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纏う空気が変わって戻ってきた光汰の姿に、スタッフの間でざわめきが広がる。光汰は監督の元へまっすぐ歩み寄ると、腰を折って深く頭を下げた。
「監督、俺……もう大丈夫です」
「その言葉、信じるぞ」
現場入りしたばかりの神谷が、その力強いやり取りを温かな眼差しで見守る。バミリの上に立った光汰は、呼吸を整えるように深く、長く息を吐き出した。
「よーい……アクション!」
「何で! なんでだよ、兄さん! アイツらが作ったライフィニティストーンは偽物で、命を与えるものなんかじゃない! 命を削るものなんだ! 頼むから戻ってきてくれよ!」
(……もしも、星が俺の前から消えたら? あの笑顔を二度と見られなくなったとしたら?)
劇中の台詞を叫びながら、光汰の脳裏では自分自身の恐れと絶望がぐるぐると渦を巻く。
「戯言は止めろ、忌々しいフェニクスレッドめ。俺は貴様を好かん」
冷酷な藍之介と化した神谷は、するりと華麗に刀を抜いて、鋭い切っ先を突きつけた。その刃を真っ向から睨みつけながら、光汰は自分だけの答えを掴み取る。
(兄さんへの屈辱じゃない。俺が『烈火誠』として立つために必要なのは、俺を真っ直ぐに見てくれる星だ。もしも、星が俺から離れていってしまったら……? 俺は、俺は、星が……!)
指先が白くなるほど拳を強く握りしめ、光汰は喉を掻きむしるような悲痛な叫びを吐き出した。
「何で!? 俺は……俺は、兄さんが大好きなのに!」
「カット!」
一瞬の静寂を切り裂いて監督が声を張り上げる。その声は、現場に横たわっていた重苦しい空気を一気に解きほぐした。
「……OK。篠宮君、掴んだね」
監督の言葉に、モニターを見つめていたスタッフ陣から拍手が沸き起こる。光汰自身も、極限まで高まっていた緊張が一気に解け、崩れるようにその場へ座り込んだ。
「おっと、大丈夫?」
「す、すいません……」
すかさず駆け寄った神谷が優しく肩を支えて笑いかける。ポンポンと背中を叩くその手の優しさに、光汰はほぅと胸に溜まっていた息を吐き出した。そのままキャスト用のテントに置かれたアウトドアチェアへと運ばれ、乾ききった喉を癒すように水を煽って飲み干す。そこへ、モニターチェックを終えた監督が歩み寄って隣に腰を下ろした。散々迷惑をかけたここ数日のことが蘇り、思わず光汰は肩を強張らせる。
「……綺麗なだけのヒーローなんて面白くない、って話」
警戒心を見せる光汰へ、監督は突然静かな口調で語りはじめた。光汰はそっと顔を上げ、横顔に刻まれた監督の真剣な眼差しを見つめる。
「でも、誠はそういうキャラだ。どこまでも真っ直ぐで、馬鹿がつくほどの善人で。オーディションの時にそういう無垢な子を選んでも良かったんだけれど、それだとどうしてもキャラが浅くなる気がしたんだ。……誠に、人の痛みや醜さも理解し、寄り添える余白があれば、それは視聴者にとっても救いになる。……一時はどうなるかと思ったが、君を誠にして良かった。君は、痛みを知るからこそ、ヒーローを演じることができる」
監督の言葉に光汰は目を見開いた。オーディションの時から今までの記憶がぶわりと全身に押し寄せ、光汰は自分の顔をごしごしと荒っぽく袖で拭う。メイクが崩れるぞと笑う監督へ、深々と頭を下げた。
★★★
一方、通話を終えたスマホの画面をじっと見つめたまま、星は自室の机に突っ伏していた。ぽつりと、誰もいない静まり返った部屋に独り言がこぼれ落ちる。
「光汰くん、頑張ってるんだなぁ……。会いたいなぁ」
コレクションを飾る棚の、一番目立つ特等席に立つのは、力強いポーズで佇むフェニクスレッドのフィギュアだ。窓から差し込む日の光を浴びて、どこまでも眩しく赤く輝いていた。




