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「あれー? いないんだけどー」
静まり返る保健室にガラガラと不躾な音が鳴り響き、間延びした声が響いた。数人の女子生徒たちがゾロゾロと踏み込み、ローファーが床を蹴る騒々しい音が室内に満ちる。辺りを見渡しても、血眼になって探す『彼』の姿はない。リーダー格らしき女子生徒はつまらなそうに息を吐くと、不在である菅原の椅子にどさりと腰掛けて足を組んだ。
「そこ閉まってるじゃん」
取り巻きの女子生徒はその指示のまま、躊躇いもせずカーテンを開け放ち、病床の中を覗き込む。リーダーの女子がスマホの画面を見つめ、けだるげに声を上げた。
「いたー?」
「ううん、2年6組の幽霊くんしかいなーい」
彼女らの視線の先には、分厚い掛け布団を鼻先まで引き上げて蹲っている星がいた。眉間に皺を寄せて目を閉じる星を見下ろし、彼女たちは彼が病人であることなど微塵も配慮せず、遠慮のない声を浴びせる。
「ねーねー幽霊くん、篠宮光汰くん知らなーい?」
「し、知らない、かな……」
星はもぞりと身を捩り、今にも消え入りそうな声をどうにか絞り出した。そのあまりに頼りない返答に、これ以上は突っ込んでも無駄だと察したのか、女子生徒たちはあっさりと踵を返していく。
「えー、どこいったんだろー」
嵐が過ぎ去るように、彼女たちは騒々しく保健室を後にした。遠ざかっていく喧騒を聞き届け、星は限界まで肺に溜まっていた息をそっと吐き出す。
「……もう、大丈夫、かも」
張り詰めていた緊張をほどき、恐る恐る掛け布団の隙間を覗き込んだ。そこにあるのは、狭いシングルベッドの中、星の胸の中で身を潜める光汰の姿。星は光汰の長い手足を、必死に抱え込んで覆い隠していたのだ。
「……本当?」
光汰がそっと顔を上げる。至近距離で合わさる視線。お互いの呼吸が互いの肌を掠めるほどの距離で、光汰の端正な瞳がじっと星を見た。心臓が痛いほどに星の胸を叩く。
「……ありがとう、助かった」
光汰は小さく息を漏らすと、すっと身軽な動作でベッドから降りた。星は夢見心地でその一連の様子を見つめる。
「もうマネージャー来るから、見つからないように行くよ。ありがとう、じゃあね」
光汰は少し乱れた制服のシャツを整えると、最後に星を振り返って爽やかな笑みを浮かべた。
「うん……! が、がんばって……!」
星はコクコクと壊れた玩具のように激しく頷き、千切れんばかりに手を振る。光汰は気配を消すように足音を忍ばせ、今度こそ保健室を出て行った。
(……ぼ、僕はとんでもないことを!)
一人残された静寂の中で、星は両手で顔を覆い、あまりの事態の重さにベッドの上でのたうち回る。憧れのヒーローを、烈火誠を、いくら不可抗力とはいえ自分の布団の中に連れ込み、抱きしめるような形で匿ってしまった。
(ち、近かった……。いい匂い、した……)
特撮ヲタクとして一生分の運を完全に使い果たしたという確信と、未だにシーツに残る彼の体温と残り香。星の脳の処理能力はとうに限界を迎えていた。
「いやー会議が長引いちゃったよー」
そんなパニックの渦中、ガラガラと音を立てて引き戸が開き、書類の束を抱えた菅原がのんびりとした調子で戻ってくる。
「あれ、雨宮くん熱上がった? 顔真っ赤だよ?」
菅原は、耳の先までリンゴのように真っ赤に染め上げる星を不思議そうに覗き込み、小首を傾げた。




