第18話 かけ湯をしない奴に、明日を生きる資格はねぇ!
美女エルフとのベッドインチャンスを華麗にドブに捨てた、草食系男子極みのタナトスさん。そろそろ夕食の時間のようですよ。
「うまっ! 社長、このカニうまっ!」
「エミリール君、レディがそんなにガッつくのはよしたまえ。おかわりはいくらでもあるんだから。ほら、このピンクのロブスターも美味だぞ」
指定された時間に夕食会場へと足を運んだオレたちは、100人近くの宿泊客で混雑する食堂に圧倒された。出される食材や料理は良く分からないものも多々あるが、形式はテレビなんかでよく見るビュッフェ・スタイルである。普段、粗食に耐えている食糧難民のオレ達は、ビュッフェ初心者にありがちな、あれこれ取りすぎバイキングになってしまったので、現在、食いすぎバイキングへ進化しようと奮闘していた。
「しかし、山海の珍味とはこのことね。特にエルフの里じゃあ海産物なんて、めったに口にできないから……。みんなに、持って帰ってあげようかしら」
「おっと、料理を弁当箱に詰めようとするのは見苦しいのでやめようか、エミリール君。セレブっぽい他のお客様が引いているぞ」
「あらあら。私としたことが。それでは、日持ちがしそうなものだけにしますわ」
とってつけたようなセレブ口調のエミリールが、冷たい視線を送るほかの客や従業員を尻目に、せっせとおかずを詰めだしている。食い意地の張り具合と根こそぎ持って帰ろうとするその意地汚さに敬意を評し、お前には麦わら小僧も憧れる、海賊王の称号を贈ってやろう。
「ふう、お腹いっぱいになったわね。あ、フリードリンクにはお酒もあるわよ。社長、シュワっとするやつイッとく?」
「非常に魅力的な提案だが、私にはこのあと、宿自慢のドワーフ温泉を堪能するという重大な使命があるのだよ。男子は大事を成し遂げるためには、自らを律さなければならない」
「社長ってインテリよね。良くわからないけど、なんかカッコいいこと言ってる感が出てるわ」
シュワっとするやつは、風呂上がりのお楽しみだ。というわけで、食後のティータイムを終えると、オレは1人、大浴場に向かうことにした。館内図を見て、タオルを手に大浴場の入り口に来てみれば、ダンジョンの入り口が『いらっしゃませ〜』と、オレを待っていた。あれ? お風呂に入りに来ただけで、冒険に出るつもりはないんだけど。どうしたものかと考えていると、係員が声を掛けてくれた。
「お客様、ご入浴ですか?」
「そうなんですけど、道に迷っちゃって」
「初めての方は戸惑われる方も多いですが、この洞窟が大浴場の入り口です」
「あ、ここで合ってたんすね」
「はい。ここはもともとミスリルの鉱山でしたが、だいぶ堀り尽くしましてね。新たな鉱脈を探し求めて掘り進めていたところ、代わりに良質の源泉を掘り当てまして。それを機に、公衆浴場を整備したのが、当宿泊施設のはじまりなのです」
なるほど。こんなのは、温泉同好会のオレとしても初体験だな。オラ、わくわくしてきたぞ。係員から松明を受け取り、石積みの洞窟を進む。しばらく行くと、道が二手に分かれていて、トイレの男女マークみたいな案内板が出ている。『本日の男湯は向かって右手です』と言ってたな。そのまま右に道なりに進む。昔、坑道だっただけに、途中分かれ道がたくさんあったけど、ちゃんと立ち入り禁止の柵を設置して、浴場まで迷わないよう対策していた。しばらく歩くと、無数の松明の光が見えてきた。よしよし、ついに洞窟風呂に到着か。
ちょうどタイミングが良かったのか、先客はいなかった。よって、この広い空間を、今この瞬間貸し切り状態である。やったぜ、ラッキー! そこには自然石を使った野趣あふれる岩風呂が点在していたが、中でも一番大きな浴槽は、天井の岩盤が無い露天風呂になっていた。下から空を見上げると満点の星空が広がっている。まるで、巨大な煙突の底にいるような不思議な空間だ。そんな岩風呂の一角からは、豊富な源泉がコンコンと湧き出ていた。
かけ湯をして、足元からゆっくりと湯舟に浸かる。たとえ誰も見ていなくとも、かけ湯を忘れないのは温泉紳士のたしなみである。肝心のお湯は白濁色で、火薬っぽい匂いがする。なるほど、硫黄泉か。ゆっくりと肩まで浴槽に浸かるや、ビビッときた。このヌメリ、かなりの上物である。泉質マニアのオレが言うから間違いない。まさか、異世界でこれ程の極上温泉に出会えるとは。いっそ、ここに引っ越そうかな。この街の人は、悪魔に特に差別や偏見もなさそうだし。人も多いから、ここなら潜伏するにもうってつけかもね。
「あー! いい湯だなっと!」
「その声は社長!?」
たまたま貸し切り状態なことに油断して、思ったより大きな声が出たところ、高い壁の向こうからエミリールの声が聞こえた。なるほど、この壁の向こうは女湯か。ベタな展開ですな。
「なんだ、エミリール君もちょうど入浴中だったか」
「奇遇ね、社長。そっちは混んでる?」
「うまい具合に貸し切りだよ」
「そうなんだ。こっちは何人かいるけどね」
ほうほう。良いではないか良いではないか。ひょっとして、ケモミミとかいるのか? 賢人の先達がのぞき穴でも残してないかと、女湯と男湯の仕切り壁を舐めるように凝視していると、エミリールが再び口を開いた。
「ねぇ、社長。前に私たちの森に来た女悪魔、幼馴染だっけ。その人、社長の大切な人なの?」
「ん、あぁ、まあね」
エミリールと適当に会話しながら、オレは引き続き、壁に隙間でもないか入念に調査していく。ムムム。アリ1匹の隙間もないじゃないか。全くけしからん。
「……その、許嫁とか言ってたけど、いずれはその人と結婚したりするの?」
「あぁ、そうかもしれないね」
「ちょっと! あっさり言うわね! 私のことは何とも思ってないの!」
「えっ! いや、その……」
マズイ。のぞき穴の探索に夢中で、全然話聞いてなかった。何だっけ?
「でも、まぁエミリールは美人だよね」
「な、なによ藪からスティックに!」
「話もしやすいしさ、出会えて本当に良かったよ」
「……社長嬉しい。私ね、もう心に決めてるの。社長が誰を好きでも構わない。大事なのは自分の気持ちだもの。……ねぇ、はじめて森で出会った日のこと覚えてる? モンスターに襲われてたあの時、私、もうダメだと思ってた。でも、その時、目の前にイケメン悪魔が現れて……。あの時に、私の運命は決まっていたのかもしれない。だからね、社長、私ね……って、話聞いてる!? 割とガチで話してるんですけど!」
なんかエミリールが1人語りに入っているけど、のぞき穴もなさそうだし、のぼせてきたので、お先に風呂から上がることにした。さーてと。部屋帰って、シュワシュワ飲もうっと!
……このあと、エミリールにめっちゃ怒られた。
このラノベは、入浴シーンにもかかわらず、ムフフもラッキースケベも皆無な上、主人公の好感度だけがダダ下がりするという、格調高い壮大なファンタジー小説です。




