第14話 花しぼみて露なほ消えず
エムエルの後ろをついて、親に叱られた子どものように森の小路をトボトボと歩いた。エムエルの体からは、先ほどの瘴気がいまだ燻っている。トホホ。オレ悪くないよね。そりゃ、ちょっと調子乗ってたかもだけど、9割方エミリールのせいだよね。じいちゃん、ごめん。せっかく忠告してくれたのに、女性の見た目に目が眩んで失敗する血は争えないよ。そんなことを考えていると、水汲み場にしている小さな湖のほとりで、エムエルが立ち止まった。振り返ると、彼女は静かにオレに問い掛けた。
「あなた、誰なの?」
その瞬間、オレの青い顔はさらに青くなったと思う。この人、気付いているな。そりゃ、そうだよな。幼馴染だもんな。
「ごめん。隠すつもりはなかったんだけど」
オレは、エムエルに転生してからこれまでのことを話した。もといた世界で事故に会ったこと、神様の手違いでタナトスに転生したこと、タナトスの記憶は引き継いでいないこと。今は善行を積んで、人間に再転生することを目標に生きていること。
「転生してから、すぐに魔界から逃げ出したし。説明しても信じてくれるかどうか分からなかったし」
「もう、会うこともないだろうし?」
「いや、そこまでは考えてなかったけど」
アセアセと頭をかくオレに微笑みながら、エムエルは背中を向けて湖を眺めた。天気のいい昼下がりで、湖畔に太陽の光がキラキラ反射している。
「本当言うと、最初から違和感はあったのよ。なんか、話通じないところあるし。でも、彼、ちょっとアホだったし、あなたキャラというか、魂の色がとても似ていて分かりずらかったのよね」
「そうなんだ」
「案外、単なる神様の手違いじゃなくて、何か理由があるのかもしれない」
エムエルは考えを巡らすような顔で、湖を見つめ続けている。
「私と彼は親同士が仲良くてね。飲んだ勢いで『よし、お互いの子どもが成人したら結婚させよう!』とか決めたらしいの」
「わりと安直ですね」
「フフフッ。だから、私も含めてみんな冗談だと思ってた。でも、彼だけは違った」
そこで、エムエルは一度口を閉じた。そして、昔を思い出すように空を見上げた。
「私の家系は堕天使でね。おかげで魔力は生まれたときから強かったけど、イジメられもした。頭の悪い男の子が何人も寄ってたかって、『お前、天使の出来損ないだろ』とか、『お前なんか悪魔じゃねえ! この半魔!』とか」
まぁ、どこの世界にもありそうなイジメだ。きっとエムエルが可愛かったので、お近づきになりたいスケベなガキ共がちょっかい出したんだろ。しかし、イジメたやつにそこまで悪意が無くても、イジメられた方は、相手のことは一生忘れない。
「今だったら、瞬殺するような雑魚ばかりだったけど、その頃は自分の力も良くわからない子どもだったから、泣いてばかりいた。そんな時、彼がかばってくれたの。『エムエルを泣かすな! エムエルは僕のフィアンセだぞ! さてはお前ら羨ましいんだろ。この、欲しがり坊やどもめ!』って」
煽り方がどこぞのエルフと同じですが。
「その日を境に、イジメの対象は彼に代わった。彼、昔から弱かったから、毎日ボコボコにされて顔がパンパンになってたけど、私に『だひじょうふ、だひじょうふ』って言いながら笑ってた」
あれ、変だな。目から汗がにじんてきた。
「そのうち、私も自分の力に目覚めて、彼をイジメるやつは100倍返しにしてやったわ。まぁ、それから付かず離れず彼の世話を焼きながら、腐れ縁を続けてきたわけ。フフッ。あのエルフが言ったことも、あながち間違いではないわね。私だけ、幼い頃の思い出を引きずってるのかもね」
「しょ、しょんなことは、はりましぇん!」
「あ、あなた、鼻水!?」
「ヒッ、グスッ。これは鼻から汗が出てるだけでしゅ」
「鼻から汗は出ないわよ、もう!」
エムエルがハンカチで涙と鼻水でグチョグチョになった顔を拭いてくれた。普段、真冬の弁当のようにクールなはずのオレが、なんでこんなに心かき乱されるんだろう。そういや、大人になって、涙もろくなってたかもな。最近はアニメとか見ても、ちょっと感動シーンになると、声立てて泣いてたし。
「ふぅ、何とかとかまともな顔になったわね。でも、そういところ本当似ている。自分のことには無関心なのに、他人の事ですぐに泣く」
「すみません」
「いいのよ。むしろ、その方がいい」
エムエルは自分に言い聞かせるように、そうつぶやいた。
「でも、オレはタナトスさんのようなできた人間じゃありません。あなたが、イジメられてた時、自分がボコボコになるかもしれないのに、立ち向かうってすごい勇気です。力も無いのに、誰かを守るなんてオレには到底できそうにありません」
エムエルが少し驚いたようにオレの顔を見つめる。
「……嬉しい。タナトスのことを褒めてくれる人なんて初めてよ。やっぱりあなた、タナトスに似ている」
「似ているのはダメなとこだけのような気がしますけど。でも、せっかく彼の体を借りているので、少しでも彼に近づけるようにがんばります」
「彼はあなたの中に生きているのかもしれないわね。体はそのままだし、他人のような気がしないわ。迷惑じゃなければ、これからも時々話をしにきてもいい?」
「もちろんです! タナトスさんの話ももっと聞かせてください。今度来るときは高級フルーツを用意してお待ちしています」
「フフッ。楽しみにしてるわ。あ、お城ごめんなさいね。あとで修復魔法でチャチャっと直しとくから」
「そんなことできるんですか?」
「そんなの、朝飯前よ」
「お城建てた大工さんも同じこと良く言ってました」
そんなやり取りをして、2人笑い合った。しかし、オレが転生したあと、タナトスの魂はどうなったんだろう。やっぱり消えちゃったのかな? なんだかタナトスとエムエルが他人とは思えなくなったし、何とかしてやれないものだろうか。今度、フロラにでも相談してみるか。
そんなことを考えていると、木陰からジト目のエミリールがストーキングしているのが目に入った。何か口をパクパクさせているが、話がややこしくなるので、引っ込んでろとジェスチャーすると、不満そうに顔を引っ込めた。と、エムエルが優しくささやいた。
「ねぇ、前みたくタメ口で話してくれる?」
「いいんですか?」
「私がそうしたいの」
「……じゃあ、そうするよ。あと、うちのエルフがごめんね。無礼千万な態度は1割ほどは雇用主のオレの責任でもあるし。頭おかしいけど、悪い奴ではないんだよ。力関係も分かったから、もうエムエルには突っかかってこないと思うけど」
「フフフッ。どうかしらね。そういう鈍いところもタナトスのままなのよね」
そういってエムエルは嬉しそうに、それでいて少し寂しそうに笑った。




