39
一方の『炎神ブレイズ』撮影地にて。真夏の太陽は、午前中からジリジリと肌を焼くような日差しを照らしつけている。
「あっつー! 日差しエグいなー。流石8月。光汰~、スポドリ飲む?」
分厚い衣装に身を包んだキャスト陣は、暑さに悲鳴を上げながら保冷剤を首筋に当てて体温を下げようと奮闘していた。一ノ瀬もキンキンに冷えたスポーツドリンクを飲み干し、もう1本を汗だくの光汰へ投げて寄越す。
「ありがとうございます。いただきます」
光汰は渡されたスポーツドリンクの蓋を開け、ゴクゴクと喉仏を上下させながら身体に流し込む。
「はい、オフショット」
一ノ瀬がスマホを構えて声をかけた。一息ついていた光汰は瞬時に少し疲れた表情を隠し、カメラに向かって眩しいほどの笑顔を作る。シャッター音が鳴り、画面を確認した一ノ瀬が感心したように口笛を吹いた。
「相変わらずビジュいいねー。朝なのに」
「翔さんに言われたくはないです」
ニコニコと笑う一ノ瀬も、ヒーローを演じる俳優に相応しく端正な顔立ちをしている。珍しく後輩から褒められた一ノ瀬はギャルのように歓声を上げ、光汰の肩をバンバンと叩いた。
「えー、ありがとー! じゃあ今日の撮影終わりサウナ行くー? それとも呑みー?」
光汰はいつものダル絡みだと面倒くさそうに一蹴し、クールに即答する。
「未成年飲酒になるのでお断りします。それに今日は直帰したいので、サウナも遠慮します」
「えー! 釣れないなー! 先輩を差し置いてどんな用事?」
「私用です」
やいのやいのと騒ぐ一ノ瀬を横目にそっけなく返しつつ、光汰は手元にあったスマホを開いた。通知には新着メッセージが表示され、その差し出し人を見て光汰はそっと頬を緩める。そんな僅かな隙を、目ざとい先輩は見逃さなかった。
「隙ありっ!」
「ちょっ、翔さん!」
長い腕がすっと伸び、手元からスマホが奪い去られる。慌てて立ち上がって手を伸ばす光汰だったが、一ノ瀬はヒラリと身をかわし、画面を見ながらニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「お、オタク友達からの連絡だな!」
「返してください!」
「えーっと、なになに? 『朝ごはん食べたよ。おいしかった。忙しいのにありがとう。オープンキャンパス、行ってきます。昨日はごめんね。また光汰くんと映画見たいです。リベンジさせてください』……。え、今、彼家にいるの?」
朗々と読み上げられる星からのメッセージ。その一言一言が耳に届くたび、光汰の耳たぶから首筋は、一気に沸騰したような熱の赤に染まり上がる。伸ばした手を固まらせたまま、光汰は気まずそうに目を泳がせた。
「……」
「え、なに、付き合ってんの?」
「付き合ってません!」
食い気味に叫ぶ光汰の顔を見つめ、一ノ瀬は興味津々に身を乗り出してくる。
「でも好きなんでしょ?」
「……好きは、好きですけど」
「言質取った! え、それは恋愛的な意味で?」
突如転がり込んだ恋バナに目を爛々と輝かせ、一ノ瀬はじっと光汰を穴が開きそうなほどに見つめた。その好奇と興味が入り交じった視線と突きつけられた問いに、光汰の脳はぐるぐると思考する。星へ向ける感情は、友人としての親愛とは違う、もっと重い何かが心の奥深くに渦巻いている気がしてならない。
「……分かりません。恋愛、したことないんで」
「その顔で?! 勿体ないなー! まぁ、別に俺は偏見ないから話を続けるけどさ、その子に触りたいとか、キスしたいとか思わんの?」
からかうような口調で投げかけられたはずの言葉。しかし、その単語が耳に入った瞬間、光汰の脳裏には星と出会ったときの保健室から昨夜のことまでが走馬灯のようにフラッシュバックする。
女子生徒に見つかりそうになって、咄嗟に誘ってくれた白いシーツの中。落ち着く人肌の体温と、飾らない柔らかな匂いがしたのを覚えている。そして昨日の薄暗い寝室では、自分の肩にこてんと預けられた身体の小ささと、無防備に開かれた唇が目を引いた。
「キス……、というより……」
(抱きしめた時のあの細い身体とか……ずっと俺だけを見て欲しいとか……)
自分の内側にある欲がどろりと顔を出し、光汰はハッと息を呑んで己の思考を緊急停止させる。しかし、そのほんの数秒の沈黙を一ノ瀬は見逃さなかった。
「わー、光汰クン、今エッチなこと考えたでしょー」
「考えてません!」
顔を真っ赤にして叫びながら、光汰は身を乗り出して一ノ瀬の手からスマホを奪い返す。まるで威嚇する猫のようなリアクションを前に、一ノ瀬はケタケタと可笑しそうに笑った。
「光汰クンの好きな子に会いたいなー。部屋行っちゃ駄目?」
「駄目です」
「やっぱり駄目かー。ま、いいや、じゃあそんな青春中の光汰クンのためにも、巻きで撮影しましょうか!」
パンと威勢よく両手を打ち鳴らし、一ノ瀬は肩をグルグルと回して撮影に向かう。その背中は、おちゃらけて人を揶揄う姿とは打って変わって、頼もしい実力者の広さをしていた。
「……はい」
光汰もそれに引っ張られるように背筋を伸ばす。そして大きく息を吐き、テントの影から炎天下に踏み出した。




