第26話 ピンクハウスおばさんですがなにか?
次の朝、オレは『魔道具の地獄めぐり』でポーションの空き瓶が積み込まれたリヤカーを受け取ると、王城を目指して出発した。王城に続く道は石畳が整備されていたが、リヤカーがガタゴトいって引きにくい。早く誰か、アスファルト舗装かゴムタイヤを開発すればいいのに。でも、それじゃせっかくの異世界が味気無くなるか。昔、賢人が『おしゃれはやせ我慢』の名言を残してたもんな。でも、振動が手と腰に来るぞ、こんちくしょう。などど、1人自分をなだめたり、道に文句言ったりしながら進むと、卵型の鉄柵で閉じられた城門が見えてきた。両脇に門番が長槍を持って立っている。ザ・ファンダジーな光景ですな。
「おい、止まれそこのイケメン」
向かって右側の衛兵に声を掛けられた。
「王城に何のようだ?」
「自分は『魔道具の地獄めぐり』の使いの物です。王城の敷地内にお住いの如月様に注文の品をお届けに参りました」
「なるほど。注文の品とはそれか」
「はい」
衛兵はポーションの空瓶を何本か持ち上げて空にかざしてみたりした。
「ふむ。行ってよし。如月殿の住まいは噴水のある中央広場の北東側にある。ピンクの屋根瓦だから、すぐにそれと分かるだろう」
「ありがとうございます」
「ではな、イケメン」
イケメンを連呼されると、悪口みたいに聞こえるのはなぜだろう。気分がモヤモヤしたまま城門をくぐり、まっすぐ歩くと、衛兵の言ったとおり噴水があった。下卑た笑みを浮かべたカエルが、よだれのように口から水を垂れ流している。どういうセンスなんだ。普通、美女が水がめでも担いでるんじゃないのか。
その噴水広場からは、放射線状に道がいくつか伸びていた。噴水からまっすぐ北に進めば王城のようだが、衛兵に言われたとおり、北東の方向に歩みを進める。王城の敷地内とあって、ワンランク上の余裕あふれる街並みが続く。その先に、屋根の色がスモーキーピンクの可愛らしい2階建ての屋敷が見えた。屋根はスペイン瓦のような形で、漆喰風の白い壁はあえて塗りムラを残している。2階のポーチからは色とりどりのバラが、黒い鉄製の柵に絡まっていた。ピンクの屋根と聞いて、有名夫婦のようなショッキングピンクを予想していたが、周りの景観に溶け込みつつも、個性を主張している。如月さん、バブリー女子と聞いていたが、空気は読めるタイプらしいな。玄関前まで行くと、メイドらしき中年の女性が、庭にほうきをかけていた。
「おはようございます。如月様のお宅はこちらでしょうか」
「はい。どちら様でしょうか?」
「自分は『魔道具の地獄めぐり』の使いのものです。ご注文のポーションの空き瓶をお持ちしました。それと、ベルハルト様からの預かりもの持ってきております」
「それはご苦労様です。今、マダムに伝えてきますね」
そういうや、メイドさんはいったん屋敷の中に入ると、またすぐに戻ってきた。
「マダムがお会いになるそうです。中へどうぞ」
促されるまま中に入ると、玄関ホールは吹き抜けになっていて、天井からは落ちてきたら即死を免れない、重厚なシャンデリアがぶら下がっていた。奥には2階に上がる螺旋階段が見え、その手前に置かれた花台には、大ぶりの壺に生花がこれでもかと活けられている。なんだか、ハリウッド映画でみる典型的な金持ちの家みたいだな。
「2階に上がってちょうだい。あ、ポーションの空き瓶はそこらに置いといていいから」
上から若い女の声が聞こえた。いわれるままに螺旋階段を昇る。2階には同じような大きさの木製のドアが3つ。そのうち、1番奥の扉だけが開いている。
「ここよ、ここ」
開いている扉の奥から声が聞こえた。
「お邪魔します」
オレは声を掛けて、恐る恐る部屋へと足を踏み入れた。するとそこには、成金趣味ここに極まれりな世界が広がっていた。室内は金箔をあしらった無数の調度品に囲まれ、壁には本人らしき巨大な肖像画が飾られている。部屋の中央には、深紅のベルベット張りのソファが置かれ、天井まで届く巨大な窓には、遠くに見える山々が一幅の絵画のように映し出されていた。その上、部屋の片隅には無垢材のバーカウンターまで設けられ、見るからに高そうなお酒がずらりと並んでいる。
「お待ちしておりましたよ、タナトスさん」
「如月……さん?」
目の前には金髪の縦ロールをなびかせ、ピンクのフリフリロングドレスを着た貴婦人が、鳥の羽のような扇子を正面に持ってたたずんでいる。
「オホホ。最近は、マダム・メグミーヌと呼ばせているの」
「……」
どうしよう。すごく帰りたい。
「ちょいちょい! ノリが悪いわよ! 同じ日本人でしょ。そこは貴族風の挨拶かまさないと」
「すみません。ビジュが強すぎて固まってしまいました」
「オホホ。誉め言葉と受け取っておくわ。『魔道具の地獄めぐり』のおじさんから事前に連絡もらってたから、今日はキメてきたのよ。いくら異世界でもコレはさすがに浮くから、普段はこんな格好しないわよ。基本、1人の時に楽しむコスプレみたいなものね」
「どうして、僕には披露してくれるんですか?」
「そりゃ、誰かに私の熱い想いを知ってほしいじゃない」
このビーンボールは避けようがなさそうだ。甘んじて熱い想いを受け止めよう。オレは心のヘルメットをしっかりと被った。




