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「何でこんな所に?!」
星はマットレスを蹴って後退り、掛け布団を握りしめて声を絞り出す。なぜ、今をときめく新進気鋭の俳優が、こんな高校の保健室にいるのか。星の脳内は頭痛も相まってパニック状態に陥った。
「情報解禁されたし、改めて学校どうするかって相談に」
対する烈火誠こと篠宮光汰は、彫刻のように整った顔を強張らせ、困ったように眉を下げる。その仕草には純粋な戸惑いが滲んでいた。星は緊張で汗だくになりながら無条件に首を縦に振り、何も考えずに口を動かす。
「そっか! 忙しいって聞きますしね。……え゛?! この学校に通ってるんですか?」
しかし、目の前の彼が同じ制服を着ていることに遅れて気付いた星は、二度目の衝撃がやってきて再び悲鳴を上げた。クルクル変わる表情と、忙しなく手を振り回す星に光汰は少しだけ微笑み、ベッドサイドの丸イスに腰掛ける。
「うん。敬語じゃなくていいよ。ネクタイ緑だし。同級生でしょ?」
憧れのヒーローに笑いかけられて心臓が早鐘を打ち、星は思わずギュッと胸を押さえた。体調の悪さなど、ヒーローを前にすればどこかへ吹き飛んでしまう。今はただ、烈火誠を前にする感動だけが大波のように押し寄せた。
(どうしよ! サイン欲しい! で、でも……今はそれより!)
星は自分を落ち着かせようと深呼吸をして正座をすると、膝の上の掌をギュッと握って俯く。
「『炎神ブレイズ』の映画、見た。ティザーPVも、会見も、全部見たよ」
慎重に切り出された言葉に、光汰はピクリと眉を動かした。星は、唇を噛み締めて意を決したように顔を上げ、彼をまっすぐに見つめる。
「……本当にかっこよかった!」
目の前の男を映す星の瞳は、カーテンで照明を遮っているにも関わらず、まるで一番星のように爛々と輝いていた。その眩い光を前に、光汰は目を見開く。星は声を弾ませながら、夢中で言葉を紡いだ。
「17歳で主役って、歴代でも一二を争う若さなんだ。でも、それを感じさせない演技で、凄く引き込まれた!」
星はベッドから身を乗り出さん勢いで光汰へと詰め寄る。それに気圧され、光汰は思わず仰け反った。しかし、星の猛攻は始まったばかりだ。
「映画のシーンもかっこよくて! 『ブレイズアップ』の掛け声も、名乗りも、あの短さだからこそ、それぞれに良さがあると僕は思ってて!」
身振り手振りを交えながら語る星は、さっきまで病床に伏していた少年とはまるで別人だった。
「それに、あの変身! ノールックって大変なのに、あんなにスムーズにやってのけて、めっちゃ練習したんだって思った! 練習と言えば素面アクション! バク転からの壁走りは、歴代で一番運動神経がいい役者さんだけがやってのけた大技なんだ! それをやっちゃうなんてすごい!」
機関銃のように捲し立てる星を眺めていた光汰は、徐に立ち上がって壁に寄り掛かる。そして、星の言葉を遮るように薄ら笑いを浮かべてみせた。
「あのシーン、俺じゃないよ」
「……へ?」
突然の指摘に、星のトークがピタリと止まる。
「スーツアクターの長岡さんが、誠の衣装を着て代わりにアクションしたんだ」
光汰の口から語られた裏話。普通の人ならば「そうだったんだ」と頷いてしまいそうなところを、星は怪訝そうに眉をひそめ、きっぱりと首を横に振ってみせる。
「嘘。長岡さんのバク転は滞空時間が長いし、腕の振りにクセがある。それがなかったし、手足が長くてダイナミックだった。だから、君のアクションだよね」
その言葉を耳にして、光汰は元々大きな目をより見開いた。片や星は、一切の迷いがない真っ直ぐな眼差しで光汰を見上げる。その曇りなき光に貫かれ、次に戸惑うのは光汰の方だった。
「……ごめん。試した」
光汰は口元を手の甲で隠し、消え入りそうな声で呟く。
「ふふ、特ヲタを舐めないでいただきたい!」
星は胸を張り、得意げに鼻を鳴らす。光汰はゆっくりと星が正座するベッドに腰掛けると、息をついて天井を仰いだ。
「まさかそこまで見られてるなんて、思わなかった」
「当たり前だよ! スーアクさんも役者さんも唯一無二! 特に誠は本当に良くて……」
星は映画のシーンを思い出し、うっとりと頬を染める。
「退院してからの2日間で3回見に行ったんだ。おかげで金欠で……」
「ははは! 2日で3回って……!」
光汰の口から、爽やかな笑い声が零れた。目尻に皺を寄せたその笑顔は、ヒーローを演じるにふさわしく、太陽のように眩しい。星は思わず見惚れて言葉を失った。しかしすぐに我に返ると、頬を膨らませる。
「それだけ烈火誠がいい男だったんだ! でも、体調崩したせいで1週目の特典逃しちゃって……」
星が心底悔しそうに肩を落としたその時、昼休みを告げるチャイムが鳴り響いた。静かだった校内がざわつき始め、廊下の向こうから複数の足音と黄色い声が聞こえてくる。
「さっき光汰くんが歩いていくの見た!」
「絶対保健室だって!」
「やば、」
授業を終え、光汰を追いかけるであろう女子生徒の気配を感じ、光汰は眉間に皺を寄せた。逃げようとしても保健室の扉は一つ。今外に出たら混乱は避けられない。星は突如訪れた推しのピンチに、顔を真っ青にして辺りを見回す。
「ど、どうしよう……!」
二人は顔を見合わせた。




