ガラスの国
ごきげんよう、この声が届いた誰かさん。
ここは光彩きらびやかなガラスの国。
そしてわたしは、この国のお姫様。
ひな「ひなっていうの。菱餅にそっくりな形のガラスで、緑と白と桃の三色が綺麗ねってみんなは言ってくださるわ」
どうして、ひなって名前なのかって?
それはね、雛祭りにちなんでのことよ。
ひな「雛祭りは女の子だけの特別なお祭り。その日に食べるのが菱餅で、それに似ているから、雛祭りからとって、ひなって名前なの」
緑は若葉、白は雪、桃はお花。
ひな「今は小さな雛花でも、いつか大変なことも乗り越えて大きく立派になってね。わたしの名前には、そんな意味もこめられているのよ」
でも……。
ひな「大きくならないの」
どうしてかって?
ひな「それはわたしがガラスだからよ。さっきのお話、ママ的には気持ちのお話だったみたい」
わたしも観光客のみなさんみたいに生々しい体がありましたら……。
ひな「そんなことばかり考えているからかしら。すっかり体が曇っちゃって、みんなは陰でわたしのこと笑ってるの」
お姫様なんてやだわ。
いつだってみんなに見られるもの。
ひな「あら、あれは見ない乗り物ね。大きな白鳥さんかしら。もしかしたら大きなお餅かも、なーんてね」
わたしはテラスに置かれた望遠鏡で町の様子を覗いたわ。
いつも、こうして町の様子を覗いてるの。
ひな「大変、町が粉々だわ」
どうもさっきの乗り物が町を粉々にしちゃったみたい。
たまにあるの、こういう事故。
ひな「でも、町もガラスだから仕方ないわね」
女の子が三人降りてきたわ。
町のみんなと何かお話してる。
ひな「そういえば、明日は雛祭り。そのお誘いかしら」
うーん、違ったみたい。
町のみんなが粉々になっているわ。
ひな「この国のみんなは生まれつき心が弱くて壊れやすいから、きっと、とてもひどいことを言われたのね。なんてことかしら」
あーあー、町を歩きながら次々と粉々にしていく。
だめよーだめだめ。
ひな「どうしましょう」
あ、黒い髪の子がお団子頭の子を叱っているみたい。
ひな「良かった。あの人は優しい人なのね」
隣の赤い髪の子が何かしているわ。
あれは何かしら。
ひな「わたし達は壊れても、そっと、しばらくしたら治るのだけれど、もしかして知らずに直そうとしてくれているの?」
聞いた話ではボンドが一番体に良いとか。
わたしも一度塗られてみたいわ。
ひな「お団子頭のひどい子も直し始めたのかしら。それなら優しい人じゃない。頭にお団子がついているし仲良くなれそう、かな」
あら、どうやら直し終わったみたいね。
でも、あらあら。
ひな「次から次へと町のみんなが彼女達のもとへ集まってゆくわ」
まさか……。
ひな「ボンド!」
やっぱりそうなのね。
ひな「みんな自分達から粉々にされているみたいだし」
わたしもこうしていられないわ。
ひな「ねえ。ばあや」
ばあやは、わたしの見張り役。
勝手に出掛けてバラバラになったらみんなに迷惑がかかるから。
えと、昔の話よ昔の。
ばあや「お出掛けは明日になさってください」
ひな「わかっているわ」
ばあや「では何用でございましょう」
ひな「ばあやの体って傷だらけで、とても曇ってるわね」
ばあや「まあなんてお言葉!」
ふう、ばあやは粉々になられたわ。
ごめんね。どうしても出掛けなきゃいけないの。
ひな「そうそう、ガラスって歩くのも一苦労なのよね」
お城は防傷ガラスで出来ていて傷すらつかないほど頑丈なの。
でも。
ひな「そおれ!」
わたしはもっと頑丈。
壁なんてイチコロなんだから。
ひな「これでエレベーターまで近道できたわ」
このお城は水を利用したエレベーターを使っているのだけれど、他所では珍しいことなんですって。
ひな「他所では何を使ってエレベーターを動かしているのかしら」
さて、エントランスまでもう少し。
でもわたしは。
ひな「そおれ!」
壁を壊してさようなら。
だってエントランスだと誰かに見つかっちゃうもの。
ひな「あう……」
わたしはお城の裏にある水晶坂が苦手。
さらさらしていて、転んで滑り落ちたら体に傷がついちゃうから。
ひな「慎重に降りな……きゃ!」
えーん、また転んじゃった。
細かな傷が増えちゃうわ。
ひな「これは、きっとばあやのお怒りね。ぺこたん反省」
さあ、気を取り直して町へ急ぎましょう。
わたし「お城周りの水路に潜って」
すいっーと泳いで。
はい到着。
わたし「あ!いらした!」
女の子達はやっぱり、わざと壊して直してあげているみたい。
ひな「あの!あのねのね!」
町のみんな、わたしがお姫様だってすぐに気付いちゃった。
それでも構わないわ。
ひな「わたしを粉々にして、体にボンドを塗ってください!」
ガラスの民「姫様!なんとはしたないことを!」
ひな「ごめんなさいみなさん。でもわたし、どうしてもボンドを塗られたくて」
ガラスの民「しかし粉々になっては、その大事なお体に大きな傷が残ります。そうなれば今度こそ、我々の体は国王様によってリサイクルされることでしょう。どうか姫様。勝手事とは存じますが、我ら民の身も案じて、ここは今一度、どうか思いとどまって頂けないでしょうか」
そうでした。
昔、わたしが町中で粉々になった時のこと。
みんなリサイクルされそうになって、わたしは泣いてパパに頼んで、それでなんとか収まったのよね。
ひな「わかったわ。どうもありがとう、思いとどまらせてくれて」
ガラスの民「いえ。とんでもございません」
ひな「わたし戻るわ。みなさん、明日はどうぞよろしくね」
……え?
ひな「あなた、今なんとおっしゃいました」
お団子さんは言ったわ。
粉々になって、もっと素敵になればいいんだよ。
ひな「そう言われましても」
そんな無茶なお話はありません。
だって粉々になれば大きな傷が残るだけですもの。
ひな「ボンドならできる……それは本当ですか!」
ノリでなんとかなると、あなたまで。
それにあなたもあなたも、みんなまで。
ひな「みなさんに覚悟あれば、わたしには勇気があります。ぜひ、お願いします」
そうしてわたしは、鈍器のようなもので粉々にされました。
良かった。みんな、ひどいことを言われていないのね。
ひな「お待ちになって」
どういうこと?
わたしの体が菱餅とは違う形に整えられてゆくわ。
ひな「それにしても、ボンドって本当に気持ち良いものね」
しばらくして、わたしの体は生まれ変わったみたい。
ひな「この姿は……人?」
人そっくり、でもしっくり。
背が少し縮んだけれども。
ガラスの民「お雛様!とてもお美しゅうございます!」
ひな「あの、それは?」
お団子さんは仕上げにと、わたしの顔にマジックペンを当てました。
ひな「ん……」
鏡を見て驚き。
可愛らしいお顔がそこにはありました。
ひな「きゃわたん!」
ガラス民「きゃわたーん!きゃわたーん!」
さっきまで心配してくれていたみんなも喜んでくれて、わたしってばこんなにも幸せ者だったのね。
体の曇りもすっかり晴れたわ。
ひな「またおいでください」
わたしは空を舞いながら、彼方へと去り行く大きな白鳥を見送りました。
改めまして、心より感謝致します。
さよなら、お団子さん。
この声が届いた誰かさん。




