「天使の先輩」
どうしてこうなった。
よく分からないままに、棒を両手で握り、目隠しをして、10回くるくると回って、さぁ、出発。いざ行かん。あれを叩き割りに。
「シーン! いけいけー!」
「シン! そっちじゃないわよ!」
「いえいえ、シン様。そのまま直進です」
何だろう、これは。とりあえず振り下ろして、うん、砂浜を殴った感触がある。外れたらしい。
「次は僕の番だよー!」
装備一式をネイに渡して、見守る。同じように回って、さぁ、出発。明後日の方向へと進み、具体的には俺の目の前にやって来て、棒を放り投げると抱き着いてきた。
「ね、ネイ! な、なにに、何をしているのですか!?」
「これがバカップルというやつですね」
外野2人に色々言われる。結局、スイカは割れなかった。
次にやったのはビーチフラッグだ。クレーターのできた砂浜を走るという、まるで戦争のワンシーンのような絵面である。
「負けないわよ、ネイ!」
「ふふーん、僕の足に勝てるかなー?」
シャノンがピストルを用意して、上に向けて放つ。スタート。一斉に起き上がり、走り出す。並ばない。追い付く事はない。なぜなら逆走しているから、ネイが。
「シーン!」
ノエルは旗を、ネイは俺をゲットして、試合終了。
俺はもみくちゃにされる。色々と柔らかいものを押し当てられて。
「な、何をしているのよっ!?」
「あらあら、これが愛の逃避行ですね」
「えへへー、楽しいね、シン?」
同意できません。
それからビーチバレーや砂山作りといったオードソックスな遊びを続け、その度に俺はネイに飛び付かれて、ノエルが顔を真っ赤にし、シャノンがニヤニヤする。そんな不毛なやり取りが続いた。
本当に、どうしてこうなった。そんな感想を先輩に伝える。
あぁ、言い忘れていた。俺はあの後、ビーチで散々遊びに付き合わされて、黒く焼けて帰って来た。そこに先輩と出くわしたのである。
「楽しそうで何よりだね」
「いえ、大変でしたよ」
ここは第一図書館。しかも地下2階。ほぼ貸し切りスペースなのだが、今はネイやノエルたちがいないから、たった2人だけの空間である。
何をしに集まったのかというと、別にビーチでの痴情を報告する為ではない。久し振りに支援魔法について話を聞きたいと言われたからだ。その前に肌が焼けている事を指摘されて答えただけである。
「ところで、シン君。カウンター・セット・マジックだっけ? あれを教えて欲しいんだ」
「あぁ、あれですか」
「感動したんだ。支援魔法ってあんなにも凄いんだって」
どうやら、ノエルが魔法士としての矜持を見せ付けた時のように、支援魔法に興味を持つ人が出始めているらしい。あくまでも噂だけど。でも、少なくとも今、目の前にいる先輩は一層興味を持ってくれたようだ。
ただ、問題がある。カウンター式、セット式はどちらも起動式。支援魔法に限らず、攻撃魔法にも使える。その辺をごちゃ混ぜにされている気がしてならない。
「その前にひとつ、いいですか?」
一応、その事を説明しておく。
「そっか、確かに勘違いしていたかも。ごめんね、シン君」
「いえ、別に怒るつもりはありませんから」
ただ、言いながら自分でも気付く。俺は魔法について理解を深めているだけで、支援魔法そのものに関しては未熟過ぎる、と。その証拠に起動式で誤魔化したヒールを使い、ヒール自体の威力を高めるという方向に走っている。もっと支援する内容自体を増やしていきたいな。
それはまた今度の話。今は先輩に支援魔法について説明しないと。あ、いや、求められているのは起動式の方だったか。少し複雑だけど誠心誠意答えよう。
「まず、起動式についてはご存知ですか?」
「うん、マーリン式を使っているよ」
「他には何か?」
「ううん、他には何も。こうしてみると、シン君がどんどん遠くへ行っちゃうなぁって思うよ」
「ご冗談を。俺からすれば、先輩の方が遥か遠くにいますよ」
マーリン式しか知らないか。まぁ、無理もない。今でこそ魔法の威力調整まで出来るようになったけど、魔法士だった頃は「この魔法を使うために、このコードを覚えなくては!」という心構えだったからな。周りの皆もそうで、起動式に目を付けている奴なんてそうそういないだろう。
