第16話 越後屋、そちも悪ようのう
ミスランへは歩いて丸1日はかかるらしいので、野営をしないですむよう、夜明け前に出発することにした。
「ピヨカンの栽培は準備しておくから安心するだよ。チャンスがあれば商談してくるといいべ」
まだ出来てもいないピヨカンを売りつけるのは、違う意味での架空請求に当たるのではないだろうか。まぁ、たられば前提なら、機会があれば名刺代わりに話してみてもいいか。
「社長、見て見て! このハイヒール! それこそ、この前行商に来たドワーフから手に入れた最新モデルよ!」
自慢のスラリと伸びた白い美脚に、真っ赤なピンヒールを履いたエミリールが得意げに自慢する。どこぞの貴婦人が被るであろう、つばの長い白い帽子をかぶって、体のラインに沿った綺麗なシルエットのワンピースを着ている。
「あのなぁ。ちょっとそこまで舞踏会へって訳じゃないんだぞ。丸1日歩くのに、そんな靴で行けるわけないだろ」
「せっかくの婚前旅行だから、おめかししないと! 歩けなくなったら、社長がお姫様だっこしてくれるんでしょ?」
「妄想にふけるのは勝手だが、ゴブリンやオークに襲われても知らないぞ」
「やだ! 社長ったら! あの運命の出会いの再来を期待してるの? このシケベ!」
はぁ。バカの相手は疲れるなぁ。黙っていれば、文句なしのスレンダー美女だが、どれだけ中身がポンコツなのだ。とりあえず、タナトス・ファーマーズと背中に刺繍したオサレな農作業着と長靴に着替えさせようとしたら、『そんなの酷い! バツゲームじゃない!』と激しく抵抗された。しかたないので、比較的歩きやすそうな編み上げブーツとサファリファッションにしてもらうことで、お互いに妥協した。
「まぁ、悪くないわね。さっきの服は向こうで歓迎パーティーに出席するときのお着換えに持っていくわ」
誰が誰に歓迎されるんだ? そもそも、向こうは誰もオレ達のことなんか知らないだろ。大体、旅はなるべく荷物が少ない方がいい。帰りにお土産とかも買うだろうし。魔界から逃げ出すとき、部屋から持ち出した金貨を握りしめながらそう考えるオレに、『女の子はね、色々と準備が必要なのよ!』と言いながら、バカでかいトランクに荷物をパンパンに詰めて、必死でフタを閉めようとエルフが1人もがいていた。『こんなのはエルフじゃないブヒ。あの尖った耳はきっと付け耳ブヒ』以前、エミリールを襲ってきたオークのセリフを思い出す。行きがかり上、瞬殺してしまったが、来世ではオレ達分かり合えそうな気がする。
「何よ? 私の耳をじっと見つめて」
エミリールが不思議そうに小首をかしげた。
結局、わがままエルフのおかげで、夜が明けてからミスランに向けて出発することになった。ほかのエルフの皆さんも見送りに来てくれたが、妙に祝福ムードなのは、あることないことエミリールが言いふらしたからに違いない。
一応、サナエちゃんが地図を書いてくれたが、道に迷うことはなかった。ミスランへの道は一本道だったし、エルフとも交易があるおかげか、狭いながらも街道が整備され、ところどころ、矢印のついた案内板も立っていたからだ。なので、ここまで順調に進むことができたのだが……。
「ちょっ、社長、重たい! リヤカー引くの代わってよ」
「嫌だよ。全部お前の荷物じゃないか。だから、旅は身軽にと言ったんだ」
リュックを背負って軽快に歩くオレのあとに、エミリールが例の巨大トランクとその他の荷物を満載にしたリヤカーをゼイゼイ言いながら引いていた。その姿は、夜逃げしているようにしか見えないぞ。
「こういう時は手を差し伸べるのが紳士でしょ!」
「いや、自分悪魔ですから」
「都合のいい時だけ悪魔面するなー!」
そうプンスカしたヒステリックエルフだったが、あれあれ、その場にヘタリ込んでしまった。まずいな。このままだと日が暮れる。
「しょうがないな。オレがリヤカーが引っ張ってやるから、エミリールは後ろから押してくれ」
「さすが社長! 一生付いていきます! ついでに私もリヤカーに乗っていい?」
「一生付いてこなくていいから、リヤカー押してくれ」
「もう、仕方ないわね。社長ったら私がいないとダメなんだから!」
あれ? なんでオレがダメになってるんだ? 理不尽な返しに呆然としながら、リヤカーを引くオレ。後ろからは『初めての共同作業~♪』とご機嫌なエルフの鼻歌が聞こえた。
それからしばらく、ゼエゼエ言いながら悪魔とエルフが必死に歩を進めていると、日没ギリギリにやっと、ミスランの関所が見えてきた。石造りの高い壁に囲まれた、威風堂々とした門構え。『こりゃ、儲かってまんなぁ』と感心していると、バトルアックスを肩に担いだ門番が声を掛けてきた。幼稚園の年長さんくらいの背丈しかないのに、髭面のオッサン顔は、絵に描いたようなドワーフである。
「こりゃ、珍しい組み合わせだな。悪魔とエルフか。ん? リヤカー引いてるが、ひょっとして避難民か?」
そうなんです、オレ達戦災から命からがら……ってすぐバレるウソは良くないよな。と思っていると、エルフ印の瞬間湯沸かし器が沸騰した。
「失礼ね! 婚前旅行よ!!」
「婚前旅行? まぁ、この街はハネムーンに来る客も多いけど、男は悪魔だろ?」
「これだからドワーフは! 頭が化石なんじゃないの? 今は多様性の時代なのよ!」
「なんだとババァ! 生きる化石のエルフが何ぬかしてやがる!」
「ムキー! うら若き乙女に向かってなんたる暴言! これでもエルフではピチピチの若手よ!!」
若手はピチピチとか言わないと思いますが。二人のやり取りをこのまましばらく眺めたい気もするが、いい加減くたびれた。早く宿に入りたいので、間に入ることにした。
「あー、ごめんください。自分は悪魔ですけど、ちょっと農業してまして」
「悪魔が農業? そりゃ、初耳だな?」
「えぇ、最近はじめたもので。それで噂に名高いミスランで商売できないかと、はるばるこの街を訪ねてきたわけです」
「なるほど。ここはサンバルトンでも有数の交易都市だからな。商売やるにはうってつけだ。ただし、そのためには領主様の許可がいるぞ。紹介状は持っているのか?」
「いえ、そんなものは」
「それじゃあ、順番待ちで何日待つか分からんぞ」
「なんとかなりませんかね。これはほんの気持ちです」
下卑た笑みを浮かべながら、門番に金貨を1枚握らせた。
「おっ、これはこれは! なかなか話が分かる悪魔じゃないか。よし、今日はもう遅いから、いい宿をワシが紹介してやる。領主様にはワシから連絡をとっておくから、段取りができたら宿に報告にしてやるよ」
「ご親切にありがとうございます。首尾よく行きましたら、またお礼をしますので」
「ホッホッホー! 悪魔大好き! 大船に乗ったつもりで待っておれ!」
がっちり握手した小悪党2人が高笑いする様子を、ジト目で見ていたエミリールが呟いた。
「社長、悪い人……。でも、そこにシビれる! あこがれるゥ!」




