33
光汰と星を乗せた車は、住宅街を走り抜けてコンビニの駐車場へと滑り込んだ。車内はゴウゴウとエアコンの吹き出し口が唸りを上げて冷気を送り続けている。後部座席にぐったりと身を預けた星は、光汰に支えられながらスポーツドリンクを喉へと流し込んだ。
「ごめんね……結局、迷惑ばっかり……」
「大丈夫。迷惑なんかじゃない」
星が空になったペットボトルをぎゅっと握り締め、肩を丸めて俯く。光汰はその言葉を遮り、汗で額に貼り付く星の髪をそっと手で払った。普段は病的に白い頬が、まだ熱を帯びて赤に染まっている。光汰は身を屈めると、眉を下げて優しく星の頬に指先で触れた。
「……」
臨汰はバックミラー越しに二人のやり取りを静かに見守り、思い立ったようにハンドルをポンと軽く叩いてドアを開ける。
「もう1本飲み物買ってくるよ。氷もね」
「あ、ありがとう、ございます……」
「いいよ、ゆっくりしといて」
小さく頭を下げた星に、臨汰はそっと微笑んでひらりと手を振った。店内へと向かう兄の背中を、光汰は唇を噛み締めて見つめる。車内は冷房の音以外しない、重苦しい静寂が横たわった。それに耐えかねたように、星はそっと柔らかい笑みを浮かべて光汰を見上げた。
「光汰くんのお兄さん、通りかかってくれて本当に助かったなぁ……。そんな偶然あるんだね」
「……うん。よかった」
光汰は短く答え、膝の上に置いた己の掌を固く握り締める。
「駿平……あ、友達が言ってたんだけどね、光汰くんのお兄さん、すごい人なんだね。親切にしてくれたし、やっぱりそうなのかなぁって……」
「……兄さんは、優秀だから」
星が何気ない世間話のつもりで切り出した話題に、光汰の胸はずきりと痛んだ。しかし、吐き捨てられた言葉を聞いた星は、きょとんと目を丸くして不思議そうに首を傾げる。
「光汰くんも優秀なんじゃないの? ……こうやって人を比べたり評価したりするのって嫌なことだけどね。そうやって評価されようと思うと、僕は箸にも棒にもかからないから。普通に元気に過ごせる人や、努力してる人、結果を出してる人、みんな等しくすごいと思うんだけど……」
光汰はハッと息を呑んで顔を上げ、星の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。大きく形の整った眼に見つめられ、星はどこかくすぐったそうに身をよじらせると、小さく唇を噛んで微笑む。
「……でもね。僕にとって光汰くんは、特別なんだ。特別に、すごい人」
赤く染まった星の頬。それが熱のせいなのか、それとも別の原因によるものなのかは、誰にも分からない。それでも光汰は、空のペットボトルを固く握りしめていた星の手を、己の大きな掌でそっと包み込んだ。逃がさないと言わんばかりに、力を込めてその手を握り締める。
「……星は、夏休み忙しい? こんな所じゃなくて、また、会いたい」
「えっ!? こ、光汰くんほどじゃないけど、そこそこ……。一応、受験生だしね」
唐突な誘いに、星は驚いて肩を震わせた。多忙を極めているはずの光汰が、星の言葉にしゅんとして大きな背を丸める。光汰の掌が、縋るように星の手を握った。それにいたたまれなくなった星は、ぼぅと逆上せる頭をフル回転させながら、己の夏休みのスケジュールを必死に思い出す。
「……あ」
「……星?」
ぽつりと小さな声を漏らした星に、光汰は縋り付くような眼差しで首を傾げた。
「東京に行く用事、あった……!」
「本当に?」
光汰は身を乗り出して星に詰め寄る。眼前に迫る推しの顔を前に、星はしどろもどろになりながら頷いた。
「うん。大学のオープンキャンパスがあって……」
「なら、その前日と当日、俺の部屋に泊まればいい」
「え!?」
予想外で大胆な提案に、星は飛び上がって目を見開く。
「お盆の帰省ラッシュの混雑に巻き込まれるのも大変だと思う。体調も心配だし」
「で、でも……っ、光汰くんの部屋に泊まるなんて……っ」
「来て。……お願いだから」
強い眼差しで見つめられ、星は真っ赤になった顔を背けるようにして小さく頷いた。
「わ、分かった……」
半ば強引に約束を取り付けた光汰は、満足げに鼻を鳴らし、星の手を握る力を強める。その瞬間、ガチャリと静寂を破って車のドアが開いた。氷の入った袋と冷えたドリンクを携えた臨汰が車内に乗り込んでくる。バックミラー越しに二人の様子をそっと見つめ、ニコリと満面の笑みを浮かべてハンドルを握った。
「話は終わった? じゃあ、行こうか」




