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2年6組の引き戸の前に立ち、星は一度深呼吸をした。久しぶりの教室に入るのは、何度目だろうと緊張する。震える手で扉に手を掛ければ、ガラガラと思ったよりも大きな音が出て、星はビクリと肩を震わせた。暖房の効いた温い風が頬を撫で、同時に教室内にいたクラスメートの視線が刺さる。
「出た、幻の出席番号1番」
「幽霊くん、今日は来たんだー……」
まるで珍獣を見るような目と冷やかし混じりの声に、星はいたたまれなくなって思わず背を丸めた。
「肌白っ! 憧れるわー」
「いやあれは不健康な白だし」
窓際で互いにヘアメイクをしていた女子生徒が星を見て笑う。
(気にしない、気にしない。僕は授業を受けに来たんだから)
星は静かに席に着くと、リュックサックから筆箱とノートを取り出して朝のHRに備えた。
しかし、授業が始まりしばらくした頃、視界が急激にぐにゃりと歪み始め、星は眉間に皺を寄せた。照明の光が目に刺さる刺激に、星は堪らず目を閉じる。
(……痛い)
頭を引き絞られるような激痛と、胃がぐるぐると回るような吐き気が忍び寄り、脂汗が吹き出てきた。
「……大丈夫?」
顔色の悪さに気づいた隣の席の生徒が、声を潜めて尋ねる。
「あ……」
応えようとするも、喉が引き攣れて掠れた声しか出ない。
「雨宮、体調悪いなら保健室行って菅原先生に診てもらえー」
教壇からこちらを見ていた担任が、いつものことと流れ作業で扉を指差した。星は何とか立ち上がり、周囲の視線を浴びながらふらつく足取りで教室をあとにする。
★★★
「微熱かぁ。教室の暖房で上せたかな?」
電子体温計の音が鳴り、その値を確認した養護教諭の菅原は、のんびりとした声で星に氷枕を手渡した。
「寝る? 早退する?」
綺麗にベッドメイキングされたシーツに横たわりながら、星はかすかに首を横に振る。
「薬は飲んだので、寝る、で……」
消え入りそうな声でそれだけを告げると、菅原は静かに頷き、「おやすみ」と柔らかい声を掛けてカーテンを閉めた。
(情けない……)
ちゃんと学校に行くからと映画に行ったにも関わらず、登校早々これだ。自分の不甲斐なさに歯噛みしながら、星はきつく目を閉じた。
どれくらい眠っていたのだろうか。半ば痛みで気絶していた星の意識の隅、保健室の引き戸がガラガラと静かに開く。
「……あれ? 誰もいない?」
入ってきた誰かの、少し低くて心地のいい声。星は必死に身を捩り、声を上げようとした。しかし、激しい頭痛と吐き気で指一本動かすのすら辛い。
「先生? いる?」
カーテンの前に人が立つ気配がする。返事をしようにも、星は激しい痛みで声を出すことすら至難の業だった。そうこうしているうちに、誰もいないと踏んだ誰かがシャッと音を立てて白いカーテンが明け放つ。鋭い蛍光灯の光が、何とか開けていた薄ら目に突き刺さり、星は咄嗟に顔を顰めた。光に過敏になっている視界では、犯人の顔が分からない。
「ごめん……大丈夫?」
「だいじょぶ……。ごめん、明るいの、辛くて……」
何とか絞り出された星の懇願に、慌ててその人はカーテンを元に戻し、星の枕元に立った。少し薄暗くなったことを瞼越しにぼんやり確認した星は、ようやく目を開け上を見る。
「――?!」
目の前に立っているのは、濡れ羽のような黒髪に、息を呑むほど端正な顔立ちをした青年だった。記憶に新しい、大スクリーンの中で、真っ赤なマントを翻すあのヒーローに瓜二つなのは、決して気のせいではない。
「れ、烈火誠?!」
あまりの衝撃に頭痛すら飛んで行き、星は飛び上がって悲鳴を上げる。その素っ頓狂な声は、静かな保健室の中で何度もこだました。『烈火誠』こと、『篠宮光汰』は、アワアワと腰を抜かして取り乱す星を前に、小さくため息をついて肩を竦めてみせる。




