葉桜のあとに (了)
警視庁の取調べ室では女性のボソボソとした供述の合間に嗚咽が混じる。
事件は終わった……
毒をあおった畑中克典は急いで病院に運ばれたが結局息を引き取り、夫妻が4人を拷問し、解体した精肉工場の廃墟も店の近所で見つかり完全に事件は解決したのだ。
太田は急かすことなく涙が止まらない畑中容子の供述を待つ。
「……夫と出会ったのは5年前でした
彼は妹さんを亡くして以来、じっとダークキッドの幹部どもを殺す計画を練り続けており……
そんな彼に協力することを私は決意しました。
昌也くんを巻き込んだことは本当に申し訳ないと思っています」
太田は取調べ室でじっと容子の話に聞き入りメモを取り続ける。
「なるほど、その頃から復讐の計画を練り始めたわけか」
涙を拭い容子は訥々と話を続ける。
「はい、その通りです。夫は常日頃から言っていました。自分は依然苦しんでいるというのにダークキッドの幹部たちはのうのうと暮らしていることが憎くて憎くて仕方なく4人ともが今回と同じような入れ替わりトリックを用いて殺害しました…… ですが夫の言った通り従業員たちは多田くん以外は殺人事件の事については無関係なのです。どうかその辺はご理解ください」
犯人の拉致、拷問、殺害、遺体放置などは畑中夫妻が行いアリバイを多田昌也やバイトがサポートしたと見られる。
しかし、バイトの者は殺人事件に利用されていたことを知らないが、多田昌也は事件の全容を知っていて手伝ったので殺害に関わっていないとはいえ、有罪は免れないだろう。
太田は無表情のまま頷く。
「……ええわかってますよ さてなぜお客が入れ替わりについて気づかなかったか?
それは普段から時々畑中夫妻と多田くん、磯山さんや背格好の似た従業員と入れ替わっていたからですね。
いや、背格好の似た者を従業員として雇い入れていたと言ってもいい」
申し訳なさそうに目を伏せ震える声で容子は自供を続ける。
「……その通りです あなたの言う通り普段から夫や私の口調を真似するコンテストというものを開いて慣らしていました。ちょっとした賞金までつけてみんなおふざけとして楽しんでくれていました。結果として事件の片棒を担がせることになってしまって申し訳ない……」
とりわけ強い視線で太田は容子を睨め据えた。
「あなた達の最大の罪は何も知らない従業員を殺人事件に巻き込んだことです。しっかり反省してください」
はらり、と涙を溢すと容子は目を閉じ悔悟の念を口にした。
「……申し訳ありませんでした」
数日後、太田はしかめ面をした年配の刑事の机の前でじっと返事を待つ。
辞表と書かれたそれを読み終えると太田の上司らしきその刑事はため息をついた。
「……警察を辞めるのか?」
「はい、警視。私には刑事は向いていません」
被疑者の1人、畑中克典をみすみす目の前で死なせ、違法な手段で犯人たちを罠に嵌めた。
今回の件で疲れ、責任を感じた太田は警察を辞めるつもりでいた。
表情を消した太田のよれたシャツを睨みつけながら警視は強い口調で言った。
「バカ言え。お前が向いていなければ誰が向いているというんだ。ひと月有給をやるから考え直せ。辞表は私が預かっておく」
そう言って辞表を机にしまう警視を見つめ太田は何も言えずそこに佇んだ。
「……警視」
フン、と鼻を鳴らし警視は太田を手で追い払うように追い立てる。
「さあ行け。忙しいんだ。辞表を破り捨てないだけマシだと思え」
机の上を整理し帰宅しようとする太田を呼び止める声があり振り向く。
「太田警部」
「小林くん……」
小林の服はいつ見てもパリッとしている。
同じくらいの仕事量なのにいつきっちりとクリーニングに出しているのだろうと考えていると小林はにこやかに話しかけてくる。
「辞めさせてもらえなかったでしょう? 警察は万年人手不足ですから」
無表情な彼女の表情が今日はどことなく優しげであった。
よれたシャツを気にしながら太田はため息をつく。
「まあしばらくゆっくり休ませてもらうよ。私は疲れた」
小林はクスリと笑いながら太田を労った。
「ゆっくり休んでください。シャツはクリーニングに出した方がいいですよ。お土産も期待してますよ」
「……ああ おつかれさま」
太田は欠伸をしながら警視庁を出る。
もう5月だというのにまだ肌寒い。
今年はもちろん花見をする暇もなかった。
事件解決以来、紅桜連続殺人事件とマスコミに称されたこの殺人事件はトップニュースとなり、連日報道された。
とりわけ畑中克典によるダークキッドへの怨嗟の念をしたためたノートが公開され全国に反響を呼んだ。
そして畑中夫妻や多田昌也には同情の念が集まり、ダークキッドのリーダーである川島英明や国会議員であるその父親へとその非難の矛先が向かっているようだ。
近々、議員である父親は汚職、川島英明は違法薬物の所持で逮捕されると見られている。
大きく伸びをしながら事件から解放された太田は通りかかった公園を見つめる。
葉桜を見ながら来年こそは花見をしたいものだ、と心に誓い太田は家路を急いだ。




