「更なる高みへ」
規則的な金属の擦れる音がする。ここは図書館だ。空気を読めない工事でもしているのだろうか、と普通なら思えるだろう。
「……ふぅ、2セット目、終わり」
犯人はネイだった。バーベルを持ち込んでスクワットをしている。滲み出る汗の量は凄まじく、次々と頬を伝って、顎から滴り落ちている。
目に余る光景だ。何度も言うが、ここは図書館。静かに読書したり、勉強したりする生徒たちが多いはず。
「あのさ、やっぱり……」
「何を言っているのよ。公認のカップルになったのよ? むしろ一緒にいるべきじゃない」
「そうですよ、慰み者になって下さい」
「そうそう、寂しい私の……って、シャノン!」
「あら、ごめんなさい。つい昨夜の大人向けドラマのセリフが被ってしまいました」
これを後押ししているのは、何とノエルであった。クロイツ家の力を使って、第一図書館の地下2階に限り、筋トレを認めるという謎のルールを認めさせたのだ。
ひとつだけ訂正しよう。静かに読書したり、勉強したりする生徒が多いと言ったが、あれは嘘だ。この地下2階に限り、他に生徒はいなくなった。事ある毎にネイが抱き着いて来たり、ノエルが顔を赤くしたり、シャノンが盛り上げたりと、それはもう酷い状況だったからな。加えて、わざわざ図書館で筋トレをする素敵な人はいないようで、ほぼプライベート空間と化していた。
あの決闘から1週間。前のような陰口は叩かれないようになったけど、これじゃあ別件でヒソヒソされるだろう。まだまだ厳しい学校生活が続きそうだ。
「と、とにかく、方向性は違えど魔法は魔法よ。その、負けはしたけど、完全な敗北を認めたつもりはないんだから」
「後ですね、これまで通り一緒に勉強したいとノエル様は言いたいのですよ」
「そう、私は貴方とずっと……って、シャノン!」
「まぁ、これは照れ隠しですから。ねぇ、ノエル様?」
「う……うぅ……シン! どうなのよ!?」
それは何を聞きたくての問いかけなのか。そんな涙目で睨まれる覚えはないんだけど。
「まぁ、俺としては有難いよ。ノエルがいると心強いし」
「おぉ、聞きました、ノエル様? これはワンチャン残っているのでは?」
「馬鹿な事を言わないの! シンには……その、悔しいけどネイの方が合ってる。それは認めなくちゃいけないわ」
「大人ですね、ノエル様」
「そんなしみじみと言わないでくれる?」
何はともあれ、俺たちの仲は元に戻った。心から有難い。ノエルと一緒にあれこれと議論して、新しい発見をしたのは一度や二度ではなかったからな。支援魔法士になって、ネイと一緒になってからはどうなる事かと思ったけど、本当に良かった。ネイがすぐ側で筋トレするのを認めるのはやり過ぎな気がするけど。
「ところで、ネイってば何も反応しないのね」
ノエルが不思議そうに、まじまじとネイの様子を見始める。しかし、これにもネイは一切反応せず、黙々とスクワットを繰り返す。
「あぁ、ネイの集中力は凄まじいからな。区切りが付くまで会話はできないと思ってくれ」
「そ……それは中々。でもどうしてそんなに?」
「俺も詳しくは知らないけど、誰にでも誇れる強い人になりたいって言っていたな」
「……そう。志は同じという訳ね」
そうか、考えてみれば2人は似ている。ノエルもまた、魔法士ノエルとして認めて貰えるようにと必死になって勉強していたからな。誰にでも誇れる強い人になる。その信念は同じと言っていい。
「似た者同士、仲良くして下さいね、ノエル様?」
「そうね、職自体が全く違うけど良いライバルになれそう」
ライバルか。そうだな。俺もネイに負けないようにと頑張っているし、ノエルもそうなってしまうのだろう。
ところで話も区切りが付いたし、俺はコードの改良作業に戻る事にする。
あの決闘を思い出す。何とかヒールが間に合ったものの、それはノエルたちが俺を狙い撃ちしなかったからだ。実践となるとそうはいかない。立ち止まって魔法を使っている魔法士なんてイイ的だ。俺とネイ、2人分のヒールが必要になるだろうが、きっとダメージレースで負けてしまう。
