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コンビニを出た車は住宅街を走り、星の家の前でゆっくりと止まった。ドアを開けて外へ出れば、湿った夏の空気がじわりと星の頬を撫でる。
「家まで送ってもらうなんて……本当にありがとうございます」
臨汰は助手席側の窓を開け、深々と礼をする星へひらりと手を振った。
「いいよー。しっかり休んでね」
「はい」
星はこくりと頷くと、後部座席を覗き込み、光汰に向かって声を掛ける。
「またね、光汰くん」
「うん。じゃあね、星」
名を呼ばれた光汰は、小さく手を振る星へしっかりと頷いた。そしてゆっくりと走り出す車が角を曲がって完全に視界から消えるまで、星は手を振り続けてその後ろ姿を見送る。
「た、ただいまー……」
「星!」
玄関を開けて恐る恐る声を上げれば、靴を脱ぐ間もなく鬼の形相をした母が奥から勢いよく迫ってきた。
「病み上がりなのに勝手に出かけて! どれだけ心配したと思ってるの!」
「それは……本当に、ごめんなさい……」
雷のような叱責に肩をすくめ、星はただひたすらに頭を下げる。小言を続ける母に苦笑いを向けていそいそと自室へ逃げ込めば、倒れ込むようにベッドへ身を投げた。寝返りを打ってぼんやりと天井を見つめる。そうすれば、じわじわと先程までの記憶が怒涛のように押し寄せはじめ、星はガバリと身を起こした。
(僕、光汰くんに何言った……?)
家を飛び出して掛けた電話、炎天下で駆け寄った時の譫言、そして車内の世間話。熱でぼんやりしていたとはいえ、口走った言葉の数々を思い出し、星は羞恥に耐え切れず両手で顔を覆う。
(それに……会いに行くって、泊まりの約束までしなかった……?)
体中の血液が顔に集まってくる感覚に襲われ、星はベッドの上でうつぶせになると、枕に顔を押し付けてジタバタと布団を殴りつけた。
「どうしよう……こんなに気持ちがぐちゃぐちゃなのに……。気持ちに気付いたばっかりなのに……!」
ひとしきり暴れた星は、仰向けになって枕を腕に抱くと、掠れた声でその名を呟く。
「光汰くん……」
★★★
「……ありがとう、兄さん」
手を振る星が見えなくなってから、光汰はようやく前を向いて短く礼を口にした。ハンドルを握る臨汰は、車内のバックミラーにちらりと視線を送ると、にっこりと屈託のない笑顔を浮かべてみせる。
「どういたしまして。駅でいい?」
「うん」
静かな車内には、エアコンの唸る音だけが低く響いている。信号待ちでゆったりと車がブレーキを掛けた時、臨汰がふと思い出したように口を開いた。
「さっきの子、友達?」
光汰は一瞬息を詰まらせ、膝の上に置いた己の手元を見つめる。
「……うん。俺の大事な人」
「そっか」
臨汰はそれ以上深く追及せず、ただ柔らかく口元を緩めた。信号は青に変わり、車がスムーズに加速していく。
「……そういえば、直接言ってなかったけど、炎神ブレイズの主演、おめでとう」
「……え」
予想もしなかった兄からの言葉に、光汰は目を丸くして兄の後ろ姿を凝視した。
「うちって厳しいからさ、アニメとかヒーロー番組ってあんまり見てこなかっただろ? だから主演が決まったって聞いた時は正直あんまりピンとこなかったんだよ。でも、職場の子持ちの上司とかが話題にしてたりして、俺自身も毎週見てみてさ……。あれで主役を張って、堂々と演じてる光汰を見てると、本当にすごいなって思うよ。俺には絶対無理」
「……兄さんが俺を褒めるなんて」
幼い頃から劣等感を募らせ、どれほど努力しても追いつけなかった絶対的な存在から出た言葉。それをうまく信じることができず、光汰の喉から掠れた声が零れる。
「ははは、昔からずっと褒めてたよ! 光汰が聞き入れようとしなかっただけだって。まあ、親の期待とか周りの空気を見てたら、そう思ってしまうのも仕方ないけどさ」
臨汰は眉を下げて小さく笑うと、噛みしめるように言葉を続けた。
「だから……よかったよ。ずっと俺の後ろばかり追いかけて、視野を狭くしていた光汰を見ていて、実はかなり不安だったんだ。もしこのまま俺と同じ大学に行くなんて言い出したら、いい加減にしろって言おうかとも思ってた。でも……ちゃんとお前自身の道を見つけて、こうやって大切な友達まで作ってさ、よかったって」
車が滑り込んだのは、光汰が数十分前までいた駅のロータリーだ。臨汰は乗降場に車を停めると、ハザードランプを焚いてサイドブレーキを引く。
「はい、ついた」
「ありがとう、助かった」
光汰がノブに手をかけると、臨汰は振り返って力強い眼差しで弟の目を見た。
「頑張れよ、光汰」
「……にいさんも」
光汰は小さく頷いて車を降りる。ロータリーをぐるりと回って走り去っていく兄の車を、その姿が見えなくなるまで見送り続けた。
「……」
一人になった光汰は、深く息を吐き出して天を仰ぐ。空は陽が伸びているのか、そろそろ夕刻に差し掛かるというのに日差しが眩しい。光汰は掌で日陰を作り、顔を顰めると、ゆっくりと改札に向かって歩き出した。ホームに上がり、頭上の発車案内板を見上げる。
「あれ……?」
東京行きの文字がじんわりと歪み、光が滲んだ。慌てて下を向いた足元で、ポタポタと地面に小さな水滴のシミが広がる。
「はは……」
(分かってた、兄さんは、非の打ち所がないくらいの善人で、俺ばっかりが対抗意識を燃やしてたって)
光汰は乾いた笑い声を漏らし、服の袖で乱暴に目元を拭う。
(もう誰と比べられたって関係ない。……俺には、俺を見てくれる星がいるから)
そうして前を向いた時、ちょうど東京行きの新幹線がホームへと滑り込んできた。
「……よし」
光汰は両手で力強く己の頬を叩く。光汰は迷いのない足取りで、開かれた扉へと踏み込んだ。なぜか、身体が軽かった。




