第49話 飲み会はオーバーペースになりがちだよね
晩餐会の会場に入ると、大広間の天井には無数の煌びやかシャンデリアが吊るされ、純白のテーブルクロスを敷いた円卓が所狭しと並んでいた。なんだか、結婚披露宴みたいだな。オレ達は入り口近くのテーブルに案内された。着席するやいなや、早速、給仕のメイドたちがクリスタルグラスに注がれた食前酒を運んでくる。テラスに続く観音開きの大扉は開け放たれ、夜風に乗って、弦楽器の滑らかな演奏が流れ込んできた。
「ん~、とってもブルジョワグァ⁉」
「いい加減、場所をわきまえなさい!」
お約束の金持ちコールをしようとしたが、世間体を気にするメグミーヌに口を塞がれた。しかし、なんだって、金持ちはこういのが好きかね。まぁ、オレ達のテーブルに他の招待客がいなかったのは幸いだったな。貴族どものしょっぱいオホホ話などに付き合っていられるものか。
「まぁ、こんなことになると思って、テーブルを私達だけにしてもらったのは正解だったわ」
「何ぃ! マダムが諮ったのか!」
「な、何よ! 文句あるの?」
「いや、さすが分かってらっしゃる。危うく肩がガチガチに固まって、バンテリンが必要になるところだったよ」
「分かればいいのよダーリン。正妻としては当然の気遣いよ」
「ちょっ! 鹿男夫人は私よ、メグミーヌさん!」
エミリールが2人の間に割って入った。そうだった。今のオレは、獣人鹿男なんだなケーン。
「あれ、エムエルは?」
「一応、今回は執事ってことにしてるから、飲み物でも取りに行ってくれてるんじゃない?」
そんなの、メイドさんに任せておけばいいのに。執事コスプレのせいで、心まで執事と化したのか? キョロキョロ辺りを見回してエムエルの姿を探すと、なぜか少し離れたテーブルで、御婦人方に優雅にシャンパンを注いでいた。
「ちょっと、素敵な執事さん。私にもおシャンペンをいただけるかしら」
「かしこまりました」
「まぁ、なんて凛々しい方……」
「キャー!! かっこいい!」
「わ、私にもおシャンペーニュを頂戴な!」
富裕層ともなると、シャンパンの語彙力が豊富だな。オレは前菜を口に含みながら、その様を眺めていた。オレも顔は青いものの、そこそこイケメンであるのだが、エムエルの男装の麗人っぷりには勝てる気がしない。まぁそれ以前に、今は鹿男なんだけどね。その後は、ゆったりとしたペースでコース料理が振舞われ、参加者達の歓談の輪が広がっていく。メグミーヌも渡り鳥のように各テーブルを飛び回り、オホホ話に花を咲かせていた。よくやるぜ、感心するよ。前世では、社会人という立場上、コミュ障な己にムチ打って、最低限の人付き合いはしてきたが、異世界に来てまで愛想笑いは御免だぜ。というわけで、はずれ合コンに早々見切りを付けた人間のごとく、ガッツリ食いに走りたいところだが、料理が出てくるのがちんたら遅い。食べ放題取り放題のビュッフェ形式にしろよ。まぁ、愚痴っても仕方ないので、酒でも飲むか。
「あ、あなた~。ちょっと、酔ったみたい~」
「重い! もたれるな! ってゆでだこみたいになってるじゃないか!!」
肩に頭を乗せて来たエミリールを見れば、白エルフが赤エルフに変色してよだれをたらしている。こいつ、あんまり酒に強くないのに飲み過ぎたな。
「おーい、エムエル。ちょっと、手を貸してくれ」
「かしこまりました、ご主人様」
如才なくサッと駆け寄ったエムエルは、湯気だったエルフをお姫様だっこすると、部屋の隅にあるカウチソファーまで運んでいく。その様を、婦女子連中がキャーキャー言いながら目を輝かせて見守っていた。中には自分もゆでだこになろうと、酒をあおりだす女もいる始末だ。エムエル、ホストにでもクラスチェンジするといいんじゃないかな。グーグー寝息を立てている鹿男夫人をそっと寝かせると、『起こさないでください』という張り紙を胸元に置いておいた。これでいいだろ。顔面に張らないのは武士の情けだ。一仕事終えて、席に戻るとメグミーヌが帰ってきていた。
「マダム、お疲れさん」
「こういう営業活動は得意なのよ。早速、商談が2、3まとまりそうよ!」
あの間に、商談まとめきたのか。相変わらずの辣腕ぶりだな。
「エムエルもお疲れさん。他の人の相手までしなくても良かったのに」
「今宵は鹿男様の執事の名に恥じぬよう、精一杯務める所存です」
真剣な顔でそう宣言する偽執事。さっきまで、衣装替えを渋っていたのは何だったのか。そこへようやく、次の料理が運ばれて来たので、仲良く3人で食べようとした矢先、会場の入り口の扉が開け放たれた。とたんに、参加者から歓声が上がる。
「リリア・ベル・ウォールダム王女のご入場です!」
本物の執事らしいイケオジが高らかに宣言した。途端に会場中に拍手が巻き起こる。淡いピンクのシルクサテンに銀糸の刺繍が施されたイブニングドレスを着て、小ぶりのティアラを頭に乗せた王女は、優雅な笑顔で各テーブルの参加者に応えながら、会場内へゆったりと歩を進めていく。ほぇー、これがリアル王女様か。醸し出すお育ちが良いでしょうオーラが先ほどのエムエルガールズとはさすがに別格だな。眼福眼福。
「リリア様! なんて、可憐なの……」
「まさにウォールダム王国の輝ける星!」
周りの貴族たちが称賛や感嘆の声を次々に上げる。まぁ、私のような下賤の者にはご縁の無い方でござりますれば、黙食に励みませう。などと、モリモリ食べていると、王女がこちらに気が付いたらしく、破顔一笑、手を振りながら近寄って来る。えっ、オレ?
「まあ、メグミーヌ! 久しぶりね」
「ご無沙汰しております、リリア様」
旧知の間柄らしく、2人は親しげに言葉を交わす。なんだ、メグミーヌを見つけたのね。しかし、王女様とも昵懇の仲とは大したもんだな。とか思っていると、やがて王女の視線がオレの方へと向けられた。
「こちらが……?」
「ええ、私の友人でして、ディア&ディアー代表の獣人鹿男でございます」
「鹿男さん、はじめまして。お噂はかねがね。先日いただいたピヨカン、とっても美味でしたよ」
「きょ、恐縮ですケーン」
いきなり話しかけられ直立不動になるオレ。そこへ、扇子を開きながら王女が顔を近づける。
「先の魔王軍との武勇伝も聞いておりますわ。……実は、そんな鹿男さんに折り入って相談があるのですが……」
「はぁ……」
なんだか雲行きが怪しくなってきたぞ。面倒ごとの匂いがプンスカ漂う事態に、テンションダダ下がりなオレを、顔に出すなとメグミーヌが鬼の形相で睨んでいた。




