解決編
都内の外れの雑居ビルのとある一室。
牛川ファイナンスの事務所に訪れた太田を練磨の牛川も怪訝そうに見つめる。
「いったい刑事が何の用だ? まさか金を借りたいのか? 別に警察だからといって断りはしないが金利を負けることもないぜ」
まるで爬虫類のような冷たい目つきの角刈りの男に臆すことなく太田は鷹揚に答える。
流石にここに来るに当たって小林は署に置いてきた。
「いえ、お金には困ってませんよ。ただ一つあなたに頼みたいことがありましてね」
先ほどアポ無しで訪ねてきた刑事に要領を得ず内心で困惑しながら牛川はコツコツと指で机を叩いた。
「なんだぁ⁈ 俺は忙しいんだ、手短に頼むぜ」
太田は懐から一枚の写真を取り出し牛川に見えるよう机の上に置いた。
「この方をご存知ですね?」
机上の写真を見た無表情な牛川の表情が微かに動いたかと思うと視線は太田へと移る。
「……ああ ウチの債務者だ。磯山奈々。1年ほど前に飛びやがった(※逃げた)女だ。こいつがどうかしたのか?」
……磯山奈々
「はなや」で働く女性のアルバイトの1人であり、太田はこの女が事件当日畑中容子と入れ替わっていたと踏んでいる。
太田は牛川の冷たい目をじっと見つめ返しながら微笑んだ。
「私はこの方の行方を知ってます。教えて欲しいですか?」
眉間に皺を寄せながら牛川は太田を睨み返した。
「……おい、何を考えてやがる? アンタ刑事だろ? ありがたい申し出だがいったいどんな裏がありやがる?」
太田は感情の読めない表情のまま牛川をじっと見つめる。
「いえ、あなたに頼みたいことというのはたった一つ。この方から借金を取り立てて欲しいのです。ただし取り立てる先は磯山さんの勤務先のとある飲食店です」
流石の牛川も息を呑み目前の刑事の正気を疑った。
グレーゾーンの金貸しを営む牛川である。
これまで多くの癖のある債務者や刑事に出会ったことはある。
……しかしこの申し出は異例であった
「……アンタ 正気か? オレらみたいなグレーゾーンの金貸しに債務者の情報を流すばかりか勤務先から取り立てろだぁ? 犯罪じゃねえのか? 公務員の言うこととはおもえねえぜ……」
太田は頷きながら真剣な表情になると話を続ける。
「不審に思われるのは当然です。訳は分からないでしょうがそうしていただけると事件の解決に繋がるのです。もちろん、磯山奈々さんの借金はこの場で私が完済します。その上で芝居を打ってもらいたいのです」
磯山の借金はこの場で太田が返すが取り立てるフリをして欲しいというのだ。
おかしなその話に牛川は暫く考え込むとやがて首を横に振った。
「……いやだね」
「なぜです? あなたにとってもおいしい話でしょう」
牛川は腕を組んだままますます態度を硬化させた。
「胡散臭すぎる。磯山の情報は金を出して買うから帰ってくれねえか?」
はっきりとした拒絶にしかし動じることなく太田は室内を見回した。
「……随分と儲けておられるようですねこの会社は」
「バカ言うな。実態は火の車だよ」
そして落ち着いた口調で太田は牛川の目を見つめた。
「あなたの脅迫紛いの取り立てやグレーゾーンの金利を摘発されればこの会社は一気に潰れるのではないですか?」
その目はまるで射すくめるような迫力があり、闇の世界の住人である牛川をして唖然とさせた。
やがて間があり牛川は苦笑いとともに頬杖をつき太田を見つめ返した。
「……アンタ おとなしい顔してこええ奴だったんだな。まさか脅されるとは思わなかったよ」
「協力してくれますね?」
そう言ってにっと笑う太田に牛川は苦笑いで頷くしかなかった。
「仕方ねーだろう。わかったよ」
◇
牛川トオルと組んだ経緯を淡々と話しながら、太田は当たりをつけたロッカーを開き猿ぐつわをかまされた牛川を救出する。
息を飲む畑中夫妻と多田はじっと太田の話に耳を傾けた。
「つまり牛川さんは私の協力者だったのです。少し強引な手法を使わせてもらいましたがね。あなた方はこれまで4人も人を吊るした。気づいていないかもしれませんが殺人を繰り返すことによりタガが外れてしまっているのです。……だからこそ私はあなたたちを追い続けた。牛川のような男に大事な人を傷つけられようとすれば犯罪に走ると思っていました」
「……そうか 俺たちはアンタに嵌められたのか」
がくりと肩を落としながら克典はその場に膝をついた。
太田は牛川の猿ぐつわや拘束を外しながら淡々と話し続ける。
