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光汰に促されるまま足を踏み入れた部屋は、想像していたよりも広く、物はあるが整理整頓されていた。
「わぁ……広いね。寝室とリビング、別なんだ」
星は靴を揃え、きょろきょろと落ち着かない様子で視線を巡らせる。ソファにデスク、部屋の隅には観葉植物。こじんまりとしたテレビの隣にある棚には、DVDが背表紙を揃えて並んでいた。
「最低限のセキュリティは揃えている所に住めってマネージャーが。家賃高いから、ちゃんと売れなきゃって感じ」
荷物をソファの横に置きながら、光汰は苦笑交じりに肩をすくめる。
「光汰くんなら大丈夫だよ!」
星が迷いなく即答すれば、光汰は虚を突かれたように瞬きをして、ふっと表情を緩めた。星は胸を張って笑い返し、おずおずとソファに腰掛ける。その流れで、星はふとローテーブルの上に置かれた冊子に目を留めた。何気なく表紙に書かれた文字を読んだ瞬間、星は目を見開いて勢いよく飛び上がる。
「あ、これ台本っ?!」
「そう。それはまだ放送されてないやつだから、見たら駄目」
光汰はキッチンからグラスと麦茶を持ってきてローテーブルに置くと、それを回収してデスクの上に移動した。星はぶんぶんと首を縦に振り、ソファから降りて床に正座し、声を張り上げる。
「当然だよ! そこはちゃんと弁えてます!」
テンパっている星を見下ろし、光汰はくすりと笑いを漏らした。そして、追い打ちをかけるように本棚の一角を指差す。星が恐る恐るそちらへ視線を向けると、そこには先程の台本と同じような冊子がずらりと並んでいるではないか。
「ま、まさか……」
「貸すことはできないけど、今までの台本、見るだけなら」
光汰の言葉に、星の喉から言葉にならない悲鳴が漏れた。
「そんなお宝を……! てっ、手袋! 手袋くださいっ!」
「別にいいよ。既に俺がボロボロにしてるから」
アワアワと狼狽える星を前に、光汰はグラスに麦茶を注ぎながら笑う。カラカラと氷が内壁を打つ音が涼やかに鳴った。
「で、でも……」
なおも躊躇う星に、光汰は本棚に歩み寄って星に手招きをする。星は恐る恐る光汰の隣にちょこんと肩を並べ、整然と並ぶ台本を眺めた。
「た、宝の山すぎる……。僕の命日って今日だったのかな……」
星が感動で目を潤ませる。光汰は溜息をつき、呆れと心配が混ざったような眼差しを向けた。
「星の場合、それが冗談に聞こえないからやめて欲しいかも」
「へへ……」
星は照れくさそうに肩をすくめて笑う。その笑顔を見つめ、光汰はそっと身を起こしてキッチンへと向かった。次いで冷蔵庫を開け、まな板の上に食材を並べる音が、静かな部屋に響き始める。
「それ読んでゆっくりしていて。俺、夕飯作るから」
「え、そんな、申し訳ないよ……」
慌てて立ち上がろうとする星を、光汰は振り返らずに片手で制した。
「俺がやりたいからやる。それだけ」
その言葉に星は開きかけた口を閉じ、促されるままそっとソファに腰を下ろす。そして欲望に負けて台本の表紙をそっと開いた。手を拭くのを忘れずに。ページを捲れば、台詞やト書きが事細かに書かれており、そこにはびっしりとメモ書きやマーカーが引かれている。何度も本編を繰り返し見ている星は、それを読んでいるだけで頭の中にその映像がまざまざと思い浮かんだ。遠慮していたのも忘れ、星は追体験するように次々と台本へ手を伸ばす。
(あ、付箋……)
5月の台本を過ぎた辺りから、魚のデザインをあしらった付箋がページに挟まれるようになった。水族館で星がお礼にと贈ったものだ。仕事に使ってほしいと渡したものを、光汰が願い通りに使ってくれている事実に、星の胸の奥がじんわりと温かくなる。
(……嬉しい)
頬がぽっぽと熱を持ち、星は堪らず掌で自らの頬を包み込んだ。気持ちを落ち着けようと深呼吸をすれば、鼻腔をふんわりといい香りが擽る。条件反射のように、くぅと腹の虫が鳴った。
「星、一回終わり」
声を掛けられ顔を上げれば、光汰がテーブルに食器を並べて湯気の立つパスタを盛り付けている。星は慌てて立ち上がり、光汰の元へと駆け寄った。
「わぁ……凄い、お店みたい。光汰くん、料理もできるんだ、すごい」
彩り豊かに盛り付けられた料理を前に、星は目を丸くして歓声を上げる。
「身体づくりのために自炊はしてて」
なんでもないことのように言いながら、光汰は向かいの椅子に腰を下ろした。二人は向かいあって仲良く手を合わせる。
「いただきます」
一口運んだ瞬間、出汁の効いた和風ソースの柔らかな風味が駆け抜け、星の頬がふわりと緩んだ。
「おいしい!」
「よかった」
黙々と小さな口にパスタを詰め込む星を見守り、光汰は安堵したように目を細める。




