「バカンスは爆発だ」
青い空、白い入道雲、その下に広がるのはエメラルドブルーの海、ビーチであった。真夏の太陽に照らされて、俺は1人、呆然と立ち尽くしていた。
「ここ……プライベートビーチってやつか」
俺は本当に1人、呆然と立ち尽くすしかなかった。振り返ると、豪邸がそびえ立っている。信じられない事に、これから数日、俺はあそこで寝泊まりするらしい。
「どう、シン。クロイツ家の別荘は?」
招待主のノエルがやって来る。黒い水着姿で。
思わず目を背けてしまう。何だよ、あれは。両脇が網目状になっていて、ただでさえよく見えるノエルの白い肌が、より一層見えてしまうじゃないか。被っている麦わら帽子が妙に似合っているのもまた困るんだけど。
「どうかしたの?」
「ノエル様、シン様は見惚れているのだと思いますよ?」
「見惚れる……こ、この私に……っ!?」
ようやく気付いたらしい。ノエルは顔を耳まで真っ赤にすると、体を抱き締めるようにしてしゃがみ込んでしまう。
シャノンの方を見ると、この炎天下にメイド服であった。そういえば侍女だったっけ。普段なら直視できない素敵な服装だけど、今に限っては、布が多いというだけでオアシスだ。
「シーン! お待たせ―!」
最後に走って来たのはネイだった。これはまた凄い。ビキニだ。白いビキニ。健康的なあちこちが、これでもかと露出されている。
「ネイ、遅かったな」
これに対して、俺は特に何も感じないようだ。普通に接する事ができる。
「えへへー、どうかな、シン? 僕の水着姿はー?」
くるりと一回転される。尻に食い込んでいるのがはっきり見えた。
「あぁ、良いんじゃないか?」
これでも俺は冷静だった。仕方なかろう。ネイに関して言えば、何度となく裸を見ている。いや、やましい意味じゃなくて、見せ付けられるんだもん。最低限とはいえ、大事な所が隠れているだけで十分だ。
「あー、シンってば鼻血出てるー」
冷静に振舞ってみたけど、やっぱり駄目だった。それは刺激的過ぎるでしょ、ネイさん。もっと布地の多い服に、そう、いっそ服を着て来いっての。
「そ、それよりも、だ。ノエル、本当にいいのか?」
「え? え……えぇ、勿論。乙女に二言はないわ」
そういえば、どうしてここに俺たちはいるのかというと、ノエルの提案だった。上級ヒールの魔力量の調整となると、どんなトラブルが起こるか分からない。学校に迷惑をかけないように、プライベートな敷地に行こう、と。
これに同意して、俺たちは連れて来られたのだった。
「じゃ……じゃあ、早速……」
どこを見ても素敵世界が広がっていて、集中できる気がしない。しかも炎天下。ビーチの上でノートを広げる俺の身にもなってみろ。死にたくなってくる。
「ねー、シン。僕ねー、砂浜ダッシュっていうのをやりたいなー」
「あ……あぁ、好きにすればいいんじゃないか?」
「やったー! じゃあ、ちょっと走って来るねー!」
ネイは凄いな。こんな遊びたくなる空間でも鍛錬が第一か。負けていられない。俺もノートを開いて、早速、調整に取り掛かろう。
ただ、今回は闇雲な調整ではない。きちんと、俺なりに準備をして来ている。
「ノエル、お願いできるか?」
「えぇ、分かったわ。ファイア・アロー発動!」
明後日の方向へ魔法を使ってくれるノエルに対して、俺もまた魔法をかける。
「マナ・エッセンス発動」
これはライフ・エッセンスの亜種。魔力量を見るための魔法だ。同じようにゲージになって表示されて、魔法を使う度に減少するのが分かるようになる。
ただ、問題はノエルの才能だ。魔力量が多く、ファイア・アローを何度か使った程度では減ったかどうかも分からない。ゲージを拡大表示してみる。それでも分からない。
勿論、この場合も想定済みだ。ファイア・アローを何発使えば目視できるくらい減るのか覚えておけばいい。結果、約0.5%減るのに15回であった。これを最小単位として覚えておこう。
「次はインフェルノを頼む!」
この真夏の海でインフェルノなんて狂気の沙汰に思えるけど、こっちは真剣だ。海辺で何が起ころうと気にせず、魔力のゲージを注視する。流石に上級魔法か。たった1回で1%程度減った。
ここから計算すると、ファイア・アロー30発でインフェルノ1発と同程度の魔力を使用する事になる。30対1が、魔法式から抜き出せるそれぞれの数値の比率になる。
これを参考にしてみよう。ファイア・アローが1、インフェルノが30の魔力を使うとする。この場合、余分な数字は0だけではない。あの時抜き出したのは、あくまでも両方共に含まれない部分だけ。でもファイア・アロー、インフェルノ共に先頭は1だった。ここから言えることはひとつ。魔力量の設定は10進数ではないのだ。
では何進法なのだろう。この30対1が正しいとして、先頭が1、かつ30対1の条件を満たせるのは16進数から19進数までかな。15進数だと30は20、20進数だと19と表示される。ここから絞り込むには他の魔法で比べてみるのが手っ取り早いか。
