第42話 口パクは高等技術です
そんなこんなで、オーディション当日。ピヨカン小学校の運動場に大型タープを張って、即席オーディション会場を整えた。心配していた参加者もそれなりに集まったな。優勝賞品の『高級ピヨカン木箱入り+ディア&ディアー農産物わくわくセット』の効果があったようだ。ちなみに、オーディション参加者には、熱中症対策と商品モニターも兼ねて、先日、メグミーヌが開発したクールネックレスを全員にプレゼントだ。フフフ。その快適さの虜になり、永遠に続く冷却魔法の補充代で我々の養分になるが良い! と、悪魔らしい悪だくみに自己陶酔していると、オーディション開催の鐘が鳴った。審査委員長はもちろん、鹿男ことオレ。審査員はメグミーヌにベルハルトとエムエル。エミリールはトンチキな意見を言いそうだったので、司会担当にしてやった。例によって大抜擢されたと勘違いしたトンチキエルフは、売れないお笑い芸人臭漂う、バカでかい蝶ネクタイをノリノリで身に付けて、お手製のメガホン片手に絶叫した。
「イェーイ! レディース&ジェントルメーン!! 今から鹿ロックフェスティバルのオーディションがスタートだあぁ!! てめーら、準備はいいか!!」
「オー!」
「声が小さい! 心を燃やせ!! ライト・マイ・ファイヤー!!!」
「ウォー!!」
発言にお前が使ってはいけないセリフが含まれている気がするが、会場のボルテージは一応上がった。そういえば、エミリールも出会った頃は、こんな感じで口が悪かったな。最近は、すっかりバカデレキャラが定着したが、本性はオラオラ系だ。さすが鬼嫁。あの月夜に見た神秘的な美女は、やはり幻だったようだ。
「早速、エントリーNo.1の登場だー! 出てこいやー!!」
エミリールがエビぞりしながら、出場者にコールする。その呼びかけに、勢いよく飛び出した獣人族のファイアーダンス&ドラミングを皮切りに、オーディションはスタートした。その後、エルフ族のアンサンブルや舞踏、他国から噂を聞いて駆け付けた歌い手達のパフォーマンスへと続いていく。中には、『オイオイ、お前はトイレで1人で歌ってろ』と言いたくなるような、お聞き苦しい方もいないではなかったが、大半は酒場なんかで普段から歌い慣れているのど自慢達だった。中には宮廷で演奏した経験のある弦楽四重奏のグループもあった。残念ながら、野外でアンプラグドなこのステージでは、音量が小さくて、繊細な演奏はあまり映えなかったけど。とりあえず、何組か使えそうなグループはいたので、これで音楽イベントも形になりそうだな。欲を言えば、メインを張れる逸材が欲しいところだ。そう思っていた矢先、颯爽とその歌姫は現れた。
「エントリーNo.18セイラです。人前で歌うのは初めてです。よろしくです」
セイラと名乗る小柄な少女は、プリキ〇アみたいなフリルドレスを着て、ピンクの髪をツインテールにまとめていた。素晴らしい! サンバルトンのツインテール協会も放っておかない逸材だ。
「フッ、合格だな……」
「何言ってるの、ダーリン! まだ、歌ってないじゃない」
独りごちるオレに、隣のメグミーヌが肘鉄を食らわしてきた。分かってないのはお前の方だぞ、はげちゃびん。大衆が求めているのは偶像。万一、歌が下手だったら、誰かに後ろで歌わして、口パクさせればいいだけだ。
「聞いて下さい! 『トキメキ♡キュルルン仮面のテーマ』」
彼女がそう告げるや、謎の黒い覆面を被ったバックバンドが出現し、ポップなアニソン調のイントロを奏で出す。で、できるなセイラたん! 曲に合わせて腰をフリフリしていたセイラは、こちらにウインクを1つして、オレのハートを撃ち抜くと歌い始めた。その甘ったるい魅惑のボイスに会場の皆、目をハートにして多幸感に包まれる。嗚呼、シ・ア・ワ・セ……。うっとりと、セイラたんの歌声に酔いしれるオレに、エムエルがそっと耳元で囁いた。
「タナトス気付いてる? 彼女、チャームの魔法を使ってる」
「セイラたん、はぁはぁ。ん、魔法? あぁ、確かにこれは一種の魔法だな」
「彼女、人間に擬態してるけど、魔族。それも、たぶんセイレーン。ひょっとしたら、鹿男暗殺のために乗り込んできたのかもしれない」
「えっ、えー! セイラたんがそんな悪い子な訳ないじゃない! 何言っているんだ、エムエル。女の嫉妬は見苦しいぞ?」
「バカ! 仮にも元四天王が簡単に術中にハマって……。仕方ないわね、人前で歌うのはあまり好きじゃないけど……」
エムエルがとんだ言いがかりをつけてきたものの、セイラたんの魅惑のステージは観客を桃色片思いにさせて終わった。
「ありがとうございましたー♡」
観客席に手を振りながら、ステージ袖に隠れる際、セイラたんは振り向きざまに、オレに向かって微笑みかけた。彼女には、恋のゴルゴ13の二つ名を献上しよう。
「はぁはぁ。セイラたん。あんな、妹が欲しい。そして、毎日、ベッドではちみつをスプーンでアーンしてあげるの……」
司会のエミリールが何かキモイこと言ってる。引くわ~。……あれ? なんか変な夢でも見てたのか? 軽く頭痛がする。
「というわけで、参加者のパフォーマンスはすべて終了しまし……」
「待って」
目がハート状態のエミリールのもとに、エムエルが近寄った。今日のエムエルは身バレ防止のため、人間に擬態している。観客にはスタイル抜群の綺麗なお姉さんにしか映らないだろう。エムエルはステージの中央に立つと、目を閉じて、深く息を吸う。そして、アカペラで歌い始めた。
その瞬間、ざわついていた会場が凍り付いたように静まり帰った。色ボケしていた全員が正気に戻っている。抑制された歌声ではあるが、圧倒的声量に裏打ちされた余裕のある豊かな響き。荘厳で華麗、それでいて慈愛に満ちた声色は、後天的な努力で身に付けられるものではない。まさに、天が与えしギフトだった。この猥雑なオーディションが、一瞬で厳粛な神殿の儀式に変わったかに見える。最後に渾身のロングトーンを朗々と歌い上げたエムエルは静かに目を閉じた。
一瞬の静寂の後、万雷の拍手と歓声が会場を包んだ。あれ、暑くもないのにオレも目から大量の汗が噴き出て止まらない。
「スゲー! すごいもん見た!!」
「オーマイガッシュ……」
観客は口々に感嘆のセリフを発すると、ある者は天に祈り、ある者は地面に手をついて、流れる涙で大地を濡らす。そんな観客席の様子を、ステージの袖から驚愕の表情で見ていたセイラは、静かにエムエルに近づいた。
「間違いない。エムエル様……。良くぞご無事で……」
「あなた誰?」
冷たい眼差しのエムエルをものともせず、真珠のネックレスのように糸を引く涙を流しながら、セイラがエムエルに抱きついた。
「エムエル様ー!!」
「何々⁉」
エムエルが助け船を求めるように戸惑った顔をオレに向ける。美女と美少女の涙と抱擁。何が起こってるかはさっぱりだが、美しい絵面にオレはただだただ傍観していた。




