第40話 この夏、空調の効いた部屋で自宅警備に励むオレが真の勝ち組
「ごきげんよう、鹿男様。今日も2人仲良くお出掛けですか?」
「……」
「あれ? いつもの『ケーン』の返しがないわねぇ?」
「オホホ! ちょっと主人は夏バテ気味なの、ごめんなさいね」
「そうなんですね、エミリール様。この暑さですものね」
いつもは気さくな鹿男様だが、今日は返事する気力も残っていない。フラフラしながら、畑の見守りを終えて城に戻ったオレは、神速で鹿の被り物を脱ぎ捨てると、頭から水を被った。
「暑い! アツが夏いぜ!」
残念なことに、異世界も夏は暑い。このクソ暑い中、おしどり夫婦をアピールしようと園内を巡回したら、鹿マスクの下に滝のような汗をかいて、危うく死にかけた。被り物から解放されてやっと人心地付いたが、ここは異世界。人類最大の叡智、エアコンがないのだ。最低ですね。水浴びしてくるというエミリールと別れて、オレは風通しの良い天守閣の縁側で涼むことにした。エムエルがかいがいしく、うちわであおいでくれるが、やはりエアコン無しはキツイ。脳内にマンガの糸くずのような吹き出しを浮かべながら、あごを手すりにのせてグロッキー状態だ。
「あぁ、萎える……。デンキチさん、エアコンとか作れないですかね?」
「ワレナメタコトイットルトアタマカチワルゾ」
久しぶりの決めゼリフ、ありがとうございます。はてさて、異世界の人はこの酷暑をどうやって乗り切るんだろう? 魔法とか使うのか?
「ねぇ、エムエル。氷魔法とかで部屋冷やしたりできないの?」
「理論的には可能なんだけど、私、氷属性の魔法は苦手なのよ。ごめんね」
あー、そうか。エムエルは爆炎魔法の使い手だから、冷える魔法は真逆の属性か。弱ったな。扇風機くらいなら、ドワーフの職人に頼めば何とかなるか?
「フフ。お困りのようね、ダーリン」
「あぁ、まいっちんぐマチコ先生だよ、マダム……って、ずいぶん涼しげだね?」
「それは、これのおかげよ! タラタラッタラー♪ クールネックレス!」
2人で仲良く死語キャッチボールを交わしたあと、メグミーヌが誇らしげに胸元のネックレスを差し出す。その中心には、冷気をまとった青い輝石が輝いていた。
「今度、王都で売り出そうと思っているの。言ってみれば、クールネックリングの異世界版ね。あれは、通勤通学の片道も持たないけど、この魔法石に冷却魔法を込めることで、丸1日は持つわ」
「何それ欲しい! でも、魔法が切れたらどうするの?」
「いい質問ね。私のところに持ってきてくれたら、冷気を再注入するわ。もちろん有料よ! ネックレスは比較的安価で売って、冷気の注入代で儲けるってわけ。永久機関の出来上がりよ!」
「天才か! いわゆるプリンターを安く売って、純正インクで儲ける方式っすね。社長、一生ついていきます!」
高笑いするメグミーヌに、もみ手でヘコヘコするオレ。そんな女社長と腰ぎんちゃくを面白くない顔で見つめていたエムエルが、当然の疑問を口に挟んだ。
「でも、肝心の冷却魔法は誰がかけるのよ?」
「量産化したら魔法使いを雇うけど、とりあえずは私が対応するわ」
「メグミーヌ、あなた魔法使えるの?」
「あのねー。これでも私、王都では名の知れたエステティシャンよ。ムダ毛処理とかの過程では、クーリングが必要でしょ。それで身に付けたってわけ」
「何言ってるかわかんないけど、普通の人間がそんな簡単に魔法を習得できるわけ……」
いぶかしむ顔を見せるエムエルに、ノンノンと人差し指を揺らしながら、優雅にオレの背後に立ったメグミーヌは冷却魔法をオレの全身にかけた。
「ひゃ、ひゃっこい!」
「フフ。全身にアイシングスプレー程度の冷却魔法を掛けてあげたわ。私がそばにいれば、夏恐れるに足らずよ」
「メグミーヌ様! ずっとオレのそばにいて下さい!」
「もう、ダーリンったら!」
「ちょっ、タナトス! 血迷わないで! 私も今から必死で冷却魔法覚えるから!」
背中の翼と両手をパタパタさせて、珍しくエムエルが慌てている。人間的に一番まともなのはエムエル(注:悪魔)だが、真夏の冷却魔法は人を一瞬で恋に落としてしまう。オレの中で、メグミーヌの株が爆上がりした瞬間だった。
「というわけで、なんとかこの夏乗り切れそうです。特に屋外で鹿マスク被るのはマジでキツイですからね。メグミーヌ様々ですよ」
「……タナトスさん。軽々しく女性に好意を告げない方がいいですよ。乙女心はガラス細工なんです」
フロラに定期報告すると、そうたしなめられた。メグミーヌの心臓は花崗岩でできてそうだけどな。
「いやー、酷暑を克服できるかと思うと、全身から湧き上がる歓喜が抑えられませんでした」
「彼女、タナトスさんからとった言質は、夜な夜な日記に書き込んでいるらしいですよ」
「何、そのデスノート!」
暑さで脳が沸いていたとはいえ、まずったかな。後々、脅迫か裁判のネタに使われそうな予感しかしない。
「それはさておき、夏といえば祭りです。せっかく立派な神社も出来たので、夏祭りを開催しようかと思うんですが」
「祭り?」
「そうそう。先のラトロル戦の大勝利の陰に、鹿男の願掛けがあったという噂が立って、最近はこの神社の参拝者も増えてきたましたし。ここらで、どでかいイベントを1発打ち上げて、さらなる信者獲得といきましょう!」
「タナトスさん。そこまで私のことを思って……。ありがとうございます! 是非お願いします!」
フロラが深く頭を下げて感謝の言葉を告げた。噂はオレが流したものだし、来客相手の屋台でボロ儲けを狙っていますとは口が裂けても言えない。ま、でも信者増加のことも考えてのことだからな。フロラのためには違いない。うん、この気持ちはウソじゃないから、オレはいい人(注:悪魔)だ。間違いない!