そこでヒールのコードを改良しようという訳だ。具体的には、回復量をアップさせたい。デュアル式は消費魔力量が多過ぎるからな。あれはあくまでも奥の手だ。
「それにしても、コードの改良ね。攻撃魔法じゃ考えた事もなかったわ」
ノエルはファイア・アローにフレイム・フィールド、インフェルノといった多様な火属性魔法を使っていた。だが基本はファイア・アローで、どれもコードを改良しているに違いない。そう仮説を立てて、協力を仰いでいるのである。
「まぁ、支援魔法は廃れているからな。むしろヒールのコードが残っていただけでも有難いよ」
「それはそうだけどね、まさかここまで酷いとは思わなかったわ」
「まったくです。聖グリモワール大学など名前だけですね、と声を大にして言いたかったですよ」
この仮説検証の前、ノエルとシャノンは文献探しを手伝ってくれた。約半日かけた結果、目ぼしい本は皆無。そうして今に繋がっているのだ。
「無いものねだりしても始まらない。さぁ、改良作業だ」
「相変わらずこういう時は前向きね、貴方。まぁ、そういうところが……」
「今は茶化しませんよ? ノエル様とて、この考え方を習得すれば更に高みへ至れるんですから」
「わ、わかっているわよ」
ファイア・アローとインフェルノの魔法式を見せて貰って、見比べる。どちらも起動式はマーリン式、対象の選択と魔力量の調整を取り除いて、残った部分、コードを抜き出す。そこから火属性という部分を除けて、作用の部分だけにする。
ここから更に細かく分析する。攻撃魔法は対象を押し潰すような働きを持つ。この枠組みは下級、上級魔法共に同じ。ここも消して残った部分を比較する。
「へぇ、ここまで細分化できるものなのね」
「あぁ、プリシア先生から教わったからな。コードは式の最小単位じゃないって。実際、ディレイ式の起動式には攻撃魔法特有の作用が組み込まれていたんだぞ?」
「そ、そうなの? 奥が深いわね」
まず、ファイア・アローは火の矢を飛ばす魔法。一方で、インフェルノは巨大な火の玉で敵を焼き尽くす魔法だ。この共通点は、生成した魔法を外部から対象に向けて放つ、もしくは押し付けるという事。この点は既に排除している。他に、火属性攻撃魔法という点で共通する箇所は無いだろうか。
残った式を見ると、流石にここまでくればどちらも似ている。インフェルノは上級魔法だから、多少文字列が多いくらいだ。
待てよ。ファイア・アローと同じ文字列をインフェルノから取り除いてみる。残ったのは3つ。文字と数字の塊が2つ。ひとつは全く異なる塊、もうひとつは先頭だけが同じでそこから続いていた。そして3つ目が全く異なる文字列。最後のひとつは魔法の形的なものを決める部分だろう。注目するのは文字と数字が混在した方だ。
閃く。この数字、ひょっとしてあれか。ファイア・アローを1と、インフェルノを10として、1を除けば0が残ったような状態なのか。その後ろに文字があるのは、式で囲っているからなのかもしれない。
「あのさ、ノエル。インフェルノって広域魔法じゃないよな?」
「そうね、あくまでも狙うのは単一の地点よ」
「それはファイア・アローも同じだよな?」
「そうだけど……何か気付いたの?」
「ごめん、ちょっと待って」
魔法式自体を思い出せ。魔法は起動式、コード、対象の選択、そして魔力量の決定の流れがある。では、この対象の選択と魔力量の決定という部分だが、どういう原理で決まっているのだろう。
例えばファイア・アロー。ここで、例えば対象をノエルとシャノンとする。または、魔力量をインフェルノ並みに設定する。すると、魔法式はエラーを出して強制的に終了してしまう。これは一体なぜか。
その答えこそ、この残された数字の塊ではないのか。コードで設定された威力、範囲に合わせて対象とできるもの、また必要とする魔力量が決まっているから、後に続くところで違うものを設定するとエラーを出すのではないのか。
