第44話 かき氷のシロップが全部同じ味だなんて認めないぞ!
そして迎えた夏祭り当日。
「鹿兄ちゃん、かき氷2つ! ピヨカンスペシャルで!」
「はいよ! マダム、ピヨスペ2丁!」
「あいよ、ダーリン!」
すっかり夫婦漫才のようなノリになったオレとメグミーヌは、汗を拭く間なく接客に励んでいた。夏祭りといえばかき氷だが、夏の氷が貴重な異世界では、庶民が口にする機会など滅多にない。そんな夢の冷菓が、定食2人前の価格で手に入るとあって、屋台は長蛇の列となっている。
メグミーヌが冷却魔法で生成した氷を、サナエちゃんが高速みじん切りで削り出す。そこに選べるシロップをたっぷりかければ、異世界人も悶絶する絶品かき氷の出来上がりだ。さらに定食1人前分を追加すれば、タナトス農園の高級フルーツがトッピングされる「ピヨカンスペシャル」にクラスチェンジする。かなり強気な価格設定にしたつもりだが、これが飛ぶように売れて、笑いが止まらない。死ぬほど忙しいが、昼時のファーストフード店員のように、噴き出るアドレナリンでテンションが上がって、元気100倍だ。
一方、隣のテントでは、エムエルとモーリスが魔獣の串焼きを販売していた。オレがレベル5デス狩りで仕留めた森牛を、デンキチさんが綺麗に解体。エムエルの火炎魔法で外はカリッ、中はジュワッと焼き上げられた串焼きの香ばしい匂いがその場を包む。かき氷とは違い、腹の足しになるとあって、こちらも千客万来だ。
「おい、じーさん! おれの串焼きどうなってるの?」
「は、はい、申し訳ございません。少々お待ちを!」
「私の方が先に頼んでるんだけど」
「ひ、ひぇ! すいましぇん!」
大賢者モーリスはお会計担当として奮闘中だが、寄る年波には勝てず、目がうつろで、顔が土色に変色している。そろそろケツからポーションでも打ち込まなければ、ヤバいかもしれない。あ、元気の源、ケモミミ娘をヘルプに呼んでやるか。
少し離れた場所で露天をしているベルハルトの金物市も、何気に人気だ。ドワーフの作る刃物は切れ味が良いと名高いらしく、ウォールダム王国から来た料理人や奥様方が買い求めている。
「奥さん、お目が高い! このオーガおろしですった大根おろしはひと味違うよ! 今なら、特別にこの果物ナイフもおまけだ!」
「まぁ、お得! お友達の分もまとめていただくわ!」
それに釣られて、他の客が『オレも! 私も!』と次々に手を挙げている。その奥さん、さっき裏口でベルハルトとニヤニヤしながら握手していた気もするが、きっと何かの見間違いだろう。
そして、視力8.0以外は見た目の良さが唯一の取り柄のエミリールには、みんな大好きメイドコスをさせて、『ご主人様~。1杯いかがですか~?』とドリンク担当を任している。飲み物は賞味期限が近いものを大量仕入れした上、カップを上げ底仕様にした割高なものだが、夏の暑さとインチキメイドの色香に酔った群衆が、エミリールを圧死させんばかりに殺到していた。
「ちょちょちょ! ご、ご主人様!! じっ、順番に……ゴフッ!」
あ、白目むいた。まぁ、あいつは自称エルフではピチピチの若手らしいから、大丈夫だろ。
結局、肝心の夏祭りの正式名を決めるのをうっかり忘れていたので、フロラ夏フェス(仮)の(仮)を取っただけという雑な仕事でイベント告知したのだが、大勢の観客が押し寄せて、祭りは大盛況となっていた。
そんな中、ついにメインイベントの鹿ロックがスタート。レベルの高い歌や演奏が続く中、ラストを飾るのは、もちろん、ツインテール美少女に擬態したセイレーンのセーレ。オーディションを遥かに超える、笑顔とパフォーマンスで観客を沸かす。
「みんなー! もっともっと猛っていこうー!」
「あー、よっしゃ! いくぞー!」
オレとモーリスも松明をサイリウム代わりに、オタ芸で盛り上げを支えた。この日のために、彼女のフィギュアや卓上パネルなどのグッズも用意したが、ライブ後に購入が殺到して早々にソールドアウト。にわかオタどもは、握手会が無いことに不満タラタラだった。こうなったら、セーレたんとは、ディア&ディアー専属歌手として独占契約を交わそうかと思う。
その後は、盆踊りタイムに突入だ。フロラ神社境内のど真ん中に、紅白幕をあしらった櫓を設置して提灯でライトアップ。大太鼓がドワーフの琴線に触れたらしく、法被にねじり鉢巻きのベルハルトが、櫓に上がってどどんがどんと打ち始める。とまどっている観客が遠巻きに櫓を見守る中、浴衣を着こんだメグミーヌは、流れるような美しい型の炭坑節を踊りはじめた。やっぱ、トラディショナルな踊りは良いよね。パラパラなんか目じゃないよっと感心していたら、急に太鼓のリズムが激しくなり、途中からなぜかダンシング・ヒーローを踊り始めた。無駄にキレッキレの動きに呆れるばかりだが、なぜか顔は能面のように無表情。いや、怖いんですが。良く分からないテンションに、なんとなく櫓をグルグル回っていた観客もだんだんフリを覚えてきたらしく、盆踊りっぽくなってきた。異世界に似つかわしくない、なんとシュールな絵面だろう。オレは、ある意味感動してその様子を見物していた。
