④Ride the Wind
「自首するつもりはありませんか?」
「殺す! いいや、選りすぐりの変態ジジィに売り渡してやる!」
リーダーのギモンが息巻いたのを合図に、〈砂盗〉たちの血走った目がシロを囲む。
敵意の放つ圧力は、まるで大蛇の締め付け。
厳つい表情を傍から眺めているだけで、タニアの肺は無様に縮み上がる。
だが現実に敵視の中央に立つシロは、たじろぐどころか微笑を浮かべていた。穏やかに目を細めた顔は、涼風でも浴びているかのようだ。
「みすみす痛い思いをする必要はない」
真顔で訴え、シロは首を左右に振る。瞬間、ギモンは額の青筋を膨張させ、高らかに鞭を振り上げた。小学生にしか見えないシロに降伏を勧められたのが、よほどトサカに来たらしい。
「泣き喚くのはお前のほうさ! 死ぬより辛い目に合わせてやるよ!」
ビシッ! と鋭い音に背中を打たれ、〈砂盗〉たちが進み出る。ヒトの姿では敵わないことを知る彼等は、躊躇なく胸の栞を引き抜いた。
五・七・五・七・七の電子音声が鳴り響き、〈砂盗〉たちの額から股間までを濁った光が縦断する。縦線から滲み出た文字が肌を塗り潰すと、真っ黒になった身体が本のように開いた。
展開する人体から突風が吹き荒れ、バタン! と〈砂盗〉たちが綴じる。六体のモグラが姿を現すと、吸い飲みのように突き出た鼻がシロを取り囲んだ。
ドリュドリュ……!
大きく裂けた口を吊り上げ、モグラたちは両手に生やしたオールをシロに向ける。身体より長い尾は機を窺うように左右し、頻繁に掠める地表から低い砂煙を巻き上げている。
「……判りました。なるべく痛い思いをさせないように努力してみます」
やるせなさそうに溜息を吐くと、シロはポケットに左手を差し込み、鋭く引き抜く。
瞬間、麗らかな月光を浴びたのは、あの蒼白のSOTOBAだった。
むやみやたらとキラキラする様子は、一〇〇均のハンガー以上に安っぽい。
「あれだけ上等こいて、引っ張り出したのがオモチャとはね!」
盛大に吹き出し、ギモンは鞭で地面を連打する。
下卑た爆笑はモグラへと波及し、銀色の体毛をわしゃわしゃと波打たせた。
「オモチャ……? いいえ、違います」
笑い転げる外野を余所に、シロはSOTOBAを首の高さに運ぶ。改めて背筋を伸ばし、平らな胸を張ると、シロはひし形の先端を喉元に向けた。
「これは〈DXシュネヴィドレッダー〉――私が持つ最悪の暴力です」
唐突にシロの動きが止まり、SOTOBAを握る手が細かく震えだす。前にモグラと相対した時と、同様の発作が起きたのかも知れない。
以前は顔を歪めたシロだが、今日は眉一つ動かさない。
ゆっくり目を閉じたシロは、深く息を吸い、長々と白く染まった呼気を吐く。
竈を竹筒で吹くような息遣いに反応したのだろうか。
先ほどバイクに砕かれ、ドラム缶の焚き火に飛び込んだ窓枠が火の手を上げる。十字状の木片が烈火を迸らせると、シロの背後に紅蓮の十字架が立った。
厳かに火の粉が舞い、金色に煌めく熱風がシロの髪を梳く。目覚めを促されたシロは、長く閉じていた瞳を開き、正面を見据えた。
砂漠の太陽にも溶かせなかったシロの手が、静かに滑りだす。
短剣のように握ったSOTOBAが顎の下をくぐり抜け、シロの喉元を横断していく。先端に鋭利な刃が付いていたなら、間違いなく喉笛が裂けていただろう。
〝墓怨・墓怨・恨墓怨〟
盆踊りっぽいメロディが鳴り始め、黄泉寝无や六文銭徒ばりのDO―KYOが木霊する。モグラの栞もそうだったが、SOTOBAにもスピーカーが内蔵されているのかも知れない。
シロが首に引いた横線から桜色の光が滴り、血のように凝固する。タニアが突発的なまばたきを終えると、シロの首をドーナツ状のかさぶたが包み込んでいた。
巨大な血漿――いや結晶体にも見えるかさぶたから、桜色の欠片がこぼれ落ちていく。程なく最後の一欠片が剥がれると、人骨を組み合わせたような首輪が姿を現した。
ハッ! とシロはヘソの前からSOTOBAを跳ね上げ、下から首輪に差し込む。SOTOBAの残像と喉元に残っていた僅かな光――縦と横の線が交わり、一瞬、十字架を描く。
チーン!
