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病弱ヲタクが推しを前にして褒めちぎったら、来るはずのない青春が始まりました。  作者: 安藤未粋
4章:【8月のはなし】

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 大学のオープンキャンパスはお盆の時期に開催されることが多い。帰省ラッシュでごった返す新幹線のホームに立った星は、むせ返るような真夏の熱に圧倒されつつ、何とかその混雑の中で列車に乗り込み、ようやく息をついた。


(まさか移動費まで払うって言いだすなんて……)


 高速で流れ始めた車窓の景色を眺め、星はそっと座席に身を預ける。眉を下げ、不安だと言わんばかりの表情が車窓に映り込んだ。


 あの冷房の効いた車内にて光汰と結んだ約束は、リップサービスでも、その場限りの冗談でもなく、しっかりとした形となって今に至っている。webの指定席券が光汰から送られてきた時、星は跳び上がって箪笥の角に足をぶつけた。


(どうしよう、緊張してきた……)


 到着駅のアナウンスが、着々と東京へ近づくことを報せていく。その中で星はひとり悶々と俯いた。


(だって、だって……、憧れで、推しで、……好き、な、人の部屋に泊まるって……とんでもないことじゃん)


 星は胸の高鳴りを誤魔化すようにスマホを取り出して、SNSのチェックに逃げ込む。そうすれば、ブルーである一ノ瀬翔がオフショットを投稿していた。その中で、光汰は爽やかな笑顔でピースをしている。それにいいねをした星は、その先の投稿を見ようとするも、通信エラーが出て顔をしかめた。


(新幹線のWi-Fi、弱いな……)


 星は愚痴りながら、先ほどの写真を思い浮かべる。あんなにキラキラした人と友人関係を築けていることが未だに信じられず、星は小さくため息をついた。


(友人……)


 そして自分で思ったにもかかわらず、そんな言葉が引っ掛かり、星は小さく唇を噛む。


(友人だけで、十分過ぎる……。そもそも、友達ってどんなかよく分からないけど)


 星は、口うるさい唯一の友人を思い出して、くすりと思わず笑顔を浮かべた。列車は、東京まであと数駅というところまで来ている。気の休まらない星が時間を確認しようとした時、車内に突然アナウンスが響いた。


 ——ただいま、車内におきまして、急病のお客さまの救護活動を行っております。発車まで今しばらくお待ちください。


「うわー、マジか」


「こういう時に倒れられるのとか、迷惑」


 周りの客たちは口々に不満そうな声を漏らし、忙しなく時計やスマホをチェックし始める。どんよりと淀み、険悪な雰囲気になった車内で、星だけは口を引き結んで心の中で祈った。


(大丈夫かな……? 無事でいられますように。あ、取りあえず光汰くんに連絡……)


 メッセージを打ち、星はスマホを閉じてホームの様子を窓から覗く。少し離れた号車から、乗務員たちに支えられて列車を降りる少年の背中が見えた。どうやら救護は順調に進んだらしい。星はほっと胸をなで下ろす。


(よかった……)


 そして再び走り出した列車は、結局10分ほどの遅延で東京へと滑り込んだ。星は人混みに揉まれながら、案内を頼りに何とか新幹線改札を目指す。


「あっ!」


 その向こうに、こちらを真っ直ぐに見つめる長身の少年が見えた。変装をしていたとしてもすぐ分かるそのオーラに、星は背伸びをして無邪気に手を振る。


「光汰く——」


 そうして声をかけようとした瞬間のこと。星の身体は、人の合間を縫ってズンズンと詰め寄ってきた光汰に強く抱きしめられた。洗剤の匂いなのか、香水の匂いなのか分からない爽やかな香りが、汗の匂いと混ざって星の鼻を擽る。


「わっ?! こ、光汰くん?!」


「心配した。急病者の介助で遅延って……!」


 突然のことにキャパオーバーを起こした星の顔は、真っ赤に染まって湯気を出した。


「え、ご、ごめん……、あ、送れてなかった」


 送信エラーの画面に気づき、星は慌てて小柄な身体をより丸めて縮こまる。


「荷物かして。持つから」


「う、うん、ありがとう……」


 人通りの多い構内で繰り広げてしまった派手なやり取りを気にしているのだろう。そんなことを思いながら、星は先に歩き出した光汰の広い背中を追い掛けた。


(やっぱり光汰くんは優しくて、かっこいいな……)


 トクトクと高鳴る鼓動は、決して持病のせいではないのだろう。


 ★★★


 無事に乗り換えを済ませた光汰は、星の荷物を握り締めながら帽子を目深に被り、熱を持つ耳を隠した。バクバクと胸を打つ心臓が煩く、隣に座る星に聞こえてやしないかと肩を強張らせた。


(いきなり取り乱した……。あんな公衆の面前で……)


 数分前、星を出迎えるために改札前で待機をしていた光汰は、目的の新幹線が遅延しているという連絡を受けて掲示板を睨んでいた。


(急病人の介助……?)


 サァと背筋が凍り、光汰は息を呑んだ。すぐに体調を崩し、先生からも「繊細」と評される星の顔が浮かんでは消える。記憶に新しい、倒れる星を抱きとめた感触がまざまざとその腕に蘇った。


(いや、星とは限らない。悪い方向に考えるのはやめろ……)


 そう自分に言い聞かせ、光汰は自分を落ち着かせる。しかし、ようやく列車が到着しても、星は姿を見せない。そして連絡も無い。焦る光汰はすれ違いざま、改札から出てきた夫婦の会話を耳にした。


「男の子倒れてたけど大丈夫かな」


「ちゃんと診てもらうといいけど」


(まさか……)


 不安で身を掻きむしりたくなるような衝動に駆られ、光汰はうろうろと改札前を忙しなく行き来する。


「あっ、光汰く——」


 そして人混みに揉まれる星の姿を見つけた瞬間、光汰は居ても立っても居られず、思わず抱き締めたのだった。ふわりと立ち上った星の香りを乗り換えた電車の中で思い出し、光汰は慌てて咳払いをする。


「こっち。もうすぐ着くから」


「う、うん!」


 何とか耐えて最寄り駅まで来た光汰は、星に声をかけて改札を通った。マンションまではあと少しだ。星の小さな歩幅に合わせて足を進めながら、光汰は一人悶々と考えを巡らせる。


(あの時、勢いで誘ったけど、人を部屋に上げるの初めてだし、それが星だし……どうにかなりそうかも。いや、もうなってるのか)


 自室の鍵を開け、ドアを開いた。星のためにつけていた冷房の風が頬を撫でる。肩を強張らせて固まる星の背中をそっと押し、光汰は星を自らの領域へ招き入れた。星は不安そうに光汰を見上げた後、意を決したように玄関へ足を踏み入れる。


「お、おじゃましまーす……」

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