤字だ。当たり前だが、赤字だ。


凛はそれを知っている。楓は——たぶん、あまり気にしていない。いや、気にしていないのではなく、凛が気にしなくていいように振る舞っているのかもしれない。


どちらにしても、三万円は三万円だ。初めての収入。ゼロから一への変化。その意味は、金額の大小では測れない。


湊は自分の技術ログを開き、今日のアーカイブを見直し始めた。オーバーレイの改善点。BGMのボリュームバランス。テロップの表示タイミング。


改善できるところは、いくらでもある。


それが嬉しいのか苦しいのか、湊にはまだわからなかった。たぶん——両方だ。


デスクの上に、凛がスーパーで買ってきたカットマンゴーのパックが置いてあった。配信用に買った残り。三人で分けて食べた。


甘かった。六月の宮崎のマンゴーは、やっぱり甘かった。

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