エピローグ 本日開店! 異世界スイーツバイキング
「みんなー! 楽しんでるー!?」
「ヒャッハー!! 汚物は消毒だー!」
……違う。アイドルコールがなんか、違う。そういえば、ガラの悪そうな半裸の男が目立つな。
厳しい冬も終わりを告げ、野花咲き乱れるうららかな春の日。お菓子の家をイメージしたヘルヘンチックな外観のスイーツバイキング1号店が、タナトス農園の一角にオープンした。店の繁盛だけを考えれば、ウォールダム王国の王都とかが良いんだろうけど、オープニングから人任せって訳にはいかないし、かといって、引っ越すつもりは毛頭なかった。でかい日本風のお城と農園があるくらいで、気候も厳しい田舎だけど、ここがオレ達のマイホームだからね。
オープニングを飾るのは、当初の予定通り、超絶可愛いサンバルトンの至宝アイドル、セイラ。その真の姿は魔王四天王にして、セイレーンのセーレだ。もっとも、アイドル活動が順調になって、四天王は退職したそうだ。魔王には引き留められるかと思ったけれど、
「平和な時代に四天王は必要ない。これから必要なのはセーレたんの歌だよ! 我も全力で推していくからね!」
と、退職金に色まで付けてくれたそうだ。そんな物分かりの良い上司を抹殺しようとしたなんて、そりゃ、オレも、しっぺ返しを食らうよな。今さら仲良しこよしになる気もないけど、そのうち、ピヨカンでも送ってご機嫌を伺っておくか。
「L・O・V・E・セイラちゅわーん! いいよいいよ!! んー、とってもファンシー&プリティな店じゃないか、タナトス君! あ、そういやなんか大変じゃったらしいな、Ah Yeah!」
「そうらしいな。それはそうと、2号店はミスランにしろよ、Oh yeah!」
ステージ後方に設えたVIP席には、店のオープンに合わせて招待したモーリスとベルハルトが、ソファに深々と腰かけてくつろいでいた。何を勘違いしたか、ブルースブラザーズのようなお揃いのギャングスタイルで決めているが、甘いものとアルコールは意外と合うらしく、仲良く顔を真っ赤にして完全に出来上がっている。
冬の間、自国に帰っていた2人には、当然、例のハルマゲドン未遂事件を知る由もない。だが、酔っ払い相手に、過ぎたことを説明しても詮の無い話だ。なので、
「ま、色々ありましたけど、済んだことです」
と、おれはさらりと流した。そこへ、絶対領域が絶妙な黒いミニドレスに、真っ白なフリルエプロンを身に着けた綺麗なお姉さんが、ふさふさの尻尾を揺らしながらやって来た。
「鹿男様――じゃなかったタナトス様。萌え萌えクリームソーダです」
「あぁ、どんたん! ありがとう。今日もビューティフォーだよ!」
うーん、フォクシィ・レイディ。彼女をはじめ、獣人族の綺麗どころはメイドとして働いてもらっている。これぞ本物のケモミミカフェ。バイキングらしからぬこのサービスは、ジェフ・ベゾスばりの天才実業家であるオレ発案のプレミアム・オプションなのだが、狙い通り、半裸男の大半は課金している。毎度あり~。
ちなみに、復活を機に鹿男はやめた。魔王戦で鹿男も対外的には消滅したことになってるし、いつまでもあんなの被ってたら、息苦しくてしょうがないからね。代わりに今は、エムエルに頼んで、人間に擬態する魔法を掛けてもらっている。おかげで、見た目はイケメン人間タナトスさんにクラスチェンジだ。
今までイケメン共を見ると、靴底にチューインガム・トラップを仕掛けたくなる衝動に駆られたものだが、これからは、彼らにも優しくなれそうな気がする。オレも異世界の大冒険を経て、成熟した大人へと成長したのかもしれない。
そんな感慨にふけりながら、オレが渋い決め顔で萌え萌えクリームソーダをすすっていると、今度は、ケチャップの甘い匂いが鼻腔をくすぐる。匂いの方に顔を向ければ、今度は茶色い丸耳の小柄なメイドが、銀のお盆を手にトコトコと、こちらへ近づいてきた。
「鹿――じゃなくて、タナトス様。萌えキュンオムライスです」
「ぽんたん! これを待ってたんだよ!! さぁ、どんたんも一緒に美味しくなる魔法をかーけて!!」
「――私の冷却魔法で氷漬けにしてあげましょうか?」
背中に殺気! オレは反射的に椅子を飛びのき、さっと後ろを振り返る。すると、パリッとした白シャツに黒い前掛けを巻いたこの店の支配人メグミーヌが、テーピングしているのかと錯覚させる程、目を吊り上げてオレを睨んでいた。こ、怖っ……!
