招かれざる客
太田が多田昌也を揺さぶってから数日後。
「はなや」の夜のバーが終わり後片付けが済むと午前4時前後になる。
そんな時間に多田昌也は身振り手振りで先日の太田という刑事の脅威を畑中夫妻に訴えた。
「やばいですよ、克典さん! あの太田とかいう刑事俺たちのトリックに勘づいてます! 逃げたほうがいいんじゃないですか?」
昌也の話によると太田は驚くべきことに事件の核心に近づきつつあるようだ。
しかしそんな話を聞いても克典は落ち着いた様子で机に腰掛け煙草に火をつけた。
「バカ言うな昌也くん。ここまで来て引返せるか。あと1人…… あと1人なんだ。奴にはたっぷり恐怖して死んでもらいたい」
横に座った容子も同様に落ち着いた様子で多田を嗜めた。
「大丈夫よ、昌也くん。あのトリックに何の証拠があるっていうの? あんなヘボ刑事には解決出来っこないわ」
「容子さん……」
多田昌也はまだ不安そうな様子であったが納得したのか夫妻に頷く。
紫煙を燻らせながら克典は頭で計画を整理しながら訥々と2人に語りかける。
「まあ、こうなった以上川島は数日中に殺しに行く。あと一年間慄きながら過ごしてもらいたかったが仕方ない。予定を早めよう」
容子は頷き、後を引き継ぐように昌也に微笑みかける。
「それから海外にでも逃げましょう。これで私たちの復讐は完了よ昌也くん。巻き込んでしまってごめんなさいね……」
そこまで言われては昌也も腹を括るしかない。
彼もそんな2人に同意した。
「……いえ、そんなこと言わないでください 海外でやり直しましょう」
その時店先のシャッターを叩く音が聞こえた。
昌也は思わずビクッと一瞬身構える。
舌打ちしながら克典は煙草の火を灰皿で揉み消し腰を上げる。
「……なんだこんな時間に」
監視カメラのモニターを見ると角刈りで四角い眼鏡の見知らぬ男がじっとカメラを見上げていた。
訝しみながら克典はため息をつく。
「風体の良くない男だな…… しつこそうな奴だ。放っておいてもいいが仕方ない。話を聞いてやろう」
克典は非常識な時間にやってきた怪しい男をやむなく招き入れることにした。
シャッターを開け男を通してやると勧めてもいないのに男は椅子の一つにどっかと腰掛ける。
「よお、こんな時間に悪いなあ。俺は牛川ファイナンスの牛川トオルってモンだ」
太々しい様子のその男を不審に思いながら克典は先を促す。
「はあ、金融業の方が何の御用で?」
「随分と儲かってるみてえだなあ、俺も金貸しを廃業したらアンタにあやかってみるか」
内心で苛立ちながら克典は牛川の蛇のような目をじっと見つめる。
「本題を手短にお願いします。うちはお金を借りた覚えなんてないですけど」
邪悪な笑みを浮かべながら牛川は馬鹿にするように肩をすくめ3人を見回した。
「ククク…… そう邪険にするなよ
アンタらのとこに磯山奈々って女が働いてるな? 俺はそいつに用事があってきた」
……磯山奈々
引っ込み思案な女性ではなやにとって、夫妻にとっても大事な従業員である。
克典は牛川の爬虫類のような目を睨めつける。
「彼女に何の用でしょうか?」
ますます態度を悪くしながら牛川は足を組み無遠慮にも煙草に火をつけた。
「金貸しがこんな時間にこんな辺鄙なとこまでわざわざ来てんだ。用件なんざ1つしかねーだろ? 俺は磯山の借金を取り立てに来たんだよ。こいつは一年前に俺の監視の目を掻い潜って逃げやがった。実家や奴の立ち入りそうなところはしらみ潰しに探したが見つからねえ。しかし、こんなところで働いてやがるとはな。都内とは目と鼻の先じゃねーか」
磯山が借金をしているという話は聞いたことがある。
しかし、こんな辺鄙な街までわざわざ娘1人に取り立てにやってくるその精神性に克典たちは反吐の出る思いがした。
燻る紫煙を忌々しそうに見つめながら克典は小さく頷く。
「なるほど。お話はわかりました。しかしいささか乱暴な話じゃないですかね。磯山さんは元彼氏の借金の保証人になって大きな借金を背負わされたと聞いてます。 ……どうして彼女本人ではなくウチへ?」
ふん、と鼻を鳴らし牛川はつまらなそうに白い輪っかを吐き出す。
「その元彼とやらは海外に飛びやがった。そして磯山のヤサまではわからなかったからだよ。それに人のいいというお前らなら磯山の借金を肩代わりまでしてくれるんじゃないかと思ってな。 ……どうだ? 俺の読みは外れたか?」
忌々しさを隠しながら克典は話の先を促した。
「……磯山さんの借金はいかほどで?」
牛川はにやっと笑いながら懐から書類を取り出し机に置いた。
「ざっと利子もついて226万だ。端数は負けといてやるよ」
克典は書類を手に取りじっと見る。
どうやら磯山の借金は間違いないようだ。
仕方ない、といった感じで克典は席を立ち上がった。
「分かりました。しばらくここでお待ちください」
「へへっ、話が早くて助かるぜ。しかしかわいい従業員のためとはいえ太っ腹だなあ店長」
満足そうに紫煙を吐き出す牛川を忌々しく睨みながら容子は言った。
「……一応店長は私です」
「そうか、まあ細かいことは気にすんな。でもなあ人がいいのもほどほどにしとかねえと破滅するぜおたくら」
その時、嘲るような笑みを浮かべる牛川の首筋にゆっくりと腕が伸ばされた。
「いいえ、余計なお世話ですよ」
「……ん? あ……」
腕ががっちり牛川の首に回され急激に締め上げられるとくぐもった声を出しやがてブラックアウトした。




