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カーテンの隙間から朝の光が差し込み、部屋を淡い光が照らす。その明るさに瞼が擽られ、星はゆっくりと目を覚ました。
「んぅ……」
映画を見終わってそのまま二人で眠りについたベッドの中、自分の体を何かが抱きしめているような感覚に、星はポヤポヤと微睡みながら下を向く。
「……おはよ」
星の胸に顔を埋めた光汰が、目覚めた星へ声を掛けた。
「おはよう、光汰くん。……ふふっ」
ベッドの中で見つめ合えば、星が思い出し笑いをして肩を揺らす。光汰は突然笑い始めた星にキョトンとして首をかしげた。
「どうしたの、星」
「なんか、初めて会ったときの保健室とおんなじ構図だなーって」
ぽつりと溢した星の言葉に、光汰は懐かしむように目を細める。光汰を探しに来た女子生徒から逃れるために取った咄嗟の行動。白いシーツに包まれた奇妙な出会いが思い出された。
「確かに。……星に会ったあの時から、俺は星を特別に思っていたのかも」
「僕は制作発表を見た時からだよ」
星は自分に抱き着いたまま動かない光汰の頭を撫でながら、ふふんと得意げに鼻を鳴らす。保健室のベッドで出会った、憧れの俳優とヲタク。数か月前はそんな関係だった二人が、今や恋人という関係に収まっている。光汰は名残惜しげに星の身体から離れると、ベッドの縁に座って深くため息をついた。
「はー……。嫉妬で勢い余って告白とか、昨日の俺、格好悪……。なんか、もっとちゃんと告白しようと思えばできたのに……」
前日の余裕など一切なかった自分を思い出し、光汰は手で顔を覆う。しかし星は、そんな光汰の隣にちょこんと腰掛けて満面の笑みを向けた。
「大丈夫だよ。光汰くんは僕にとって最高のヒーローだから」
「星だって、俺の大切な一番星だし」
「おぉ、お洒落……」
キザなセリフを真顔で返され、星は一瞬で顔を真っ赤に染める。光汰はその愛くるしい反応に耐えきれず、星の身体をギュッと抱き込んでその柔らかい首元に顔を埋めた。
「ひゃぁっ!」
首筋にくすぐったい吐息を感じ、星は肩を震わせ悲鳴を上げる。光汰は甘える猫のように頬を擦りつけて目を閉じた。星はそのつむじを見下ろし、ふっと笑みを浮かべる。
(光汰くんって、一度自分の領域に入れると凄い……)
「今日は午前中オフだから一緒にいたい。次は星が気になった映画見よ」
「うん!」
星は自分の身体に回された光汰の腕にそっと手を添えた。
★★★
すっかり日が高くなった頃、二人は並んで帰り道をのんびりと歩く。夏の湿った風が、むわりと二人の間を吹き抜けていった。光汰はマスクに帽子と、熱が逃げない変装ファッションに顔を顰める。
「星、昨日のオープンキャンパスの田神ってやつとは何も無い……?」
「え、何で……?」
ふと、光汰が思い出したように星の横顔を覗き込めば、心外だと言わんばかりに星は首を傾げた。マスクの下で頬を膨らませているのが分かる。
「そりゃあ凄いと思ったけど、それだけだよ。惹かれているのは、どちらかというと大学の方」
「大学……そっか、じゃあ、いい」
星の答えを聞いた光汰は安堵の息を漏らすと、上機嫌に足を進めた。見えない大型犬の尻尾が見えるようだ。思わずくすりと微笑んだ星だが、すぐに少し不安そうな顔をして視線を足元に落とした。
「でも成績ヤバいし、受かるかなぁ……。東京の大学に行くのも、お母さんたちが許してくれるか……。一人暮らしって家賃とかも高いだろうし……」
地方からの上京、学費や生活費の負担。現実的な課題がのしかかり、星は思わずため息をつく。そうして肩を丸める星へ、光汰は何でもないことのようにさらりと言い放ってみせた。
「じゃあ、俺の部屋に来ればいいよ」
「えっ?!」
当然だと言わんばかりの提案に、星は足を止めて目を見開く。光汰も足を止め、振り向いて星の目を真っ直ぐに見つめた。
「俺は、星の全部がほしいって言った」
告白の言葉が蘇り、星の胸が跳ね上がる。帽子のつばに隠れて見えにくい光汰の目。それでも真っ直ぐに星を見つめるその眼光が、冗談でも何でもないということを伝えてくる。星はそんな光汰の瞳を見つめ返し、気合いを入れ直すようにぎゅっと拳を握り締めた。
「じゃあ尚更、受からなきゃ、ですね」
「うん。待ってる」
光汰は嬉しそうに目を細め、前を向いて歩き出す。しかし、いつの間にか現在地は駅前となっており、2人の帰路は終わりを告げようとしていた。
「じゃあね、光汰くん。ここまで見送ってくれてありがとう」
「うん……星、また。いつでも来て、いつでも連絡して」
星が努めて明るく笑えば、光汰は名残惜しそうに手を振る。星は後ろ髪を引かれる思いで改札を通り、光汰の姿が見えなくなるまで、何度も後ろを向いては手を振り返した。
「星……」
星の姿が改札前から見えなくなっても、光汰はその姿を追うようにその場に立ち続ける。
(本当は、腕を取って引き止めたかった。改札前で、抱き締めたかった)
しかし、それは地元で穏やかに暮らす星と、東京に居を構えて芸能人として人の目を気にしなければならない光汰には許されないことだ。新幹線の距離が、多忙な自分が、こんなにも恨めしい。そして光汰を現実に引き戻すかのように、ポケットに入れていたスマホが震える。
「え、朝野さん?」
慌てて通話ボタンを押した直後、朝野の絶叫が光汰の鼓膜を直撃した。
『ちょっと光汰くん! 今どこ! もう時間だよ! マンション前来てる!』
「え、本当ですか」
光汰は駅の時計に視線をやり、驚きで目を見開く。時間ギリギリまで星を引き止め、離れがたくてゆっくりと道を歩いていたツケが今ここで押し寄せていた。
「今最寄り駅なので急いで戻ります! すいません!」
『頼むよ!』
光汰は電話を切ると、気合いを入れるように両手で頬を叩く。今の仕事に全力で取り組み、自分の活動を届けることが、星と繋がる唯一の手段であることを、光汰は分かっていた。
「……よし」
光汰は踵を返すと、全速力で駅を飛び出す。炎天下の中を駆ける光汰の表情は、マスクや帽子で隠れていても、晴れやかなのが一目で分かった。
★★★
「ついた……」
一方、星は一人で電車を何とか乗り継ぎ、無事に新幹線のホームに辿り着いていた。夏のラッシュが続く人混みの中、列車は定刻通りにホームへ滑り込んできた。
「……よし」
星はバッグの持ち手を握り締め、ホームと列車の隙間を跨いだ。列車は無情にもドアを閉め、星の住む町へ動き出していく。星は、入道雲がそびえ立つ夏の空を車窓から眺め、ふっと口元を緩めた。
終




