第22話 蛇口を捻るとみかんジュースが出るという都市伝説は、イエスでもありノーでもある
「そっちに逃げたぞ、捕まえろ!」
「うわ! こいつ汁、ぶっかけやがった!」
「ピヨピヨー!」
「なによ、その反抗的な態度は! フルーツパフェにするわよっ!……って痛い! たっ、種が目にー!!」
少し時を遡るその日の明け方近く。
「大変だべ! ピヨカン達が脱走しただわさ!」
サナエちゃんの叫び声がタナトス城にこだました。むくりと起き上がったオレは『是非もなし』と呟いた。くだものが脱走とか意味分からんが、ここは異世界。前世の常識は捨てねばならない。眠い目をこすりながら、城に仮住まいするエルフの皆さんとともに現場に駆け付けると、ピヨカン畑のすぐそばの小山がオレンジ色にぼんやり輝いている。どうやらピヨカンは夜間は発光する性質があるらしく、脱走したそれらが山を彷徨う様子は、まるでオレンジ色のホタルが飛び交うようで、なかなか幻想的な光景である……などと悠長なことは言ってられない。早速、オレ達は巨大な虫取り網と虫かごのようなものを手に持ち、ピヨカンの捕獲に当たることにした。光っているおかげで居場所は丸わかりだし、数も知れているので、すぐ終わると思っていたのは甘かった。ピヨカン達の抵抗が激しいのだ。ある者は種をマシンガンのように連射されハチの巣に、ある者はみかんジュースの水鉄砲を浴びせられ、全身オレンジ色に染められていた。全員ボロボロになりながら、なんとかピヨカンの捕獲を終えた頃には、辺りはすっかり明るくなっていた。
「というわけで、図らずも、みかん汁滴るいい男になりました」
「それは災難でしたね」
みかんジュースでベトベトになった体を洗った後、事の顛末をフロラに報告した。
「つうか、ピヨカンって何なんですか? くだものなのにピヨピヨ言ったり、脱走したり」
「実はピヨカンには精霊が宿っているんです」
「精霊?」
「この世で役目を終えた精霊達は次の転生に備え、ピヨカンの中でその時を待ちます。ピヨカンの完熟とともに天に召され、新たな世界で再び精霊として生まれ変わるのです」
ふーん。まぁ、殺生はあんまり好きじゃないので、ピヨピヨ言ってる現状のまま食べるわけじゃないのは良かった。しかし……。
「ところで、あのピヨカン、本当に優等生なんですか? どうも言動から察するに腐ったみかんと言いますか……」
「なんてこと言うんですか! あの子たちは腐ったみかんなんかじゃありません! 少し個性的で前の小学校では問題児扱いされていましたが、根はみんないい子なんですよ!」
「世間一般の優等生の定義からは、どのみち外れていそうですけど。フロラ様、ひょっとして、体よく問題児を押し付けられたんじゃないですか?」
「そ、そんなこと! 女神の私にあるわけが、あるわけない……。とにかく、あの子たちはできる子なんです! サナエちゃんとタナトスさんなら、立派に卒業させられると信じてます! っていうかお願いします! 失敗したら、私の女神査定にも関わるんです!!」
両手を合わせて悪魔のオレにヘコヘコする女神様。なんてシュールな絵面なんだ。
「まぁ、乗り掛かった舟なんで、最後まで面倒見ますけど」
「さすが、タナトスさん。さすタナです!」
フロラが弾ける笑顔を返した。この顔を見せられると大概のことは許しちゃうんだよなぁ。
「二度と脱走できないよう、監視を厳重にするべ」
「サナエちゃん、畑が刑務所みたくなってるんだけど」
次の日には、ピヨカン畑の周囲は等間隔に丸太杭が打ち込まれ、鉄条網が幾重にも張り巡らされていた。
「これは付け焼刃の対応だべ。本格的な脱走防止には高い塀の建設が必要だわさ。デンキチさんに戻ってきてやってもらうまで、交代で見張りを立てるしかないべ」
「いや、ますます刑務所感が……って、デンキチさん戻ってくるの?」
「フロラちゃんの話じゃ、間もなく天界の普請が終わるらしいべ」
そっか、デンキチさん戻って来るのか。それは楽しみだな。
「サナエちゃん、そういや、ミスランで気になる人の情報を小耳に挟んだんだけど、ウォールダム王国にちょっくら行ってくるのは、今は忙しいからマズイよね」
「行ってくるといいべよ。じきにデンキチさんも戻るし、留守はそれまで、ワタスとエミリールに任せるべさ」
「ちょっ、サナエちゃん! 秘書の私が社長の下を離れるわけにはいかないんじゃない⁉」
「エミリール君。今はピヨカンを無事に出荷できるかどうかの大切な局面だ。安心して留守を任せられるのは敏腕秘書の君しかいない」
「社長! ついに、私の有能さに気が付いたのね! いいわ、離れるのはつらいけど、留守は任してちょうだい!」
会う相手が女性だと、エムエルの時みたく、修羅場になるのは目に見えてるからね。なんちゃって秘書には、自慢の視力8.0の有能さを存分に発揮してもらい、全方位でピヨカンを見張る人間監視カメラになってもらおう。うん、これで安全安心。