しかし、ファイア・アローのコードの数値を勝手に弄っただけでインフェルノにはなるまい。規模や威力はいいだろう。でも魔法自体のランクを上げるとなると、それに対応する文字列を入れて修正した上で数値を入れるのではないだろうか。そのランクアップに使われる式こそ、この魔力量の末尾の文字である可能性がある。
ノートを出して魔法式を書き出してみる。ファイア・アロー、インフェルノ共に対象は単体。ヒールもまた、地点の設定ではなく対象者を決める必要はあるものの、その点については似たようなもの。つまり、数字と文字を同じように繋ぎ合わせるとヒールの上級魔法が出来上がるのではないだろうか。威力と思われる塊をインフェルノと同じに、かつ求められる魔力量は、倍率的な数字と文字をくっ付けてみる。
「できた、上級ヒールの試作型! 早速、試しに使ってみよう」
俺自身にかけてみる。失敗。エラーを吐いて強制終了してしまった。
「なぁ、ノエル。今の魔法だけど、どこでエラーを出したか分かったか?」
「コードね。具体的にどの部分が駄目だったのかまでは……」
そうか、発想は間違っていなかったと思うんだけど。コードの具体的にどの部分でエラーが出たのか分かればまた違うんだろうな。
待てよ、それは把握できる気がする。エッセンス。これを魔法式自体に当てて、エラーの部分を抽出できれば良いんじゃないか。魔法式は人間よりも情報量が少ない。高速で流れはするものの、網を張っておけばキャッチできる。
よし、設定を魔法式が終了した瞬間として、どこで終わったのか文字列を表示できるような魔法を作り上げる。
「ノエル、頼みがある。この魔法式を忠実に、俺の魔法式に対して使ってくれないか?」
「え、何よ、これ。もしかして、今まさに作った新しい魔法なの?」
「そうだよ。これがあれば、魔法式がどこでエラーを出したのか分かるようになっている」
「貴方っていう人は……本当に嫉妬するくらいの秀才ね。いいわ、やってあげる」
もう一度、さっきの試作上級ヒールを使用する。やはりエラーを出して終わってしまう。
その瞬間、ノエルはペンを走らせる。そういえば何をして欲しいのか言っていなかったけど、どこが駄目だったのか書き記してくれているのだろう。
「はい、この部分が駄目みたいよ」
「ありがとう、助かる」
これは魔力量の部分、それも数値の設定が駄目なだけじゃないか。
そうか、威力は良くて魔力が駄目。これはもう、魔力不足としか考えられない。ヒールとファイア・アローは根本的に違う魔法なのに、俺は魔力量の倍率的な数値まで同じにした。これでは成功するはずがない、という事だろう。
「ふぅ……ここからは繰り返しの作業かな」
「どういう事なのよ?」
ノエルが不思議そうに聞いてくる。そうだった。ここまでの流れを全く説明していなかったな。
「結果だけ言うと、上級ヒールはもうすぐ完成する。でも必要とされる魔力量の設定部分で躓いてさ、こればっかりは必要量を探っていくしかないって訳だよ……って、おい。聞いているのか?」
ポカンとした顔をされる。一体、どうしたというのか。
「え? えぇ、勿論よ。ただ驚いただけ」
「驚いた? どうして?」
「どうしてって……貴方ねぇ。いい? 貴方は今、新しい魔法を作り上げようというのよ? 事と次第によっては学術書を作っているようなものじゃない」
「……あぁ、言われてみれば」
本が無いから学べない。そこで新しい魔法を見つけ出して本にしたら、それはもう言われた通り新たな学術書。図書館に並べられ、支援魔法士がたくさんいたのなら奪い合ってでも読まれるだろう。
「シン様は鈍感ですね、本当に」
「まったくよ……頭が痛くなるわ」
「面目ない……でいいのかな?」
呆れられる中、顔を上げると、まだネイは筋トレに勤しんでいた。負けていられるか。学術書だろうが何だろうが、ネイが頑張っている以上、俺は先へ進むだけ。魔力量の設定の調整に取り掛かろうとした、その時。
「待ちなさい、シン」
ノエルに止められて、とんでもない提案をされたのだった。




