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病弱ヲタクが推しを前にして褒めちぎったら、来るはずのない青春が始まりました。  作者: 安藤未粋
4章:【8月のはなし】

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 スマホのアラームが鳴り響き、星はむくりと身を起こした。身体を覆っていた肌触りの良いタオルケットが、肩からするりとずり落ちる。ぽやぽやとした頭で目元を擦り、星は見慣れない部屋を見渡して首を傾げた。


「ここ……どこ?」


 ふとサイドテーブルを見ると、ちょこんと佇むノコギリエイのぬいぐるみと目が合う。その瞬間、星の脳裏には昨夜の記憶が押し寄せてきた。


「そうだっ! ここ光汰くんの家っ! しかも寝落ち! 最悪だっ!」


 眠気の吹き飛んだ星は勢いよく跳ね起きると、大慌てで寝室のドアを開けた。しかしリビングに光汰の姿はなく、部屋全体がしんと静まり返っている。テーブルの上には、おにぎりを載せた皿と、スープの入ったカップ、そして小さなメモ帳が置いてあった。星はそっとそれを開き、いつかの手紙とおなじ筆跡の文章を読み下す。


『撮影行ってくる。朝ごはんちゃんと食べて。カードキーを預けるから自由に使って。オープンキャンパス、行ってらっしゃい』


「光汰くん、申し訳ない……。ありがとう、いただきます」


 星はその書置きを宝物のようにファイルにしまうと、胸の前で両手を合わせておにぎりを頬張った。白米に馴染む丁度良い塩味と、優しくも鋭い梅の香りがふわりと口いっぱいに広がる。


「おいしい……」


 レンジで温め直したスープを一口啜り、星はほっと息をついた。丁寧に皿洗いを終えたあと、スマホを取り出してメッセージを送る。


『朝ごはん食べたよ。おいしかった。忙しいのにありがとう。オープンキャンパス、行ってきます。昨日はごめんね。また光汰くんと映画見たいです。リベンジさせてください』


「……よし」


 星は送信済みの表示をしっかりと確認し、自分の両頬をポンと軽く叩いた。そして制服のシャツに袖を通してリュックサックを背負うと、光汰の部屋のドアを開けてその一歩を踏み出す。


 ★★★


「文学部の受付はこちらになりまーす!」


「よ、よろしくおねがいしますっ。あ、雨宮です」


 案内係の学生の元気な声に少し気圧されながら、星は手渡されたカラー印刷のパンフレットを受け取った。すれ違う大学生や、同じ様にオープンキャンパスに訪れた高校生たちの活気に星は歓声を上げる。


「わぁぁ……」


 大学の校舎や研究のポスター、見るもの全てに圧倒されながら、星は案内に指先を滑らせた。


「えっと、説明会は……」


 人の流れに従いつつ大講義室に足を踏み入れると、大学らしい傾斜のついた扇形の部屋が星の眼前に広がった。大勢の高校生や保護者が詰めかけて席に着く。星も控えめに部屋の隅の席に腰を下ろすと、ソワソワと待ち望むようにスクリーンを見上げた。時計の針が定刻を指せば教授が壇上に立ち、マイクを手に口を開く。


「皆さん、ようこそお越しくださいました。本日は本学と本学の文学部について……」


 始まった説明会で、星は一心不乱にメモを取り、耳を傾け続けた。文学部故の複雑な学科構成に首を傾げながら、それでも大学生活を思い浮かべて心を躍らせる。


(そんなに色々なことを学べるんだ。大学ってすごい……!)


「では以上になります。サークルの体験とかもあるので、ぜひ見に行ってくださいね」


 その教授の言葉に、星はオープンキャンパスの案内にあるサークル一覧を見てピクリと肩を震わせた。


(映像研がある!)


