第35話 注意一秒けが一生
「大体、社長がケモミミに釣られて獣人族を受け入れるから、こんなことになったのよ!」
「でも、情けは人のためならずって言うじゃないか! 一応、みんなにも事後承諾してもらっただろ?」
泣きわめくエミリールをなんとかなだめようとするが、ご指摘の通り、動機が邪なだけに旗色が悪い。ベルハルトとメグミーヌは無言の冷たい視線で刺してくるし。あー、すいませんね。スケベ悪魔のオレが全部悪いんですー。と、拗ねていてる場合じゃないな。落ち着け、オレ。こういう時こそ、冷静な判断力が重要なんだ。昔見たエロ動画で悪いオッサンが、捕らえた美女スパイを小バカにしてそう言ってたじゃないか。よし考えよう! ……うん、夜逃げだ。それしかない。
「みんな、荷物をまとめろ。すぐにずらかるぞ」
「どこへ? 魔王軍のことだから、地獄の果てまで追って来るわよ」
「イヤー!」
おれの完璧な作戦を、メグミーヌがあっさり論破した。そうですよねー。頭を抱えて机に突っ伏したオレに、ため息をつきながらベルハルトが語りだした。
「まず、タナトス・ファーマーズの現状の立ち位置について整理しよう。派手に商売を進めて名は売っているが、どこかに国家として認められているわけでは無い。あくまで最近調子こいでる一商人だ。従って、どこにも援軍は頼めない。魔王軍を敵に回すリスクを抱えて、亡命を受け入れてくれる国も無いだろう」
「ベルハルトさん、ミスランの領主でしょ? ドワーフ機甲師団とか魔導兵器分隊とか派遣要請できないんですか?」
「一都市の領主に過ぎんワシが、さすがにこんなリスキーな橋を渡れと国王に言えんわな。ていうか、ドワーフ機甲師団とか魔導兵器分隊って何だ? そんな都合のいいもん、そもそも無いぞ」
「イヤー!!」
ベルハルトの説明に一瞬顔を上げたオレは、またテーブルに顔を突っ伏した。
「おじいちゃん、どうにかならないの?」
「定めならね、仕方ないんじゃよ」
困惑したエミリールの問いかけに、モーリスがどっかで聞いたセリフを口にしながら、早くも荷物をまとめ出している。野郎、エルフ族は知りませ~んとか、しらばっくれて、里へ逃げ帰るつもりだな。
「うん、こうなったら全面降伏だ。稼いだ金もピヨカンも何もかも献上して、命乞いしよう!」
「あんた、一応主人公でしょ! 情けなくないの! 大体、全滅させれば何もかも手に入るのに、向こうがそんなの受け入れるわけないじゃない」
「イヤー!!」
「……汚物は消毒だべ」
オレの平和的解決案をまたも一蹴したメグミーヌとのやりとりの後、サナエちゃんがポツリと呟いた。その目は紅蓮に染まり、肩の火炎放射キャノンが静かに動き出す。
「それだ!」
「ダーリン! ついにやる気になったのね!」
「あぁ、魔王軍に目にもの見せてやる!」
オレは立ち上がり、気炎を上げた。異世界転生主人公たるもの、やる時はやるよ!
「……以上が作戦だ。というわけで、サナエちゃんとデンキチさん以外は、ただちに荷物をまとめて疎開するように」
万一作戦が失敗しても難を逃れられるよう、住民は全員、それぞれの故郷に一時帰国してもらうことにした。ガステオは、『獣人族は、鹿男様と最後まで共に戦います!』と頑なだったが、モーリスの決まり文句『定めならね、仕方ないんじゃよ』の説得が功を奏し、エルフ族の里へ一緒に疎開してもらうことに決まった。ケモミミ娘達ともしばしの別れだ。どんたんとぽんたんが涙ぐみながら、挨拶にやって来た。
「鹿男様、ご武運をお祈りしています。……あの、無事に再会できたら、私のお腹触っていいですよ」
「マジケーン⁉ 生きる! 生きまくる! 僕は死にましぇ~ん!」
「あの、ワシも混ぜてもらってよいかの……」
「モーリス様は私達と一緒に疎開するんでしょ?」
「わしゃ、残るよ! 鹿男にばかり重荷を背負わせたらエルフの名がすたる!」
「さすがモーリス様! 鹿男様をお願いしますね」
「任された! じゃから、ワシもお腹を……」
そんなケモミミ同好会の様子を、いつものように、メグミーヌとエミリールがジト目で見ていた。
「ダーリン、私も残るわ。あなたが木曽義仲なら私は巴御前よ」
「心強いセリフだが、その例えはオレの死亡フラグを立てたいのか?」
「安心して! こう見えても、私、前世でボクササイズしてたから」
「だから、フラグを立てまくるのはやめろ!」
「社長、私も残るわ! 秘書と社長は一心同体でしょ!」
どう考えても、アーレーとか言って人質要員にしかならない2人と色ボケ老人が残ると言い出した。逆に戦力になりそうなベルハルトは他のドワーフと共に、とっととミスランに引き上げていった。『作戦が成功したら、祝杯を上げよう』と捨てゼリフを残して。特に冷たいとは思わない。普通にクレバーな判断だ。結果、クレイジーな4人とゴーレム2体が居残ることになったわけだ。
そして、皆が引き払い静かになった夕方。オレは一人、フロラ神社を訪れた。一応、戦勝祈願でもしておこう。あぁ、この立派な神社もどうなるか分からないんだよな。
「タナトスさん! こんにちは」
不意に本殿の扉が開いて、巫女の装束を身に着けたフロラが現れた。なぜ女神が巫女のコスプレをしているのかは謎だが、巫女マニアならずとも絶賛せざるを得ない仕上がりに、ツッコむ言葉を飲み込んだ。
「フロラ様、来てたんですね。その恰好、神社に寄せてみたんですか?」
「へへへ。せっかくなんで。似合います?」
「とてもとても」
フロラは満足して、くるりとその場で一回りして見せた。そのあと、本殿の階段に腰を下した。オレもその横に並んで座る。カラスのような黒い鳥の鳴き声が聞こえ、真っ赤な太陽が山頂に隠れようとしていた。
「タナトスさん。魔王軍が攻めてくるんですね……」
「そうなんですよ。あの時、やっぱ剣か魔道具選んどけば良かったかなー。って言っても、付け焼刃のドーピングでどうにかなる相手じゃなさそうですけど」
「切羽詰まっている割に落ち着いてますね」
「なんせ、いっぺん死んでるもんで。人生なんてままならないものですよ」
「さすが、人生2週目ですね」
ウフフっとフロラが笑う。不意に真顔になったフロラがこう言った。
「私、かなりタナトスさんに肩入れしてますけど、ゴッドエラーの保証の意味合いが強いんです。この抜き差しならない状況で、どちらかの味方になることは立場上……」
オレはフロラの口元に人差し指を立てて、首を横に振った。
「皆まで言わないでください。フロラ様のおかげで、結構楽しい第2の人生でした。あ、そこそこ善行積んだんで、来世は虫じゃないですよね。せめて、害虫以外でお願いします」
「フフフ、どうでしょうね。でも、悪いようにはならないよう、精一杯善処します。……ねぇ、タナトスさん。私、転生者の方とこんなに打ち解けたのはじめてです」
そう言ったあと、フロラは鳥居を見上げて呟いた。
「この神社、ずっと残るといいなぁ……」
オレも鳥居を見上げながら、同じ思いを抱いていた。




