第56話 お忘れ物の無いようお帰り下さい
『セクシー美女が罪を犯した場合、情状に酌量すべきものが特に無くとも、その刑を減軽することができる』
エロ男子刑法 第66条より
「えー!! まだ、してないの?」
「だって、アニキ、婚前交渉は王族はご法度なんだよ。そういう、アニキはプチハーレム築いてるけど、どうなんだよ?」
「え、オレ? 獣人はフリーダムだからな。鹿男だけど、夜は暴れ馬さ! ヒヒーン!!」
「さすが、アニキ! カックイイ!!」
その後、ヴィゼのことはエムエルに、宿屋の修理の相談はメグミーヌに任して、オレはユリウスと朝までサシ飲みした。おかげですっかり打ち解けた。酔った勢いで義兄弟の契りを交わしたほどだ。ユリウスははぐれ刑事もびっくりの純情派で、結婚まで童貞は守る派。でも、添い寝はする派らしい。鋼鉄の貞操帯でも装着してるのか、お前は? 1人ガマン大会とは、ど変態だな。気に入ったぞ。そんなユリウスは、オレのことを美女をはべらかしてハーレムを満喫している、男の中の男と勘違いしているようだ。前途ある若者の夢を壊してはいけないので、不本意ながら、武勇伝を適当にねつ造すると目を輝かせて喜んだ。ふふっ、愛いヤツめ。いい気になっていると、背後に冷たい視線を感じた。振り返ると、メグミーヌが戸口の隙間から手招きしている。のぞき見とは悪趣味な女だ。
「やぁ、マダム。昨夜はお疲れさん」
「誰が暴れ馬よ。動物園のパンダカーの方がまだ動くわよ」
「シー!! 王子の夢を奪っちゃ、かわいそうだろ!」
「……まぁ、いいわ。エムエルが、あのへっぽこ色魔の魔力拘束を終えたみたいだし、私も王子のツケで宿屋の修理の段取りができたわ。馬車の準備が出来次第、リリア王女に報告にいきましょ」
「かしこまりー」
オレは部屋に戻るとユリウスに声を掛ける。
「それじゃ、オレはリリア王女に事の顛末の説明と、ヴィゼの引き渡しに行ってくるよ。ユリウスも一緒に行く?」
「いや、今度ばかりは、さすがに妹に合わせる顔がないよ。猛省してると伝えてくれ」
「わかったよ。また、そのうちゆっくり飲もう」
「約束だぞ、アニキ! それから、僕をコケにした魔王は必ず討伐する! その時は、力を貸してくれ!」
荒事が苦手なオレは、返事代わりに曖昧に片手を上げた。でも、慕ってくれる弟分ができるのは悪くないね。
その後、ユリウスと別れたオレ達は、ヴィゼを護送する準備をしようと、緊縛姿のサキュバスを改めて検分した。うーん。リリア王女の御前に差し出すには、ちょっと卑猥すぎるか?
「よし、す巻きにしよう!」
「ハハッ! そりゃ、いいわ! 私をオカマ呼ばわりした、どスケベ悪魔にはお似合いよ!」
「ムッムー!」
「大丈夫、優しく巻くよー」
首を左右に激しく振るヴィゼにオレとメグミーヌは両手をニギニギしながら、笑顔で近づく。ヴィゼの抵抗空しく、立派なサキュバス巻き寿司が完成したので、馬車の荷台に放り込んだ。そこへ、エムエルがヴィゼに装着した魔力封じの黒鉄の首輪をそっと撫でながら、彼女の耳元で何ごとか囁く。
『私やタナトスの秘密をバラしたら、首が締まる呪いも掛けといたから』
『じょ、冗談よね? 私が口が軽いの知ってるでしょ? 悪気は無くてもポロっと言っちゃうかもしれないじゃない?』
『その時は、首と胴体がサヨナラね』
『イヤー!!』
また、ヴィゼを泣かしているのか。エムエル、どんだけドSなんだ。オレには優しんだけどなぁ。ともあれ準備完了ということで、いざ、リリア王女の待つウォールダム王家の別宅へと馬車を走らせた。あれ? 何か忘れている気もするけど、ま、いいか。
「ご苦労様でした、鹿男さん。まさか、兄上の相手の女が魔王の刺客だったなんて……」
「大事に至る前に未然に防げて良かったです。あ、あとユリウス王子から、今回の一件は深く反省していると伝言をいただいています」
「そうですか。兄上は、何かあるとすぐ反省するのは良いのですが、すぐ忘れてしまうのです。同じことを繰り返さなければ良いのですが……」
リリア王女は事件解決の報に安堵の表情を浮かべたのも束の間、ユリウスの話題を持ち出すと途端に顔を曇らせた。ユリウス、若いのに早くも健忘症か? でも、嫌なことはすぐ忘れる方が健康的だからな。さすが、我が義弟だ。
「刺客のサキュバスは魔力拘束をして無力化していますが、念のため、す巻きのままお渡しします」
「わかりました。彼女からは色々と聞きたいこともありますから」
リリア王女が氷のような冷たい眼差しをヴィゼに向ける。猿ぐつわだけは外されたヴィゼが、その視線に若干怯みながらも、気丈に叫んだ。
「み、見くびるんじゃないよ! これでも魔王四天王の一角! 簡単に秘密は話さないよ!」
「あら、王室には門外不出の拷問方法が数々ありますのよ。どれから、試そうかしら?」
「ヒッ! こ、この悪魔ー!」
その場にいた全員が、ヴィゼを『おまいう』な目でシラーっと見つめていた。
「あー、疲れたー!」
リリア王女への報告を終え、部屋に戻ったオレはソファにどかっと座り込んで、一息ついていた。そこに、突然、後ろからメグミーヌが抱きつく。
「さーて、ダーリン。王子の一件も無事片付いたし、お待ちかねのバカンスデートしましょ!」
「あー、なんかそんな話もしてたね。分かったよ。命の恩人には逆らえないからね」
「何言ってるの! そんなの、お互い様よ。私がピンチの時はダーリンが命張ってくれるんでしょ!」
「あー、うん、そりゃまぁ……。善処します」
「ちょっと! そこはウソでも大声で、『サー! イエッサー!』て言いなさいよ!!」
『いや、レベル5の倍数相手ならなんとかしますよ。それ以外は、まぁ、その時考えます。ていうか、お前のピンチなんか、魔王とタイマンでも張らないと来ないだろ』などど、絶対に口に出せない思いを巡らせていると、傍らで、エムエルが腕組みをして考えごとをしていた。その姿を見たメグミーヌが口を尖らす。
「何よ、あなた! 私たちのトキメキデートに文句あるの! たまには私のターンでもいいでしょ!!」
「タナトスの命を救ってくれたことには、私も心から感謝しているわ。今回は、恥ずかしながら私も不覚を取ったし、2人のデートにケチをつけるつもりはないの」
「分かってるならいいのよ。じゃあ、何なのよ」
「何か大事なことを忘れているような気がして……」
首を傾げるエムエルに、オレも合いの手を入れた。
「奇遇だね、エムエル。実はオレも宿屋を出る前から、何か喉元に引っ掛かるような違和感が続いてるんだよ」
「あっ!!」
メグミーヌが両手を口に当てて、びっくりしたような表情を浮かべた。
「エミリール!」
「!!」
3人で顔を見合わせた。なんだ、そういうことか! あー、スッキリしたー。
初見の読者に説明しよう。ここ最近、一切話に絡んでいなかった、エミリールという残念エルフを宿屋に忘れてきたみたいです(笑)