 説明会の次は模擬授業を堪能し、星はキャンパスの奥まったサークル棟に向かった。映像研と札の掛かった扉の前に立ち、恐る恐るノックをする。


「すいませーん……」


「お! ようこそ映像研へ!」


 ドアが開くや否や、先輩たちが上げた歓迎の声に、星は圧倒されて唾を呑み込んだ。室内には三脚や機材、DVDの山が所狭しと並んでいる。人懐っこそうな先輩に手招きされ、星は足の踏み場が無い床を慎重に進み、ジュースやお菓子が乗ったテーブルについた。


「何が好きでウチにきたの?」


「特撮が好きで……」


「あー、だからこの大学か! 希望すれば技術面も学べるしね! 田神ー、お前が気に入りそうな子が見学に来たぞー」


 合点がいったように手を打った先輩は、機材の影にある使い古されたソファに寝転がっている青年へ声を掛ける。


「おー?」


 少しだるそうに間延びした返事が聞こえ、黒ぶち眼鏡をかけた先輩が身を起こした。田神と呼ばれた男は、緊張で身を縮こまらせる星をじっと値踏みするように見つめ、ずれた眼鏡をくいと上げる。


「……好きな『炎ブレ』のシリーズは?」


 開口一番投げかけられた質問に、星の口は考えるより先に動いた。


「ドラゴンテイルです! 今のインフィニティフェニックスも好きです!」


 星の元気な声が狭い部屋の中に響く。田神はキラキラと目を輝かせる星を、鼻で笑って吐き捨てた。


「はっ、ニワカか」


 瞬間、星の頭の中で何かがプツンと音を立てて切れる。星はギュッと拳を握り、足を組んで舐めた視線を送る田神へ口を開いた。


「確かにドラゴンテイルは尾崎さんが主演で、有名な声優さんを起用していたから初心者向けってのは分かってます! でも僕にとってドラゴンテイルは世代で思い入れがありますし、脚本からキャストの演技までレベルが高いのは事実です! もしマイナーな作品を挙げろっていうなら、サイバービートルは子供ウケこそしなかったですが、通好みの一作だったと思いますけど! 映画まで完成度が高いですし!」


 息もつかずに一気にまくし立てる星の気迫に、一瞬室内の時が止まる。周囲の先輩たちが呆気にとられる中、田神はかけ直した眼鏡の奥で片眉をピクリと上げた。そしてソファに座り直してぐっと身を乗り出す。古いソファがギシリと軋んだ。


「……マジか。サイバービートル知ってんの? その中だと誰が好き?」


「グリーンが好きです。突っ走っちゃうところと、ヒーローとして腹括ってるギャップがいいので」


「俺も。なんだ、ちゃんとガチじゃん。ここの大学来たいの?」


 先ほどまでの挑発的な態度はどこへやら、田神は興味津々と言わんばかりに星に話し掛けた。星は先程とは打って変わって、その表情に影を落とす。


「……はい。成績厳しいんですけど……。将来は、特撮の制作に携わりたいなって……」


 田神は立ち上がってテーブルを挟んで星の真正面の椅子に座ると、メモ用紙に手を伸ばした。


「俺もそうやって大学探しした。それならこの学部しかない。映像系の科目もあるし、OBの就職先もいいし。あとレベルを下げた大学となると……」


 ツラツラと鉛筆で具体的なアドバイスや受験のポイントが書き記されていく。星はそんな田神の手元を覗き込み、真剣な眼差しで頷いた。


「……とまぁ、そんな感じ。来るなら来いよ、待ってるわ」


 あらかたを説明し終えた田神が、初対面時とは打って変わった気さくな笑みを浮かべてわしゃわしゃと頭を撫でる。星は屈託のない満面の笑顔で、勢いよく頷いた。


「はい!」


 先輩たちの温かい見送りを受け、星は部室のドアを閉める。校舎の外に出れば、真夏の青空から容赦ない強い日差しが降り注いだ。


(好きなことを学べる大学って凄い! 勉強頑張らなくちゃ! ……ちゃんと大学生になって、光汰くんに言った夢を叶えるんだ)


 星はそんなギラギラと照り付ける太陽を見上げ、空に負けない晴れやかな顔でリュックを背負い直す。

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