盆踊りが終われば、一応、本日の主役、女神フロラにご降臨いただく。なんなら、1曲歌ってもらおうかと事前にオファーしてみると、
「タナトスさん! 行きがかり上、あなたとは親しくしていますが、神はめったに人前に姿を晒さないんです! あんまり、ホイホイ見られたら、ありがたみがなくなるじゃないですか」
「そういや、そうですよね。じゃあ、シルエット姿で良いんで、1曲歌ってもらえます? 前世で顔出しNGの歌手がそんなのやってたし」
「いやいや! ご挨拶くらいならいいですけど、歌はちょっと……。なんですか、そのジト目は! 音痴とかじゃないですよ! 神がそんなわけないじゃないですか!!」
と、女神の意外なウィークポイントを発見したのだった。そんなわけで、影絵のような姿と参加お礼のメッセージで来場者には許してもらおう。しかし、さすがは女神。あふれる神力を感じた観客は皆、歓喜してひれ伏し、お祈りのポーズを取っていた。しまったな。顔出しNGならと、お守りやお札くらいしか用意していなかったが、次からはセーレ同様、フロラのアイドルグッズも用意しておこう。
そして、フィナーレは花火大会。といっても、男らしく一発勝負。デンキチさんがこの日のために仕込んだ超ド級打ち上げ花火を準備する。『キケンキケン……』と危険が歩いているようなデンキチさんさえも心配する代物を、『男は度胸! 当たって砕けろですよ、デンキチさん!』と無責任なアオリでしぶしぶ作らせた特大花火が発射台に収まる様は、まるで月面ロケットのようだ。童心に帰って、ワクワクしながら、みんなで、カウントダウンする。
「3、2、1、発射ー!」
「ファイヤー!!」
真夏の夜空にシュルシュルと打ち上がった花火は、『ありゃ、不発か?』と思うほど、高く舞い上がった後、凄まじい轟音とともに、漆黒の空を真っ赤に染めた。視界を完全にはみ出して、全体の形が全く把握できない。さすがにここまで凄まじいのは見たことないな。見物客も皆、感心するより唖然としていた。やがて、空に咲いた巨大なパッ〇ンフラワーのような花火は、しだれ柳のようにゆっくりと、落ちていく。……オレ達の頭上に。
「アチッ! アチー!!」
「おいっ、危ないぞ! 逃げろー!!」
「火事だ、火事だー!」
タナトス農園のアチコチに火の手が上がる。パニックに陥った観客が逃げ惑う中、燃え盛る炎をバックにしたフロラ神社は時代劇のクライマックスのようだ。こ、これは、ゴクリ……。
「アイヤー!! やっちまったアルー!」
頭を抱えて膝を付くオレに、エムエルが駆け寄る。
「何してるの、タナトス! 早く逃げるわよ!」
「フッ、これは悪い夢だ。そうに違いない……」
「バカ! こんな時に現実逃避しないで! 本当に世話が焼けるんだから!」
しかし、ナパーム弾のように降り注ぐ無数の火の玉を前に、どこに逃げろと言うのだろう。人間、諦めが肝心。まぁ、美女の胸の中で終わりなら悪くないよね。そう自分に言い聞かして目を閉じたオレの耳に、セーラの静かな詠唱が聞こえた。
「深淵より生まれし蒼き奔流よ 。炎の欲望を喰らい、静寂の檻へと誘え 。アクア・ジェイル!」
いつの間にか、神社の大鳥居の上に立っていたセーレは、巨大な噴水と化したかのように、四方八方に放水を開始した。その場にいたものは1人残らず、丸腰で台風の日に外出しちゃった状態になったものの、瞬く間に火事は鎮火した。やれやれ、季節が真夏だったのは不幸中の幸いだったな。
「皆さん、大丈夫ですかー?」
セーレがみんなに声を掛ける。びしょ濡れになって呆然としていた観客から、やがて声が出る。
「あぁ、神様……」
「フロラ様、ありがとうございます!」
「えっ! 私、神様なんかじゃ……」
「皆まで言わないでください! 世を忍ぶ仮のお姿なんでしょう、わかります!」
「シルエット越しの背格好もフロラ様そっくりだったし、もしやと思ってました!」
「あ、あの、鹿男さん! どうしましょうか、これ⁉」
あー、もういいんじゃないかな。説明するのも面倒だし。ある意味、セーレたんは神だよ。
ちなみに、遠く離れた魔王城からは花火全体が綺麗に見えたそうで、『いいもん見たな~』と魔王ガレスはご満悦だったそうです。