辛気臭い音が鳴り、SOTOBAの目盛りに取り付けられた鈴棒――人間が仏壇のお碗を叩く時に使うあの棒が、「P」と書かれた位置から「E」の位置に一段上がる。瞬間、首輪に付いた手が内側に閉じ、SOTOBAをシロの胸元に固定した。喉元で骨の手が重なり合う様子は、骸骨に首を絞められているとしか思えない。
〝怨罵阿明愚 牢呪〟
二度目のDO―KYOを皮切りに、首輪の後ろ――延髄から突き出た走馬燈が輝きだす。桜色の光は走馬燈から首輪、首輪からネクタイのようにぶら下がったSOTOBAへと流れ込み、唐草模様の溝彫りを淡く点灯させた。
鬼火のような幽玄さと言い、桜色の輝きと言い、光を生んでいるのは〈発言力〉に違いない。
推論を裏付けるように、走馬燈から続く光の路には透明なチューブが通されている。〈言灯〉と同じ仕組みだとするなら、〈発言力〉に反応し、発光する気体が注入されているはずだ。
通常、〈言灯〉は白く発光するが、〈発言力〉の担い手によって色を変えることも出来る。シロの乗る〈自漕船〉は、〈言灯〉と同じ原理で光る流動路をいつも桜色に輝かせていた。春の並木道を彷彿とさせる色は、淡く点った走馬燈と瓜二つだ。
ポクポクポク……。
やにわに盆踊りが鳴り止み、入れ替わりに木魚が響きだす。クラブに付きものの音色に触発されたのか、シロは粛々と合掌を作った。O―BOYお得意の踊りNENBUTUでは、基本型となる構えだ。
シロは一度、合掌を頭の上まで掲げ、ゆっくりと下ろしていく。そうして重ねた手を胸の前まで運ぶと、素早く右腕を斜め上、左腕を斜め下に伸ばした。悪の組織のマークで有名なワシが、翼を傾けたような体勢だ。
あれは拳法の型か何かだろうか?
いや、どちらかと言えば、日曜朝八時にイケメンが取るポーズに似ている。
不可解かつ重厚な動作をタニアが見つめる中、シロは力こぶを出すように左腕を曲げる。すかさず両手を握り締めると、シロは右の拳を左の拳に引き寄せていった。
ぎち……ぎちぎち……。
血管の浮いた拳が鈍く軋み、激突寸前までシロの両手が近付く。刹那、シロは剣のように伸ばした左手を鋭く右下に切り払い、左手を腰の脇に引いた。
「……〈返信〉」
仰々《ぎょうぎょう》しい宣言と共に、シロの左腕が右下から左上へ弧を描く。左腕が選手宣誓――いや、悪の組織の戦闘員が敬礼する時のように挙がると、シロは凛々しく顎を上げ、背筋をまっすぐに伸ばした。
〝離墓怨 種根薇 喪屡幻離々憑〟
三度目のDO―KYOにチーン! が重なり、タイピン状の鈴棒が「E」の目盛りから「R」に一段上がる。同時に延髄の走馬燈が回転を始め、花吹雪のように舞い散る薔薇を照らしだした。
〝維維 透屡 透胆 透屡沌〟
単調な木魚が停止し、竪琴に伴奏されたDO―KYOが鳴り響く。儚いと呼ぶには激情的、大胆と呼ぶには繊細な旋律が最高潮に達すると、SOTOBAの唐草模様が怪しく瞬いた。
もぞ……もぞ……。
船舶信号にも似た点滅をきっかけにして、シロの足下が不可解に蠢く。
不均一に隆起していた砂が破裂した瞬間、地面から一組の腕が生えた。
肌の色は?
肉の付き方は?
男か? 女か?
タニアには何も答えられない。
シロを仰ぐ手には、骨しかないから。
もしや厳重な警備をかい潜り、黄泉の国を抜け出して来たのだろうか? 華麗な竪琴が地獄の番犬を微睡ませたとしたら、強ち無理のある話ではない。