「4月2日、克典さんは多田昌也くんと、容子さんは従業員の誰かと恐らく背格好の似た磯山奈々さんと入れ替わって山岡達夫と都内のファミレスで落ち合い移動したホテルの地下駐車場で拉致。その後ここに戻りここらにある廃墟のどこかに拘束。その後いつも通りの生活を送り、3日は空き時間でたっぷりと恐ろしいまでの拷問を山岡に行い4日の明朝に都内の公園に遺体を吊るした。違いますか?」
「……さあな まだアンタの推理というより妄想に過ぎない。俺は牛川を締め落としただけだ。連続殺人事件には関係ない」
そう、まだこれだけでは決め手にならない。
粘る克典を気にせず太田はゴソゴソと牛川のポケットを探り何かを取り出した。
「果たしてそうですかね? 牛川さんは協力者だと言ったでしょう? 彼にはこんなものを持っていてもらったのですよ」
太田の手にあるものを見て克典は息を飲む。
「……ICレコーダーか」
そう、牛川の締め落とされた後の会話は全て録音されている。
犯罪の自供と取られる発言もあったはずだ。
今度こそ項垂れながら克典は地へと目を伏せた。
太田は立ち上がり夫妻と多田を見回す。
「まあこんなものが無くても細かくせこいあなたたちのトリックについて大体の見通しはついてました。もっと捜査が進めばわかることでした」
鼻で笑いながら克典は立ち上がり太田を睨む。
「……ほう お聞かせ願おうじゃないか。迷探偵太田刑事の推理を」
太田は窓の外をじっと見つめながら何かを待つかのように息を吐くと淡々と話し始めた。
「あなたたちはこの店を開くに当たって自分たちと似た背格好の男女、特に女性を採用した。克典さんは昌也くんと入れ替わればいい、もしくはスペアを見つければいいですが、容子さんと入れ替わる相手を見つけるためです。これがまず一つ」
夫妻と多田の表情が消え店の空気が冷えていくのがひしひしと感じられる。
静寂の中に太田の声だけがうち響いた。
「次に『コンテスト』と称して定期的に容子さんや女性の従業員、そして時折り昌也君も克典さんと入れ替わっていました。帽子を深くかぶり声色も真似するようにして。お客にバレなければ賞金をつける、ただしこのお遊びは外部に漏らしてはいけない、そうとでも言っていたのではないですか? そうして自分たちのモノマネさせることに慣らしていったのです」
克典は腕を組み、舌を鳴らす。
「……どこで気づいた?」
「4月2日、厨房に立っていたのは昌也くんです。外見や話し方だけでなく味付けも合わせるべきでしたね。お客の中に4月2日の味付けがいつもと違う感じがした、と言う者が居たのです。恐らく4月2日のランチは昌也くんの独特の味付けだったのです」
多田昌也は肩を落とし膝から崩れ落ちる。
「……ああ 俺のせいで」
やがて窓の外に赤色灯の赤い光が灯り始め、パトカーから人の降りる気配がした。
太田は犯人たちを振り返り静かに見渡した。
「さあ署に来てもらいましょうか? 色々と事件についてしゃべってもらいますよ。被害者たちを拷問した恐ろしい犯行現場についても小林くんの指揮で現在捜査中です」
容子は肩を震わせ両手で顔を覆い泣いている。
昌也は呆然と床に顔をうずめるばかりであった。
克典は冷たく笑いながら肩をすくめ太田を見据える。
「もう逃げられない、というわけですか。やれやれ、ねえ刑事さん。俺は何も後悔していませんよ。奴らは未成年というだけで碌な裁きを受けずのうのうと生きていた。俺の妹はクスリのフラッシュバックで苦しみながら死んだというのにだ。だから俺が苦しめながら殺してやった。4人ともな。残った1人を殺せなかったのは残念だよ」
「自供、ととってよろしいですね?」
ふん、と鼻を鳴らし克典はいつの間にかグラスに注いでいたウイスキーを飲み干した。
「ああ、そうだな
ただし、俺1人で計画し全部俺がやったことだ。容子も多田くんも磯山さんも関係ない」
容子と昌也は息を呑み伏せていた顔を上げた。
「あなた……」
「克典さん……!」
太田は3人を見張りながら感情を殺して告げる。
「まあ、磯山さんは何も知らず容子さんの真似をさせられていただけでしょうね。その辺は署で詳しく聞きますよ」
しかし克典はふふん、と笑い店のテーブルにどっかと腰掛けた。
「いや、お前らの物差しで裁かれはしない。ダークキッドを充分に裁ききれなかったお前らなんぞにはな。
……じゃあな容子、多田くん
巻き込んですまなかったな」
そう言うと克典は崩れるように地面へと倒れ込んだ。
太田は慌てて倒れた克典に駆け寄る。
脈はすでになく顔は青白い。
微かにアーモンド臭がするので青酸カリを服用したのだろう。
太田は歯噛みしながら地面を拳で叩く。
「……クソッ! 自決用の毒か⁈」
警察が続々と入り始める店内に残された2人の悲鳴が木霊した。
「あなたっ‼︎」
「克典さんっ⁉︎」




