金田駿平のはなし
入学式の日、隣の席の人は休みだった。
「雨宮は休み。入学式での呼名、出席番号2番の井村くんからだから、気を抜かないでね」
担任の先生が手元の名簿に目を落としながらサラリと言い放つ。出席番号順で雨宮の隣の席を割り当てられた俺、金田駿平は、頬杖をついてぽっかりと空いた隣の空席を眺めながらぼんやりと考えた。
(入学式の日に休むなんて、気の毒な奴。名前は……)
「ほし……?」
男か女かも分からない「星」という名前が、妙に引っかかった。すぐに「ほし」じゃなくて「せい」って読むんだって名簿を見たら分かったけど。
ちなみに、新入生代表者挨拶をした主席の生徒は、滅茶苦茶にイケメンだった。
★★★
そして数日後、俺は元々バスケで知り合っていた他校の友達やクラスの奴らと順調に交友関係を広げ、高校生活を難なくスタートさせていた。もらったばかりの教科書を机の中に収め、朝早い始業時間に愚痴をこぼしながら大きな欠伸をする。
「……お、おはよう」
だが、そんな眠気は、教室に入ってきたやつを一目見て一瞬で吹き飛んだ。色が真っ白で、まるで小さな子どもみたいなやつが、大きなリュックサックを背負ってビクビクしている。そいつは、俺の隣にある、教室の一番奥まった角の席、つまり出席番号一番の席へ静かに腰を下ろした。
すでに幾つかのグループができあがっている教室の中で、そいつに話しかける奴は誰一人としていない。存在感が薄く、色も相まってまるで幽霊みたいなやつだったから。
「雨宮星だっけ? 俺、金田駿平。よろしくな」
「あっ、よ、よろしく、金田くん……」
「駿平でいいよ」
(隣の席が、これか……)
「星」なんて綺麗な名前を聞いて、女だと思って甘酸っぱい青春が始まるんじゃないかと小躍りしたのも束の間。男だし、挙句こんな幽霊みたいなやつで、正直ちょっと肩透かしを食らった。そいつは中学からの知り合いもいないらしく、たった一人、教室の隅でただ小さくなって席に座っている。
(折角隣の席になったんだから、仲良くしたいよな)
「なぁ、次の集会、講堂なんだけど、場所分かる?」
「ごめん、わからない……」
しゅんと肩を丸めた姿はまるで、小型犬が項垂れるみたいだった。なんだか放っておけない。そんな気持ちが俺の全身を支配する。その衝動のまま、俺は星の細くて白い手を取った。
「じゃあ一緒に行こうぜ。こっちこっち」
「あ、ありがとう……!」
パッと弾けるように咲いた星の笑顔は眩しかった。幽霊なんて言っているクラスの奴らには一生見られないのが勿体ないくらいに。
「今日は助かったよ! ありがとう、……駿平」
そうやって笑って、星は「また明日」と手を振った。俺はひょいと手を上げて、適当に星の言葉に返事をして別れる。次の日また学校で会うことが、どれだけ星にとって大変なことなのか。その時の俺には知る由も無くて。
★★★
「雨宮は今日も休みか」
「雨宮は今日は保健室だ」
「雨宮は持病の関係で体育は見学だ」
星は学校に来なかった。先生の口から出るのはそんな言葉ばかりで、隣の席の机の中にはどんどんとプリントの山が溜まっていく。たまに登校してきても、体調を崩してすぐに保健室に行ったり、きつい体育を見学している星のことを、クラスメートはあまり良く思っていないようだった。
「先生、雨宮の家どこっすか? 俺、プリントとか届けてやりたいんすけど」
隣の席のよしみだと、星と一番仲がいいのは俺だからって、気付けば俺は担任へ直談判をしていた。先生もこんな世話好きが現れて一瞬面食らっていたけど、直ぐに嬉しそうに笑うと、デスクからファイルを取り出す。
「本当か? 待ってろ、雨宮のお母さんに住所を伝えていいか聞くからな」
そうやって電話を掛ける先生の後ろ姿を見ながら、俺はぼんやりと別のことを考えていた。これは親切なんかじゃない、俺が星の笑顔を見たいから。そういうエゴで俺は動いていた。
★★★
「そこから始まったんだよなぁ……」
「何がだよ」
塾が無いのをいいことに、俺はバスケ部の奴らと公園で汗を流し、今は冷房の効いたファストフード店で冷たいドリンクを飲んでいる。今頃、星は自分の行きたい大学のオープンキャンパスに行って、「普段忙しい友達」——あの篠宮光汰と仲良く過ごしているんだろう。
頭の中に浮かんでいた独り言がうっかり漏れていたいたらしく、向かいの席の奴がストローを咥えたまま怪訝そうな顔をした。
「俺が居なくちゃ駄目だーって思ってたやつが、一人で俺以上に心を開ける友達作って、自由になっていくって、複雑な感情だなって」
「なんだよそれ。過去問にあったのか、そんな文章」
「それとも、お前自身の話?」
「BSSってやつだ!」
「ちげーよバカ。恋愛感情とかそういうんじゃねぇっての」
ニヤニヤとからかってくる部活仲間の頭を軽く叩きながら、俺はストローで氷の溶けたコーラをズルズルと音を立てて啜った。
恋愛感情なんかじゃない。絶対に違う。ただ、あいつには俺しかいないと思っていただけだ。
高校に入学してすぐ、幽霊みたいでクラスで浮いていた星に最初に声をかけたのも俺だし、プリントを届けるために家まで通い詰めたのも俺だ。熱を出して倒れそうなあいつの背中を支えて保健室まで運んだのも、全部俺だった。
ただ、重度の特撮ヲタクである星にとっての篠宮光汰に、俺じゃ勝てないのも分かっている。でも、後から出てきたぽっと出のやつにかっさらわれるのは、やっぱりどこか面白くない。
「まぁでも、めちゃくちゃ面倒見てたもんなぁ、雨宮のこと。高1の時とか、お前ほぼ保護者だったじゃん」
「プリント届けるついでにノート写してやったりさ」
「でも最近、頑張って毎日学校来てたし、なんか変わったよな」
「そうそう……って、何でお前ら、星って分かって……!」
「ははは! そりゃあお前がそうやって悩むのなんて雨宮しかいないだろ! 雨宮の母ちゃん!」
「っ、ちが……!」
「別に言いふらしたりもしねぇし、本気で悩んでるんなら相談乗るけど?」
「お前ら……」
呆れつつもニカッと笑う親友たちの顔を見ながら、俺はその温かさに思わずグッと来てしまう。やっぱり持つべきは最高の仲間だぜ。
「相談中のポテト代で手を打ってやるよ」
「お前らー!」
ちゃっかりして食い意地の張った奴らに一喝し、俺は仕方なしにポテトのLサイズを注文するために席を立った。




