第43話 デイ・ドリーム・ビリーバー
「私、歌に目覚めたのはエムエル様と出会ったからなんです」
オーディション閉幕後、他の参加者が帰ってから、本来の姿に戻ったセイラ改めセーレは、訥々と幼い頃の思い出を語り始めた。セーレはセイレーン5姉妹の末っ子として生まれた。母の出自がセイレーンの中でも屈指の名家であったため、姉4人は皆生まれながらに歌が上手だったが、いったい誰の隔世遺伝か、セーレだけは壊滅的に音痴だった。機嫌よく鼻歌を歌うたびに、家の窓ガラスや食器が割れたため、家族はいつしかセーレに歌を禁じた。それからのセーレは、1人家で人形遊びをしたり、絵を書いたりと内向的な少女時代を過ごしていた。そんなある日のことだった。一家で魔界の音楽祭に出掛けたのは。
「次に歌う方は別格よ。あなた達も後学のため、耳をかっぽじって、しっかり聴きなさい」
母親に言われ、それまで下を向いていたセーレはそこに天使をみた。荒涼とした魔界に似つかわしくない、大きな白い翼を広げた美しい女性を。毎日レベルの高い歌を聞いて育ったセーレでさえ、その神々しい歌声に心が震えた。これは、魔族の歌じゃない。この人は、私達とは違う。セーレはそれを本能的に感じとった。そこにいた誰もが、厳粛な雰囲気の中、ただ静かにその歌を聞いていた。ステージが終わると、セーレはエムエルに駆け寄った。
「どうすれば、お姉さんのように歌えるようになるの?」
「あきらめずに、一生懸命練習すれば、必ず上手になるわ」
エムエルは優しくセーレに語り掛けた。それからだった。セーレが封印していた歌を、1人必死で練習し始めたのは。家族に迷惑を掛けないように、森の中で1人練習に励むセーレに気付いた母親や姉達は、皆で協力して彼女に一からレッスンをし直した。その努力のかいあって、数年後、音痴を克服したセーレは、姉妹の誰よりも歌が上手になっていた。
いつか、成長した自分の姿をエムエルに見てもらいたい。そう思っていた矢先、エムエルが鹿男討伐の加勢に出掛け、消息を絶ったと聞いた。ショックで言葉を失ったセーレに、ほどなく四天王急募のチラシが目に入った。
「それで、思い切って面接を申し込んだんです。四天王になれば、エムエル様のことが何か分かるかもしれないと思って……」
「セーレたん、いい子過ぎる!」
オレは猛烈に感動した。大人が子供に良く言う無責任な努力論を真に受けて、一生懸命努力した上、その姿を見せたい憧れの人を探すために四天王になるなんて、なんて健気なんだ。さっきまで観客席でサクラをしていたモーリスも同調して、ウンウン頷きながら涙と鼻水を流している。一方、過去の出会いを思い出したエミエルも、年の離れた妹を見るような温かい眼差しでセーレを見つめていた。
「でも、魔王様、私の歌も聞かずに『採用!』って。今まで迷惑かけて来た家族に恩返しできるのは嬉しいんですけど、なんだか自分の実力じゃないみたいで……」
魔王の気持ちも良く分かる。ロリ要員は重要だからな。でも、セーレの承認欲求はそれでは満たされないのだろう。
「でも、セーレちゃんの歌は本当、コケティッシュで良かったよ。エムエルの歌は確かに神がかっているけど、今度開催するお祭りはカジュアルな雰囲気でいきたいからさ。君がメインを張ってくれると嬉しいな」
「え、でも私、魔王様の刺客ですよ! つい、さっきまで、あなたを暗殺する気マンマンだったんですよ。そんな女をステージに上げていいんですか?」
「痛くされるのはマジ勘弁だけど、オレがエムエルの仲間だって聞いて、今は暗殺する気ないんでしょ?」
「それはそうですけど……」
「だったら、何の問題もないじゃん。歌ってよ。君の笑顔のステージは、きっとみんなを幸せな気持ちにしてくれるからさ」
「……鹿男さん。魔王様からは『便所虫にも劣る腐れ外道』と聞かされてましたが、私の歌をそんなに買ってくれたのはあなたが初めてです! 私は四天王である前に、1人の歌手でありたい。是非、歌わして下さい!!」
セーレは決意を秘めた目に涙をにじませながら、力強く宣言した。こうして、鹿ロックのメインアクトが無事決まったのだった。それにしても、オレ、魔王的にはそんなキャラなのね。ちょっとショック。
セーレへの発言がもろかぶりなところをみると、魔王とタナトスさんの相性は悪く無そうですけどね。