「こ、これはだな、お客様サービスの質を確認するために必要なことで――」
「あんた、鹿マスクとってルックスが向上したからって、調子に乗ってるんじゃない?」
「何言ってるんだマダム! カワイイに萌えるオレの熱いハートは、己の見てくれなんかに左右されないぞ!!」
「……バカは死んでも治らないってのは本当なのね」
呆れてため息をつくメグミーヌ。そこへ上機嫌のエミリールが、ひらひらした練色のワンピースを揺らしながら、スキップで近寄って来た。
「あなたー! 私にオムライスをあーんしてー」
「嫌だよ。これは全部オレのだ。それに間接キスは虫歯の原因になるぞ」
「そ、そんな……! 妻の私にこの仕打ちは何プレイ?」
「あ、もう妻じゃないぞ」
「へ?」
「だって、オレもう鹿男じゃないし」
「なっ!? 私の唯一のアドバンテージが……」
床にしなしなとへたり込むエミリール。と、不意にホールの明かりが落ちて真っ暗になる。何だ何だ? やがて、暗闇を切り裂くように、キッチンの入り口に眩いスポットライトが当たった。
その光に照らし出されたのは、キュートなパティシエ姿のエムエルだった。両手で大きなワゴンを押しながら、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。ワゴンには、色とりどりのフルーツを乗せた白雪のようなホールケーキ。その上には、線香花火のような繊細な火花がチカチカと美しく弾けていた。
「エムエル……」
「タナトス。あの日作ったケーキは食べなかったって聞いたから……」
少しだけうつむき、頬を染める褐色の美女。その瞳には、かつての四天王としての鋭さはなく、ただ一人の女性としての柔らかな情愛が宿っていた。
「ごめん――」
「いいの。だって、あなたは生きている。そして、私も。これからはあなたが望むものはなんだって作ってあげる!」
火花の輝きに照らされる中、彼女は決意したように顔を上げると、満開の桜のような華やいだ笑みを見せた。その純真な眼差しを受けたオレの胸に、甘酸っぱい想いが満ちていく。そうか。やっぱりメインヒロインは君だったんだ。
「エムエル!! オレとムゴォッ!?」
感極まって愛の告白をしようとするオレを、メグミーヌが羽交い絞めにし、エミリールが両手で口を塞いだ。モゴゴ、息がっ……!!
「させないわよ、ダーリン! エムエル、やっぱりあんた、性悪悪魔ね!」
「エムエルさん! エンディング間近で勝ち逃げしようなんて許さないわよ!」
「そ、そんなつもりじゃ! ていうか、タナトスが泡吹いてる!!」
「そんな古典的な手には引っ掛からないわよ!」
「そうよ、そうよ! 私達を甘く見ないで!」
オレは白目をむきながら、薄れゆく意識の中思う。これで死んだら、この後どうなるんだろうね――ていうか、この終わり方、外伝と同じじゃん! 作者雑かー!!
(了)
その後、みんなが気付いた時には仮死状態のタナトスさんでしたが、お忍びで遊びに来ていたフロラの蘇生魔法で無事に復活しましたとさ。めでたしめでたし。




