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病弱ヲタクが推しを前にして褒めちぎったら、来るはずのない青春が始まりました。  作者: 安藤未粋
1章:【2月のはなし】

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 『篠宮光汰』が、多忙なスケジュールの合間を縫って学業の為に来校していることが知れ渡ったのか、テスト期間にもかかわらず、校内はどこか浮ついていた。廊下からは、女子生徒の間延びした声が響く。


「どこにいるんだろー? 塾サボって出待ちしたら会えるかなー?」


 そんな喧騒の中で、星は地に足をつけようと努めていた。彼のことを、自分は少し多く知っている。だからこそ、揺らいではいけないと自分に言い聞かせる。


「……よし」


 星は教科書をリュックの中に押し込むと、気合を入れるように両手で頬を軽く叩いて保健室へと向かった。リップサービスかもしれない、彼の言葉を信じて。そして案の定、引き戸を開けた先に光汰の姿はなく、テストのプレッシャーのせいで体調を崩した生徒が何人も項垂れていた。菅原もその対応に慌ただしく追われている。


「あ……」


 入口で立ち尽くす星を見つけた菅原は、処置を止めずに白衣のポケットから小さなメモを星へと手渡した。


「あ、雨宮君。これ、君宛て。行ってらっしゃい」


「あ……ありがとう、ございます?」


 星は首を傾げながら、そっとその紙を開く。ポールペンで刻まれた、さらさらと整ったその筆跡を読み下し、星はリュックを背負い直すと、踵を返して保健室を飛び出した。


(テスト期間だから、放課後の部活もない。本当に静かだ……)


 星が向かっているのは、北校舎と南校舎を繋ぐ特別教室棟だ。普段は生徒が忙しなく行き交うこの棟も、今は完全に無人。階段を上る足音が、全ての階にまで響いてしまいそうだった。星は息を殺しながら手すりを握る力を強め、一歩一歩上っていく。


 最上階の4階より先は、屋上へと続く階段があるだけだ。薄暗く埃が積もったようなそこの前に立ち、星は躊躇うように足を止める。


「星」


 しかし、頭上からよく通る声で名を呼ばれ、星は弾かれたように上を仰ぎ見た。屋上に向かうだけの薄暗い階段の途中に、制服姿の光汰が立っている。埃っぽい空間がまるで舞台のように見え、その圧倒的なオーラに星は目を見開いた。


「……烈火誠」


 そう呟いて階段を上ってきた星に、光汰は面食らったように目を丸くする。それからクツクツと肩を揺らし、苦笑いをしながら階段に腰掛けた。星もそれに倣っておずおずと光汰の隣に座る。


「光汰、だから」


「ご、ごめん……! つい、役と混同しちゃって……」


「気が早いって」


 まだ放送開始前だけど、とからかうように光汰は目を細めて笑った。しかしその微笑みはすぐに消え、ふいに、二人の間に静寂が横たわる。纏う空気の色が変わり、星はへらりとしていた背筋が自然と伸びるのを感じた。


「……学校、やめるかも」


 ぽつりと光汰の唇から零れ落ちた言葉に、星は息を飲む。


「え……なんで」


「撮影がどうしても忙しいから。事務所からも、通信制の高校に編入したらって」


「そっ、かぁ……」


「もうすぐ三年になるし。丁度いいタイミングだって」

 

 光汰が目を伏せた。長い睫毛がゆったりと頬に影を落とす。星はその彫りの深い横顔をじっと見つめた。


(やっぱ、かっこいい……けど、)


 その整った形の唇が、小さくきつく噛み締められている。耳から顎を結ぶフェイスラインの筋肉が強張っている。それに気付いた途端、星の口からは考える間もなく一つの言葉が突いて出た。


「それでいいの?」


「……え」


 光汰が驚いたように目を見開く。食い入るように見つめられ、星の身体からはサァと血の気が引いて、全身が縮み上がるような感覚に襲われた。しかし、一度飛び出た言葉は戻せない。星は恐る恐る、必死に言葉を紡いだ。


「頑張って全日制高校を卒業した役者さんもいるよ? 5年前にブラッディグリーンを演じた川根さんとか!」


 一気に捲し立てる星に、光汰は目を見張ったまま固まる。星は唇を噛みしめ、光汰の視線から逃げずに次の言葉を待った。やがて、光汰は観念したように小さく息を吐くと、膝の上の拳を握りしめる。


「……ここは、結構こだわって入ったところだし。勉強も仕事も頑張るって言ったから、本当は……」


 星はその言葉に目を輝かせると、すっくと立ちあがって光汰を見下ろした。


「じゃ、じゃあ頑張ろうよ! あのね、僕、体育は見学してるんだけど、レポート提出で出席にしてくれるんだ。だから、ちゃんと相談すれば考慮してくれると思う!」


 星は一歩階段を上り、光汰の目をまっすぐに見つめる。身振り手振りが止まらない。


「僕も、授業ちゃんと頑張って出るし! 授業ノートだって……!」


 そこまで言って、星はハッと我に返った。自分は出席日数の危うい病弱な生徒で、ただのヲタク。そんな自分が何を言っているのだろうと気付き、一気に全身から血の気が引いていく。


「あ、あの……出過ぎた、真似でした、ごめんなさ……」


 慌てて階段を下りようとする星の腕を、光汰の長い手が引き留めた。


「わかった。スマホ貸して」


「え、あ」


 光汰は星のスラックスからスマホを取り出し、ロックを解除するよう眼前に突き出す。そしてスマートフォンの画面を素早い手つきで操作し、何かを入力して星へと戻した。画面には、新しく登録された『篠宮光汰』の文字。


「はい。ノート書いたら、写真撮って送って」


「え……」


 そう言って、光汰は悪戯っぽく笑う。情報過多に陥った星は、どこか冷静になった頭で、階段を一段上ってようやく目線が同じになることに気付いた。


「じゃあね、星、また」


 光汰は星の頭をぽん、と小さく叩くと、ひらりと手を振って階段を降りていく。その感触に、星の脳のキャパシティは限界を迎え、光汰が階段を軽やかに下りていく足音を聞きながら、真っ赤になった顔を両手で覆った。


「ふぁ……」


 星は登録されたばかりの画面をじっと見つめ、マヌケな声を上げる。

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