そうなると魔法式の構成から話した方がいいのかもしれない。何度か説明しているけど、自分自身の確認の意味も込めて。
「そうですね、では順を追って話しますね。まず起動式っていうのは、その後に続くコード、対象の選択、魔力量の決定といった流れを開始する重要な部分です。そのため、余り手をかけようとされる人がいない個所と言われています」
「うん、それは覚えているよ。だからマーリン式しか使わない生徒が多いんでしょ?」
「はい。勿論、これは弄る側の立場の話。ただ使うだけなら、起動式そのものを覚えておくだけで十分です。ただ……」
問題はある。魔法式は魔法陣へ入力して初めて意味を成す。誰がどうやるかといえば、魔法士が頭に浮かべて、念じるようなイメージで行う。このとき、魔法士の多くはコードを一生懸命に見て、起動式には気が回らない、というより回さない。なぜならマーリン式で慣れてしまっているからだ。そこに別の起動式を持って来てみろ。エラーを出して魔法は不発、その隙が命取りになる事もある。
俺が魔法そのものへの理解を深めたのは、こういう理由もある。理解しているなら間違えるはずがない、と。全てはプリシア先生の厳しい教えだ。そのお陰で、ノエルとの戦いにおいてもミスする事なく魔法を使えた。
「ただ……どうかした?」
「いえ。先輩のような優秀な方に言っていいのか分かりませんが、誤解を覚悟の上で言えば、別の起動式を覚えると魔法が下手になる可能性があります」
その理由を説明すると、先輩は、表情はそのままに少しだけ唸り声を上げた。
「なるほど、あり得るね。私の支援魔法は付け焼刃だし、何より本当は前衛職。白兵戦をこなしつつ起動式まで、となると確かに厳しいかも」
「そ……そこまで考えるとは。流石は先輩です」
「困ったね。カンター・セット・マジックがあれば、ヒールもアイテムも間に合わない場面も何とかなるかもって思ったんだけど」
なるほど、俺がネイにいの一番にかけたい気持ちと同じか。前衛は何をされるか分からない。予想外の攻撃で深手を負って、そのまま殺される恐れもある。
何かいい手は無いものかと考えていると、先輩は一冊の本を取り出した。
「ねぇ、シン君はパッシブ・スキルを習得した事はある?」
「いえ、ありません」
パッシブ・スキルとは、所持しているだけで常に効果が発動し続けるスキルだ。ミノタウロスのオート・ヒールもこれに当たる。
正直に言うと、喉から手が出る程に欲しいスキルである。大体が名のある名家に代々伝わるものであったり、特別優秀な成績を修めた生徒しか習得できなかったりするから。
「これさ、教導で貰ったんだ。名前は速攻布陣。戦闘開始時に、セットしてある魔法が自動的に、しかもノータイムで使えるようになるんだって」
「す、凄いですね。それがあればこの問題が解決しちゃうじゃないですか」
「うん。だからね、シン君も読んでみない?」
あれ、聞き間違いか。でもじっと先輩を見ると、ズイと差し出される。
「たまには私からもお礼させて。教えて貰ってばかりじゃ悪いから」
「え……い、良いんですか!?」
「うん。一緒に強くなろう?」
先輩は神か仏か、いや天使か。こんな素敵なパッシブ・スキルを俺にも習得させてくれるなんて。
「あ、ありがとうございます!」
遠慮なく受け取り、中身を見る。読むのではなく、見る。なぜならパッシブ・スキルは、描かれている魔法陣を見る事で習得できるからだ。
体に力が満ちていくのが分かる。これが「速攻布陣」、戦闘開始時にセットしておいた魔法を自動で即時発動してくれるスキルか。
「そんなに喜んでくれるなんて、私も嬉しいな」
「あぁ、すみません。感動してばかりいないで、カウンター式とセット式の話をしますね」
「はい、よろしくお願いね、先生」
「だから、先生なんて畏れ多いですから」
こうして、俺は先輩にお礼として起動式について説明したのだった。でも生憎と身が入った気がしない。パッシブ・スキルに有頂天になっていたのだろう。後で申し訳ありませんと謝りに行ったのは、また別の話。