「ノエル、今度はファイア・アローとフレイム・フィールドとで比べたい。お願いできるか?」
「えぇ、お任せあれ」
バカスカ撃って貰った結果、微妙な結果だ。じっと観察しつつ計算しつつ何とか調べると、ファイア・アロー35発に対してフレイム・フィールドは2発といったところ。大体17対1か18対1になる。
魔法式を見ると、フレイム・フィールドに設定されている魔力量は数字で表されている。そして先頭の数字は1だ。これで候補は絞られる。16進数か17進数である。どちらかというと16進数の方があり得るだろう。
仮に16進数と仮定して考えてみる。ヒールの威力のところは文字だった。文字。くどいようだけど、繰り返そう。魔法式では16進数を使う。そうなると、これは式の一部ではなくヒールを使う魔力量の最小単位なのかもしれない。つまり、ファイア・アローと比較すると消費魔力は最低でも11倍、最高で16倍ということに。
落ち着け。少し驚いたけど、今は上級ヒールを完成させる事が目標だ。11~16倍の範囲で考えてみる。それぞれの数字を当てはめた魔法式を作る。
「よし、ノエル。順番に試していくから、しっかり見てくれ」
11倍、外れ。12倍、成功。凄まじいヒールがかかったようだ。怪我はしていないけど、体中に力がみなぎる感覚がある。
「成功したの?」
「あぁ、成功だ! 上級ヒールが完成した! でもなぁ……」
その回復量、通常のヒールの30倍。オーバースペックだな。この3割くらいで抑えるとしよう。威力、魔力のところを弄る。
そうだ、インフェルノを分析していた時に、魔力量の後に文字が付いていて、これが式なのではないかと予想した。あれは外れだ。文字は数字の一部だったのだから。
つまり威力と魔力量は自在に設定できるということ。ほら、3割くらいの数値にしても成功。怪我をしていないからライフ・エッセンスで見ても回復量は分からないけど、発動したという事は、設定した威力が出ているという事だ。
「……あれ、これってひょっとして」
威力、魔力量に変数を当てれば狙った回復量を出せるという事ではないか。凄い。これで体力回復の問題は解決したな。ノートに一文書き足して、これで上級というか、可変量ヒールが完成だ。
「ふー……我ながら、凄い魔法を作ったものだなぁ」
「えっと、何がどう凄いのよ? いえ、何となく凄いのは分かるけど」
なんだ、ノエルは分かっていないのか。
その瞬間、少し悪戯心が芽生えてしまう。ファイア・アローでいいか。この威力を10進数で100倍に、魔力も100倍に設定して魔法式を調整する。
「百聞は一見に如かず。俺の発見を埋め込んだ魔法式だ。変わったファイア・アローが飛び出すから、使ってみてくれ。魔力量はこれくらいだ」
「へぇ、それは興味深いわね……って、こんなに? まぁ、いいわ、試してみる」
シャノンへ目配せすると、キョトンとした顔から一変。何かを察したのか、そそくさとノエルの後方へと回り込んだ。
「起動式はマーリン式……へぇ、少し弄ってあるだけなのね。さて、どれほどのものか……」
ノエルが魔法陣を展開し、魔法式を入力し、照準を荒れまくったビーチに向ける。そして放つ。100倍の威力を誇るファイア・アローを。
「ファイア・アロー発動……って、え?」
それは「矢」などという生易しいものではなかった。言うなれば「メテオ」である。隕石のように巨大な火の塊がビーチに直撃。大地を揺らし、砂は飛び散り、熱風が吹き荒れる。終わってみると、直径3mはあるクレーターが形成されていた。
はっきり言おう。やり過ぎた。予想以上である。
「な、ななな、何なのよ、これは!?」
損害賠償か。はたまた穴を埋め立てる強制労働か。いずれにしても、この悲惨な戦場跡をどうにかさせられるだろう。そう覚悟したのに、なぜか、ノエルの目はキラキラしていた。
「貴方、何をしたのよ!? 言いなさい、正直に! さぁ、さぁっ!」
「え、えーと、その、威力を100倍にしてみた」
「どうやって!? いえ、これが貴方の発見という訳ね! 凄いじゃないの、シン!」
「あの、シャノン様……」
「今は大切な話をしているのよ! 下がりなさい!」
あのシャノンすら押し退けて、ノエルは鼻を鳴らして興奮しながら詰め寄って来る。近い。こっちが赤面してしまう。
どうしよう。こんなに我を忘れるノエルを見たのは初めてだ。こうなったらネイ、あ。
ネイはどうなったのだろう。砂浜ダッシュをしていたよな。恐る恐るビーチを見てみる。うん、誰もいない。
「凄かったねー、ノエル」
腕を取られた。心臓が止まるかと思った。恐る恐る見ると、足は付いている。化けて出た訳ではないらしい。
「ネイ! 貴女も! 今は大切な話の最中なのよ!?」
「僕だってあるよー。無事生還したんだからさー。ねー、シン?」
「は……はい!」
集中したら周りが見えなくなるのは、どうやら俺もだったらしい。この後、こっぴどく怒られたのは言うまでもない。




