第50話 真実はいつもひとつとは限らない
前回、タナトスさんに相談ごとを持ちかけた王女様。話す相手を完全に見誤ってますが、残念ながら止める人は誰もいない模様です。
「ここでは人目もあります。場所を変えましょうか」
リリア王女に誘われるまま、オレ達はテラスへと出た。夜風が涼やかで、ほろ酔いの体に心地良い。手入れの行き届いた庭園の草花は夜露に濡れ、ほのかに甘い香りを漂わせていた。飛び石で作られた小径を進むと、庭の奥に佇む東屋が見えてくる。蔦の絡まる白い柱に囲まれたその場所は、ランタンの灯りが辺りを優しく包み込み、まるでおとぎ話の世界みたいだ。リリアは背もたれの高い籐の椅子に腰を下ろすと、オレに微笑みかける。
「どうぞ、お掛けになって」
「では、失礼します!」
ロイヤルオーラに免疫のないカチコチ状態のオレは、勧められるまま、背筋を伸ばしてテーブルを挟んだ向かいの席に座る。メグミーヌもオレに倣って隣に着座するが、所作が優雅で隙がない。さすが、場慣れしてる人は違いますね。一方、エムエルはといえば、執事役に徹してか、オレの少し後ろに立ったまま控えていた。反対側のリリアの背後には、例のイケオジ本物執事が眼光鋭くオレ達を見つめている。程なく、メイドさん達がお茶とお菓子を運んできた。しばしのもぐもぐタイムの後、リリアが重い口を開いた。
「これから話すことは、どうか内密に願います。実は、相談というのは兄上のことなんです……」
「ユリウス殿下のことですか⁉」
メグミーヌが驚きの声を上げる。誰それ? メグミーヌに視線を送ると、
「王位第一継承者にして、当代の勇者、ユリウス・ベル・ウォールダム殿下のことよ」
と小声で告げられた。王子で勇者だと。う、羨ましくなんかないぞ。オレだって、悪魔で鹿男だぞ! ……ダメだ。惨めになってきた。
「その兄上なんですが、最近様子がおかしいのです。やたら金使いが荒くなったり、深夜に1人で出掛けたり……」
ふーん。どうせ、金持ちの坊っちゃんの道楽でしょ。立場上、それくらいいいじゃんかよ。オレ語録によれば、若いうちの放蕩は買ってでもしろって言うしね。
「父も私も心配で心配で……」
「なるほど。どんな事情があるのか気になりますね」
適当に相槌を打ったが、リリアはオレの想像の斜め上を行く王子武勇伝を披露した。
「というのも、ここだけの話、兄上には前科が多数ありまして。この前も酒場の娘に入れ揚げて、その娘の独立のために立派なお店まで用意したのに、開店準備が整った途端、振られていました」
「お、お気の毒に……」
「それに激高した兄上は、騎士団を出動させて店を焼き討ちにしようとしたのです。みんなで必死に羽交い絞めして止めましたけど」
「引き受けましょう」
「えっ?」
リリアが目を丸くする。メグミーヌとエムエルも、ついでにイケオジ執事まで、鳩が豆鉄砲食らったようにポカンとしていた。
「あの、今の話の流れでそうなります? というか、まだ何もお願いしてないのですが」
「その王子様が悪い虫に騙されてないかの素行調査ということですね。任してください」
「いや、そのとおりなんですけど。身内の恥を晒しただけのこの会話の流れで、どうして引き受ける気に?」
「なんだか、王子様に親近感と言うかシンパシーを感じるんです。とても、他人事とは思えない」
「はぁ……」
リリアが釈然としない顔をしている。王子の悪口しか言ってないのに、なんで? ってことだろう。だが、オレには分かる。この王子はオレと同類だ。オレも同じ立場なら同じ沼にハマっていたかもしれない。普通のヤツなら、同族嫌悪に陥ってもおかしくないが、弥勒菩薩並みに慈愛に溢れたオレは、ブラザーのピンチを見過ごせないのさ。しばし頭に? を浮かべていたリリアだったが、やがて、ほっとしたような笑顔を見せた。先ほど貴族連中に振りまいていた余所行きの笑顔とは違い、普通のハイティーンのような屈託のない笑みに、オレのリリア好感度がジャンプアップする。
「メグミーヌから聞いていたとおり、少しユニークだけど、お優しい方なのですね。とにかく、よろしくお願いします。父も『あの、ろくでもなし! バカ女に引っ掛かって、この国をめちゃくちゃにされたらワシの立場がー!』って頭を抱えていますので。ことがことだけに、秘密裏に解決をお願いします。もちろん、お礼は十二分に差し上げますので」
「そんな、お礼なんて……。あ、その辺は追々、メグミーヌと相談して下さい」
安請け合いしようとしたら、銭ゲバのメグミーヌに睨まれたので、報酬の件は彼女に任しておこう。こうして名探偵タナトスによる、残念王子のワクワク素行調査が幕を開けたのだった。
迷探偵になる予感しかしませんけどね。




